2010年代のアイドルシーン Vol.14 [バックナンバー]
日本のアイドルダンス文化、何がどう変わった?(前編:振付師・YOSHIKOインタビュー)
モーニング娘。“フォーメーションダンス”誕生の裏側
2025年10月29日 20:00 58
グループアイドルのジレンマに対する1つの解決策
大変なのは、ここからだ。何しろ前例のないことをやるため、すべてが手探り。メンバーの戸惑いも大きかった。場位置1つとっても、それまでは「最初は1番! その次は2番に移動!」などと言っていたのが、「1.25」や「0.75」などの細かい数字が飛び交うようになる。加えてリハーサルしていたスタジオではスペースの関係で、踊るときの場位置の番号が限られていたので、メンバーの人数が増えても必ずその中で収めなくてはいけないという制約があった。
「具体的に言うとセンターが0番で、左右の端っこが3.5。そこに全メンバーを収めなくちゃいけなかったんですね。じゃないと、映像に収められないという問題も当時はありましたし。それに加えてフォーメーションダンスの場合は左右だけなくて、前後もそろえなくちゃいけないわけで」
さらに実際のコンサート会場となると、そのほかの問題も出てくる。ステージ上にセットが組まれるため、踊るスペースが狭くなるのだ。
「結局、フォーメーションダンスのためにセットの作り方もイチから変えることになりました。スタッフさんが1階のフロア部分をすごく広く作ってくださいましてね。けっこう大掛かりな話になっちゃったけど、そうしないとフォーメーションダンスは成立させられなかったんです」
曲間の移動距離が長くなると、メンバーは「なんとか間に合わせたい」という気持ちが先走るようになる。すると、全体としてフォーメーションがそろわなくなる。ここで大事なのは「みんなでそろえよう」という共通認識なのだという。この「周りに合わせてラインをきれいにする」という意識を徹底させるのに時間がかかったとYOSHIKO氏は振り返る。
「あと、現実的な話としてあったのがメンバー間の実力差。あの時期は9期、10期の若い子たちが一気に入ってきて、ダンス未経験者も多かった。普通、そういう場合は踊れる子を前に持ってきて目立たせるものなんです。うまい子がセンターで踊っていると、全体としてもダンスが上手なグループという印象になりますから。
10期メンバーの加入直後、筆者も4人がダンスレッスンする様子を取材させてもらったことがある。素人目に見ても、大きな差があることに驚いた。具体的には難なく振り入れをこなす石田と工藤遥の経験者組と、先生に怒られながら涙する未経験組の飯窪春菜と佐藤優樹。だが、これは当然なのかもしれない。スポーツや楽器演奏でもそうだが、いきなり未経験者が経験者と同じレベルでやるというのは土台無理な話だ。
「結局そこなんですよね。その問題はグループアイドルに常につきまとってくるんです。踊れない子は、どうしたって後ろとか端っこのポジションになってしまう。道重もそうだけど、飯窪なんかも何もできない状態で入って、ものすごく苦戦していた。それでもやっぱり見せ場は作ってあげたいじゃないですか。たとえ少しだけであったとしても。そのジレンマに対して、フォーメーションダンスは1つの解決策を示したとは思っているんですよ。というのも、つんく♂さんの歌割というのはものすごく細かい。歌割が少ない子はテレビで一瞬しか映らないし、コンサートだったらモニタに抜かれづらい。その一瞬で見せ場を作るため、フォーメーションを動かすという面もあるんです。要は目立たせる人をどんどん変えていきたかったんですよ。それで『じゃあ、もうここは回転しちゃえ』みたいなことになっていった」
当時、グループ内でダンス面を牽引していたのは鞘師と石田だった。この2人は幼少期からのダンス経験者であるものの、ハロプロ以外の外部組織で学んでいるのが特徴。それに対して、譜久村や工藤はハロプロエッグ(現・ハロプロ研修生)で研鑽を積んできたという経緯がある。結果的には“外の血”が入ることがプラスに作用したとYOSHIKO氏は見ている。
「田中が卒業(2013年5月)してからは、道重が1人だけ年齢の離れた状態でリーダーをやっていましたよね。それも全体の“まとまり”につながったんです。年下のメンバーたちは道重のことを本当に心の底から尊敬していて、『道重さん、教えてください!』というモードでチームとしての一体感があった。『道重さんに恥をかかせるわけにはいかない』という気持ちと『早く道重さんに追いつきたい』という気持ちの両方を持っていてね。みんなが『道重さんのために!』という旗印のもとに突き進んでいたんです」
道重の卒業後、グループ内の雰囲気が一気に変わったことにYOSHIKO氏は驚いたという。それまでカリスマ性のある道重に対して横一列で忠誠を誓っていたメンバーたちが、個々の野心をメラメラと見せるようになったのだ。そこで逆説的に「そうか。今までは道重の下でまとまっていたチームだったんだな」と気付くことになる。その角度で考えると、フォーメーションダンスの誕生には、道重がリーダーだったことも大きな要素としてあったかもしれない。話の時系列をフォーメーションダンスが登場した2012年に戻そう。
「『ワクテカ』以降、『前回の延長で』ということがしばらく続いたんですね。もちろんまったく同じことをするわけではなく、その都度『次は何をやろう?』と頭を悩ませてはいましたが。特に印象に残っているのは『愛の軍団』かな。あの振りは軍隊をイメージしているんです。兵隊さんが少し無機質な感じでザクザク行進しているような動き。それも直接つんく♂さんから言われましたね。本人が実際に身動きを交えながら、『行進がいいかな』って」
モーニング娘。「愛の軍団」(Morning Musume。["GUNDAN" of the love])(Dance Shot Ver.)
