「Fate/Grand Order Original Soundtrack Ⅶ」芳賀敬太インタビュー(聞き手:大久保瑠美)

2015年8月のサービス開始から今年でいよいよ10周年を迎えるスマートフォン向けロールプレイングゲーム「Fate/Grand Order」。そのオリジナルサウンドトラック最新作「Fate/Grand Order Original Soundtrack Ⅶ」が7月30日にリリースされた。

今作は、2023年より配信された「奏章」(「Fate/Grand Order」のメインクエスト。プロローグ「オーディール・コール 序」、「オーディール・コール0」「奏章Ⅰ 虚数羅針内界 ペーパームーン」「奏章Ⅱ 不可逆廃棄孔 イド」「奏章Ⅲ 新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション」)を中心に、2022~24年に開催されたゲーム内イベントの楽曲を計4枚のディスクに収録。ゲームを彩る楽曲の魅力を、改めて楽しめる作品になっている。

音楽ナタリーでは、メインコンポーザーである芳賀敬太に、作中でエリザベート・バートリーやアストルフォなどさまざまなキャラクターの声を担当する声優・大久保瑠美がインタビュー。収録曲の制作エピソードに加えて、長く作品に関わり続けてきた2人の「FGO」への思いを話してもらった。

※本記事はゲーム内「奏章I」~「奏章III」シナリオへの言及も含まれますのでご注意ください。

取材 / 大久保瑠美文 / 杉山仁撮影 / 星野耕作

白紙化地球を表現するための“無”の音

──今回のサウンドトラックは、第2部の終章に向かっていくところで「奏章 オーディール・コール」の「奏章Ⅲ 新霊長後継戦 アーキタイプ・インセプション」までの楽曲が中心となっています。芳賀さんは「奏章」の音楽についてどんなふうに制作を始めたのでしょう?

全体を貫く楽曲としては、3つ目のターミナルBGM「into the end」を終章に向かっていくイメージで作ったのですが、一方で奏章の各シナリオはライターさんにとって第2部の集大成のような側面もありますから、そのほかの楽曲は奏章全体の連続性を意識するというよりも、シナリオごとに「とにかく妥協せずに、求められているものをしっかり作ること」をテーマにしていきました。奏章に至った“因果”というものはありつつも、それぞれの世界観をしっかりと表現できるように注力しました。

「奏章」メインビジュアル

「奏章」メインビジュアル

──全体像よりも、1つひとつのお話に注力して制作されたんですね。確かに、第1部や第2部はプレイヤーとして“何をするか”が明確だったと思うんですが、奏章は「これから何が起こるの?」とまったく予想がつかない印象で。白紙化地球のマップBGM「白紙化地球」も、その雰囲気を感じるようなすごくいい曲だなあ、と思いました。

白紙化地球というのは、ある意味“無”ですよね。つまり、無を音で表現する必要があるということで。そこでまずは一旦「情緒を入れない」ことを考えました。

──なるほど。特に第2部はロシアやインドなど、訪れる異聞帯(「Fate/Grand Order」第2部の舞台)ごとに特徴的なテーマがありましたが、奏章はむしろ「テーマなきテーマ」という感覚だったんですね。

言ってみれば「まったく新しいところに来たな」という感覚で。そこで、それまでの「FGO」とは離れた音楽にすることを意識しました。その際、オーガニックな楽器を使った音楽だと、肉体性を感じるので無を表現することができません。それがない音として、電子音を使った音楽の方向性を考えていきました。

──サウンドトラックのライナーノーツではそうした音楽について「Fate/EXTRA」シリーズの音楽との共通点に言及されていましたが、確かに今回の奏章には、仮想世界のお話だった「EXTRA」にも通じるような、AIなどの要素が出てきます。芳賀さんの中での「EXTRA」の音楽のイメージというのは、どんなものなのでしょう?

