川勝正幸

渋谷系を掘り下げる Vol.14(最終回) [バックナンバー]

小泉今日子が語る“渋谷系の目利き”川勝正幸

未来へと受け継がれるポップウイルス

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渋谷系の人たちと知り合いになれたのも川勝さんがいたから

川勝正幸と小泉今日子の最初の出会いは、アルバム「KOIZUMI IN THE HOUSE」(1989年発表)であった。近田春夫が楽曲のほとんどをプロデュースした本作はクラブミュージックに傾倒したアルバムで、川勝はプロモーションのブレーンとして参加。「お茶の間にハウスを」というコピーを考えたのが川勝だ。しかし、そもそも「近田春夫にアルバムを」という発想はどこから来たのかといえば、それはコイズミ発だったというから彼女らしい。

「『次のアルバムどうする?』って聞かれたときに、私は前から近田さんが好きだったので、『近田春夫さん、どうですか?』って言ったら、担当ディレクターが連絡してくれて。中学生の頃、近田さんがプロデュースしたジューシィ・フルーツの『ジェニーはご機嫌ななめ』が好きだったんです。曲もテクノポップでかわいくて、ボーカルのイリアさんに憧れてピンクのデップローションを買っちゃうぐらい大好きだった。のちにカバーしたりもしたんです」

若い世代のために少々補足しておくと、“ピンクのデップローション”は、当時のニューウェイブ族には欠かせないアイテム。ショートヘアをツンツンさせるための整髪剤で、ロカビリー族やパンクスも愛用していた

「で、近田さんと会ったのは、表参道のモリハナエビルのカフェ・花水木。近田さん、会うなり言ったの。『最初に断っておくけど、俺、今ハウスだから』って(笑)。それで『Fade Out』というハウスの曲を作ってくれて。当時テレビの歌番組とかツアーで歌うと、みんなの目がテンになる。『付いてきて、みんなー』って思いながら歌っていたのはよく覚えてます(笑)。でも、それまでのファンには目がテンだけど、また別の人たちが聴けば『この曲、カッコいい!』と思ってくれる。当時、DJの人がよくかけてくれたんです。だから、あそこで近田さんが舵を大きくグイッと切ってくれたことはホントに大きかった。あのとき『アイドルなんだからポップスでいきましょう』って近田さんが言ったら今の私はいない。ハウスだったからこそ、ポップカルチャーの目利きの川勝さんに出会えたのだし、川勝さんを通していろんな人と出会うことができた。世界がポンと開けたんです。視野が広がった。世界は1つじゃないんだなって」

若い世代のためにもう1つ補足しておくと、小泉今日子は1982年にアイドル歌手としてデビュー。同期は、中森明菜、松本伊代、早見優、堀ちえみといったアイドルたちが勢ぞろいする“花の82年組”だ。デビューしたときは、当時のアイドルが全員そうだったように、彼女の髪型も“聖子ちゃんカット”だった。しかし、5作目のシングル「まっ赤な女の子」でショートカットにしてイメージチェンジ。そこでブレイクを果たす。しかしこのショートカット、大人たちに言われたからではなく、事務所にも言わず勝手に切ったというから面白い。以降、彼女は自分自身のことを「コイズミ」と呼び、ひらひらフワフワではない、確固たる自分を持つアイドルという、それまでにはなかったトンガった立ち位置を得て、ファッションアイコンになっていった。当時のマネージャーやレコード会社のディレクターなど、「寛容な大人たち」に巡り会えた幸運もあったが、彼女にはそもそも鋭い勘が備わっている。セルフプロデュース能力が高いのだ。だからこそ、近田春夫を指名したのだし、川勝正幸に出会うこともできたのだ。ちなみに、川勝は学生時代の頃から近田春夫の“おっかけ”。近田のラジオ番組を熱心に聴き、録音し、ハガキもせっせと送っていた。“好き”が高じてやがてそれが仕事になってしまう人が稀にいるが、川勝はそういうタイプの人間だった。ウイルスに罹患し、熱にうなされ、中毒者になる。「ポップ中毒者」というフレーズも川勝自身があみ出した言葉だが、ズバリ自分のことを言い当てている。

「もともと、音楽や映画やファッションや、いわゆるメジャーフィールドではない、サブカルチャー、ポップカルチャーといったものに興味はあったんです。でも、私の中ではそれぞれ点でしか存在してなかった。ポツポツと気になるものが点在している感じ。それを川勝さんが、『これとこれはこうだよ』『これが好きならこういうのがあるよ』って太い線としてつなげてくれた。そういう存在だったんです。『KOIZUMI IN MOTION』のライブイベントをやったときは、まだDJ DRAGONがいたときの4人編成時代のソウルセットとか、GONTITIさんとか、スカパラとか、そういう人たちを呼んできてくれたし、ORIGINAL LOVEの田島貴男くんとかフリッパーズ・ギターとか、渋谷系の人たちと知り合いになれたのも川勝さんがいたからだったんです」

