各界の著名人に愛してやまないアーティストについて語ってもらう連載「私と音楽」。第50回という節目に当たる今回は、今年がソロデビュー50周年イヤーで、同じく節目を迎える
名バイプレイヤーの筆頭的な存在として、数多の作品に出演し続けている光石。日本の映画界やドラマ界にすっかり欠かせない存在の彼だが、実は根っからの音楽好きとしての一面も隠し持っている。10代の頃からソウルミュージックやドゥーワップを愛聴していた彼にとって、その原点の1つでもある山下達郎とはいったいどのような存在なのだろうか。約50年前にさかのぼる出会いの日から現在の思いまでを語ってもらった。
取材・
出会いはクールスの「センチメンタル・ニューヨーク」
子供の頃、ピンキーとキラーズとかザ・キングトーンズが好きだったんですよ。メインのボーカルがいてバックコーラスを従えているグループがカッコいいと思っていたんですね。そしたら、小学3、4年生の頃にフィンガー5がデビューして。大好きになって1stアルバムを買いました。あとになってThe Jackson 5のカバーをしていたことを知ったんですけど、フィンガー5がソウルミュージックを好きになるきっかけだったのかもしれません。中学生くらいになるとキャロルとかクールスが出てきて、僕の周りでもすごい人気だったんです。僕が住んでいたのはやんちゃな地区だったので、キャロルや永ちゃん(矢沢永吉)のほうが人気だったけど、僕はポップなクールスのほうが好きでした。メンバーのジェームス藤木さんが書く曲は、ファルセットで歌ったりコーラスが入ったりしているものが多くて。そういう曲が好きだったんですよね。そして、同じくらいの頃に映画「アメリカン・グラフィティ」(1974年)が公開されて、一気にオールディーズが好きになりました。そんな中リリースされたのが、クールスの「センチメンタル・ニューヨーク」(1978年)というシングル。その作品が山下達郎さんの名前を知ったきっかけでした。
センチメンタル・ニューヨーク
10代の頃、「POPEYE」を読んで都会の生活に憧れていたんですけど、それまでカリフォルニアを特集していた「POPEYE」がニューヨークを特集したんです。さらに同じくらいの時期に「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977年)が公開されて。それらを見て、ニューヨークに憧れるようになったんです。そんなときにクールスが「センチメンタル・ニューヨーク」を出した。ジャケットもニューヨークで撮影していてカッコよかったんですよ。さっそく買って聴いてみたら、オールディーズっぽさがありながらも都会的で最高でした。それでレコードのクレジットを見たら、山下達郎という人がプロデュースをしていて。「いったいどんな人なんだろう?」と思って調べたら、まさかの長髪でびっくり。キャロルとかクールスはみんなリーゼントか短髪だったので(笑)。そこから達郎さんに興味を持ってアルバムを聴いてみようと思ったんです。最初に買ったのは「CIRCUS TOWN」(1976年)のミュージックテープでした。まずは1stアルバムから聴いてみようと。それが確か高3のときで、平尾という友達とお金を出し合って買いました。アルバムを聴いたらすごくカッコよくて。サクソフォンが入ってきたりするとグッときちゃう(笑)。A面2曲目の「WINDY LADY」が特に好きでしたね。そこから、達郎さんのほかのアルバムも聴くようになりました。
「ON THE STREET CORNER」での驚き
初めてリアルタイムで買った達郎さんの新作は「RIDE ON TIME」(1980年)だったかな。その頃、僕は高校を卒業。福岡から上京して俳優としての仕事を始めていました。達郎さんに加えて大瀧詠一さんのレコードも聴くようになり、オールディーズにどんどんハマっていきました。デビューしたばかりのシャネルズが好きになって新宿のルイードにライブを観に行ったりもしたんです。当時、シャネルズは「ランナウェイ」(1980年)が大ヒットして人気絶頂。お客さんも多かったですね。レタードセーターとか、古着屋で買った50'sっぽい格好で長い列に並んでいたら、あるグループが僕に声をかけてきたんですよ。「シャネルズ観たいの? 入れるよ」って。どうもその周辺では顔が効く人たちだったみたいで。それから彼らの口利きで何度かシャネルズのライブを観たり、シャネルズの生写真をもらったりしました。
