Ms.OOJAがデビュー15周年を記念して、初の演歌カバーアルバム「Ms.ENKA~OOJAの演歌~」をリリースした。これまで「流しのOOJA」シリーズなどで昭和歌謡を現代的な感覚で歌い継いできた彼女にとって、本作はその延長線上にありながら、さらに大きな挑戦でもある。演歌を“懐かしい音楽”としてではなく、土着的なソウルミュージックとして捉え直したMs.OOJAは、そこにどんな新しい景色を見たのか。15年の歩みを振り返りながら、この意欲作に込めた思いを聞いた。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 映美
15周年、なぜ演歌なのか
──メジャーデビュー15周年というタイミングで、演歌に挑戦しようと思ったのはどうしてだったのでしょうか。
私はデビューしてからずっと、オリジナル曲と並行してカバー曲もリリースしてきました。特に40代が近付いた頃からは「流しのOOJA」と銘打って、ファンの方たちからリクエストを募りながら昭和の名曲をカバーしてきたんです。そうして自分が幼い頃に聴いていた音楽に改めて触れていくうちに、「私の原点はここにあるのかもしれない」と思うようになって。反響もとても大きく、「流しのOOJA ~VINTAGE SONG COVERS~」を3作でひと区切り付けたとき、次のテーマとして浮かんできたのが演歌だったんです。
──「流しのOOJA」の延長線上に演歌があったのですね。
はい。ファンの皆さんからのリクエストの中に、今回収録している「夢芝居」や「冬のリヴィエラ」のような、いわゆる演歌と呼ばれる楽曲がけっこう入っていたんです。実はそれまで、私は演歌をまったく聴いてこなかったので、「流しのOOJA」の世界観とは少し違うかな、と思って一線を引いていたんですね。ただ、そういったリクエストを通して、「演歌を歌う」ということの可能性をうっすら感じてもいました。
──ちあきなおみさんの「冬隣」を知ったことが、大きなきっかけになったそうですね。
そうなんです。もともとちあきさんの曲は大好きだったんですが、演歌のカバーをぼんやり考えていた頃に、「冬隣」の作曲家である杉本眞人さんのライブを偶然観る機会があって。そこで杉本さんご本人がこの曲を歌っていらっしゃって、「すごくいい曲だな」と思ったんです。しかも、どこかで聴いたことがある気がして。「なんで私、この曲を知っているんだろう?」と思って家に帰り、ちあきさんのバージョンを聴いてみたら、めちゃくちゃカッコよくて感動したんです。
──どんなところにカッコよさを感じたのでしょうか。
ある意味、演歌ってソウルミュージックなんですよね。しかもすごく土着的というか……日本古来の文化が生み出した音楽でもあると思うんです。今みたいに情報も多くなくて、エンタメの手段も限られていた時代に生まれたからこその強さがある。当時は作詞家、作曲家、編曲家、歌手、それぞれの役割がはっきりしていて、しかも歌手も本当に“選ばれた人”しか表に立てなかった時代だったと思うんです。才能があって、ヒット曲に恵まれて、スターとして愛され、今もなお歌い継がれている。そういった楽曲や歌手って本当にひと握りで、ものすごく研ぎ澄まされた世界なんですよね。「こんなにカッコいい音楽に、どうして今まで気付かなかったんだろう」「私も歌いたい」「絶対に演歌のアルバムを作る」と強く思い、すぐにスタッフへ相談しました。
──カバーする楽曲は、どうやって選んだのですか?
カバー曲に関しては、いつも「自分の声に合うかどうか」をできるだけ客観的に判断しているんですが、今回はそれを、より大切にしました。演歌の中には「こぶし」や「うなり」といった独特の技法を使わないと成り立たない曲もあるんです。そういう技法を身につけていない私が歌うと、やっぱり違和感が出てしまう。だからそれに無理に挑戦するのも違うなと思ったんです。なので、今の自分にできる表現で演歌をアップデートして届けられるかどうか。そこを基準に選曲していきました。
──特に難しかった曲は?
