BIGYUKI「John Connor」インタビュー|AIとの対話の先に見た肉体性と、ニューヨークで見つけた“日本人らしさ”

BIGYUKIの新作ミニアルバム「John Connor」は、コロナ禍にニューヨークでの音楽活動が制限される中、東京のスタジオにこもって録りためていたトラックをまとめた、完全ソロレコーディングによる1枚だ。映画「ターミネーター」シリーズの登場人物に由来する「John Connor」の2バージョンと新曲「Dawn」に加え、代表曲「In a Spiral」「Nunu」のソロバージョン、さらにNirvana「Lithium」のカバーを収録している。

制作期間中、日本でソロライブを重ねる中で、BIGYUKIはピアノと向き合う時間をより深めていった。同時に、AIオーディオプラグイン「Neutone」との出会いが、演奏に新たな変化をもたらしたという。しかしその試行錯誤の先で彼が見出したのは、テクノロジーでは代替できない“身体を使った演奏”の重要性だった。この記事では、AIにどのような可能性を見出しているのか、そしてニューヨークを拠点に活動する中で感じる日本的な感覚とは何かを紐解きながら、BIGYUKIの独自の音楽観に迫る。

取材・文 / 原雅明

1人で何ができるのか、その実験の場が日本だった

──まず、今回1人でソロアルバムを作ることになった経緯から教えてください。

直接的なきっかけは、コロナになってニューヨーク、東海岸でまったく経済活動がストップしてる中で、日本からライブをしないかとお誘いが何回かあったことですね。当時は客席を半分に減らして、間隔を空けてライブしてましたよね。ライブの誘いをもらってもアメリカ人のメンバーは連れていけない。それで結果的にソロのライブをやることになったんです。今までピアノを弾くのは曲の1カ所での味付けみたいな感じで、ピアノだけで全部、頭から最後まで完結させるのはほとんどなかったんですよね。そのライブのために、ひさしぶりにピアノに向き合って練習して、改めてピアノへの愛みたいなものを再確認できたんです。

──そこからアコースティックのピアノだけではない要素も加えたソロのライブを考えていったわけですね。

せっかく1人でライブをする機会があるんだから、何ができるんだろうという試行錯誤でしたね。バンドでどういうふうに作るかじゃなくて、完全に1人でどうするか。それで、ルーパーを使うとか、ボコーダーを使うとか、いろいろと試すうちに、同期はどうするのかとか、機材を全部シンクさせてやるのかとか、そこからまったく新しい試行錯誤が始まって、それがめちゃくちゃ楽しくなったんですよ。1人でずっと考えながら、こういうふうにここから信号をこっちに渡してとか、思いついたことを絵に描くのも面白かったんです。その実験の場っていうのが、日本だったんですよ。

BIGYUKI

──ライブをやりながら更新していったんですか?

ええ。2020、21年は、自由にライブできる機会は日本のほうが多く、それで毎回やり方をどんどん変えたりして、初めはボコーダーとルーパーを使って、そこからドラムマシンを入れたり。そうこうしてるうちに、自分の練習や準備の場所としていつもお世話になってるDedeというスタジオで自然発生的に「せっかくだし、録ってみる」という感じで、作品を作るというよりも、ピアノと向き合っているときでしか成し得ない緊張状態の記録みたいに録り始めたのがこのミニアルバムのきっかけなんですよ。Dedeの(吉川)昭仁くんはプロデューサーとしても名前をクレジットしましたが、俺の演奏に対しての耳の精度がすごかったですね。そこにかなり救われました。そして、それと同時進行で徳井直生さんとの出会いがあったんですよ。徳井さんはNeutoneというAIオーディオプラグインを作って、それを使ってどういうふうに面白い音楽ができるのかいろいろ試行錯誤をしてるところで、ピアノにNeutoneをかましたら面白いんじゃないのかなと実験的な感じでやっていったのも、このミニアルバムのきっかけですね。

ピアノに対してすごく愛情もあるし、怖さもある

──ジャズピアニストでソロピアノのアルバムを出す人も多いですが、ソロピアノに対しての関心はいかがですか?

ありましたね。キース(・ジャレット)の「The Melody At Night, With You」、自宅で録音したあの作品に学生時代からかなり救われたことがあって。孤独を癒してくれるというか、アメリカに渡って3年目、4年目ぐらいですかね、もうどうしようもなくなっていっぱいいっぱいになったときによく聴いていて、ベタだけど「音楽っていいな」って。その感覚は覚えてるんですよね。ピアノに対してすごく愛情もあるし、怖さもある。ピアノは自分が裸になっちゃうから、自分の音楽への向き合い方が、全部バレちゃう。普段はいろんな機材を置いて、自分の中のコンセプトっていうものに自分が守られてる感じがするんですよね。要は、勝負してるのは楽器のコントロールの仕方であるとか、そこから紡ぎ出す音色とかではなく、あくまでも自分はコンセプトありきのアーティストみたいな自覚があるんです。

──その話は興味深いですね。自分でコンセプトを立てて、それによって逆に守られている意識があるんですね。

ありますね。これ、赤裸々に話しちゃったんですけど。

──生のピアノに向き合うのは、やはり怖い部分があるんですか?

そうですね。音楽との向き合い方が全部出ちゃうから。生き方というか、自分の体調、心の状態も全部、どんだけ真摯にやってんだっていうのが出ちゃう。

──ジャズピアニストはシンセサイザーに対しても意欲的だと思うんですが、YUKIさんはエレクトロニックミュージックそのものに対しての興味も強いように感じます。その理由はなんでしょうか?

リズムありきの音楽だと、モチーフが繰り返されていって、それがどんどん元のモチーフから乖離して膨らんでいってみたいな、そういうループで考えたりするんですよね。プロダクションも縦の積み重ね、ブロックで考えるんですが、今回のアルバムでは、曲によっては音を重ねたりもしてるものの、基本的には横の流れで、まずメロディを弾いて、そこから出ていってインプロビゼーションで離れていってという、横の、リニアな感じで音楽を感じながら演奏したんです。そこらへんの考え方が違ったのかな。エレクトロニックミュージックに対する興味というか愛は、基本的にはそのループなんですよね。気持ちいいところをずっと行きながら、でも少しずつ意外なところに行く。急にガッと持って行かれるんじゃなくて、ずっと浸っていられながらも、どんどん浮上していける。自分の中でそのコアな部分で求めてるものがある。エレクトロニックミュージックが直接的に自分の演奏にどう影響しているかは、まだあまり研究できてないんですけどね。

──自分の演奏を客観的に見ているんですね。

たぶん、自分の演奏でユニークなところは、間の取り方だったりとかするのかなと思うんです。旋律の意外さ、打鍵の速さとかよりも、間の取り方、リズムの感じ方と、あと、音がポンと鳴ってから、しばらく空白がある、その感じ方とか取り入れ方が、もしかしたらユニークなんじゃないのかな。だからループした音楽で、常に変化を求めるんではなくて、どこか気持ちいいところがあったら、そこを継続させながら変化させていくっていうところにつながったりするのかなとも思うんです。