左から怨念JAP、Authority、KEN THE 390。

ジャパニーズMCバトル:PAST<FUTURE hosted by KEN THE 390 EPISODE.9(後編) [バックナンバー]

コロナ禍の停滞を経て:Authority&怨念JAP

ニュースターを生み出す環境を

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出演者の不安や不満をどう解消するかが、オーガナイザーの役目

──2019年ぐらいから「凱旋MC battle」の認知度も高まり、規模も大きくなっていきました。

怨念JAP マインドとしてはイケイケでしたね。何をもって“一番のイベント”かを定義するのは難しいですけど、“一番動員数のあるイベント”という数値的な目標を立てて、その達成を目指してました。それにはほかがやっていないことが必要だと思ったし、何をやれば観客が喜ぶかは常に考えていて。

KEN YouTubeで配信するのも早かったし、その映像や音のクオリティが高かったのも動員に影響したよね。

怨念JAP イベントが大きくなると、売り上げも上がって、そこで余剰資金が生まれたんですよね。だから次にイベントにかけられる予算が増えて、いろんな部分のクオリティを上げられるようになった。そこで賞金やギャラはもちろん、照明や映像、音響にもお金を注ぐことで、ステージのレベルを向上させることができた。現場環境としてもそうだし、映像としても見栄えのクオリティが上がるのは、観客や視聴者もそうだけど、出場者にとってもプラスだと思うんですよ。殺風景なステージで、何言ってるかも聞き取れないような音質のラップを、ピントのボケた映像で流されるよりも、照明はバチバチで、演出も凝った映像が流れることがわかったほうが、やってるほうもテンションが上がりますから。

KEN ヒーロー感、ヒロイン感がでるよね。

Authority 「凱旋」はやりすぎなぐらいその部分にこだわってますよね。「え、カッコいいな、俺!」と映像観ても思う(笑)。

怨念JAP MCバトルを間近で見てると、“ラッパーがバトルに出なくなる理由”がわかるようになるし、オーガナイザー側としても気持ちがわかることも多い。そして、出ない理由のすべてを消すことはできないけど、運営側の努力で消せる部分は、こちらで解消できるわけですよ。「ステージ演出がダサくて嫌だ」「じゃあカッコよく演出します」、「ライブにメリハリがほしい」「それができるライブアクトをブッキングします」とか、出演者の不安や不満をどう解消するかが、オーガナイザーの役目だと思いますね。

──ライブパートでいえば、BAD HOPやAK-69、Awichのように、バトルとは接点がないライブアクトも招聘されていますね。

KEN 「凱旋」は、「観客はバトルを観に来てるから、ライブが盛り上がりにくい」という定説を壊したと思う。時代の流れもあるんだろうけど、ちゃんとライブへ意識的にアプローチすることで、イベントとしてのブランドを確立させたと思うな。

コロナ禍で初アリーナ興行を行った怨念JAP、バトルで1000万円を手にしたAuthority

左から怨念JAP、Authority、KEN THE 390。

左から怨念JAP、Authority、KEN THE 390。

──一方、2020年はコロナ禍でイベント開催が難しくなり、Authorityさんも制作に集中されます。

Authority バトルと制作は頭のモードが違うし、制作モードに入ったんで、バトルはかなり絞って。

怨念JAP 完全に切り替える人と、並行したほうが調子がいい人がいるけど、オウソは前者だったんだ。

Authority バトルをずっとやってると、8文字ぐらいの韻や、相手を倒すワードがポンポン湧いてくるような脳の構造になるんですけど、自分の場合はリリースしたい内容とバトルとの親和性があんまりないんで、バトルモードは作品制作において邪魔になるんですよね。だから意識的にそれをシャットアウトする必要があって。SEEDAさんを作品に呼ぶという目標もあったから、そこに全力を向けてましたね。

──「凱旋」は2021年2月23日にぴあアリーナMMにて、バトルイベントとしては初のアリーナ興行を行います。

怨念JAP めちゃくちゃ不安でしたよ。コロナ禍に突入して、緊急事態宣言や感染拡大で何度も延期になって。アリーナはZeppとか豊洲PITのようなライブ箱ではないから、スピーカーから舞台まで、イチから設営するんで、経費のかかり方が何段階も違うんですよね。でも「ここでウン千万円借金することになっても、後悔はないかな」と、開催に踏み切ったんです。

