Awesome City Clubが11月7日公開の劇場アニメーション「トリツカレ男」の主題歌「ファンファーレ」を担当する。
「トリツカレ男」は、いしいしんじの同名小説を原作としたミュージカルアニメーション映画。何かに夢中になると周りが見えなくなってしまう青年・ジュゼッペが、風船売りをしているペチカに一目惚れし、ペチカが抱える心配ごとをこっそり解決する姿が描かれる。ジュゼッペ役を佐野晶哉(Aぇ! group)、ペチカ役を上白石萌歌が担当。監督は髙橋渉が務め、キャラクターデザインは荒川眞嗣が手がける。
ACCは主題歌のみならず、atagiを中心に「ジュゼッペのテーマ」や「あいのうた」という劇中歌5曲も制作。さらにatagiは一部劇伴も担当し、ACCとして大きな挑戦に臨んだ。ACCらしいポップセンスも残しつつ、新たな表現を獲得したatagi、PORIN、モリシーは「トリツカレ男」とどのように向き合ったのか? デビュー10周年を記念した10作連続リリース企画を進行中で多忙を極めるメンバーに映画音楽に挑んだ経緯や制作の裏側、そして作品やキャラクターから受け取ったインスピレーションについて、じっくりと語ってもらった。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / はぎひさこ
主題歌にあふれるACCらしさ
──映画「トリツカレ男」の主題歌「ファンファーレ」を担当することになった経緯を教えてもらえますか?
atagi お話をいただいたのは2022年頃だったと思います。劇中歌も担当するというこれまでにないオファーだったので「すごく光栄だな」と感じる一方、「自分たちに本当にできるのだろうか?」という迷いもありました。当時わかっていたのは原作とキャラクターのイメージくらい。映像やストーリーの流れがわからない状態だったので、監督やスタッフに「具体的にはどんなお話なんですか?」と尋ねながら、少しずつ全体像をつかんでいきました。
Awesome City Clubが担当した主題歌と劇中歌
- 主題歌「ファンファーレ」
[作詞・作曲:atagi / 編曲:atagi、まつきあゆむ / 歌唱:Awesome City Club] - 劇中歌「ジュゼッペのテーマ」
[作詞・作曲・編曲:atagi / 歌唱:佐野晶哉] - 劇中歌「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」
[作詞・作曲・編曲:atagi / 歌唱:佐野晶哉、上白石萌歌] - 劇中歌「That's the bee's knees!」
[作詞・作曲・編曲:atagi / 歌唱:山本高広] - 劇中歌「Snowish」
[作詞・作曲・編曲:atagi / 歌唱:柿澤勇人] - 劇中歌「あいのうた」
[作詞:PORIN / 作曲・編曲:atagi / 歌唱:上白石萌歌、佐野晶哉]
PORIN 「ミュージカル映画を作りたい」というお話を聞いたとき、すごくドキドキしたのを覚えています。ACCらしさを存分に発揮できる作品になりそうだと思ったし、本当にありがたいオファーだと感じました。主題歌「ファンファーレ」は、劇中で使われる「ファンファーレ ~恋に浮かれて~」をベースに自分たちなりにリアレンジして、ACCの曲として届けられたのがとてもうれしかったです。髙橋(渉)監督からのオファーにも、私たちへの愛情と音楽へのリスペクトを感じましたし、「無理に合わせるのではなく、ACCの音をそのまま生かしてくれるんだ」という安心感がありました。実際、ハーモニーやメロディ、ギターフレーズまでACCらしい展開になったと思います。
モリシー もう3年くらい前のことなので記憶はあいまいですが、原作を読ませてもらったとき、「何かに取り憑かれる」というテーマには共感できる部分がありました。自分が普段読むタイプの本ではなかったけれど、現代人が忘れがちな感覚が描かれているように思えて。そんな作品に主題歌や劇中歌で関わらせてもらえるのは、本当に光栄なことだと感じました。
モリシーはジュゼッペに救われた
──作品をご覧になって、お気に入りのキャラクター、共感するキャラクターはいましたか?
