「プロデューサーとしての側面を知ってもらいたい」──12月3日に発売された甲田まひるの最新アルバム「sweetest, me」のデラックス盤「sweetest, me (Deluxe Edition)」には、25曲にもおよぶバラエティ豊かな楽曲が収録されている。
甲田と言えば、ジャズピアニストというバックグラウンドを持つヒップホップヘッズでありながら、ポップス愛好家でもあり、そうしたルーツを融合して妥協なくアウトプットできるシンガーソングライターだ。これまでに発表した「her」「らぶじゅてーむ」「ナツロス」といったタイアップ曲でも、その才能は遺憾なく発揮されている。
だが彼女は10月24日に、クラブミュージックに特化した2ndアルバム「sweetest, me」を配信リリース。本作ではヒップホップをベースに、ディープハウスやUKガラージ、トランスといった先鋭的なダンスミュージックを取り入れ、その多様さはさながらZ世代が集う渋谷のダンスフロアのムードを想起させるものだった。才気あふれる彼女がこのアルバムとデラックス盤で表現したかったものは何か。そのこだわりの先に見据えたものをインタビューから探る。
取材・文 / 宮崎敬太撮影 / Saeka Shimada
今の自分にとってリアルな作品を作ろうと思った
──「22」(2023年7月リリースの1stアルバム)から約2年ぶりのフルアルバム「sweetest, me」がリリースされました。
シングルやEPのリリースが続く中で、「もうそろそろアルバムを出したいね」とチームのみんなと話していて、今年の8月くらいに「作るぞ」と決めて制作を始めました。今作だと最初にできたのが「TEENAGE BLUE」ですね。この曲は8月以前にできていて、ライブでもちょこちょこ歌っていました。アルバムのことも念頭にあったし、自分のキャリアを長い目で見たときに、今後はこういう曲を歌っていきたいと思ったんです。
──甲田さんは常に制作している印象があるのですが、今回のアルバムには作り溜めた曲の中から抜擢されたものもあるんですか?
いや、今回はないです。確かに作り溜めたデモはたくさんあるけど、どれも今の気分ではなくて。それらを再構築することもできたけど、性格的にあまりしたくなかったので、全部新しい曲にしました。
──常にフレッシュな作品を届けたい、と。アルバムのデラックス盤「sweetest, me (Deluxe Edition)」には新曲だけでなく、テレビアニメ「ぶっちぎり?!」のエンディングテーマ「らぶじゅてーむ」などの過去のタイアップ曲も収録されています。
「らぶじゅてーむ」を制作した頃はルーツであるジャズと、キャッチーなポップス要素を混ぜたいなという気持ちがあって、「らぶじゅてーむ」はまさにそういうイメージの曲です。テーマや要望に合わせて作家的に曲を書くのはすごく楽しかった。評価もしていただけたし、うまくハマっていました。あれはあれで自分っぽくあると思います。
──「22」以降、「らぶじゅてーむ」に代表される、ご自身の好きな音楽とポップスを融合してアウトプットする手腕がどんどんと磨かれていく印象を受けていたので、今作のクラブミュージックに特化した作風に驚きました。
今の自分にとってリアルな作品を作ろうと思ったら自然とこうなったんです。
「踊れる」ってテーマにすれば、なんでもありになる
──ここまで舵を切ってしまうことに恐怖感はなかったですか? ファンやレーベルの方の反応とか。
実は最初にレーベルに持っていったデモはもっとラップに寄った内容だったんです。
──そのデモの曲はアルバムに収録されていますか?
ないですね。ラップもリリックもビートも全然違う、かなりトガった内容でした。そこからチームのみんなと話し合って。なんかこう、言ってしまえば、好きなことだけやるのはある種、自己満の世界とも言えるじゃないですか。それはいつでもできる。じゃあ今しかできない、今やるべきことはなんだろうと考えたとき、「踊れる」ってテーマにすれば、なんでもありになるということに気付いたんです。
──なるほど。
で、「ALL BOUT ME」を作ってみたら、「これはいけるんじゃないか」と。私自身もハウスっぽい音作りが楽しくなってきたので、全体的に新しく曲を作った感じですね。なので、さっきの質問に答えると、正直不安は全然なかったです。誰かのためにやってないので。
チリのファンが突然リミックスを送ってきた
──デラックス盤をリリースしたのはなぜですか?
