2023年に「歌ってみた」動画を投稿し、本格的に歌手活動を開始したcono。その歌唱力の高さで注目を浴び、現在6曲のオリジナル曲を発表している。しかもそれらは佐伯youthK、SHUN(FIVE NEW OLD)、MONJOE(DATS)、澤野弘之といったそうそうたるアーティストたちが彼女のために書き下ろしたものだ。そして11月21日にはキツネリ提供による新曲「花束とすーさいど」が配信リリースされた。
音楽ナタリーでは、そんなconoの魅力に多角的に迫る特集を2週にわたって展開する。前編ではcono本人と、今年9月に配信リリースされた「Very Very Ape」を提供したeijun / 菅波栄純(THE BACK HORN)にインタビューし、菅波の目からconoの歌声の魅力について語ってもらう。そして後編では天野史彬、坂井彩花、ナカニシキュウ、森朋之という4名の音楽ライターによる彼女の全楽曲のクロスレビューをお届け。バラエティ豊かな楽曲と、それらを自由自在に歌いこなす彼女のボーカルスキルの高さを味わう副読本として楽しんでほしい。
取材・文 / 森朋之レビュー / 天野史彬、坂井彩花、ナカニシキュウ、森朋之撮影 / YURIE PEPE
cono × 菅波栄純(THE BACK HORN)インタビュー
こんなにカッコいい歌い手がいるんだ?
──菅波さんが初めてconoさんの歌を聴いたのはいつですか?
菅波栄純 最初に聴いたのは楽曲提供のオファーをいただいたときですね。その時点で1曲のオリジナル曲があって、“歌ってみた”を含めて全部聴かせてもらって。「こんなにカッコいい歌い手がいるんだ?」って本当に思いました。
cono ありがとうございます。
菅波 「どんな曲でも打ち返してくれそうだな」と思ったのも初めてで。まず、ボーカリゼーションのレベルが一段違うんですよね。ご本人がどこまで自覚しているかわからないですけど、歌詞とメロディを響きとして捉えていて。耳もめちゃくちゃいいはずだし、「この日本語をこういう歌い回しで歌えば、こんなに気持ちいいんだ」という発明をどんどんしているというか。表面的なことで言えば、声をかわいくもできるし、カッコよくもできるし、ゲスくもできるし、天使にもできて。自分の中にブロックするものがなくて、どんな世界にもポンと入っていける感じもしましたね。
cono うれしいです。普段は同じメンバーでレコーディングに臨んでいるので、外部のアーティストの方からこうやって言ってもらえることがなかなかなくて。ありがとうございます。
菅波 声に含まれる情報量も多いし、メロディラインや言葉の響きに対する解像度も高くて。OSが自分とは違うんだろうなと思いました(笑)。「どんな曲も打ち返してくれそう」と思った理由はそこですね。
──そもそもconoさんが歌に興味を持ったきっかけは?
cono 小さい頃から歌が身近な存在だったんです。母がプロの歌手を目指していたことがあったので、歌に触れる機会が多くて。あまり深く考えることもなく、中学に入った頃にボイストレーニングに通い始めました。あとは家にレコードやCDがたくさんあったので、その日の気分でいろんな音楽を聴いてましたね。J-POPが多かったんですけど、父のジャズのレコードを聴くこともありました。インターネットに触れるようになってからは、とにかくボーカロイドを聴き漁っていて。好きな曲をどんどん見つける感じだったので、特定のボカロPにハマった感じではないんですけど。
──歌い手として「シャルル」「Who?」などのボカロ曲もカバーしてますね。
cono カバーしている曲は全部大好きだし、すごく聴き込んでいます。1人で“歌ってみた”を完成させるのはかなり大変で、途中で心が折れてしまうこともけっこうあって。なので発表させてもらっているカバー曲には、特に思い入れがあるんですよね。パソコンの中には完成に至らなかった“歌ってみた”が無数にあります。
菅波 “歌ってみた”文化は、本当に試行錯誤の連続だと思うんですよ。1拍とか2拍のフレーズが納得いかなくて、100回くらい歌ったり。
cono そうですね。
菅波 根性がないとやれないですよね。根性って言うと昭和な感じがするけど、“歌ってみた”にチャレンジする人たちもけっこう同じなんじゃないかなと思っていて。結局「1小節を100回歌い続ける」みたいなことをやってるし、世代の差とかコンプレックスみたいなものは感じなくなってきてるなと。自分のパソコンにも、完成に至らなかった曲がめちゃくちゃあるんですよ。99%は世に出てないんだけど、それらが階段みたいになって、完成までたどり着く曲があるわけで。試行錯誤する中で、技術やセンスが磨かれるというか。
cono 本当にそうだと思います。レコーディングのデータの端っこにテイク数が表示されるんですけど、1人でやってると余裕で1000とか超えるので。レコーディング総時間もすごいことになってたり。そんなことを毎日やってたので、少しぐらい成長してもいいんじゃないかなって思ってました(笑)。“歌ってみた”は、「いかに完璧な作品を作れるか?」という世界なんですよ。特にボカロ曲の場合、原曲を歌っているのがボーカロイドということもあって、ある意味では人間味がなくなるくらい作り込んでいく必要があるんじゃないかなって。
菅波 「ボーカロイドが歌ったものに人間のテクニックで肉薄する」というのは第1段階でしかなくて。そこから解釈が加わるんですよ。どんな声色、どんなテイストで歌うかについては、基本的に歌い手が自分で決めなきゃいけないし、歌唱法を含めて模索する時間はすごく濃密だと思います。“歌ってみた”にトライする人はみんなそうだと思うんですけど、conoさんの歌の解像度の高さには、そこに到達するまでの時間が見えてくる感じがあって。本当にヤバいと思います。
cono ありがとうございます。私自身は、歌に対する自我みたいなものをあまり持っていなくて。自分の意思で歌うというより、曲に身を任せる感覚なんです。歌うときも意図的に「ああしよう、こうしよう」とはあまり考えてないし、これはあまりいいことではないかもしれないけど、オリジナル曲のレコーディングのときはそこまで練習しないんですよ。作曲してくださった方のノリをそのまま出すのが好きだし、練習して自分で作り込むのはちょっと違うのかなと。もちろん“歌ってみた”で培ってきた部分もあると思うんですけどね。
菅波 “歌ってみた”では細かいところまでぎっしり詰め込むように歌って、そこで学んだことを生かしつつ、オリジナル曲では楽曲の世界を自分に憑依させて歌ってるんですね。それはさらに上の段階の話だし、なかなかたどり着けないと思う。自分もうまく言語化できないんだけど、conoさんの歌声には何か特別なものがあって……今日はそれを知りたいです(笑)。
90年代シアトルのライブハウスでconoが歌っているイメージ
──菅波さんが提供した「Very Very Ape」は、どんなイメージで制作された楽曲なんですか?