やはり「冬隣」ですね。演歌って、独特の余白や間──いわゆるグルーヴがあるんですよ。これまで私が歌ってきた曲は、ある程度リズムや譜割りが決まっているものが多かったけど、演歌は自分で余白や間のタイミングを決めたり、言葉の置き方や譜割りを作っていったりする感覚がある。同じ曲でも人によって歌い方がまったく変わるし、聴く人の想像力をかき立てるような表現でないと成り立たない。文字通り「演じる歌」だと思いました。「冬隣」は特に、そこが厳しく求められる曲でした。
──自由度が高い分、難易度も高いというか。
まさにそうですね。実は一度レコーディングしたあと、どうしても納得がいかなくて録り直したんです。最終的には「ちゃんとMs.OOJAの歌になった」と思えるところまでたどり着けたので、自分にとっても大きな成長になりました。
──美空ひばりさんの「愛燦燦」も、長く歌い継がれてきた曲ですよね。たくさんの人が、それぞれの感情や記憶と結び付けてきました。
「愛燦燦」は、ある意味「国民的な歌」ですよね。若い頃の私は、その偉大さにまだちゃんと気付けていませんでした。そういう意味でも、特にプレッシャーの大きな曲でした。美空ひばりさんという存在があまりにも大きいので……だからこそ胸を借りるような気持ちで、全力で挑ませていただきました。
──八代亜紀さんの「雨の慕情」は、情念のこもった“演歌の中の演歌”とも言える曲です。Ms.OOJAさんらしさへ引き寄せていくうえで、何か工夫した点はありますか?
八代さんの声が持つ憂いや温かみのような部分は、自分も踏襲できるところはしたいなと思っていました。もちろん、そのうえでMs.OOJAらしさもちゃんと出したい。その両方をうまく混ぜられないかなと、試行錯誤を重ねました。とはいえ八代さんご自身、ジャズも歌われていましたし、歌声にいろんなジャンルの要素を含んでいらっしゃる方なんですよね。いわゆる「ザ・演歌」という曲ではあるんですけど、実はそこにちょっと洋の匂いも感じられる。そのカッコよさは、私もいただきたいなと思いながら歌っていました。
──梅沢富美男さんの「夢芝居」はどうでしたか?
さっきもお話ししたように、「夢芝居」は「流しのOOJA」の頃からたくさんリクエストをいただいていた曲なんです。ただ、梅沢富美男さんといえば「夢芝居」というくらいイメージが定着していますし、最近だとレモンサワーのCMの印象も強いじゃないですか(笑)。
──確かにそうですね(笑)。イントロのギターもケレン味たっぷりです。
小椋佳さんの歌詞もインパクト大ですし。よく聴くと、実はすごくロマンチックな曲なんです。私はテレサ・テンさんのカバーバージョンを聴いて、「こういう解釈もあるんだ」とたくさんヒントをもらいました。アレンジも最初はもっとおしゃれな感じだったんですけど、やっぱりあのイントロのメロディーがなきゃ「夢芝居」にならないなと思って、あとから足していただきました。
──作詞を松本隆さん、作曲を大瀧詠一さんが手がけた「冬のリヴィエラ」は、演歌とポップスの橋渡しのような曲です。そういう意味では、Ms.OOJAさんがこれまでやってきたことにも通じるのかなと。
おっしゃる通りで、自分の声とのハマり具合に驚きました。歌っていてすごく楽しいし、気持ちよかったですね。実はこの曲、森昌子さんもカバーされていて。そのバージョンが私の歌うキーにもぴったりだったんで、とても参考になりました。やっぱり演歌ってすごく自由な音楽なんですよね。歌う人によって表情が変わるし、「この人はこういう解釈で歌っているんだ」という違いが見えやすいジャンルなんだなと思いました。
──今回カバーした曲のクレジットには、浜口庫之助さんや玉置浩二さん、大瀧詠一さんなど、歌謡曲をモダンに更新してきた作家たちの名前が並んでいます。
例えば「冬のリヴィエラ」や「愛燦燦」は、どちらかというと演歌というよりポップスの要素が強いですし、「ベサメ・ムーチョ」なんて、まさにラテンミュージックですよね。一方で「北の宿から」や「雪國」のような、いわゆるコテコテの演歌もある。そういういろんなタイプの曲に触れて思ったのは、演歌って「何を歌うか」以上に「誰が歌うか」で決まる部分がすごく大きいんだな、ということでした。
──そう考えると、ジャズに近い感覚かもしれないですね。スタンダードをどう演奏するか、どう歌うかでその人のオリジナルになっていく。演歌も同じで、だからこそ皆がカラオケで歌って「自分の歌」にしてきたんだろうな、とお話を聞いていて思いました。
そうですね。自由度が高くて、歌いたくなる楽曲。それが演歌なんだなと思います。
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酒と海、男と女