シャネルズ経由で知った、下北沢にあるEXCELLOというソウルバーに行くようにもなりました。その頃、友達の平尾が大学進学で上京してきたので、平尾と一緒に行っていたんです。1人で行く勇気がなかったから。平尾の存在は重要なんですよ(笑)。僕はお酒が飲めなかったのでコーラを飲みながら、店でかかっているレコードを聴いたり、マスターから曲のことを教えてもらったりしていました。イラストレーターの湯村輝彦さんが「甘茶ソウル」なんてふうに言ってましたけど、そういうスウィートなソウルが好きでしたね。そんな中でリリースされた達郎さんの「ON THE STREET CORNER」(1980年)はかなり聴き込みました。1人で多重録音でドゥーワップをカバーするということ自体驚きですけど、達郎さんの音楽に関する知識にも驚きました。カバーした曲のオリジナルを聴いてみたいと思ったのですが、マニアックすぎて見つけられなかったですからね(笑)。
音楽知識の豊かさが伝わってくる
上京した頃は仕事があまりなくて2時間ドラマの端役ばかり。レコードもなかなか買えなかったです。だから中古レコード屋に行ったり、レンタル落ちして安くなったものを買ったりしていました。そして、夜中に「ON THE STREET CORNER」を聴きながら、ドゥーワップグループのレコードジャケットを真似た絵を描いていたんです。湯村輝彦さん風のヘタウマなタッチで。その頃、平尾はサザンソウルとか泥臭いほうが好きになっていたし、役者友達にはスウィートソウルやドゥーワップを聴く人も達郎さんのファンもいなかったので、1人でそういった音楽を聴いていました。
達郎さんのオリジナルアルバムで一番よく聴いたのは「MELODIES」(1983年)かな。このアルバムは、本当にいろんなタイプの曲が入ってますよね。「メリー・ゴー・ラウンド」みたいなファンキーな曲も好きなんですよ。腰で聴くタイプの曲というか。あと、The Beach Boysみたいなコーラスがたっぷり入っている曲も好き。達郎さんの音楽知識の豊かさがこのアルバムから伝わってくるんですよね。「クリスマス・イブ」がのちにCMで使われてヒットしたときは驚きました。好きな曲を挙げるとキリがないのですが、風の音から始まる「STORM」という曲が特に好きで。僕は効果音が入る曲が好きなんですよ。波の音とか電話の音とか、そういう効果音を使う演出がソウルには多いんです。ちょっとドラマ仕立てになっていて、曲を聴いていると想像が広がっていく。達郎さんの「BIG WAVE」(1984年)も波の音が入っていたりするじゃないですか。それがまたドラマチックでいいんですよ。
無駄なことは一切しない、まさにプロ集団
好きな曲を集めたミックステープもよく作りました。達郎さんの曲だけを集めたものも作りましたよ。それをかけながらドライブするんです。夜の首都高を走っているときに、達郎さんがカバーしたThe Delfonicsの「La-La Means I Love You」が流れてきたときはカッコよかったですね。まさにアーバンという感じ。ときどき助手席に女性が乗ることもあったんですけど、ちょっと気持ち悪がられてしまって(笑)。というのも、ミックステープをかけながら曲の説明をしちゃうんですよ。「これはどういう曲で、ここが最高で」というふうに、曲ごとに聴いてほしいポイントを解説しちゃう。そうすると女性から引かれてしまうんです。そういえば、留守番電話のメッセージにお気に入りの曲を使っていたことがあったんです。20秒くらいイントロを流して、いいタイミングで「光石です。現在、留守にしています」とメッセージを入れていたんですけど、事務所の社長から「曲が長い!」と怒られました。ミックステープと同じで「曲を聴いてほしい」という気持ちが強くなっちゃうんですよね。