川勝が編集を手がけたCorneliusのツアーパンフレット「Cornelius Annual Ape Of The Year '96 Issue」。「スケルトン・レスリング」と題したポストカードを同梱。

川勝が編集を手がけたCorneliusのツアーパンフレット「Cornelius Annual Ape Of The Year '96 Issue」。「スケルトン・レスリング」と題したポストカードを同梱。

川勝さんが作った映画パンフはモノとしてもかわいい

ところで、渋谷系は音楽を中心とした“古今東西のポップなものを掘り起こすカルチャームーブメント”だったわけだが、その中の1つにミニシアターブームというものがあった。60~70年代の映画のリバイバルや、非ハリウッドのインディーズ映画やヨーロッパ映画の上映が小さな映画館で盛んに行われていた。川勝はそういった映画のパンフレットをよく手がけていた。いわゆる大判のカタログのようなパンフではなく、女子のバッグに入る小さめサイズで、装丁に凝り、解説やコメントもいわゆる映画評論家だけのものにしないという、マニアックなこだわりと編集の妙が冴えるパンフレットだ。川勝は、そこに小泉を登場させることがたびたびあった。90年代を経て、アイドルから女優へと進化した彼女に新たなる魅力を感じていたからだろう。

「映画のパンフでコメントしたり、トークショーにもよく呼んでもらった。ポール・トーマス・アンダーソンの『パンチドランク・ラブ』(2003年公開)のときは、私と(ソウルセットの)BIKKEが“ヨッパライ代表”(笑)で登場したし、ウディ・アレンの『ギター弾きの恋』(2001年公開)のときは、エドツワキくんと原宿の小さなスペースでトークした。北野武監督の『座頭市』(2003年公開)のパンフでも私とたけしさんの思い出を語ったり。とにかく、私が興味を持ちそうだと思う映画は必ず声をかけてくれたんです。川勝さんが作ったパンフでは、『バーバレラ』(1993年リバイバル上映)がすごく好き。絵本みたいになっていて、モノとしてもすごくかわいいんです」

1993年にリバイバル上映された際に制作された映画「バーバレラ」のパンフレット(当時の配給は日本ヘラルド映画 )。小西康陽、岡崎京子、町山智浩がエッセイを寄稿している。

1993年にリバイバル上映された際に制作された映画「バーバレラ」のパンフレット(当時の配給は日本ヘラルド映画 )。小西康陽、岡崎京子、町山智浩がエッセイを寄稿している。

映画「バーバレラ」パンフレット。フィルムのスチルを使用した絵本型となっている。

映画「バーバレラ」パンフレット。フィルムのスチルを使用した絵本型となっている。

川勝さんに最後に会ったのは……

そして、2012年1月31日。川勝正幸は事故で急逝。小泉はドラマの撮影中にそのニュースを知ったという。

「『最後から二番目の恋』というドラマを撮影していて、渡辺真起子と一緒だった。真起が、『キョンちゃん大変! 川勝さんが!』って。もう、何も言葉が出なかったし、何も考えられなかった。真起もファミリーだったから(渡辺真起子はモデル時代にThe Orchidsというヒップホップユニットを結成。高木完プロデュースでアルバムも発表した)、2人でもう呆然としちゃって……。たぶん川勝さんに最後に会ったのは、その前の年の夏頃だったと思う。8月の終わり。藤原ヒロシくんとYO-KINGさんがAOEQというユニットでライブをやったとき。私は川辺ヒロシくんと一緒に観に行って、川勝さんとバッタリ会った。そのとき、ゆらゆら帝国の『空洞です』を藤原ヒロシくんと川辺ヒロシくんのユニット・HIROSHI II HIROSHIと一緒にカバーした音が上がったばっかりで(2011年に発売されたナタリーと映画「モテキ」のコラボによるコンセプトアルバム「モテキ的音楽のススメ COVERS FOR MTK LOVERS盤」に収録。2017年に12inchアナログで発売)、そのサンプル盤を渡したと思う。川勝さん、ニコニコしながら『聴いてみますね』って言ってたのをよく覚えてるんです」

1994年の川勝正幸。雑誌「BRUTUS」1994年6月1日号の大阪特集「大阪、ええんちゃう。」のときのひとコマ。撮影は川勝と懇意にしていた写真家の故・野村浩司。

1994年の川勝正幸。雑誌「BRUTUS」1994年6月1日号の大阪特集「大阪、ええんちゃう。」のときのひとコマ。撮影は川勝と懇意にしていた写真家の故・野村浩司。

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みんなで束になれば川勝さんになれると思う

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吉田光雄 @WORLDJAPAN

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