各界の著名人に愛してやまないアーティストについて語ってもらう連載「私と音楽」。第45回となる今回は、俳優・
1976年に俳優としてデビューし、映画「海と毒薬」「棒の哀しみ」といった作品で数々の賞を受賞してきた奥田。現在もTBS系ドラマ「まどか26歳、研修医やってます!」に出演するなど、日本の映像界を支え続ける大御所俳優の1人として知られている。そんな彼が今、ある1人のアーティストに夢中になっているらしい。そのアーティストとは、意外や意外
取材・
孫きっかけでドハマリ
高知で暮らしてる孫がね、文字も読めない頃からあいみょんの歌を口ずさんでたんですよ。それで「じいじ、あいみょんって超カッコいいよ。聴いてみて」って言うから、一緒にiPadで聴いてみたんです。「君はロックを聴かない」の1曲を聴いただけですぐに「いいなあ」と思って、そこから1曲ずつ全部聴いていったら、もうね……ストライクゾーンに入ってきちゃった。1960年代、70年代の歌謡曲やブルースしか聴かなかった……いや、聴けなかったのに、今はあいみょんに夢中なんです。
東京に戻ってきてからはミュージックビデオを次から次へと観て、「こういう子が歌ってるんだ」と知っていきました。そのあと長女の安藤桃子があいみょんとご縁があって、彼女と孫と僕の3人で高知のコンサートを観に行かせてもらったんです。僕はけっこう長く生きてますが、コンサートはそんなに行ったことがなくて。自分で行きたいと思って行ったのは、高校生のときにフォークグループのPeter, Paul and Maryを同級生たちと観に行ったとき以来でした。
花道を歩いてきたあいみょんが「裸の心」をアコースティックギターで弾き語っているのを観ている最中に涙があふれてきて、その様子を孫にじっと見られていたんです。そっちを向かずとも、視線を横から感じるじゃないですか。それで孫は、コンサートが終わったら「じいじ、泣けてよかったね」って。「ああ、うん」と答えましたよ。そんな初コンサートでした(笑)。
あいみょん - 裸の心【OFFICIAL MUSIC VIDEO】
楽屋にも呼んでいただいたんですけど、僕は緊張してしまって何を伝えたらいいのかわからず、ずっと黙ってて。一緒に写真を撮ってもらったあとにそっと近付いて「いやあ、泣かされましたよ」とだけ言って帰ってきました。もっとちゃんと話せればよかったなと思ったけど、そういうもんですよね。
心を突き刺した「裸の心」
あいみょんの曲の中で一番ズキンと刺さったのは「裸の心」。コンサートで聴けて本当にうれしかったです。僕は富山と東京で「奥田塾」(奥田が主宰する演劇集団)というのをやっているんですけど、そこで「裸の心」の歌詞を題材に使わせてもらったことがあるんです。東京はプロの俳優たちが参加しているんですけど、富山は10代の学生から社会人まで幅広く一般の子たちに演劇を教えていて。ホワイトボードに歌詞を書いて、その一部を分析してショートストーリーを作るという授業をやったんです。そのときは12人くらい参加していたのかな。そのうち2人が「あれ、これって……」と途中で気付いて「おお、わかるか!」とうれしくなりました。
「裸の心」だけじゃなく、あいみょんの歌詞はどれでもそういうふうに使うことができるんです。例えば「貴方解剖純愛歌~死ね~」は、「あなたの両腕を切り落として 私の腰に巻き付ければ」「あなたの心臓をえぐりとって 私のネックレスにしたなら」なんて、一見グロテスクな歌詞なんだけれど、分析していけば「好きで好きでたまらないんだな」ということがわかる。あいみょんの中でのロマンチシズムの塊の曲なんだと思います。
「どうせ死ぬなら」という曲の歌詞もすごいですよ。太宰治だとかゲルニカだとかそういった名前が出てきたあとに「どうせ死ぬなら二度寝で死にたいわ 欲を言えば 父ちゃんと母ちゃんに挟まれて」とくる。「どういうこと?」と一瞬思うけど、それと同時にその映像が頭の中に浮かんでくるわけ。死ぬシーンじゃなくて、死ぬときはこうでありたいという夢として、お父さんとお母さんの間で寝ている自分を思い浮かべるって、本当にすごいことですよ。しかも19歳でこの歌詞を書いてるなんて。
あいみょん「どうせ死ぬなら」(Official Video)
彼女の想像力と表現力は本当に素晴らしいです。きっと子供の頃からたくさん道草をして、いろんな発見をしてきたのだろうと思います。仕事柄いろんな子供と接してきていますが、潜在的な好奇心がある子は毎日が発見の連続で、想像力が豊かになり、それを自分で具現化したくなって、表現の世界に行くんです。しかもあいみょんは「あんたも私もそこのあんたも友達だから、みんなも一緒に感じてね」という優しさがある。だから世代も性別も何もかも超えて、多くの人の心に響いているんだと思います。
あいみょんからもらった言葉に気付かされたこと
