11月にリリースされ、中森明菜、椎名林檎、GRe4N BOYZ、大野雄大(Da-iCE)、Daoko、Suiet、REI&LIZ(IVE)、FRUITS ZIPPERが参加した松田聖子のデビュー45周年記念トリビュートアルバム「永遠の青春、あなたがそこにいたから。~45th Anniversary Tribute to SEIKO MATSUDA~」。そうそうたるアーティストとともに名を連ね、「蒼いフォトグラフ」をカバーして注目を浴びている新世代アーティストがいる。2003年生まれ、東京都出身のシンガーソングライター・Suiet(スイ)だ。
Suietは幼少期からバイオリンやピアノを学び、高校生時代から本格的に音楽活動を開始した。自身で作詞作曲し、2020年に発表した楽曲「可愛い君が愛おしい!」がTikTok上でスマッシュヒット。その後も音大に入学して音楽的な知識をさらに深め、約50種類の楽器に触れてきた。さらにミュージックビデオの映像やイラストのクリエイションも自身でこなしているという、才能あふれるアーティストだ。
音楽ナタリーでは松田聖子のトリビュートアルバム参加をきっかけにますます話題を呼んでいるSuietの人物像に迫るべく、彼の自宅の作業場へ。そこには日本に100台ほどしかないというスウェーデンの民族楽器・ニッケルハルパをはじめ、さまざまな楽器があった。彼はなぜこれまで50種類もの楽器に触れることになったのか? ジャズを中心とした幅広い音楽性はどのように培われてきたのか? Suietのバックグラウンドにインタビューで迫る。
取材・文 / 森朋之撮影 / 入江達也
触れてきた50種類の楽器
──Suietさんはマルチプレイヤーであり、ジャズ、ブラックミュージックを中心に幅広い音楽性をお持ちですよね。どのようなきっかけで音楽を始めたのでしょうか。
母が高校で音楽を教えていて、ピアノを弾いているのを見たりしていたんですね。声楽が専門で、ドイツ語の歌を家で歌っていたので、僕も自然にそういう音楽に触れて。最初に習ったのはバイオリンでした。たぶん6歳くらいだったんですけど、オーケストラの番組を見て、弾きたいって言い出したみたいで。自分では覚えていなんですけど、母がそう言ってました(笑)。ピアノもだいたい同じ頃から始めたんですが、一番好きなのは弦楽器ですね。
──クラシックを中心にバイオリンやピアノの練習をしていたんですか?
実はそうではなくて。もちろんクラシックの基礎はやっていましたけど、ピアノの先生がどちらかというと「好きな曲を耳でコピーして弾いてみなさい」という方針だったんです。バイオリンもそうで、クラシックの曲を練習しつつ、「弾きたい曲があったら楽譜を持ってきていいよ」と先生が言ってくれたので、いろんな曲を演奏して。発表会でも自分が作曲したバイオリンの曲を弾いたり、自由にやらせてもらってました。振り返ってみると、それが今の作曲術に生かされているのかもしれないですね。
──Suietさん自身はどんな曲が好きだったんでしょう?
歌モノよりも楽器メインの曲をよく聴いてましたね。中学生の頃から映画音楽を聴くようになって。初めて楽譜に起こして演奏したのは、高木正勝さんの曲。音楽的な影響もかなり受けていると思います。あとはジブリ映画が大好きなので、久石譲さん。今年もコンサートに行きましたが、最高でしたね。ミシェル・ルグランも好きです。クラシックとジャズの融合がすごくうまいし、弦の使い方もすごくて。
──ジャズも子供の頃から聴いてたんですか?
高校生になってからですね。ピアノでブルーノートスケールを弾くのが好きで。その音階を探っていくと、ジャズに行き着くことに気付いたんです。そこからビッグバンドやディキシーランドジャズなどを聴くようになりました。
──なるほど。今日は自宅の作業場にお邪魔していますが、たくさんの楽器があります。演奏する楽器が増えたのはどうしてなんですか?
ピアノとバイオリンから始まって、ちょっとずつ弾く楽器が広がっていって。大学生になって、自分のお金で買えるようになってから、どんどん家にある楽器が増えていきましたね。
──スウェーデンの民族楽器、ニッケルハルパも持ってるんですね。
ケルト音楽が好きだった時期があって、そこで使われている楽器を調べているうちにニッケルハルパを知ったんです。ニッケルは鍵盤、ハルパはハープという意味なんですけど、文字通りの構造になっているんですよ。バイオリンやチェロみたいなフレットレスの楽器と違って、鍵盤の部分を押せば音が出る。合理性があるというか、計算されていてすごいなと。
──楽器の構造や歴史を知るのも楽しそうです。
そうなんです。音大に入って劇伴の勉強をしていく中で、世界中の音楽や楽器に興味が出てきて。中東の打楽器のダラブッカも持っていますし、「ゼルダの伝説」の音楽で使われてるアイリッシュハープも買ったり。実家に置いてある楽器も合わせると、50種類くらいになると思います。
──すごい!
