川勝正幸

渋谷系を掘り下げる Vol.14(最終回) [バックナンバー]

小泉今日子が語る“渋谷系の目利き”川勝正幸

未来へと受け継がれるポップウイルス

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みんなで束になれば川勝さんになれると思う

当たり前だが、川勝さんはその後、コイズミさんが出演した話題作をことごとく観ていない。「あまちゃん」(2013年放送)を観ていないし、「監獄のお姫さま」(2017年放送)も観ていない。「いだてん」(2019年放送)も観ていない。というか、そもそも配信が当たり前の世の中になる直前だったのでNetflixを知らないし、大好きだったポン・ジュノが「パラサイト 半地下の家族」でアカデミー賞を取ったことも知らない。そしてもちろん、今現在のコイズミさんを知らない。彼女がプロデュースした舞台や映画も観ていないのだ。

「時が経ってみると、『うっかり死んでるんじゃないよ!』って腹立たしく思ってきますよね。『バカ! もったいない!』って」

こんなことを言っても詮無いことだが、川勝さんに彼女の「プロデューサー・コイズミ」論を「TV Bros.」で書いてもらいたかったし(川勝は「TV Bros.」で1987年から2012年までコラム連載を執筆)、今の彼女にキャッチフレーズを付けてもらいたかった。そして、ふと思う。もしかしたら今のコイズミさんは、昔川勝さんが彼女にそうしたように、人と人をつなぐ仕事をしているのではないだろうかと。

川勝が初めてスチャダラパーを紹介した雑誌「TV Bros. 1989年5月20日号」(東京ニュース通信社刊)の連載コラム。この記事でスチャダラパーはメディアデビューを果たした。なお取材当時ANIは加入しておらずBoseとSHINCOの2人組だった。

川勝が初めてスチャダラパーを紹介した雑誌「TV Bros. 1989年5月20日号」(東京ニュース通信社刊)の連載コラム。この記事でスチャダラパーはメディアデビューを果たした。なお取材当時ANIは加入しておらずBoseとSHINCOの2人組だった。

「私は今まで、川勝さんはもちろん、レーベルの人たちやクリエイターの人たち、ミュージシャン、演出家、映画監督、いろんな人たちの中で育てられてきたし、みんなに『こっちだよ』って道しるべを与えられてここまで来たんです。私、パンパースではあるけど、絹のおむつじゃないんですよ(笑)。もともと歌も上手じゃないし、容姿も平凡、この中途半端さだからこそ面白いことができたと思っていて。もっと私に歌唱力があったなら、私の世界はこんなに広がらなかった。得意な歌が求められたはずだから。でも、そうじゃなかったから、近田さんも『ハウスやろうよ』って気軽に言ったんだと思う。『五木ひろしみたいに歌ってよ』って(笑)。そのお題に答えることがきっと楽しかったんだと思います。そういう中に川勝さんもいて、そのお題に答えていく私を説明する言葉をいつも考えてくれていた。つないでくれていたんです。受け取る人と私の間でね」

そして、“オモテ”ではなく“ウラ”のコイズミを引き出し、小泉今日子の魅力をさらに倍増させたのも川勝だった。

「だから、私もそうありたいなって。おこがましいかもしれないけれど、『こっちこっち』って教えてあげたいんです。『こっち面白いよ!』って。そうやって教えてあげることで誰かの心の世界が広くなるのを見たい、というのがあるんです。私のことを好きになってくれるより、『キョンキョン、教えてくれてありがとう!』って言われるほうがずっとうれしい。『わかってくれた? いいでしょ?』って。仲間が欲しいんだと思うんです。自分のファンじゃなくてね。常にそういう感覚があるんです。川勝さんもきっとそうだったと思う」

その通りだ。川勝さんがアンテナを張り巡らせ続けたのは、自身の視座をズラし、刺激を与えてくれる存在に巡り会うためではあったけれど、玉石混淆のポップカルチャーの海の中から、「これが面白い」「見逃すな」というサインを周囲に教えるガイド役でもあったからだ。それが結果として、渋谷系と呼ばれたカルチャームーブメントを牽引する力にもなった、と思う。以前、スチャダラパーの3人は、「渋谷系とは何だったか?」という問いに、こんなふうに答えたことがある。「それはつまり、“川勝さんそのもの”ということでしょ」と。

「それを体現していた人だった。だからこそ、川勝さんが亡くなったことで、カルチャーの“目利き”がいなくなってしまった。川勝さんのような人はもう出てこないし、私はもちろん、誰も川勝さんの代わりなんてできないんです。でも、私も含めて、川勝さんのポップウイルスを受け継いでる人たちはたくさんいる。そして、受け継いだ細胞は生き続けていく。受け継いだ人たちが、それぞれの場所で、道しるべを立てることができればいいんじゃないかなって。みんなで束になれば川勝さんになれると思う。だから、私は、演劇や映画をプロデュースすることでそれができればいいのかなと思ってる。そしてその細胞がそれぞれの場所でどんどん分裂を繰り返していけば、日本全体がポップウイルスで満たされて、やがて空気のようなものになっていく。そんな世界になるんじゃないかなって、夢みたいなことを考えているんです」