僕の中では、デジタルな質感のパートやシンセリフのようなものがあって、その上に肉体的なピアノやストリングスが絡み合ってくるという、ハイブリッドな音楽というイメージです。「奏章I」では、登場キャラクターの関係でそこにインド音楽の要素も加えています。自分では、「EXTRA」シリーズの音楽は「Fate/EXTRA CCC」(2013年3月発売のゲーム)で完成したと思っているのですが、同時にそれ以前からの蓄積があって生まれたものでもありました。

大久保瑠美

大久保瑠美

大事にするポイントは「っぽさ」

──「奏章I」で個人的に気になったのは、ドゥルガー戦とカーリー戦の音楽でした。ドゥルガー戦の楽曲「殲滅の女神 ~ドゥルガー戦~」では女神らしさというか、神聖な雰囲気だった音楽が、そのアレンジとなるカーリー戦の「終末の舞踏 ~カーリー戦~」ではだいぶムードが変わっていますね。

基本的に、この2曲は一緒に考え始めて、最後のカーリー戦の音楽のパンチが弱くならないようバランスを考えていきました。とはいえ、インド音楽ってなかなか難しくもあるんですよ。僕ら日本人の中で「インドの音楽ってこうだよね」というものがあるとしたら、「FGO」ではまさにほとんどのユーザーさんが「インドっぽい」と感じてくれる音楽を目指す必要があるので。ほかの曲に関してもそうですが、そういう「っぽさ」をとても大事にしています。

──なるほど。

ただ、ユーザーの中にある「っぽさ」のレンジはあまり広くはないので、その幅の中で新しい楽曲をやりくりしていくのはけっこう大変なんです。一番大変だったのは、直近のインドラ(期間限定イベント「インドラの大試練 ~巡るブロークン・スカイ~」)です(笑)。もちろん、これまでいろんな曲を作ってきたからこそ、インド感は薄れたとしても、「『FGO』でこういう曲が流れたらインド味を感じる」というものにできたりもするのですが。

「Fate/Grand Order」奏章I第14節 ドゥルガー戦より。

「Fate/Grand Order」奏章I第14節 ドゥルガー戦より。

「Fate/Grand Order」奏章I第15節 カーリー戦より。

「Fate/Grand Order」奏章I第15節 カーリー戦より。

──確かに、それはプレイしていてもすごく感じるところです。ドゥルガー戦とカーリー戦にしても、アレンジ自体は大きく変わっているものの、「インドらしさ」「神々しさ」は変わらない。改めて聴き比べてみても楽しかったです。そして「奏章」からはクラス別の新たな育成システム「クラススコア」も順次開放されてきました。クラススコア用のBGMについては、制作の際に普段と違って意識した部分はありましたか?

クラススコアの音楽は、ストーリー用の曲ではなく、システム用の曲というのが大きな特徴です。そのため、まずはいかに「バックグラウンド用の楽曲として機能するか」ということを大切にしました。また、今回はそれぞれのクラスの能力を引き出すシステムということもあり、「Fate/stay night」( TYPE-MOONが2004年に発表した伝奇活劇ビジュアルノベルゲーム)での魔術回路に潜るような感じを出そうかな、という気持ちもありました。そこで「能力の拡張」を連想させるよう、アンビエントミュージックなどを使ってインナースペースの方向に想像を膨らませた感じです。

大久保瑠美

大久保瑠美

思い切った「奏章II」サントラ

──続く「奏章Ⅱ 不可逆廃棄孔 イド」は現代の東京によく似た世界という、「FGO」ではなかなか見ないタイプの舞台設定です。それこそ、「Fate/stay night」などに近いロケーションですが、このマップでの楽曲はどんなふうに工夫されたんでしょう?