欲しくなっちゃうんですよね(笑)。あと、編曲するときに手元に楽器があるといいんですよ。どの音域まで出るか確かめられるし、生楽器の音は自分のルーツでもあるので。電子音楽にはめっぽう弱いので、そっちの勉強もしなくちゃいけないんですけど、今は生楽器を生かした楽曲作りやライブをやりたいと思っていますね。
──劇伴やゲーム音楽には民族音楽なども使われているので、楽器の響きや音色を知っているのは大事ですよね。
まだまだですけどね(笑)。劇伴は映像を支えるだけじゃない。音楽だけで世界観を作れるし、人の感情を動かせると思っていて。それも劇伴の魅力だし、勉強を続けている理由になってます。
自分がやりたいジャンルの曲を作りたい
──Suietさんは高校時代からオリジナル楽曲を発表されています。きっかけはなんだったんですか?
特になくて、とにかく楽器を弾くのが楽しかったんですよね。ただ、インスト曲ではなかなか評価されないと思ったので、歌を乗せてみようと。高校では軽音楽部に入っていて、邦楽ロックもいろいろ聴いてたんですよ。ライブも好きで、女王蜂や、フェーズ1時代のMrs. GREEN APPLEのライブにも行っていて。ラバーバンドを集めるのが好きで、登校で使うバッグにたくさん付けてました(笑)。軽音楽部ではギターやキーボードを弾いていて歌ってなかったんですけど、自分で曲を作って歌ってみたらとりあえず形になったので、短いバージョンを試しにTikTokに投稿しました。僕と同世代くらいの方たちが聴いてくれて、だったらフルバージョンを発表しようかなと。
──最初のオリジナル曲「エピソード」は邦楽ロック的なアプローチの曲ですね。
はい。今振り返ってみると、かなりデタラメな作り方でしたけどね。周りにDTMをやっている人がいなくて、どうしたらいいかよくわからなくて。とりあえず音が鳴っていればいいだろうと思って、ここにある電子ピアノをパソコンにつないで弾いたんです。ドラムもすべて手で打ち込んで、クオンタイズ(録音された演奏や打ち込みのズレを、設定したリズムグリッドに自動で合わせる機能)もしないで、そのまま音源にしちゃった。
──完全に人力で作ったと。
そうですね。DTMのやり方を調べればよかったのに、なぜかそれをしないで作ってしまって。3、4曲くらい作ったところでDTMに詳しい人に聞いたら「何やってんの?」って呆れられて、いろいろ教えてもらいました(笑)。
──2020年8月に発表した「可愛い君が愛おしい!」のMVの再生回数は2155万を突破しています。この曲も「エピソード」と同じく、バンドテイストの楽曲ですね。
ギターも自分で弾きました。当時好きだった邦楽ロック曲やボカロ曲を参考にして、自分なりに作ったんですけど、たくさんの人に聴いてもらえたのはうれしかったですね。ただ、数字だけだと実感が湧かなかくて。ちょうどコロナ禍だったから人に会えなかったし、直接感想を聞く機会もなく。コロナ禍にも何度か企画ライブに出たことがあるんですけど、無観客ライブだったんですよ。そういう期間が数年続いたので、自分の曲を聴いてくれてる人たちがどう感じているのかわからなくて……1人で作ってリリースするだけだったから、人との距離感があったというか、乖離している感覚がありましたね。
──その後もオリジナル曲を発表されていますが、少しずつ作風が変化しています。
エレキギターを使った曲は「可愛い君が愛おしい!」が最後ですね。実は「ギターから離れたい」と思っていたんです。初期から僕の曲を聴いてくれている人を振り回してしまうかもしれないけど、自分がそのときにやりたいジャンルの曲を作りたくて。もしかしたらまたギターを弾き始めるかもしれないし、インストをやり始めるかもしれないし、この先はわからないですね(笑)。
耳だけじゃなくて、視覚を含めた音楽の表現
──楽曲制作と並行して、ミュージックビデオの映像などもご自身で手がけていますね。
高校のときも作ってはいたんですけど、本格的に手がけるようになったのは大学に入ってからですね。もともとアニメーションも好きだし、耳だけじゃなくて、視覚を含めた音楽表現に興味が出てきて。人に頼むと費用もかかるから、自分でやるしかないと思って、少しずつ練習し始めました。まだまだヘタクソですけど。
──Suietさんが自分で作るということの意味があるのでは?
そうかもしれないですね。言語化が下手なので、誰かにお願いしたとしても「もうちょっとこうしてほしいけど、うまく言えない」ということになりそうで。だったら自分の時間を使って、好きなものを作ったほうがむしろ効率がいいのかなと。あと、ストレス発散にもなるんですよ。音楽制作に煮詰まったら絵を描いたり映像を作ったり、その逆だったり、好循環が生まれていて。最近は絵や映像を先に作って、それに合わせて曲を制作することも試しているんです。「楽しい気分になってもらいたい」「優しい気持ちになってほしい」みたいなことを決めて、それに沿った絵や映像を作って、そこから曲につなげるという。去年発表した「Fall in Love」や、今年リリースした最新曲「Bestie」もそうですね。
──自分で劇伴を作っている感覚もある?
まさに。商業アニメを観ていても、「このシーンにこういう音楽があったらいいのに」と思うこともあって。そういうところでインスピレーションを得ています。
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“ジャズ”という明確な強み