私自身もチームとしても、タイアップで制作した曲が大好きで気に入ってもいるからアルバムに入れたかったけど、「sweetest, me」の新曲たちとはなじまなかったんですね。どうしようかなと考えていたときに、チリのファンの人がDMで送ってきてくれたリミックスを思い出したんです。
──インディペンデントで活動されているプロデューサー?
いや、たぶん趣味で作っている感じ(笑)。ファンアートですね。「CHERRY PIE」をリリースしたあとに、チリにいる私のファンの子から突然送られてきたんです。その後も定期的にリミックスが送られてきて。しかも全部いい。これは世に出したいじゃないですか。
──間違いないですね。
同時に、「sweetest, me」の曲とタイアップの曲をつなぐ存在になるとも思ったので、レーベルに提案して納得してもらいました。
──チリのファンが作った音源がワーナーミュージック・ジャパンからリリースされる、というのもすごい話です。
本当ですよね。でも「今っぽいじゃん」と思って。世の中には宝物みたいな音楽がいっぱいあるから、今後もどんどんこういう動きはしていきたいと思っています。
身の回りで起こっていることをそのまま歌った
──個人的に「sweetest, me」は本当に大好きです。Instagramで「このアルバムはヤバい!」って共有しちゃいましたし。
えー、そんなですか。普通にすごくうれしい。
──ハウスが大好きで、UKのレイヴカルチャーも大好きで、ラップも大好きだから、2曲目の「ALL BOUT ME」の段階で「もう完璧じゃん」みたいな。
(笑)。あの曲は最後のほうに作ったんです。順番で言うと最初が「TEENAGE BLUE」で、次が「STREET LIFE」ですね。
──リリックのテーマはどうやって選ぶんですか?
私は「これが書きたい」と思ってもなかなか単語が出てこないほうなので、最初にトラックを作っちゃうんです。それを聴きながら、ピアノを触りつつ、フリースタイルで歌って、とりあえず全部録音する。それを聴き直して、キーワードを拾って、そのままタイトルにすることもあるし、アイデアを広げてみたりって感じで作ることが多いです。自分の中にあったイメージを音にして、それを聴きながらフリースタイルにしているから、ちゃんと感情も乗っていて、結果として、けっこう自分らしい歌詞やテーマが生まれてくるんだと思います。「STREET LIFE」なんかはまさにそんな感じで書きました。
──トラックがUKガラージなことにびっくりしました。
まずガラージを作りたかった、というのがこの曲を作ったモチベーションです。もっとシンプルでもよかったけど、こういう展開があるポップスも自分の音楽の作り方なので、この曲では意識的に豪華にしました。
──ストリートの定義も面白いです。
私自身がストリートだと思えば全部ストリートっていう。こういうガラージもそうだし、私が大好きなヒップホップもほとんどのカルチャーはストリートから生まれているじゃないですか。みんなでスピーカーを積んでブロックパーティをしたり。そういう自分たちの身の回りのことを歌っている音楽を聴いてきたから、私も自分自身の身の回りで起こっていることをそのまま「STREET LIFE」で歌いました。
──誰かが決めたストリートの定義ではなく。
そうです。別に路上生活という意味だけではなく、その人の生き方すべてがストリートとも言える。この曲はまさにそういう意味ですね。
──その考え方は「ALL BOUT ME」のリリックとサウンドにも通じていると思いました。この曲から甲田さんの気合いを感じました。
作っているときは「ノレればなんでもいいや」程度にしか考えてないんですけどね(笑)。この曲のリズムは日本語よりも英語のほうがハマるんですけど、そこを日本人として日本語でどういうメロディと歌詞を入れていくか考えるのがすごく楽しかったです。
──ディープハウスのノリが甲田さんの今のモードなのかと思いました。
そうですね。「シンプルなほどアガる」というのが自分のモードだったので挑戦しました。
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驚かせたかったんです