達郎さんのライブに初めて行ったのは実は遅くて、2000年代に入ってからでした。レコードで聴いていた曲が、そのまま生で再現されていて驚きましたね。達郎さんをはじめバンドのメンバーは曲に集中して黙々と演奏している。無駄なことは一切しない。まさにプロ集団という感じでカッコよかったです。ライブに行くようになったきっかけが、達郎さんのバンドにいたギタリストの佐橋(佳幸)さんと友達になったことでした。同い年だということがわかって仲よくなったんです。僕は佐橋さんが達郎さんのバンドでギタリストをやっていることを知っていたので「達郎さん大好きなんですよ!」と伝えたら、「そうなんだ! じゃあ、遊びにおいでよ」とコンサートに招待してくれたんです。達郎さんのコンサートはなかなかチケットが取れないのでうれしかったですね。
「やっぱり、これだな」って安心できる
最近、若い人が達郎さんの曲を聴くようになったじゃないですか。「達郎さんが黒人音楽をこういうふうに取り入れているところが好きなんだよね」と若い人に話すと、「そうなんですか!」と驚かれることが多いんです。若い人たちは黒人音楽からの影響を気にせずに聴いているみたいで、僕らの世代より柔軟な聴き方をしているんだなと思います。達郎さんの作品はどれも好きだけど、どちらかというと初期の作品が好きなんですよね。達郎さんの、好きな音楽に対する情熱がダイレクトに伝わってくる気がして。当時、達郎さんは「フィラデルフィアソウルのこういうところを取り入れてみた」とか「シカゴソウルの匂いを入れてみた」とか、そういう音楽マニア的な発言をよくされていて。そういう音楽的な影響がはっきりと感じられるのが初期の作品なんです。ただ、後追いで聴いたシュガー・ベイブには、ソロほどのめり込まなかった。それよりも、「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」のほうが好きなんです。オールディーズへの愛情を感じるし、自分たちでそういう音楽をやろうという情熱が伝わってきてグッとくる。今でも、仕事とかでヘコんだりしたときは、夜中に酒を飲みながら「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」を聴いて泣いています(笑)。
今でも達郎さんの新作が出たら買ってますし、毎週ラジオも聴いています。自分にとって達郎さんの音楽は原点なんですよね。例えばケーキにはいろんな種類があるけど、やっぱり最初に食べたショートケーキに戻るというか。それと同じで、いろんな音楽を聴くけど、最終的に達郎さんの曲に戻る。「やっぱり、これだな」って安心できるんですよ。音楽ってイントロの10秒くらいで別世界に連れて行ってくれるじゃないですか。僕は一人っ子でインドアな性格だったので、達郎さんの曲を聴き始めた頃は、レコードを聴きながらニューヨークの摩天楼を思い描いていた。だから達郎さんは僕にとって夢の人なんです。達郎さんにはまだお会いしたことはないんですけど、以前、クレイジーケンバンドの横山剣さんと対談する機会があって。クールスや横山さん関連のレコードや本をいろいろ持って行って熱く語ったら、ちょっとびっくりされてしまって。だから、仮にそういう機会があったとしても、達郎さんとはお会いしないほうがいいのかもしれない。変なやつだと思われたくないですからね(笑)。達郎さんは僕にとって夢の人のままのほうがいいんじゃないかなと思っています。
プロフィール
光石研(ミツイシケン)
1961年生まれ、福岡県出身の俳優。1978年公開の映画「博多っ子純情」で主演デビュー後、多くの映画やドラマに出演。名バイプレイヤーとしてさまざまな作品で活躍している。現在Netflixで配信中のドラマ「九条の大罪」に出演しているほか、4月28日よりNHK総合で放送されるドラマ「コンビニ兄弟」への出演が決定している。
光石 研 | 鈍牛倶楽部 -- DONGYU OFFICIAL SITE
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音楽ナタリー @natalie_mu
【私と音楽 第50回】
光石研が語る山下達郎
記念すべき連載第50回は……
ソロデビュー50周年の山下達郎
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クールスでの出会い、「ON THE STREET CORNER」での驚き
「自分にとって達郎さんの音楽は原点なんです」 https://t.co/jnsqasMOeL