幸せの意味とは?この世に存在する意味とは?
2019年12月、初のワールドツアー「Gen Hoshino POP VIRUS World Tour」を大成功のうちに収めた星野だったが、次のツアーを開催するまで、実に約6年の月日を要した。前回のツアーのあと、世界各国を不安で包んだ新型コロナウイルス。エンタテインメントは不要不急のものとされ、大人数が集まるライブ・コンサートは軒並み中止となった。「STAY HOME」が叫ばれる中、音楽の作り方を根本から変えたという星野は、「創造」「不思議」「喜劇」「異世界混合大舞踏会(feat. おばけ)」と新曲リリースを重ねながら新たなスタイルを模索してきた。そして2025年春、その集大成となるニューアルバム「Gen」を発表。アルバム収録曲の1つ「Mad Hope(feat. Louis Cole, Sam Gendel, Sam Wilkes)」のタイトルを冠したライブツアーで各地を巡り、この6年の間に感じた思いをメッセージとして届けてきた。
「Gen Hoshino presents MAD HOPE」のライブは、テレビドラマなどでおなじみの中国小説「西遊記」をモチーフにしたボイスドラマから始まる。幻の都・天竺を目指して旅をするヒト、サル、カッパの一行。天竺を見つけ出し、人々に感謝されることで自分がこの世に生きた意味を見つけたいと願う血気盛んなサルに対し、法師であるヒトは「幸せには意味はないし、同じように自分がこの世に存在する意味なんて見つけたってそこに幸せはない。意味と幸福は関係ないんだ」とドライに言い放つ。やがて一行は「Gen Hoshino presents MAD HOPE Japan Tour」という看板の前にたどり着き、「音楽っていいよな。なんか元気になったりするし、さびしくなったりするし。音楽にも意味がありそうだな」と興味を示すサルと、「ないよ。意味がないからいいんじゃないか」とうそぶくヒト。「天国とか意味とかいいから俺、1つだけ譲れないもんがあるわ。地獄にだけは行きたくねえ」というサルに対し、ヒトはため息をつきながらこういう。「まあ、地獄に堕ちるってことはないだろうな。もう地獄だからな。私たちがいるここが。地獄は行く場所じゃない。私たちが今いるここ、この場所がすでに、地獄なんだ」。すると突然、ステージ上のバンドメンバーがノイジーな不協和音を大音量で奏で、その中央に星野がゆっくり姿を表すと、「地獄でなぜ悪い」でライブの口火を切った。
長岡亮介(G)、三浦淳悟(B)、伊吹文裕(Dr)、櫻田泰啓(Key)の4人にストリングスカルテットとホーンセクションを加えた総勢11名のバンドが華やかなサウンドを鳴らす中、星野はマイクを手に軽やかに体を揺らす。「地獄でなぜ悪い」のアウトロに乗せて「ツアー最終公演、始まりまーす!」と高らかに告げた星野は、広いステージを左右に移動しながら「誰かこの声を聞いてよ」と、満員のKアリーナ横浜の隅々にまで声を届けるように「化物」を歌った。「皆さんこんばんは、星野源です!」と元気に一礼する星野に会場中から拍手が送られ、星野はそのすべてを受け止めるようにニッコリと笑う。なお千秋楽は映画館でのライブビューイングが実施され、その笑顔は会場内の観客のみならず、全国47都道府県および海外15都市の映画館で楽しむ人々にもリアルタイムで届けられた。
「一緒に音楽をやりましょう」
このツアーは最新アルバム「Gen」を携えた公演であると同時に、ソロデビュー15周年という節目のツアーでもあった。「めちゃめちゃ昔の懐かしい曲から、新しいアルバムの曲までやります」と宣言した星野は、さっそく「Gen」から「喜劇」「Ain't Nobody Know」の2曲を披露。序盤のハイテンションな2曲とは対照的なメロウなムードでアリーナを染め上げる。2018年発表のアルバム表題曲「Pop Virus」では、ステージ背後の左右に設置された縦型の巨大スクリーンに、MC.wakaこと