KEN 実際「アリーナでMCバトル」というのは、チャンスでもあるからね。

怨念JAP そうなんですよ。目標だったバトル史上最大動員が達成できるし、この機会を逃して、次があるという保証はないよな、と。

KEN 実際、あの規模でMCバトルをやるなんて、日本以外ではないだろうし。

怨念JAP だから韓国のオーガナイザーが話を聞きに来ましたね。韓国でもラップバトルは開催されているみたいなんですけど、僕が聞いた限り、大きくても200人規模くらいみたいで、「韓国のバトルも大きくしたい」と。

──そして2022年に行われたMCバトル6団体合同の「BATTLE SUMMIT」にて、Authorityさんは優勝を果たします。

怨念JAP あまりバトルに出てなかったオウソに「SUMMITに出ない?」って声をかけたのは俺だったんですよ。

Authority 個人的にとにかく生活がヤバかった(笑)。ライブはコロナ禍でできないし、「バトルは絞る」とは言ったけどその出演料はなくなるし、アルバムの売り上げだけではけっこうカツカツで。だからって「またバトルに出ます」というのも、ちょっとみっともないかなと思って、最初はシブってたんですよ。でも「賞金1000万」という話を聞いて「あの話、まだ生きてます?」みたいな(笑)。

KEN 生活がかかってたんだ。

Authority もう勝つしかなかった。「これで勝てば少なくとも1年はバイトしないですむよな」と。

怨念JAP 試合前日とか、自信満々だったよね。電話したら「明日は行ける気がします!」って言ってた。

Authority 「負けそうです」とは言わないでしょ(笑)。でも、試合の1カ月前ぐらいからマインドセットはしてたし、「1000万はどう使うか」ぐらいのシミュレーションをしてましたね。思い込みの力は絶対あるんで。

KEN 宝くじとは違って、バトルは自分の力量で勝ちに行くことができるからね。あの直前に「激闘!ラップ甲子園」に一緒に審査員として出たけど、そのときに高校生と一緒にサイファーしてたじゃない? しかも自分が先導して。

Authority それは「SUMMIT」直前だったからかも。高校生のバイブスを受け取ろうと思って。

KEN あの光景はめちゃくちゃ美しかったし、その直後に優勝したから、あの高校生たちもうれしかっただろうね。ホントにヒーロー感があった。

新世代を始めるぞ

左から怨念JAP、Authority、KEN THE 390。

左から怨念JAP、Authority、KEN THE 390。

──Authorityさんは「BATTLE SUMMIT」優勝のウィニングラップで、「新世代を始めるぞ」とおっしゃいましたが、お二人は世代交代についてどう考えられていますか?

Authority 僕がまだ新世代枠にいるとしたら、世代交代はほかのシーンよりも遅いと思いますね。もっと10代や20代前半とかにスポットが当たるべきだと思う。

KEN 音楽カルチャーとしてのヒップホップシーンはすごい勢いで若返ってるし、若いアーティストが注目されてる。でも、MCバトルは全体的に年齢層が上がっている気もするんだけど、それはなぜなんだろう。

Authority あくまで僕の見解ですけど、“楽曲を聴いてる人”と“バトルに興味がある人”が、また離れてきた感じもありますね。あとMCバトルのお客さんは“MCバトル的な会場の盛り上がり”を求めてる気がします。俺らの世代から上は、お祭り好きというか、もっと単純に楽しんで、自分の好き嫌いで声を上げるほうを決めるし、そこで幅が生まれてたと思う。でも今は観客全体が“バトルの空気感”を求めてるし、その空気の中で求められるラッパーは固まりがちだし、空気の入れ替えがうまくいかないのかなって。

KEN なるほどね。

Authority 本当にそうかはわからないですけど、体感としてはそう感じるし、フレッシュな風が起きにくい状況な気はしますね。

怨念JAP コロナ禍も大きかったと思います。小さいクラブでバトルイベントが開かれなかったから、新しい子がフリーエントリーすること自体が難しかったし、もしイベントを開けたとしても、大規模なマッチングはコロナ禍の業界ルール的に難しかったんです。だから、あの3年間でバトルの新陳代謝はかなり滞った。

