2010年代のアイドルシーン Vol.16 [バックナンバー]
日本のアイドルダンス文化、何がどう変わった?(後編:竹中夏海インタビュー)
シーンを見守り続けた振付演出家が解説、ダンスが市民権を得た背景とそれに伴う課題
2025年10月31日 20:00 14
“運動量が多い=すごい”という観点でしか捉えられてなかった
初期ぱすぽ☆のような“リアル初心者”は、2010年代後半あたりから急速に姿を消していったという。ここに“やる側”の歴史的転換点があったことは間違いなさそうだ。
ただ、それと同時にファンの見る目が肥えたこともアイドルダンスの多様化にとっては大きかったのではないか? 視聴者のニーズに合わせてテレビ番組を作るように、振付を考える際、ファンの求めるレベルが高くなったことで変化が生じたということはないのか? その疑問をぶつけると、「必ずしもそうとは言えない」という答えが返ってきた。冒頭でも触れた内容を、より具体的に説明してもらった。
「確かに2010年代に入って『アイドルの振付』が注目されるようになったものの、技術を正確に評価できる人は当時まだまだ稀でした。『よくわかんないけどあのグループのダンスすごい』と騒がれることはあってもそこを言語化できるほどのダンス経験者が少なかったから、私が解説するしかなかった時代ですね(苦笑)。皆さんの意見をまとめると要は“運動量が多い=なんかすごい”と捉えているんだな?と思うことはよくありました」
アイドルブームに世が沸く中、竹中氏が引っ張りだこになったのは、こうしたダンスの肝を言語化できたからにほかならない。「すごいのはわかるんですけど、言葉で説明できる人がいない」というメディア側の事情だ。
「みんな推しが『なんかすごい』ことはわかってもそれが何由来でそう思うのかまでは言語化できずにいたので、『あのメンバーはバレエの基礎が入っているから、ここの動きがしなやか』といった技術の話をすると歓迎してもらえましたね(笑)。一方で音楽については、メンバーの歌唱や楽曲そのものに言及する人がけっこういらっしゃった印象です。みんな概して自分のわかるものしか目がいかないものですもんね」
もっともな話だ。日本人のほとんどは、ほんの少しであっても野球やサッカーなどをプレイした経験がある。だから試合を観ていてルールや選手の思惑が理解できる。だが、オリンピックでたまに見かけるような競技ではそうもいかない。
日本のアイドル業界に対する強い危機感
さて、「“踊ってみた”動画」「義務教育でのダンス」についてはすでに触れてもらったが、「K-POPの影響」についてはどうなのか? 中編に登場した鞘師は「それほど影響は大きくないのではないか」という立ち位置だった。この意見は決して珍しいものではなく、日本のアイドル文化とK-POPの比較論の中で主流になっているところがある。すなわちそれは「最初から完成されたクオリティの高いものを見せるK-POPに対し、日本のアイドルは成長過程を見せるもの。2つは完全に別物」というロジックだ。
竹中氏はというと、極めて複雑な思いを抱えながらK-POPシーンを見つめていた。慎重に言葉を選びながらも、日本のアイドル界に向けて警鐘を鳴らす。
「確かに2010年代まではギリ、『日本と韓国ではアイドルに求められるものが違う』という“建前”が成立していましたね。実際にそういう側面もありましたし。だけど日本のアイドル業界はそのことに甘んじて、先ほどから再三申し上げている通りそれらを『技術向上に金銭的 / 時間的コストをかけない』ための大義名分としてしまった。もちろんこれはアイドルたち自身の責任ではありません。忙しい合間を縫って身銭を切ってトレーニングに通う子もいますしね。だけど本来それは運営サイドが背負うべきもの。その結果どうなったかと言えば、技術向上に前向きな人材ほど日本のアイドル業界ではそれを望めないことを察し、どんどん業界外に流出してしまったんです」
ここまで自説を述べると、竹中氏は「拙著でも述べている通り、日本のアイドル業界はもっと持続可能な労働環境を整えることに真剣に取り組んでほしい」と続けた。
「『K-POPが日本のアイドルダンスに与えた影響』についてですが、まず日本のアイドル業界では演者に求められる技術レベルがここ10年以上、大きな変化はありません。一方の韓国は技術面が飛躍的に上がり続けているので、『影響を受けていない』というよりは『影響を受けようがない』と言ったほうが正確かもしれません……。とはいえアイドルを志望する動機は自身のスキルアップだけではないですから、例えば『影響力を持ちたい』とか『人目に触れたい』とか『かわいい衣装が着たい』『比較的デビューしやすい』という理由で日本のアイドルを選択する子たちもたくさんいます。でも、高いパフォーマンススキルを求める子たちが韓国や、K-POPの流れを汲んだ事務所を目指す流れはもう止めようがないと思います」