「Eden(feat. Cordae, DJ Jazzy Jeff)」ではその高い天井にミラーボールが青い光を反射させ、会場全体を星空のような神秘的な空間へと変える。このツアーは音と照明、映像のリンクも大きな見どころで、「不思議」では地面から天井まで一直線に貫く格子状のライトがステージを印象的に彩った。星野はひと呼吸置くと、この日のバンドメンバーを1人ひとり紹介。そして「デビュー15周年ということで、いろんなことがありました。中でも特に、僕の人生が変わった2曲を続けてお送りしたいと思います」と宣言すると、ここで国民的ナンバーと言える代表曲「恋」を披露。間奏では星野がおなじみ“恋ダンス”を披露して場内を沸かせ、大サビでは盛大に金テープが噴射された。続いて歌われたもう1つの「人生が変わった曲」は、ソウルミュージックへの憧憬を詰め込んで音楽性の幅を大きく広げる結果となった2015年のナンバー「SUN」。ホーンセクションとストリングスがライブならではの厚みを加えた。
狭いアパートの一室から届いた電波
ここで場内は暗転し、星野と縁の深いフォークデュオ・赤えんぴつがスクリーンに映し出される。おーちゃん(Vo)こと設楽統、ひーとん(G)こと日村勇紀は、言わずと知れた
丸い小さなステージに1人、アコースティックギター1本を手に上がった星野は、素朴な味わいのフォークソング「子供」を歌う。2010年、星野の1stフルアルバムとして発表された「ばかのうた」の収録曲だ。続けて弾き語りで歌われたのは、最新アルバム「Gen」の収録曲「暗闇」。その2曲には15年の開きがあるが、星野の歌とギターは、変わらぬトーンで心にダイレクトに飛び込んでくる。星野はゆっくりとタオルで汗を拭い、語り始める。「僕はもともと歌うつもりはなく、インストバンドをやりつつ趣味で歌を作っていました。誰に聴かせるわけでもなく、狭い1人暮らしの部屋の中で、隣に聞こえない程度にちっちゃな音で歌を歌っていました。『どこかに届け』と思いながら。深夜だと、歌が電波のように誰かに届くんじゃないかって。その電波を拾ってくれた人が何人かいて。イベントに呼んでくれたりして、ちょっとずつ歌う機会が増えていきました。その中に1人、東さんという人がいて」と、自身がソロアーティストとして活動するきっかけをくれた初代ディレクター・東榮一氏の名を挙げた。「東さんはもう天国に行っちゃっていないんですけども、こうやってライブをしていると、あのときの電波を同じように受け取ってくれた人がこんなにいるんだなと。本当に、やってみないとわからないんだなと思います。東さんと、僕の電波を受け取ってくれた皆さんに捧げます」と告げると星野は、狭いアパートの一室で作り上げ、小さなライブハウスの数十人のみを相手に歌っていたソロデビュー前からのレパートリーである「くせのうた」を、Kアリーナの2万人と、映画館で見守る世界中のファン、そして天国の東氏に届けた。
「音楽は生き物ってそういうことだよ」
シリアスなピアノの音色とミラーボールが反射する真っ赤な光がKアリーナを不穏に覆い、弓弾きのチェロがずしりと重い旋律を奏でる。再びメインステージに現れた星野がシリアスなトーンで「Sayonara」を歌うと、大きな歓声を上げていた観客も思わず息を飲んだ。続く楽曲のイントロとともにステージ背面のスクリーンが開き、ツアータイトルでもある「MAD HOPE」の巨大なロゴがあらわに。強烈なビートに合わせてギラギラとしたライトが放たれ、ステージ上はスモークに覆われる。星野はエレキギターを持ち、バンマス長岡とギターバトルを展開。そこから「Star」へとつながると、大きなステージは生き物のように生命力を増し、場内は静かな興奮に包まれた。ドラムソロから突入した「2(feat. Lee Youngji)」では左右2面のスクリーンにフィーチャリングゲストのイ・ヨンジが登場し、場内に大歓声が上がる。「Gen」のディープな要素を凝縮したようなブロックで、星野はエネルギーに満ちたパフォーマンスを展開した。
