 
                                                    2010年代のアイドルシーン Vol.16 [バックナンバー]
日本のアイドルダンス文化、何がどう変わった?(後編:竹中夏海インタビュー)
シーンを見守り続けた振付演出家が解説、ダンスが市民権を得た背景とそれに伴う課題
2025年10月31日 20:00 9
2010年代のアイドルシーンを複数の記事で多角的に掘り下げていく本連載。今回はアイドルシーンにおける“ダンス”に着眼し、前編、中編、後編の3本立てで記事を展開している。歌唱力と同様にダンススキルの高さはアイドルにとって大きな魅力や個性につながるが、アイドルが踊る“ダンス”にさまざまなスタイルが生まれたのも、ファンがその文化を楽しむようになったのも2010年代に入ってから。どのような背景があって、アイドルのダンスは進化していったのだろうか。
前編では振付師のYOSHIKO氏、中編では鞘師里保に話を聞き、
取材・
一番大きかったのはグループアイドル全盛期になったということ
「アイドルというジャンルで振付が注目され積極的に語られるようになったのは、確かに2010年代に入ってからかもしれませんね。ですが、技術についてファンの方々の見る目が養われたのは2010年代後半だと思います。少なくとも10年代前半は、まだ日本のアイドルファンでダンスの技術的な部分を解説できる人はかなり限られていました。この15年で若者のダンス経験者が爆発的に増えたことで、日本のアイドルファン層のダンスリテラシーが底上げされた感じですかね」
こちらが取材意図を説明すると、いきなり結論めいたことを語ってくれた振付演出家の竹中夏海氏。これまで担当してきたグループは、ぱすぽ☆(PASSPO☆)、アップアップガールズ(仮)から始まり、HKT48、NGT48、=LOVE、私立恵比寿中学、いぎなり東北産、ラフ×ラフなど多岐にわたり、アイドルブームの立役者の1人とも言える。それと同時にダンスを一般人にわかりやすく解説することにも定評があり、「アイドル保健体育」(CDジャーナル刊)などの書籍を上梓したほか、メディアにも多く露出してきた。
「『風が吹くと桶屋が儲かる』みたいな話なんですが、グループアイドルが増えるとダンスが注目されるんですよね。2010年代のアイドルブームの一番の特徴ってやはり、グループアイドルが定番化し爆発的に増えたことに尽きると思っていて。そうすると当然ながら“歌割”がありますよね。つまり、歌っていないメンバーは手持ち無沙汰になるんです。そこで必須なのが振付です。そこから前後列の入れ替わりくらいだったフォーメーションが複雑化していったり、ダンスが注目される要素が増えていった経緯があるわけです」
無駄なく理路整然と歴史的背景に触れていく解説は、さすがと唸るほかはない。大学で講義を受けているような気分にすらなってくる。
「さらにBPMの速い曲がブームになったり、歌割が細かくなることで、あわせて振付やフォーメーションも多様化しました。少なくともアイドルのパフォーマンスでは、それまで見たことがないような振付が目を引くように。“アイドルなのに”渡り鳥のように鮮やかにフォーメーションが次々と展開される、“アイドルなのに”ガニ股中心の動きで個性的、“アイドルなのに”演劇的でコンテンポラリーが下地にある……各グループがアイドルダンスの文脈にないものを打ち出してきて、盛り上がりを見せたんですね」
ダンスと歌の“違い”
ここから竹中氏は“歌との関係性”について触れた。中編の鞘師里保と同様、ダンスと歌を切り離して考えるのは不可能だというのだ。そこでキーワードとなってくるのが“マイク技術の進化”。いったい、どういうことなのか?
「1970年代って、まだワイヤレスマイクが存在しなかったんですよ。だから、歌いながらターンすることすらできなかった。立ち位置の変更もできないので当然、フォーメーションという概念がほぼない。例えばピンク・レディーは『サウスポー』の振付でミーちゃんとケイちゃんが手をつないで立ち位置を替えながら回るんですが、半周回ってまた半周戻っているんです。つまりワイヤードマイクで一周するとワイヤーが2人に巻き付いてしまうから、「そうせざるを得なかった」んですよね。そうでなくとも当時はソロアイドルが中心だったので、1人で歌いながら今のアイドルのように踊ることはほぼ不可能です。そのためサビで手振りをつけたり、間奏部分で踊るくらいで、あくまでパフォーマンスの中心は『歌唱』だったんですよね。ところが80年代半ば、ワイヤレスマイクの登場で状況が一変した。男性アイドルではありますが、ワイヤレスマイクがなければ光GENJIがローラースケートで踊ることはなかったはずなんですよね」