「自分の考えた振りを真似してくれる」ことが最大の喜び
フォーメーションダンスが大きく注目されたことで、
「やっている立場からすると、一番大変なのはリハーサル期間なんですよ。作品が世に出る頃にはもう次の曲に取りかかっているから、感覚的にタイムラグがある。つんく♂さんもフォーメーションダンスが話題になっていることを知らなかったくらいですから。それで『だったら、これに名前を付けようか。何がいいかな?』『うーん、集団行動ってそのまま使うわけにもいかないと思うので、強いて言えばフォーメーションですかね』『だったら“フォーメーションダンス”でいいか』みたいな感じ。けっこうぼんやりした会話でしたよ。少なくとも『これを流行らせる!』とか、そんな発想は一切なかったです」
現在、YOSHIKO氏はハロプロ以外の現役アイドルから「モーニング娘。さんがフォーメーションダンスをやっている姿を見て、私もアイドルを目指すようになりました」などと声をかけられる立場になった。うれしいと同時に驚きと戸惑いも感じるそうだ。「純然たるダンスのレベルだけをとったら、ハロプロより高度なことをやっているところはいっぱいある」というのがYOSHIKO氏の見立て。むしろ「ダンスがうまい子もいれば下手な子もいるのがハロプロの特徴」と捉えている。しかし「難しいことをやっているから偉い」という単純な話で収まらないのは、あらゆる芸事に共通して言えることだ。
「面白いなと思うのは、例えばフォーメーションダンスをやっていなかった頃に卒業したメンバーたちがフォーメーションダンスを見ながら『もう私にはあんなことできない……』なんて言ったりするんですよ。私なんかは『全然へっちゃらだよ』って思うんだけど、そこは頑なに『いやいや、絶対に無理です』と言ってきますから。だから結局、アイドルのダンスが時代とともに少しずつ進化しているのは確かなんでしょうね」
アイドルのダンスに一石を投じた「ワクテカ Take a chance」発表から約13年が経過した。その間、多くのグループが生まれては消え、さまざまなトレンドも誕生した。欅坂46やラストアイドルが“集団行動”的なアプローチを踏襲したこともあり、いまやフォーメーションダンスは決して珍しいものではなくなった。そんな現在のシーンをYOSHIKO氏はどう見ているのか?
「総じて言えることは、歌よりもファッションやダンス……要するに見た目が重視されるようになっていますよね。これは明らかにYouTubeの影響。ダンスの映像を気軽に観られるようになったのはすごく大きな変化だったと思う。だから単純に今の若い子はダンスを踊れる割合が増えているじゃないですか。すぐ手軽にダンスを始められる環境が整っているので。ハロプロでも最近は“まったく踊れません”みたいな子は少数派になっています。街のキッズクラス自体も増えているし、ダンスの先生につかなくてもYouTubeさえあれば見よう見真似で子供たちがダンスを始められる。そういう時代に日本もなったんです。そもそも昔は振付のことが話題になることもなかったですしね。これは興味の対象がダンスに向かっていなかったということで、そこは大きな時代の変化を感じます。YouTubeとかで真似して踊って、それをすぐさま自分のSNSに上げる時代に入っているんですから。そういう意味じゃ、今の若い子たちは本当にすごいですよ」
YOSHIKO氏には振付師として肝に銘じていることがある。振りを作る際は“会場で真似される様子”を必ず意識するのである。
「ハロプロのコンサートって、お客さんがすぐ振付を真似してくれるんです。新曲を初披露しても、歌が2番に入るとすでに振りコピできていたりする。私、最初にその光景を見たとき、めちゃくちゃ感動したんですよね。『すごい……。こんな真似してくれるんだ!』って驚いちゃって。忘れもしない、松浦(亜弥)の『LOVE涙色』のときでした。そこからはずっと考えていることは同じ。この仕事をやるうえで、『自分の考えた振りを真似してくれる』ということに最大の喜びを見出しています。ただ、そうは言ってもフォーメーションダンスは真似できないだろうと思っていたんです。なぜなら、あれは一種の集団芸ですから。でも、一瞬で真似された(笑)。ホントみんなすごいなって感動しますよ。やっぱり一番大事なのはコンサートで盛り上がることですからね」
奇しくもこの「真似したい」というマインドは、フォーメーションダンスが時代を突破した大きな要因となる。“踊ってみた動画”カルチャーの隆盛という背景もあり、「自分たちもやってみたい」と若者たちがモーニング娘。の動きを研究するようになったのだ。プロデューサーや振付師の思惑すらも飛び越え、「個人より全体を見せる」ダンスが急速にポピュラリティを獲得していく。
一方、グループ内部に目を移すと、メンバーは別のことも感じていた。中編となる次回は、当時のモーニング娘。のエース・鞘師里保が「至近距離から目撃したフォーメーションダンスの真実」を語り、卒業後も八面六臂の活躍を続ける立場から「2010年代のアイドルダンス」を再定義する。
- 小野田衛
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出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。
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