基本的に「FGO」の曲は、僕が「FGO」の音楽だと思って作り、それにシナリオ総監督の奈須(きのこ)やリードキャラクターデザイナーを担当する武内(崇)がOKを出せば成立する形になっているので、仮に僕が逸脱しすぎたときには、ちゃんとストップがかかるシステムになっています。それもあって、「奏章II」の曲はマップBGMや学校のテーマ、通常戦なども含めて、「これぐらいやってもいいですか?」と提案するように、けっこう思い切った気持ちで作曲していきました。

「Fate/Grand Order」奏章II第4節より。

「Fate/Grand Order」奏章II第4節より。

──「奏章II」は別離がテーマのお話でしたが、シナリオを読んで感じたのは「ずっと不穏」ということでした。学校のシーンや日常のシーン、例えば家に帰るとダ・ヴィンチちゃんの姿をした親子がいることは、現実にはありえないことなのでどこか不穏さを感じて。特に最終局面の「螺旋階段」のテーマ「暗き渦」は「絶望させにきてるなあ……」と感じました。一方で、カッコいいなと思ったのは「Twilight Shade ~ BATTLE 18 ~」。ピアノで始まる「決意の応答 ~ FATAL BATTLE 8 ~」も、イントロから「ここの戦闘は重要だよ」ということが、音からも伝わってくるようで魅力的でしたね。

ありがとうございます。バトル曲については、発注の時点で「Fatal Battle」があるのか、「Grand Battle」があるのかといった全体的なバトルの数と、表現すべきテーマから逆算して、「ここをこういう曲にすべきだから、ほかはこんなふうにして違いを出そう」と考えていきます。まずは全部のリクエストに対して要素を振り分けていくような形で制作を進めていますね。

──「奏章II」ではアヴェンジャー(「Fate」シリーズに登場するサーヴァントのクラスの1つ)、特に巌窟王に焦点が当てられていました。「決別の炎 ~巌窟王モンテ・クリスト戦~」に関してはライナーノーツで「ずっと頭の中にあった巌窟王のイメージをようやく形にできた」と書かれていますが、この曲について教えていただけますか?

これまで楽曲を担当してきた中で、なんとなくではあるんですが、「巌窟王ってこういうイメージだな」というものが自分の中にも浮かんできて。彼は一見クールで何を考えているかよくわからないですが、それでいて見えないところでは主人公のために、どれだけ傷付いても1人で戦っていたりもします。そんな魅力を「決別の炎」という形で楽曲に込めていきました。

大久保瑠美

大久保瑠美

──今回は巌窟王 モンテ・クリストの曲ですが、もともとのエドモン・ダンテスも、クールに見えてどこか熱いところがありますもんね。

そうですね。その両方の要素が入っています。退廃的でゴシックな感じはあって、熱くはなるけれども、表面的には冷ややかでもある。そんな雰囲気をピアノで表現するのがいいだろう、と思って作っていきました。

巌窟王 モンテ・クリスト

巌窟王 モンテ・クリスト

──確かに、「奏章II」の楽曲にはピアノが多く使われている印象です。

はい。「奏章II」はアヴェンジャーにまつわるシナリオでもありますが、巌窟王はその代表的なサーヴァントの1人です。大事なところでピアノを入れておくというのは、このシナリオでの音楽におけるアヴェンジャーの表現として大切にしたことでした。

──ほかには、「奏章II」の最終決戦の曲「絶望の残滓」と「Avengers Arise ~最終使徒カリオストロ絶望伯戦~」も印象的でした。それまでは前に進んでも進んでも後味が悪い雰囲気だったものが、ようやく少し「前を向いて歩こう」という雰囲気に変わっていくような空気を感じたといいますか……。

ここまで来てようやく前を向く曲を作る、ということですね、それこそ、「アベンジャーズ・アッセンブル!」(マーベルコミックのヒーローチーム「アベンジャーズ」でおなじみの掛け声)と言いたくなるような。

──(笑)。いちプレイヤーとしても「ここから前を向いて歩いていかなきゃいけないんだな」「アヴェンジャーのみんなが見ていてくれるから、私は止まっちゃいけないんだ」という気持ちになりました。