有安杏果インタビュー|ニューアルバム「雫ノ音」に至るソロアーティストとしての道のり

有安杏果がニューアルバム「雫ノ音」(しずくのね)を4月15日にリリースした。

今作は彼女にとって2018年のももいろクローバーZ卒業以降、初のアルバム。収録曲すべての作詞作曲を有安自身が担当し、ツアーをともにしてきたバンドメンバーとアレンジやレコーディングを行った、シンガーソングライターとしての作品だ。

音楽ナタリーでは新作のリリースを記念して2本のインタビューを実施。第1弾では彼女の音楽的なルーツや影響源、曲を作り始めたきっかけ、ソロ活動のスタートから今に至るまでを、改めて振り返ってもらった。後日公開のインタビュー第2弾では有安がアルバム「雫ノ音」に収録された全曲を解説する。

取材・文 / 柴那典撮影 / 宇佐美直人

有安杏果のリスナー遍歴

──今回のインタビューでは、有安杏果さんの音楽的な成り立ちを掘り下げていこうと思います。まずはルーツを振り返ってのお話からお伺いできればと思うんですが、子供の頃、最初に聴いた音楽の記憶は?

私は3歳の頃にバレエを始めて、ももクロに入るまでダンスをずっとやっていたんです。だから、当時の洋楽──ニーヨやリアーナ、ブリトニー・スピアーズなどを聴いてました。あとはマライア・キャリー。ストレッチのときにダンスの先生がいつもマライア・キャリーのアルバムを流していたんです。R&Bの曲に合わせて踊ることが多かったので、そういう曲を自然と聴いていた感じです。

──最初に買ったCDは?

マライア・キャリーの「All I Want For Christmas Is You(恋人たちのクリスマス)」です。昔の細長いシングルでした。

──ということは、物心ついた頃から、自分にとって音楽は「踊るもの」みたいな感じだったんですか?

最初はそうかもしれないですね。キッズダンサーとしてEXILEさんのバックで踊らせてもらうようになってもいたので。でも、ちょうどその頃、BoAさんとか安室奈美恵さんのような、歌って踊れる人がカッコいいと思うようになったんです。そこから歌にも興味を持つようになって。中でも絢香さんにすごく憧れていました。

──絢香さんのどういうところが好きになったんでしょう?

全部です。まずかわいいし、あのお団子頭を真似するところから始まって。圧倒的な歌唱力にも本当に魅了されました。よく覚えているのが、コブクロさんとコラボした「WINDING ROAD」とか、音楽番組で上原ひろみさんとコラボした「おかえり」を観たときのことで。10代とは思えない圧倒的なパワーに度肝を抜かれたんです。そこから、BoAさんのような歌って踊れる人になりたいと思うと同時に、絢香さんのような歌手にもなりたいと考えて、たくさん聴いてました。なので、オーディションでも絢香さんの曲を歌ったりしてました。

有安杏果

──ももクロのオーディションもそうでした?

そうです。そのときは「Jewelry day」という曲を歌いました。

──絢香さんから好きな音楽はどう広がっていきましたか?

そこからSuperflyさんとか、back numberさんとか、いろんなアーティストさんの曲を聴くようになりました。ドラマっ子だったからドラマ主題歌で出会うきっかけもありましたし、音楽番組も好きだったので、その当時のアーティストさんをたくさん追いかけてましたし、いろんな方のライブにも行ってました。

──例えばどんな方のライブに行きました?

スキマスイッチさんとか、秦基博さんとか。あとMr.Childrenさんのライブにも行ってました。そういうJ-POPのド真ん中が好きでした。あとカラオケもすごく好きで、ヒトカラにも行って、いろんな曲を歌ってました。アニソンとかボカロも好きでした。カラオケランキングがきっかけでsupercellさんの「君の知らない物語」を知って、そこからsupercellさんのアルバムを聴いてハマったんです。前作の「Catch up」(2017年10月、ももいろクローバーZ在籍時にリリースされた1stソロアルバム「ココロノオト」収録曲)のアレンジはOSTER projectさんにお願いしたんですけれど、ああいう最初から最後まで飽きさせずにワクワクさせてくれるアレンジは、そういうところからインスパイアを受けました。今もアレンジにはこだわってます。

レジェンドアーティストと出会ったももクロ時代

──J-POPのメインストリームを中心に、いろんなアーティストに影響を受けてきた、と。

そうですね。自分が好きなアーティストさんに共通しているのは、皆さん、泣けるバラードも歌うけれど、ライブでタオルを回すような曲も歌われていること。振り幅の広い、いろんな楽曲を持っているアーティストさんが好きだったんだなって、今振り返って思います。

──ももクロへの加入をきっかけに、聴く音楽が変わったり、音楽との向き合い方が変わったりはしましたか?