「早く早く! こっちだよ、のび太くん!」と、暗転したKアリーナに突然鳴り響く聞き覚えのある声。ライブに遅刻したのび太を心配そうに待つドラえもんとしずかちゃん、家族のコネでチケットを手に入れたスネ夫とジャイアンのゆかいなやりとりのボイスドラマを経て歌われたのはもちろん「ドラえもん」だ。場内を一気に明るくした星野は、「Melody」の心地よいビートに乗せて体を揺らし、「……楽しい」と思わずつぶやく。「こうやって普通に声を出してライブをするのも、ちょっと前まではできなかったことなので……本当に楽しいですね」と笑顔で語り、次に歌う「創造」について説明をしていると、星野の喉にホコリが入ってしまう。ドリンクを飲みながら星野は「歌ってみるけど、ゲホゲホとなったら……まあそれも音楽ということで。そういうことでしょ? 音楽は生き物ってそういうことだよ」とひと言。思わぬハプニングからこのツアーのテーマとも言える真理に行き着いたところで、ライブはいよいよクライマックスへと突入する。カオティックな展開の「創造」を無事歌い切ると、ホーンとストリングスと巨大なミラーボールが場内をディスコ空間へと変える「異世界混合大舞踏会(feat. おばけ)」へ。最後は未来への希望に満ちた「Hello Song」で締めくくり、星野は「笑顔で会いましょう」と明るく歌い上げた。
心の扉の向こう側へ
「Hello Song」を歌う直前、「星野源のライブにはアンコールがあります」としっかり宣言していた星野。観客が登場を待ち侘びていると、一緒にライブを楽しんでいたと思われるヒト、サル、カッパが再び話し出す。アンコールに現れるのが星野の盟友・ニセ明であることを知ったカッパとヒトは大興奮で「ニッセさーん!」とコール。呆然とするサルに対し、ヒトは「なあサル、人生の意味なんて見つけても意味ないぞ。その意味にしがみついてしか生きられなくなるだけだ。どうでもいい。この世のすべてはどうでもいいんだ。今この瞬間は二度と戻ってこないし、すべては消える。曲は終わるし、ライブだってもうすぐ終わる。生きとし生けるものはすべていつかは死ぬ。だから、今このどうでもいい一瞬を、できるだけ楽しむんだよ」と示唆に富んだ言葉を伝える。観客と旅の一行の大声援を受けて登場したニセは、今年6月にリリースされたまさかのメジャーデビュー曲「Fake」を披露。スクリーンに映る16歳のアイドル・雅マモル(
星野とともにツアーを作り上げたメンバーやスタッフを紹介するエンドロールが流れたのち、ステージには再び星野の姿が。「前回のアルバムから6年くらい経って、ひさしぶりのアルバム、ひさしぶりのツアーで……その間に、本当に本当に、いろんなことがありました。曲を作るときは、心の中にどんどん潜ってきく感覚になります。いわゆるゾーンに入った状態で。いつもその奥には扉があって、その扉の向こうはあなたの心につながってるんじゃないかと。この6年いろんなことがあって、本当に本当に心からうんざりして。でも、音楽を作っていると、いつも一番奥の扉の向こうにはあなたがいて。頼もしかったです。あなたがもし本当にどん底に落ちたとき、そこに僕がいるから。そう思ってくれたら、今までやってきた甲斐があります」と6年半のやりきれない思いとファンへの感謝を伝えた星野は、ツアーを締めくくるラストソングとして「Eureka」を披露。観客とともに合唱し、最後は声を張り上げるように熱唱した。観客の声援をすべて受け止めるようにイヤーモニタを外し、深々とお辞儀をした星野の潤んだ瞳が大きなスクリーンに映し出され、およそ3時間におよんだライブはフィナーレを迎えた。
セットリスト
星野源「Gen Hoshino presents MAD HOPE」2025年10月19日 Kアリーナ横浜
01. 地獄で何が悪い
02. 化物
03. 喜劇
04. Ain't Nobody Know
05. Pop Virus
06. Eden(feat. Cordae, DJ Jazzy Jeff)
07. 不思議
08. 恋
09. SUN
10. 子供
11. 暗闇
12. くせのうた
13. Sayonara
14. Mad Hope
15. Star
16. 2(feat. Lee Youngji)
17. ドラえもん
18. Melody
19. 創造
20. 異世界混合大舞踏会(feat. おばけ)
21. Hello Song
<アンコール>
22. Fake / ニセ明
23. Week End / ニセ明
24. Eureka
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圧焼きたまご @G12sun
"ねちっこい"に笑ったけど、終始泣きながら読んだ😭 #Gen_MADHOPE
星野源「MAD HOPE」ツアー完結、心の奥の扉の先で待つあなたに届ける歌(ライブレポート) - 音楽ナタリー https://t.co/95zzWCnqGF