坂本真綾「M30~Your Best~」特集|誰かの人生に寄り添ってきた、30年分の歌と言葉

デビュー30周年のアニバーサリーイヤーを迎えた坂本真綾が、節目を飾る2枚組ベストアルバム「M30~Your Best~」をリリースする。

声優、俳優、エッセイストなど多彩な顔を持ちつつ、音楽とともに歩んできた坂本の歌は、時に誰かの青春を彩り、時に人生の転機に寄り添ってきた。本作には彼女がこれまでに作り上げてきた全255曲の中から、ファン投票によって選ばれた15曲と、アーティスト仲間や関係者による推薦曲15曲、合計30曲を収録。幅広い楽曲のそろった2枚のディスクからは、“坂本真綾の歌”が人々の心にどんなふうに届き、残ってきたのかがにじみ出ている。誰かの人生の一部として愛されてきた歌たちを通じて、彼女が改めて気付いたこととは?

取材・文 / 田口俊輔撮影 / 臼杵成晃
衣装 / AVIE(アヴィ)問い合わせ先:anden sal co ltd.,

みんなが聴きたいと思う「お祭り」な1枚があってもいいよね

──デビュー15周年を記念して2010年にリリースされたベストアルバム「everywhere」は、坂本さん自身が軸となり選曲した名刺代わりとしての1枚でした。そして2枚目のベストとなる「M30~Your Best~」は、ファン投票による15曲、坂本さんと関係の深い“音楽仲間”の選出による15曲の計30曲で構成されています。こうした形での選曲は、制作当初から決めていたのでしょうか?

「リスナーからの投票での選曲はどうだろう?」と、ディレクターから発案していただきました。「everywhere」を出してから15年が経ち、さらに曲も溜まってきたので、そろそろベスト盤を出してもいいのかなとは考えていたんです。ただ正直、今は15年前と違ってサブスクで簡単に過去の曲もすぐさかのぼれるうえ、すでに“坂本真綾のベスト”としてプレイリストをまとめてくれている方もいらっしゃるので「ベスト盤を出す意味は、以前に比べ薄れてるかも」とも思っていたんです。

坂本真綾

──確かに。

それに、ベスト盤を出すとしても収録曲は誰が選べばいいのかな?と。私1人で選ぶには絞り切れないほど曲数も増えたし、自分だと「このアルバムの曲は入っていないな」「○○さんの書いた曲も入れなくちゃ」と変にバランスを取ろうとして、結果面白くなくなってしまう気がして。しかも、大切にしている曲、心地いい曲、代表曲なんかは、私の感じ方とリスナーさんの感じ方は必ずしも一緒ではないですし……もう、わからない!と悩んでいたところに、先ほどの選曲方法のプレゼンがあったので、皆さんにぶん投げました(笑)。

──今作のタイトルは「M30~Your Best~」と、シンプルかつ明快です。前作のタイトル「everywhere」には15年間の旅路についての思いが込められていましたが、この「M30」にも坂本さんなりの意匠が込められているのでしょうか?

スタッフみんなでベスト盤についていろいろなアイデアを持ち寄る中、「タイトルはシンプルなほうがいいよね」という話になって。そこからまたアイデアが出る中で、今年の3月31日、新聞に30周年記念の全面広告を載せることになったんです。そこには「M30」と書かれたロゴだけがデカデカと載っていて。「どこの大御所だよ!」というほど堂々としていて、あまりにも潔いデザインに思わず笑っちゃうくらい(笑)。でもこの無駄を削ぎ落とし切ったデザインは、きっと長くやってきたからこそたどり着ける思いきりのよさで、それがカッコいいとすら思ったんです。その後も案はたくさん出たのですが、広告のインパクトが刻まれてしまい、このタイトルに落ち着きました。

──副題の「Your Best」もシンプルながら深いですよね。坂本さんは「Drops」の取材時に「アニバーサリーは恩返しの機会」とおっしゃっていましたが(参照:坂本真綾「Drops」インタビュー)、この副題には恩返しの気持ちが込められているのかなと感じました。