KEN 就職氷河期じゃないけど、社会の流れとして不遇の世代や、停滞の時期が生まれてしまったんだ。

怨念JAP その空気がやっと動き始めたのが今だと思う。裏方としてはニュースターを探す、それが生み出せるためのバックアップを考える時期にきてると思いますね。正直、時間はかかるだろうけど、やるしかない。

Authority シーンは安定しているけど、若い子がそこにキラキラしたものを感じにくくなってるとしたら、それはビートの問題も大きいのかなって。若いラッパーは、ブーンバップには乗りたくないと思ってる気がするし、その意味ではメインストリームとMCバトルで好まれるビート感がかなり離れてるだろうから、その距離感のアップデートは考えないといけない気がします。全部の大会がトラップをやれとは思わないし、「凱旋」はメインストリーム、UMBはオーセンティックが似合うみたいな、大会ごとのカラーがある。だから、それがハッキリすれば、ラッパーも自分が得意なラップスキルを発揮できて、作品性ともつながると思うんですよね。

怨念JAP それも含めて10代、20代の発掘……という表現が正しいかはわからないけど、若い世代が出やすい、見られやすい機会を作らないとなって。だから、クラブレベルのイベントをもっと開いて、その中で光る子がいたら、一歩でも早く先に進めるような環境を作りたいと思いますね。

Authority その意味でも、裏方さんの力は本当に大事ですよ。怨念くんがバイトして「凱旋」を大きくしたように、このシーンが大きくなるには裏方のがんばりが絶対に必要。観客の前に立つと、自分の力でのし上がったと勘違いしやすいし、8小節3本でその日のスターになれるという魔力が、MCバトルにはあるんですよ。だから謙虚な気持ちを忘れがちだけど、ちゃんとその感謝を感じていないといけないなって……いつもありがとうございます。

怨念JAP なに急に(笑)。こちらこそありがとうございます。

Authority(オウソリティー)

青森県黒石市出身のラッパー。「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」を見てラップを始める。2016年から4年連続「ULTIMATE MC BATTLE(UMB)」青森予選で優勝し、本戦に出場。2018年にはUMB本戦で準優勝、2019年には優勝を果たした。2022年、優勝賞金1000万円をかけた「BATTLE SUMMIT」で優勝。近年は楽曲制作に力を入れており、これまでに4作のEPをリリースしている。11月16日に福岡・Zepp Fukuokaで行われる「凱旋MC battle 九州冬ノ陣2024」に出場。12月8日に大阪・SUNHALL、2025年1月22日に東京・WWWでワンマンライブを実施する。

Authority (@5_autho_5) | Instagram

怨念JAP(オンネンジャップ)

「凱旋 MC battle」のオーガナイザー。ラッパーとしての活動を経て、21歳で「凱旋 MC battle」を立ち上げ、企画、出場者のブッキング、司会も自ら務めている。近年では「凱旋MC Battle Special アリーナの陣」「凱旋MC Battle -さいたまスーパーアリーナ-」などアリーナクラスの会場で同大会を開催。8月25日に大阪・CLUB JOULEにて「凱旋MC battle 夏ノ陣U-27」、11月16日に福岡・Zepp Fukuokaで「凱旋MC battle 九州冬ノ陣2024」を実施する。

凱旋MCbattle (@gaisenmcbattle) | X

KEN THE 390(ケンザサンキューマル)

ラッパー、音楽レーベル・DREAM BOY主宰。フリースタイルバトルで実績を重ねたのち、2006年、アルバム「プロローグ」にてデビュー。全国でのライブツアーから、タイ、ベトナム、ペルーなど、海外でのライブも精力的に行う。MCバトル番組「フリースタイルダンジョン」に審査員として出演。その的確な審査コメントが話題を呼んだ。近年は、テレビ番組やCMなどのへ出演、さまざまなアーティストへの楽曲提供、舞台の音楽監督、映像作品でのラップ監修、ボーイズグループのプロデュースなど、活動の幅を広げている。10月19日にはヒップホップフェス「CITY GARDEN 2024」を東京・豊洲PITで開催。

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