菅波 聴かせてもらっていた「SLAPSTICK」は、未来の音楽みたいだなと思っていて。conoさんの歌のすごさ、作家陣のとんでもないクオリティ、ミュージックビデオの仕上がりも含めて、全体の作りが、半歩先を行ってるようなイメージがあったんです。それを踏まえて「俺が召喚された理由は?」って考えたんだけど、たぶん“現在”に持ってくるのが自分のターンなのかなと。「Very Very Ape」はパッチワーク的な曲なんですよ。グランジ的だし、THE BACK HORNっぽさもあるし、“ダウナーなんだけどハイ”みたいな令和の感じもあって。いろんな要素が混ざってるのもそうだけど、conoさんの曲の中では一番今の邦ロック的だなと思います。
cono それまではどちらかと言うと抽象的なイメージの曲が多かった気がするんですけど、「Very Very Ape」はもっと現実味があるなと思いました。カップルや仲のいい男女がリアルな日常を闊歩する感じがあるし、そういう曲を私にぶつけてくれたのが新鮮でした。
菅波 90年代のシアトルあたりの汚いライブハウスで歌っているconoさんの姿が浮かんできて、そういうイメージで作りました。
cono いい意味で俗な感じというか。
菅波 そうそう。
“ダウナーだけどハイ”なボーカル
──レコーディングはどうでした?
菅波 歌録りには立ち会ってないんですけど、バンドRECのときにconoさんが来てくれたんですよ。
cono 楽しかったですね! 初めてだったんですよ、楽器のレコーディングを見たのは。私は学生時代がちょうどコロナ禍の真っ只中だったので、ライブに行くという経験がなくて。バンドの温度感に触れたこともなかったんですよね。
──初めてのバンド体験がレコーディングだった、と。「Very Very Ape」のボーカルの印象は?
菅波 「来た!」って思いました。
cono うれしいです。
菅波 自分が作った主メロやハモ以外にもたくさん声を入れてくれて。それがすごくカッコいいんですよ。バンドREC時のレコーディングスタジオで、さっき言った“ダウナーだけどハイ”みたいな感じで的なことを伝えたんだけど、「そうですよね。わかりました」と言ってくれて。「俺、全然うまく説明できてないのに、わかってくれたんだ」と思いました。
cono よかったです。「Very Very Ape」の歌い方は──これは自分の感覚なんですけど、上と下、真逆の方向に向かって声を出す感じにしました。下の部分はエッジを効かせながら、声の成分は高めにするという。それが“ダウナーでハイ”なのかなと。声は1つなので、あくまでイメージでしかないんですけどね。
菅波 それを実際に歌で表現できるのがすごい。
cono あと、早口なパートもけっこう多くて。カッコよく表現しつつ、曲に乗り遅れないようにしなきゃって食らいついていきましたね。
菅波 その感じもいいんだよね。たくさんニュアンスが入っていて、歌が変化し続けるから、最後まで飽きない。めっちゃ楽しいし、歌声の変化に注目して聴いてほしいです。MVもすごくよくて。チートに手を出してしまう配信者のストーリーで、けっこうきわどいネタなんだけど。
cono そうですね(笑)。
菅波 その距離感がすごくいいんですよ。「Very Very Ape」の世界観に完全に寄り添うんじゃなくて、配信者という主人公を立てることで、また違った見方ができる。起承転結もしっかりあるから、最後まで観たくなるっていう。YouTubeのコメント欄にも「中毒性がある」みたいな意見が多いよね?
cono そうですね。私はいろんなテイストの曲を歌うので、「次はどんな曲が来るんだ?」と待ってくれている人もいて。私としては「今回の曲、どうですか?」じゃないけど、オープンな気持ちでコメントを見てるんですよ。「Very Very Ape」は「何回も聴きたくなる」という感想が多くて。「曲がいい」というのはもちろん、ドラムやギターのことだったり、MV自体を評価してくれる人もいて、そうやって関わってくれた方々が脚光を浴びるのもすごくうれしいです。
菅波 conoチーム全体の感じもすごくいいんですよ。ときにはエゴとエゴがぶつかることもあるだろうけど、「だからこそ、面白いものが生まれるんじゃないか」と世に問うてるチームでもあるような気がして。自分も「ここに関われてよかった」と思いましたね。
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これはもう未来のポップス