コンサートのあと、ラジオであいみょんと対談をするという予想もしていなかったことが起きたんです(2024年8月27日深夜放送の「TOKYO SPEAKEASY」)。2021年に宇崎竜童さんと同じ番組で対談させてもらったことがあって、今回また出演が決まったときに「奥田さんが好きなあいみょんさんとの対談でどうですか?」と。断られたら傷付くから、ラジオ局のほうから「奥田さんとあいみょんさんに出てもらいたい」と話してもらうようお願いしました。まあスケジュールが合わないとかでお断りされるだろうと思っていたんですが、あいみょんは「断る理由がない」と出演を快諾してくれて。その返事が素敵すぎて僕に突き刺さったんですよ。それから僕も何か声をかけられて、引き受けるときは「断る理由がないから」と言っているんです。
というのも、昔ある監督と大喧嘩をしたことがあったんです。「奥田が主役の作品を作りたい」と言われたんですが、台本を読んで「僕の場がありません」と断っちゃって、そこから10年間口もきいてもらえなかった。それから11年経ったある日、その監督から突然「一緒にお酒でも飲まないか」と電話がかかってきて。「俺の場がないから嫌だって言ってたよな」と、まだしっかり覚えていらっしゃったんです。それをきっかけにまたその監督から出演依頼が来るようになり、その人が亡くなる2年前くらいに2夜連続のスペシャルドラマに出させてもらって。あいみょんから「断る理由がなかった」という返事をもらったときに、あのときの自分の言葉は裸の王様が言うような言葉だったなと恥ずかしくなりました。それからはもう「断る理由がない」と仕事を引き受けて、断る理由があるときは、それを丁寧に説明するようにしています。あいみょんのおかげで、生きているうちにその言葉の恥ずかしさに気付けました。
あいみょんの曲は“青春”
さっきも言ったように、もともと僕は60年代、70年代の歌謡曲とブルースしか聴かなかったんですよ。でも、あいみょんにハマってからは、それすらさっぱり聴かなくなって。「もともとは昔の曲を聴いて日本酒を飲んで泣いていたオヤジに、あいみょんの曲がなぜこんなにも刺さるんだろう」と考えたんです。それは、昔の曲のような懐かしさを感じさせてくれながら、彼女の歌声と物語が自分を包み込んでくれるからなんですよね。
僕の中であいみょんの歌声は3種類くらいあって、1種類目から2種類目に変わるときと、2種類目から3種類目に変わるときの音色がすごく刺さるんです。あいみょんの声であの歌詞とメロディを歌うからこそ、より説得力が増すというか、心に染み込んでくる気がする。それに本人のキャラクターもとてもチャーミングで、そんなところも性別や年齢問わず人気がある理由だと思います。ちなみに僕が行ったコンサートで「10代の人、20代の人、30代の人……」ってあいみょんが順番に声をかけて、来ている方が手を挙げるという場面があったんですけど、80代はいなくて僕ら70代が最高齢でした(笑)。
最近たまたま、あいみょんの曲を1週間くらい聴かないときがあって、ふと「なんで聴いてないんだろう」と考えたんです。もしかして今僕は何かに嫉妬しているのかなとか、恋が離れていっているのかなとか、75歳にもなるジジイが1週間曲を聴かないだけでそう考えるのは、彼女の曲にそれほど青春を感じているからなんですよね。俳優として売れなかった若い日の10年間のこととか、そういうことが頭をよぎるんです。
あいみょんを聴き始めた頃、「マリーゴールド」はそんなにハマっていなかったんですが、去年コンサートで聴いてから、ものすごくいい曲に聞こえてきて。「マリーゴールド」を聴くと心がすごく落ち着くようになったんです。あいみょんのどの曲が自分にハマるのかが、心のバロメーターみたいになってるというか。今では自分にとってあいみょんの存在が、それほどまでに大きなものになっているんです。
プロフィール
奥田瑛二(オクダエイジ)
1950年、愛知県生まれの俳優。1979年、映画「もっとしなやかにもっとしたたかに」で初主演を飾る。1986年に「海と毒薬」で毎日映画コンクール男優主演賞、1989年に「千利休 本覺坊遺文」で日本アカデミー主演男優賞を受賞。1994年には「棒の哀しみ」でキネマ旬報、ブルーリボン賞など8つの主演男優賞を受賞する。現在はTBS系ドラマ「まどか26歳、研修医やってます!」に出演中。
奥田 瑛二 プロフィール - ゼロ・ピクチュアズ
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わた丘 ルリ子 @janjanrock
奥田瑛二が語るあいみょん | 私と音楽 第45回 - 音楽ナタリー コラム
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