小石川図書館のレコードライブラリー。

図書館なのにレコード2万枚──文京区立小石川図書館ってどんな場所?

選盤の裏側からレコードコンサート開催の経緯まで聞いてみた

88

3270

この記事に関するナタリー公式アカウントの投稿が、SNS上でシェア / いいねされた数の合計です。

  • 673 2507
  • 90 シェア

レコードコンサートに予約殺到

そして大谷さんの豊富な音楽知識が、今、小石川図書館に新しい風を吹き込んでいる。サブスクの影響は図書館にも及び、CDの貸し出しは少なくなる一方。現在、CDの貸し出し枚数は全盛期の半分になっていて、このままいけば、視聴覚フロアの存続は危うくなってしまう。そこで大谷さんが考えたのがレコードコンサートだ。小石川図書館の4階には、80名程度の観客を収容できる小さなホールがある。そこにレコードライブラリーで長年にわたって使われてきたレコードプレイヤー(名機と呼ばれるテクニクスSL-1200)を持ち込んで、小石川図書館が所蔵しているレコードをかけて利用者に音楽を楽しんでもらう、という企画だ。選曲からイベントのMCまで、すべて大谷さんが担当。1時間半という枠で10数曲かけて、曲にまつわるエピソードを語っているのだという。

「初めてレコードコンサートを開催したのは2016年でした。4日間に分けて『洋楽ロック』『日本のポップス』『クラシック』『ジャズ』という4つのジャンルでレコードコンサートをやってみたんです。その中でも参加者の反応がよく自分が得意な洋楽ロックとジャズを中心にしてレコードコンサートを定期的にやるようになったのですが、最初に人気を集めたのがジャズでした。レコードで聴くジャズは音がいいんですよ。最初は5人くらいだったのがそのうち満席になってきたことに励まされて、それまでやるかどうか迷っていた『ヘヴィメタル / ハードロック』をやってみました。そしたら、とんでもない人数が集まり、入れないお客さんも出てしまって。それ以来、レコードコンサートは予約制にしています。ありがたいことに、予約の受付が始まると申し込みが殺到するようになったんです」

「レコードで聴く80's pop music ヘヴィ・メタル / ハード・ロック編」の様子。(写真提供:小石川図書館)

「レコードで聴く80's pop music ヘヴィ・メタル / ハード・ロック編」の様子。(写真提供:小石川図書館)

「レコードで聴く80's pop music ヘヴィ・メタル / ハード・ロック編」開催に合わせて設置されたCDやレコードの数々。(写真提供:小石川図書館)

「レコードで聴く80's pop music ヘヴィ・メタル / ハード・ロック編」開催に合わせて設置されたCDやレコードの数々。(写真提供:小石川図書館)

4階のホールに案内してもらうと、そこには立派な緞帳が付いた昭和の香り高い空間が。せっかくなので、Van Halen「Jump」を聴かせてもらった。図書館でハードロックを爆音で聴くのは初めての経験だったが、すっきりとしたまろやかな音でホールの響きもいい。デイヴィッド・リー・ロスも気持ちよさそうに歌っていて、これだったら何曲でも聴けそうだ。視聴覚フロアには過去のレコードコンサートのプレイリストを紹介したフライヤーが自由に持ち帰れるように置いてあり、レコードコンサートが図書館の名物イベントとして定着していることが伝わってくる。最近では新たにCDコンサートもスタートしたらしい。

「最近のレコードブームで、レコードを借りる人が増えているんです。その一方で、CDを借りる人はどんどん減っているし、CDを聴いたことがない若い人もいる。かつてレコードショップで働いていたとき、毎週ものすごい量のCDが入荷されて、それを売っていた者としては、この状況をなんとかしたい!という思いが強くなってきたんです。CDの小さなディスクに素晴らしい音楽がたくさん入っていることを伝えたくて、今年の7月に初めてのCDコンサートを実施しました。初めてなので予約制にせず、気軽に立ち寄れるイベントにしたのですが、定員を上回る方に来ていただいて、来場者にたくさんのCDを借りていただきました」

取材当日、「映画音楽のレコードを聴く会」に向けて設置された機材でVan Halenをかけてくれた大谷さん。

取材当日、「映画音楽のレコードを聴く会」に向けて設置された機材でVan Halenをかけてくれた大谷さん。

気になる作品に出会える、聴ける

当日のプレイリストを見ると、The Cardigans、Jamiroquai、Oasis、アラニス・モリセットなどがラインナップされており、CDが爆発的に売れていた90年代の洋楽シーンの熱気が伝わってくる。これらの図書館イベントは無料で、文京区以外の人も参加できる。また、レコードやCDを含めた貸し出し利用も、文京区以外の人でも図書館カードを作れば可能。ちなみにレコードもCDも、文京区民は10点まで、区外在住の人は5点まで。しかし、レコードを5枚持って帰るだけでも重くて大変だ。それでも、遠方から定期的に来ては、返して、また借りていくという猛者もいる。そんな大変な思いをしてまで、図書館でレコードやCDを借りる楽しみはどこにあるのだろう。