その後、安室奈美恵、SPEED、MAX、Folderらを輩出した沖縄アクターズスクールの全盛期になると、ヘッドセット型のマイクも取り入れられるようになる。しかし、彼女たちも実際のライブではハンドマイクを使うことが多かったという。
「『歌をしっかり聴かせたい場合はハンドマイク』というのは、今でも続いている慣例ですね。ヘッドセットのマイクは、現在の技術をもってしても安定して歌声を拾うのが難しいらしいんです。生歌よりも両手での振付や規律の取れたダンスを重んじるK-POPではパフォーマンス時はヘッドセットが中心ですが、場合によっては一部メンバーや全員がハンドマイク、とうまく使い分けていますよね」
「一方、日本はアイドル文化が半世紀続いているからか、はたまた国内の音楽シーン全体の影響か、リップシンクに対する眼差しは今もなお厳しいものがあります。ハロー!プロジェクトを例に挙げると、彼女たちの場合は始まり方がまず“歌手”なんですよね。モーニング娘。は『シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション』の最終選考落選者から結成されているので。ボーカリスト志望のメンバーの集まり、その源流は今も脈々と続いているのではないでしょうか。プラチナ期にダンスが洗練されたり、いち早くフォーメーションダンスで注目されつつも、やはりどこのグループよりも歌唱力の秀でたメンバーを擁する事務所だなと思います」
2010年代に入る直前あたりから、それまでアイドルを手がけてこなかった芸能プロダクションがアイドルシーンに新たに参入するようになった。背景に
「振付がないことにはライブができないので、コストを最小限に抑えたい運営でも振り入れは避けて通れません。あとダンスって練習すればするだけうまくなるからある意味コスパがいいんですよね。それに対し、歌ってどうしても才能やセンスに依るところが大きいので、デビュー前にボイトレを数回受けさせるだけで、継続的にやらせてあげる運営は限られてくると聞きます。もちろんボイトレは続ければ成果は出るし効果的なのですが、歌割をユニゾンにしたり、オケにボーカルを大きめに入れておいたりと、低コストで歌唱力をごまかす手段って正直いろいろあるので……。長期的かつ、メンバーのことを本当に考えれば、そこはお金も時間も割くべきだと思うんですけどね」
つまり運営サイドとしては、歌が上手な若者を見つけるのも育てるのも非常に困難ということになる。ハロプロがオーディション段階で歌唱力を重視する傾向にあるのは、まさにそうした考えに沿ってのことだと竹中氏は見ている。「逆に言えば歌に比べると、ダンスはある程度練習に時間をかければ誰でも成果が出るもの」だという。
「アイドル戦国時代と呼ばれた時代の初期は、“俳優やモデル志望の若い所属者にトライアル的にアイドルをやらせてみる”という動きが大手事務所を中心に見られるようになりました。そのとき、練習して成果が出やすかったのってダンスだったんですよね。費用対効果……というのは人材の育成に使うべき言葉ではないと思いますが、運営サイドからするといろいろごまかす手段のある歌唱にコストをかけて実力アップを図るよりも、とりあえず振りを入れて形にし、ライブにどんどん出して“元を取る”ほうがコスパもタイパもいいんだろうな、というのはその頃から今日に至るまで肌で感じています。これはアイドルに限らずですが、ダンスはとにかく練習すればするだけ成果が目に見えて出てくるから、やってる側も楽しいんですよね。ゲームをクリアしていく感覚に近いというか。サバイバルオーディション番組を観ていても、歌のうまい子は最初からある程度歌えるけど、ダンスは完全な未経験者でも明らかな成長がわかるものじゃないですか。ダンス人口がここまで爆発的に増えたのも、やはり『成果を感じられやすい』ということにみんなが気付き始めたからなんですよね」
羞恥心という最大の敵をネット文化が軽減してくれた
これまで何度もアイドルグループに立ち上げから携わってきた竹中氏だけに、一から十まで頷ける内容ばかりだ。しかし2010年代にダンスが一気に市民権を得たのは、もちろん芸能プロダクション側の事情だけではあるまい。ダンス人口急増の理由としてよく挙げられるのは、「義務教育内でのダンス必須化」「ニコ動をはじめとした“踊ってみた”文化の台頭」「K-POP人気の影響」といったところ。こうした要因について尋ねたところ、「1つずつ嚙み砕いていったほうがいいでしょうね」と語ったうえで、「それらの中で一番大きいのはニコ動を中心としたネット文化だと思っています」と続けた。