atagi どのキャラクターも魅力的なんですけど、特に好きなのはハツカネズミのシエロです。ジュゼッペがペチカにどんどん“トリツカレ”て衰弱し、自分を見失っているときに、シエロは「君はそういうやつだけど、それが君なんだよね」と受け止める。その眼差しに強い人間味を感じました……ネズミですが(笑)。当時の自分の気持ちとも重なって、リンクする部分があったんです。
──それはちょっと意外です。atagiさんはジュゼッペに近いのかと思いました。
atagi いや、自分はどちらかというと人に振り回されるタイプなんです。だからシエロのような存在に居心地のよさを感じたんだと思います。グループの中でも、2人が個性全開で突っ走るのを横で見て、自分は調整役に回ることが多いですし(笑)。大人になると、何も言わず支えてくれる存在の尊さを、ますます実感しますね。
PORIN 確かにatagiはシエロかも。私は似ているキャラクターはいなかったんですけど、お気に入りはツイスト親分です。声優を務められた山本高広さんの歌唱も含めて、とても印象的でした。悪役でありながら愛嬌があって、作品に欠かせない存在なんです。そういう“憎めないヒール”に、たまらなく愛おしさを感じました。
モリシー 僕もツイスト親分は大好きですね。でも、一番共感したのはジュゼッペかな。1つのことに集中しすぎて周りが見えなくなるところがあって、妻にも「そういうタイプだよね」とよく言われます(笑)。原作を読んだときも、映画を観たときも、「こんな性格でもいいのかも」と自分が救われた気がしました。逆に飽きっぽくて、興味がなくなると一気に冷めてしまうところもよくわかる。自分と重なる部分が多かったです。
味わい深いギターの世界
──以前のインタビューでモリシーさんは、コーヒーに“トリツカレ”、コーヒースタンドのオーナーになったエピソードを話してくださいましたよね?(参照:dTV「Roots」特集 Awesome City Clubインタビュー|メンバーも初めて知る、それぞれの人生のキーパーソン)
モリシー コーヒーには今も完全に“トリツカレ”ています。むしろ年々その熱が増しているくらいですね。以前もお話ししたように、最初にのめり込んだきっかけは、すごく疲れ切っていたときに飲んだ1杯でした。その衝撃が忘れられなくて、そこから一気にハマっていったんです。きっかけとなったコーヒー豆屋さんがご家庭の事情で閉店することになり、「この場所を使う?」と声をかけていただいて。最初は迷いましたが、最終的に「やってみよう」と決心して、昨年8月に自分で店舗を借りてオープンしました。もう1年が経ちますね。
──“トリツカレ”たものが仕事になっていくのは、とても素敵なことですね。
モリシー 本当にそう思います。それまでは間借りのような形でやっていたんですが、きちんと自分の店を持って経営するのは初めてでした。飲食店の運営や経営の知識、書類の手続きまで、すべて一から学ぶ必要があって本当に必死でしたね。“トリツカレ”ていなければ絶対にできなかったと思います。
──PORINさんとatagiさんはいかがですか?
PORIN バンドが10年続いたのも、ある意味“トリツカレ”ていたからだと思います。今、絶賛ツアー中なんですけど、やっぱり期間中はツアーのことで頭がいっぱいになる。その日のライブのことはもちろん、ライブがない日も「次はどういうライブにしよう」「何を話そう」「ひさしぶりに行く場所でファンの皆さんにサプライズやプレゼントができないかな」とか。そういう意味では、完全に“トリツカレ”てると言えると思います。プライベートで言うと、音楽を置いておいたら……服ですね。長年ずっと服のことを考えていて、今も変わらず好きすぎて、ずっと頭のどこかにあります。
atagi 改めて考えると、僕の場合はやっぱり楽器ですね。ギターから始めたんですけど、プレイそのものというより成り立ちや歴史的な背景まで含めて、かなり“トリツカレ”ている気がします。このギターはどんな音がするんだろうとか、同じモデルでも時代背景が違うだけで音の含みが変わるとか、そういうことを調べたり考えたりするのが最近すごく楽しくなってきました。前は「ギターなんておおまかに3、4種類くらいでしょ」くらいに思っていたんですが、実はもっと味わい深い世界がある。知ってはいたけど足を踏み入れていなかった領域に、ようやく踏み込んで楽しんでいる感じです。
──年齢やキャリアを重ねたことで、より奥深さに惹かれていった部分はあります?