ひと昔前の自分だったら、自分の聴いてほしい曲を入れたい気持ちがもっと強かったと思うんですね。でも、こんな機会だからみんなが聴きたいと思うものを作るのが一番いいし、お祭り的な作品が1枚あってもいいんじゃないかな?って。そんな意味を込めて「Your Best」と名付けました。加えて今回、私は誰が何を選んでも口を出さないと固く決めていたので、「私は選んでませんよ。だってこれは“Your Best”だからね~」というメッセージでもあります(笑)。

坂本真綾
坂本真綾

「ループ」のランクインには思わず胸が熱くなった

──ここから収録曲について伺いたいと思います。DISC 1は「MAAYA's BEST SONG ~あなたの一番好きな坂本真綾の曲を教えてください~」と題し、デビューシングル「約束はいらない」から今年発売の36thシングル「Drops」まで、全255曲の中からファン投票で選ばれた上位15曲が収められています。「プラチナ」(1999年10月発売の5thシングル)が1位を飾り、以下の順位は収録順の通り。この結果についての感想はいかがですか?

DISC 1「30周年記念企画『MAAYA's BEST SONG~あなたの一番好きな坂本真綾の曲を教えてください~』TOP15」収録曲

  1. プラチナ
    [作詞:岩里祐穂 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  2. tune the rainbow
    [作詞:岩里祐穂 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  3. Be mine!
    [作詞:坂本真綾 / 作曲 : the band apart / 編曲 : the band apart、江口亮 / ストリングス編曲:江口亮、石塚徹]
  4. 約束はいらない
    [作詞:岩里祐穂 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  5. 光あれ
    [作詞:坂本真綾 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  6. マメシバ
    [作詞:坂本真綾 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  7. ループ
    [作詞:h's / 作曲・編曲 : h-wonder]
  8. 奇跡の海
    [作詞:岩里祐穂 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  9. ヘミソフィア
    [作詞:岩里祐穂 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  10. マジックナンバー
    [作詞:坂本真綾 / 作曲・編曲 : 北川勝利 / ストリングス編曲 : 河野伸]
  11. blind summer fish
    [作詞:サカモトマーヤ / 作曲 : カンノヨウコ / 編曲 : hog]
  12. 誓い
    [作詞・作曲 : 坂本真綾 / 編曲 : 河野伸]
  13. ユッカ
    [作詞:岩里祐穂 / 作曲・編曲 : 菅野よう子]
  14. Remedy
    [作詞:坂本真綾 / 作曲・編曲 : solaya]
  15. これから
    [作詞・作曲・コーラス編曲:坂本真綾 / 編曲:河野伸]

私も1位は「プラチナ」か「約束はいらない」(1996年4月発売のデビューシングル)になるんじゃないか?と予想してたんですよ。途中で中間発表が行われて、その時点で「プラチナ」は頭ひとつ抜けていた状態。「プラチナ」で私を知ったという方に多く出会いますし、ライブで披露する際も演奏が始まった瞬間に場内の温度がグッと高まるのを感じるほどです。そんな中で「Be mine!」(2014年2月発売の23rdシングル)が中間発表の4位から最終的に3位に上がったときはもう「すごーい!」ってはしゃいでしまいました。やはり「思い出の曲は?」となると年月の経った初期の曲への思いが深くなるのは当然で。だから比較的近年の「Be mine!」が皆さんの印象に深く残る楽曲になったというのはうれしい驚きでしたね。

──なるほど。

意外性もあり納得もしつつ、うれしさもあったのは「ループ」(2005年5月発売の12thシングル)が7位に入ったこと。この曲はデビュー時から長年プロデュースしてくださった菅野よう子さんのもとを離れ、環境がガラッと変わってからの第1弾作品で。ものすごく緊張しながらリリースの日を迎えたことを今も鮮明に覚えています。ずっと応援してくれてた人も、その変化に戸惑いがあったはず。なので、発売から20年が経ち、私にとって人生の転機となる大事な曲を、多くの方が愛してくれていると結果として残ったことが……もう、すごく胸熱(笑)。あのときの決断は間違いじゃなかったんだと改めて思いましたし、作曲してくれたh-wonderさんもすごく喜んでくれるんじゃないかな。あのとき環境を変えなかったら、きっと今日まで歌い続けられなかったと思います。30周年の記念に、皆さんがこの大事な曲を選んでくれたことは、すごくありがたいなあって。