「図書館は出会いの場です。ネットで検索して曲を聴くだけだったら、その曲としか出会えない。図書館は独自の分類でレコードやCDが並んでいるので、自分が聴きたいものを探しているうちに、気になる作品に出会うことがあります。それをすぐに聴くことができるんです。そして、そこから新しい世界が広がっていく。田中ヤコブさんのインタビュー(参照:家主・田中ヤコブが茗荷谷で語る「茗荷谷」)を拝見して、まさにそんなふうに利用していただいていたのを知ってうれしかったですね」

CDやレコードだけでなく、音楽に関する書籍も豊富に取りそろえられている。

CDやレコードだけでなく、音楽に関する書籍も豊富に取りそろえられている。

CDスペースの奥には楽譜も。

CDスペースの奥には楽譜も。

小石川図書館のCDの棚を見ていると、メジャーなものとマイナーなもの、新人アーティストとレジェンドが混ざり合っていて、レコードショップの棚と似ているようで違う。いろんな年代、いろんなファン層にアプローチするように配慮されているのだ。また、レコードライブラリーの棚を見て驚いたのは、純邦楽、民族音楽、伝統芸能、児童音楽といった、学術的な要素が高いジャンルの在庫の豊富さだ。そこには、「音楽文化の資料を保存する」というレコードライブラリー設立当初の理念が反映されていて、掘れば掘るほど貴重な作品が眠っていそうだ。

「以前、レコードショップの店長の方にお願いして、民族音楽のレコードばかりかけるイベントをしたんです。また、ホールで落語会をしたときに、出演した噺家さんが落語のコーナーをご覧になって『もう廃盤になった師匠のレコードがある!』と喜ばれたこともありました。一度、サブスクでは聴けない所蔵レコードを洗い出して、そこから新しい企画を考えるのもいいかな、と思っています」

純邦楽や児童音楽の資料を所蔵したスペース。

純邦楽や児童音楽の資料を所蔵したスペース。

レコードライブラリーの中には試聴用の機材も設置されている。

レコードライブラリーの中には試聴用の機材も設置されている。

図書館にあるいろんな出会いや発見を

大谷さんが言うように図書館は出会いの場だ。子供の頃、図書館をウロウロしながら、本の表紙で“ジャケ買い”ならぬ“ジャケ読み”をしていたことを思い出す。お小遣いが限られている中、図書館は気軽に本を貸してくれる心強い友だった。あの頃、レコードも図書館で借りられたなら、いったいどんな音楽に出会っていただろう。

「最近のレコードブームの影響で、レコードを借りに来られる若い利用者の方が増えたのですが、当館で初めてレコードプレイヤーを使う方も少なくないんです。CDを聴くのが初めてという方もいます。そういう方にはプレイヤーの使い方を説明するのですが、図書館がレコードやCDを初めて体験する場になっていると思うと感慨深いものがありますね。スマホで楽しめるサブスクは便利でいいと思うのですが、図書館にはいろんな出会いや発見がある。そして図書館の行き帰りも楽しんでもらいたいです。ヤコブさんのインタビューで、図書館でレコードを借りた帰りに公園に寄ったり近くを散歩したりするのが好きだったとおっしゃっていましたが、そういうことも含めて、図書館を使う楽しみを見つけてもらえるとうれしいですね」

図書館へ行く、というのは小さな旅。そこで得た体験を通じて音楽は記憶に深く刻み込まれる。その点、レコードショップや映画館に行くのと近いところはあるが、図書館はすべて無料というのがありがたすぎる。取材後、ヤコブさんにならって図書館の横の公園の木陰のベンチでひと休みしていると、足元を蟻が忙しそうに行き交い、蝉のなきがらを解体していた。まさに「夏なんです」といった風情。そういえば、小石川図書館にはっぴいえんどのレコードはあるのだろうか。あっ、シティポップをテーマにしたレコードコンサートも今時でいいかもしれない、と妄想は膨らむ。今回、レコードというお土産がないのは残念だが、また日を改めて“図書館旅”を楽しみたい。

施設情報

文京区立小石川図書館
所在地:〒112-0002 東京都文京区小石川5-9-20
電話:03-3814-6745
指定管理者:株式会社図書館流通センター

小石川図書館
【公式】文京区立小石川図書館・大塚公園みどりの図書室(@Bunlib_koishi)・X

村尾泰郎

1968年生まれ、京都出身のライター。音楽雑誌の編集者を経て、現在はフリーで活動。音楽や映画の記事を中心にさまざまな媒体に寄稿するほか、CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆している。

この記事の画像(全16件)

読者の反応

NEWS @NEWS_0

図書館なのにレコード2万枚──文京区立小石川図書館ってどんな場所? - 音楽ナタリー コラム https://t.co/mlwBNU8XU3

コメントを読む(88件)

あなたにおすすめの記事

このページは株式会社ナターシャの音楽ナタリー編集部が作成・配信しています。

音楽ナタリーでは国内アーティストを中心とした最新音楽ニュースを毎日配信!メジャーからインディーズまでリリース情報、ライブレポート、番組情報、コラムなど幅広い情報をお届けします。