ももクロ時代は、もちろんほかの音楽も聴いてましたけど、常にいっぱいいっぱいだったので、リスナーとしてはあまり意識的じゃなかったかもしれないです。あと、ほかの方の音楽を追いかけるというより、自分たちにたくさんの音楽の出会いもあったので。布袋寅泰さんとか、中島みゆきさんとか、Kissさんとか、いろんな方とご一緒して、新たな刺激がありました。それまであまり聴いたことのなかったジャンルに出会えたし、自分の音楽の幅はすごく広げてもらえたなって思います。「Mステ」(テレビ朝日系「ミュージックステーション」)のスペシャルとか、いろんな現場でたくさんのアーティストさんにお会いしたりもできました。

有安杏果

──絢香さんのように、憧れの人と同じ番組に出演した経験もありました?

絢香さんは「紅白」(ももいろクローバーZは2012年大晦日の「第63回 NHK 紅⽩歌合戦」に出演)のときが初めての同じ現場で。リハーサルはバタバタだったけど、私が絢香さんに憧れているのを当時のマネージャーさんが知っていたので、「見に行っていいよ」と言われて、1人だけ絢香さんのリハーサルをNHKホールの席からこっそり見させていただいたのをすごく覚えてます。BoAさんは「FNS歌謡祭」でご一緒したんですけど、そのときは「ご本人がいる!」って緊張しすぎて何にも話しかけられず、ただ後頭部を見て終わりました(笑)。

ソロアーティスト有安杏果の誕生

──ももクロ時代の2016年には横浜アリーナで初のソロライブ「ココロノセンリツ ~Feel a heartbeat~ Vol.0」を行っていますが、「ソロとして表現したい」と思い始めたのはいつぐらいのことでしたか?

ももクロだと歌分けがあって、歌を1曲全部は歌わせてもらえないんですよ。しかも、のちのちは最初から歌分けされてることもありましたけど、最初の頃はレコーディングで全部歌っても、完成するまで結局どこのパートに自分が採用されるのかわからないこともあって。

──レコーディングしたあとに、プロデューサーがそれぞれの歌のいいところを採用するという?

そうです。私は子役上がりなので、オーディションのときみたいに「どれだけパートをもらえるんだろう」っていう意気込みで一生懸命練習してレコーディングに挑むんです。だけど、もちろんパートをもらえるときもあれば、ワンコーラスで1回も私のパートがなくて、「テレビサイズになったら私が歌うところはユニゾンのサビ以外はないんだ」みたいなこともあって(笑)。そこからだんだん「もっと歌いたい」という気持ちが強まっていきました。そんなとき、(高城)れにがソロコンをやるらしいという話を聞いて。ももクロメンバーがソロコンをやるのはそれが初めてだったんですよ。「え? そういうのありなの?」って。それまではやりたいとは思いつつ怖くて口にも出せなかったんですけど、「じゃあ私もやりたい」って当時のマネージャーさんに伝えました。

有安杏果

──で、ソロライブをやることが決まった、と。

はい。どういうライブをやりたいかは、決まってから考えました。全部ももクロの曲や好きなアーティストさんのカバーを歌うというのも、私がソロコンでやりたいこととは違う。じゃあ自分のソロ曲が欲しい、とそこで初めて思ったんですよ。でもすでにメンバーそれぞれのソロ曲があって、私も2曲はありましたが、それだけではライブ1本はできない。それで、当時のレーベルのプロデューサーさんに話したら「自分で作ってみなよ」って言われて。そこが曲作りの始まりでした。そのとき生まれた曲が、今回のアルバムにも入ってる「ペダル」と「ハムスター」なんです。当時は楽器もなんにも弾けなかったけど、「作りたい」っていう思いだけで、お風呂の中とか渋谷を歩いてるときとか、何かしら思いついたらボイスメモに録音して。それをツギハギで作っていった曲でした。

──誰かに作曲を習ったりは?

まったくないです。だけど、当時から仲よくさせていただいていたaikoさんに「曲ってどうやって作ったらいいんですか?」と聞いたことがあって。そしたら「まずは⾃由に作るには⿐歌やなー、ももかが歌いたいメロディを⿐歌で作ってみたらどうですか?」とアドバイスをいただいたので、闇雲に作っていきました。

──「ペダル」と「ハムスター」ができたときの手応えは?

うーん、どうだったんでしょうね……。もちろん自分で作れた喜びはありましたけれど、ソロライブで披露したときも、お客さんからはそんなに大きな反応はなかったから、もっとがんばらなきゃなと思いました。あんまり手応えはなかったかもしれないです。