atagi まさに。若い頃に同じ知識を持っていても、たぶん面白いと思えなかったかもしれない。今は「好き嫌い」を度外視して「これは価値のある音楽だ」と感じられる基準が自分の中にできて、その土台が耕されている実感があります。「トリツカレ男」のストーリーもそうですけど、一見無駄に見えるようなことでも蒔いた種がいつか実を結ぶことがある。ギターに“トリツカレ”てきた経験も、通り過ぎていった過去の出来事も、急に線でつながる瞬間があって面白いんです。ギターを通してものを見ることで、多角的に世界を捉える感覚が育ってきた気がしますね。
失敗も糧にしてきたACC
──個人的に印象深かったのは、映画の中の「氷の上の私たちは、いつか転ぶときまで滑り続ける」というセリフです。多かれ少なかれ、誰しも挫折や失敗を経験し乗り越えていく。そうしたメッセージは、バンドの歴史とも重なる部分があるのではないでしょうか。
atagi 僕は「失敗を失敗と思わない」をポリシーにしていて。失敗という言葉にはネガティブな響きがありますけど、成功までのプロセスだと思えれば必要なことなんですよね。僕自身、失敗を乗り越えた先で未来の自分が「よかった」と思えたら、それはもう成功なんだと考えています。どんな決断も、あとから意味を持つんだと思えるマインドはすごく大事。ACCの10年でも失敗はたくさんありましたが、振り返るとそれが力や自信につながってきたなと思います。
PORIN 私は本当に成長が遅かったので、たくさん失敗して周りに迷惑をかけてきたと思います。でもその経験がなければ今の自分はいない。ステージパフォーマンスがよくなったり、歌が上達したり、ライブで空気を読めるようになったり……そういうシンプルな積み重ねが今につながっていると思います。失敗して立ち止まってしまう人もいるけど、私の場合は若さと根拠のない自信があったからこそ、がむしゃらに進めたんだと思います。
モリシー 僕も失敗ばかりしてきたし、今でもしています(笑)。でも、それを積み重ねてきたことで演奏にも生きている。そう考えると「失敗してきてよかったな」と思えることのほうが多いですね。年齢を重ねた今は、それを下の世代に伝えられるようになったのも大きいです。若い子から悩みを聞いたときに「いや、俺もやったやった」って言うと、ちょっとホッとしてもらえるじゃないですか。僕も先輩にそうやって励まされてきたので。そういう意味でも、失敗はすごく役に立っていると思います(笑)。
──atagiさんは映画の劇中歌も担当しています。
atagi 実は、映像よりも先に歌を作るところから始まったんです。「これは責任重大だな」と思いましたね。誰が声を当てるのか、どんな絵の動きになるのか最初はまったくわからなかったので、監督やスタッフの方とやりとりを重ねながら、登場人物のプロファイリングをしていきました。例えば「ジュゼッペならこういう言葉を使うかな」とか、「ペチカならきっとこうは言わないだろうな」とか。まずはキャラクター像をしっかり固めることから始めました。
──なかなかハードな作業ですね。
atagi そうなんです。監督の中には「ここは特に大事にしたい」というシーンがいくつか明確にあって、そのイメージを共有していただきながら「じゃあ、この音が合うかな」と探っていった感じです。5曲を同時進行で作っていったんですが、最終的にはもう“ひらめき頼み”の部分も大きかったですね。最初に「ファンファーレ」と「あいのうた」のかけらが生まれて、そこからようやく全体の方向性が見えてきた気がします。
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聴くたびに泣いてしまう、それくらい美しい