川勝さんの凝り方はハンパなかった

実はコイズミさん、本の編集にもこっそり関わったことがあるという。2018年に発売されたムック本「脚本家 坂元裕二」だ。クレジットに彼女の名前はないが、企画から関わったというから面白い。

「脚本家 坂元裕二」(ギャンビット刊)

「脚本家 坂元裕二」(ギャンビット刊)

「私が言い出しっぺなんです。『坂元さんのことをまとめた本を出したほうがいいんじゃない?』って。そうしたら、満島ひかりさんもそういったものを作るのが好きだから、私もやりたいと手伝ってくれて。編集の人はもちろんちゃんといるから、私たちはこんな内容がいいとアイデアを出したり、写真をチェックしたり、どんな版型でどんなデザインでどんな手触りの本がいいと口出しするだけだったけれど、川勝さんだったらきっとこんなアイデアを出すだろうなって思いながらやってたんです。でね、本の最後にドラマ『カルテット』の架空のチケットを付けたんです。川勝さんがこういった本やパンフを作るときの凝り方ってハンパなかったじゃない。私のパンフを作ってくれたときも、『コイズミは<地下鉄のザジ>の監督のオファーを断った』みたいなフェイク記事を書いてくれたんだけど、それを信じた人が続出して(笑)。だから、川勝さんなら、絶対こういうオマケを付けると思ったんです。これも川勝イズムの遺伝子が入ってるからなんですよね」

カヒミ・カリィのシングル「『彼ら』の存在 Leur L'existence」(1995年)のプロモーション用フライヤー。川勝の手により架空の映画フライヤー仕立てとなっている。

カヒミ・カリィのシングル「『彼ら』の存在 Leur L'existence」(1995年)のプロモーション用フライヤー。川勝の手により架空の映画フライヤー仕立てとなっている。

「『彼ら』の存在 Leur L'existence」フライヤーの裏面。川勝はカヒミ・カリィが主演を務める架空の映画ストーリーも考案。その後、10数年にわたり「あの映画はいつ封切られるんですか?」「いつDVDになるんですか?」と聞かれ続けたのだという。

「『彼ら』の存在 Leur L'existence」フライヤーの裏面。川勝はカヒミ・カリィが主演を務める架空の映画ストーリーも考案。その後、10数年にわたり「あの映画はいつ封切られるんですか?」「いつDVDになるんですか?」と聞かれ続けたのだという。

コイズミさんの話を聞いていて、ふと「ミーム(meme)」という言葉を思い出した。生物学者リチャード・ドーキンスによる造語で、人から人へと伝播し、増殖していく文化的遺伝子のことなのだが、それは川勝さんのお気に入りの言葉だった。そう、川勝正幸が伝えた「ミーム」は、まさにコイズミさんが言う通りで、「ものの考え方」なのだと思う。それはつまり“ポップの軸”をどこに置くのか、ということ。だからこそ彼女は、2020年のコロナの時代に殿山泰司のエッセイを朗読する舞台をプロデュースし、本多劇場をクラブ化したのだろうと思う。

私は思い出がいっぱいあるから大丈夫だよ

今夏、下北沢の古書店「BSE」で川勝正幸の蔵書を販売するコーナーができた。オープン初日、コイズミさんは行列に並んだという。

「ちょうど下北沢で用事があったから寄ってみたら、たくさんの人が並んでいて。狭いお店だし、コロナのこともあるから入店制限をしていたんです。1、2人ずつお店に入って。で、私の前には、スーツを着たサラリーマン風の同世代の男性が並んでいたんです。彼は最初から私に気付いていたみたいなんだけど、ずっと知らん顔をしてくれていて。たぶん、川勝さんのことが大好きな人だったんでしょうね。彼がいっぱい本を抱えて出てきたんです。私が入れ違いにお店に入ったら、『僕、いっぱい取っちゃったから、もしこの中から欲しいものがあったら』って言ってくれたんです。私は『大丈夫、大丈夫。ホントに好きな人が持ってたほうがいいから』って辞退して(笑)。ああ、川勝さんの言葉を指針にしていた人ってたくさんいたんだなって改めて思ったんです。そういう人が川勝さんの本を持っててくれるといいなって。だから私は川勝さんの本を買わなかった。私はその人にね、『私は思い出がいっぱいあるから大丈夫だよ』ってカッコいいこと言っちゃったんです(笑)」

ナンシー関による川勝正幸の消しゴム版画。

ナンシー関による川勝正幸の消しゴム版画。

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辛島いづみ

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