坂本真綾
坂本真綾

「これから」が10年越しに果たした役割

──シングル曲はタイアップやミュージックビデオなどを通じて触れる機会が多いですが、ファン投票の15位以内にはノンタイアップのアルバム収録曲が5曲入ってます。これは坂本さんの歌と言葉の持つ力を示す結果だなと思いました。

この5曲はどれも歌詞のメッセージ性が強いんですよね。「blind summer fish」(2001年8月発売の1stミニアルバム「イージーリスニング」収録)や「ユッカ」(1998年12月発売の2ndアルバム「DIVE」収録)は長く愛されている曲ですし、「Remedy」(2009年1月発売の6thアルバム「かぜよみ」収録)は、苦しかった時期に「それでも乗り越えられる」と信じて書いた曲で。そんな思いが、リスナーの心に届いていたと知ってうれしかったですね。特に「光あれ」が5位だったのはうれしい驚きでした。「少年アリス」(2003年12月発売の4thアルバム)がリリースされたときから「この曲が大好き」と言われることが多い曲ではあったんですが、最近のライブで初めて触れて「この曲は何?」とさかのぼって触れて大好きになったという声も同じぐらいいただくんですよ。この曲は非常に難しくて、リリースからだいぶ時間が経ってやっと満足に歌えるようになれた、長い時間をかけて向き合えた曲ですね。

坂本真綾

──結果的にベストとして申し分ない、お祭り的作品として100点の選曲でありつつ、ちゃんとこれまでの歴史に1つの芯が通っていると感じました。それはDISC 1の最後が「これから」(2015年9月発売の9thアルバム「FOLLOW ME UP」収録)で締めくくられているからです。「10年後 20年後振り返って 私どんな気持ちで今日を思い出すのかな?」という歌詞が、この周年作品にマイルストーン的な意味付けをもたらす役割を果たしているようで。

投票の結果なので偶然ですが(笑)、結果的にきれいにまとまりましたよね。さいたまスーパーアリーナでの20周年ライブ(2015年4月開催「坂本真綾 20周年記念LIVE "FOLLOW ME"」)で「これから」を初披露したとき、私が歌っている背景に、デビューからの映像をまるで走馬灯のように流す演出がありまして。あの瞬間が強く印象に残ったから好き、という人も多いんですよ。あのときは「10年後、20年後にどんな気持ちで今日のこの風景を思い出すかな?」と思いながら歌っていたんですね。そして今、その10年後が訪れた。想像もできないほど先にあると思っていた10年後の私に待っていたのは、今も歌えている「喜び」の気持ちでした。

──今回の投票結果で1つ意外だったのが、2015年以降の曲が「これから」のみだった点です。特に、ゲーム「Fate/Grand Order」のテーマソングで坂本さんのことを知った方も多いはずですが、そんな「FGO」の関連楽曲がランクインしていないのには驚きました。

それは私も驚きましたね。あと「トライアングラー」(2008年4月発売の15thシングル)も私の作品の中では売れたほうですし、この曲で坂本真綾を知ったという方もたくさんいらっしゃるので、入らなかったのは意外!でした。ただ、「トライアングラー」が主題歌になった「マクロスF」という作品のカラー自体が強いので、「坂本真綾の曲として一番好き」となると少し違うんでしょうね。

坂本真綾

──僕の個人的な驚きとしては、「ポケットを空にして」(1997年4月発売の1stアルバム「グレープフルーツ」収録)が入らなかったことがあります。ライブのエンディングテーマのように長年ステージ上で歌われ続け、観客との大合唱で必ず会場が一体になる、ある意味“坂本真綾のテーマ曲”だと言える曲なので。

確かに! 上位に来ていいはずだと思うのですが、意外と「一番好きな曲」ではないんだなあって。こうして皆さんの思いが結果に表れるのも面白いですよね。けれど、16位以降はそこまで差がなかったんですよ。何かのキッカケがあれば、ガラッと収録内容が変わったんじゃないかな?