「ダンスを練習するうえで一番の敵ってなんだと思いますか? よくレッスン前に未経験者の方から“体の柔軟性”や“リズム感”とか“運動神経”に不安があると相談されることがあるんですが、それらがなくても実は大きな問題ではないんです。答えは“羞恥心”なんですよね。これさえクリアできれば、重ね重ねになりますが、ダンスは練習すると必ず誰でもできるようになります。だから、この羞恥心をどう取り除くのかが指導者にとっては課題になるんです。ひと昔前ならニコ動の“踊ってみた”。今ならTikTokなどに上げるダンスショート動画。これらの文化の功績はなんといっても『技術的に研ぎ澄まされていなくても、人前に出す抵抗感のなさ』を生み出したところです。『プロみたいにうまくなくても、とりあえず上げちゃう』という若者たちのメンタリティを形成させたのは偉業だと思います。他人にダンスを披露することのハードルを格段に下げましたよね」
確かにネットの台頭によって、誰でも手軽に表現を発表できる時代に突入したのは事実だ。例えば初音ミクやボーカロイドのブームも、“踊ってみた”動画と隣り合わせの現象と言えるだろう。音楽以外のジャンルに目を向けると、なろう作家(小説投稿サイト「小説家になろう」で作品を発表している作家)の台頭なども同じ文脈で捉えることができる。
「こうしたネット上のダンス動画文化に比べると、ダンスの義務教育化の影響はさほど私は感じていません。確かに教えていて、10年代前半の子たちと近年の子たちではレベルは全然違うなと思います。人生でただの一度もダンスに触れたことがない、という子がほぼいないので。でも、果たしてそれは義務教育化によるものなのか……。それよりも、未就学児の頃からたびたび目にするダンス動画や、ダンス系の習いごとの多様化の影響を強く感じます。昔はバレエ教室くらいしか選択肢がなかったものが、ダンスのジャンルがどんどん細分化されてみんな自分にフィットするものを見つけられるようなりましたもんね」
テレビを観ていると、若いアナウンサーが当たり前のようにダンスを披露したりすることがある。さらに竹中氏がアイドルを指導する際、振り入れを休んだメンバーの代役で若い女性マネージャーが踊ることもあるそうだ。
「今のアラサー以上の世代ってまだダンスって特殊技能に近い扱いだったんですよね。1つのグループの中でダンス経験者ってだいたい1、2割だった。ダンスのリハスタもまだ少なかったから、バンド用のサウンドスタジオに入って『ドラム邪魔だなー』と言いながらよく振り入れしていました。それが今では逆転していて、サウンドスタジオがどんどん閉鎖してダンススタジオに鞍替えするところも多いので、そういうところからも時代の流れを感じますね。最初に担当したぱすぽ☆なんて嘘みたいな話ですが、“歩くのもやっと”というレベルの子たちもいて。文字通り後ろから二人羽織みたいに腕を抱え『こっちが右ね』と言いながら指導していました。今のアイドルの子たちではまずこういったことはないです(笑)。『ダンスが苦手』の最低ラインが底上げされています」
モーニング娘。'25のほかの記事
関連人物
 
             
             
             
                     
                     
                     
                     
         
         
                             
                             
                             
                             
                     
                    ![[週間アクセスランキング]続編決定](https://ogre.natalie.mu/media/news/music/2025/1025/MGA_BABEL_FIX_Nohin.jpg?impolicy=thumb_fill&cropPlace=Center&width=180&height=180) 
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
                     
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
             
             
             
             
            
ハロプロ界隈新着情報 @wagagun
2010年代のアイドルシーン Vol.16 日本のアイドルダンス文化、何がどう変わった?(後編:竹中夏海インタビュー) (ナタリー) https://t.co/JIgc8LdlSx #helloproject #ハロプロ #モーニング娘 #OG #アプガ