竹中氏の説明で明らかになったのは、いびつな“ねじれ現象”が日本のアイドルダンス周辺で起こっているということだ。若者のダンス人口は目に見えて増加している。にもかかわらず、アイドルのダンスには技術的な進化を強くは求められていない。竹中氏の抱える危機感の本質はこのあたりにもあるのだろう。
「教え子たちを指導する際、常に思っていることですが、大切な人生の一部をアイドル活動に捧げるなら、実のある時間にしてほしい。ダンスや歌のスキルじゃなくてもいいんですが、いつか振り返ったときにアイドルだった子たちがみんな『ああ、あのときがんばってよかったな』と思える時間を過ごしてほしい。運営サイドの“人を育成する”姿勢は、まずスキルアップのコストをいかにちゃんと割くかに表れやすいので、仕事をする際はもちろん、自分が推す側の場合も『安心して応援できるか』は見るようになりましたね」
悲痛な魂の叫びと言っていい。日本のアイドル界を深く知る人物の問題提起はあまりにも重い。しかし、これらの竹中氏の言葉が現在のアイドル関係者の胸に響くかどうかは疑問符も残る。おそらくここまでアイドルの未来を真剣に憂いている者は少ないのではないか。
「もちろんK-POPもすべて手放しに素晴らしいとは言えなくて、労働環境や契約関係などの問題は山積みだと思います。どの国でもアイドルというジャンルは特に演者が若い分、雇用側と労働者(アイドル)で力の不均衡がものすごく生まれやすい。そんな中で、どうしたら彼女たちが搾取されずに活動できるかを考え続けたいです」
2010年代のアイドルブームが残した大きな課題
こちらの予想していなかった方向に話が転がり始めた。竹中氏も「アイドルのダンスの話とはいえ結局はこういう話題を避けては通れないだろうから、この取材を受けるかも迷ったんですけど……」とどこか晴れ切らぬ顔つきをしている。もちろんこれは竹中氏がアイドルシーンを見守り続けてきたからこその緊急提言だということは、重々わかっているつもりだ。
2010年代にアイドルが群雄割拠する中でダンスが注目されるようになった。そのことは間違いない。ダンス人口は目に見えて増え、誰もが踊れる時代に突入した。問題は業界の体制がこの現状に追いついていないという点にある。2010年代に起こった空前のアイドルブームはダンスの市民権獲得にひと役買ったと同時に、大きな課題を次世代に残してしまったのだ。
「ただ、少しずつだけど業界も変わってきたなと感じる兆しはあります。まだまだ少ないですが、スキルアップのためにグループ活動を一時休止して数カ月トレーニングを積み直す、という取り組みをするグループ(※神戸発のアイドルグループ・グットクルーは2023年11月から約4カ月活動休止期間に入り東京で強化合宿を行った)や、パフォーマンス向上のためにメンバーの夏休みを表明するグループ(※lyrical schoolは2025年8月18~24日まで夏休みを取ることをアナウンス)などもいます。小さな一歩でも、業界全体の意識が変化していくことを願うだけでなく、私も行動に移し続けようと思います」
この春、竹中氏は振付演出家として活動する傍ら、エンタメ業界専門のカウンセラーとして「文化・芸能業界こころのサポートセンターMebuki」に所属。芸能界で働く者たちのメンタルケアを行っている。教え子たちから心身の相談が多く、「適当なことは言えない」「知識が欲しい」という気持ちから産業カウンセラーの勉強をし、資格を取得したのだという。
ダンスを教えるということは、突き詰めていくと人間教育になる──。奇しくもこれは振付師・夏まゆみ氏が生前に口にしていた言葉。当連載に登場したYOSHIKO氏、鞘師、竹中氏の3者とも同じ道を歩んでいるように思えてならない。おそらく日本のアイドルカルチャーの中でダンスの占める重要度は今後も増していくことだろう。その際に2010年代のアイドルブームで何が起こったかを振り返ることは、決して無駄ではないはずだ。
- 小野田衛
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出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。
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