2023年9月に発表された、TOMOOの1stアルバム「TWO MOON」。ソウルやファンクを通過しつつ、日本人の耳に馴染むような極めて高いポピュラリティを持ったこの作品は、多くの人に支持され、TOMOOの名を瞬く間に広めていった。その後も数多くのタイアップ作品を制作し、「TWO MOON」の延長線上にあるようなポップネスを携えた楽曲を発表してきた彼女だが、その流れを裏切るかのように、2ndアルバム「DEAR MYSTERIES」には静謐な空気を持ったウェットな曲が数多く並んでいる。
「Present」「LUCKY」「あわいに」など、大衆的なポップスのアルバムを作るには十分なピースがそろっていながら、なぜ彼女は「DEAR MYSTERIES」を、清閑さを持ったパーソナルな作品として仕上げたのだろうか。作品完成に至るまでの経緯を本人に語ってもらった。
そのほかのIRORI Records ニュース・特集まとめはこちら
取材・文 / 蜂須賀ちなみ撮影 / 堅田ひとみ
拾ったものをアウトプットする器であれ
──まず、今年5月に行った日本武道館でのワンマンライブ「TOMOO Live at 日本武道館」(参照:TOMOOが初武道館公演で作り出した“透明な器”「曲の向こうには人がいますから」)の感想を聞かせてください。ずっと目標にしていたステージに実際に立ってみて、いかがでしたか?
「お客さんが近く感じるよ」と噂に聞いていたんですけど、その通りでした。お客さんに包まれているみたいで、安心感がすごくて。とても自然に、気負いなくライブができましたね。17歳のときに開催したフロアライブで、恐れのない状態でライブをできたことが幸せな記憶として残っていて。武道館でもあのときのような幸せなライブをできるんじゃないかと思っていたんですけど、まさにそういうライブになりました。お客さんもすごく盛り上がってくれて。出ていった瞬間にみんなの喜びがダイレクトに届いてきたから「もう大丈夫だ」と思えたし、すごくうれしかったです。
──「透明な器のようになれれば」というMCも印象的でした。
武道館に向けて準備を進める中で、「あれ? 自分にとっての武道館ってなんだったんだっけ?」と自問していた時期もあったんですよ。私の中にいくつかモチベーションがあって、そのうちの1つが、だいぶ前から「武道館に行ってほしい」と応援してくれていた、長らくお世話になっていた人の存在で。だけどその人と一緒に武道館に行くことは叶わなかったので、1つ大きなものを失って、心がちょっと空っぽになっちゃったんです。
──なるほど。
武道館を志し始めた頃は自分にとって1つのゴールなんじゃないかと思っていたけど、今はそう思わない。「だけどみんなが喜んでくれている」「私自身も何かを期待していたはず」「じゃあそこに何があるんだろう?」と考えたときに、原点を思い出したんですよね。私がほかの人のライブを観に行くときは、自分の人生にとって大事なことや忘れていたこと、その時々で考えていることにまつわる手がかりをステージに見出して、心が洗われた感覚になるな、と。「だったら、私が歩んできた軌跡を武道館で見せるのはあんまり意味がないかも」と思って。来てくれる人がそれぞれ何かを持ち寄って、持ち寄ったものを器に注ぐようなイメージが浮かんだんです。器自体にもとから何かが入っているのではなく、注いだものがその器の様子になるというか。「Mirrors」(「MTV Unplugged Presents: TOMOO Acoustic Tour 2024 "Mirrors"」)のときも似たようなことを言っていたかもしれないけど、「そういう考え方でいいのでは?」と改めて感じました。
──「透明」はTOMOOさんにとっての1つのキーワードですよね。これまでの楽曲にも、そして今回のアルバムの収録曲にも「透明な」「透き通る」といった表現が出てきます。
そうですね。「透明」という言葉には、昔からうっすら執着し続けているというか。割り切れない性格で、答えを1つに絞れない自分にとって、ある種の拠りどころなのかもしれません。このアルバムには入っていない曲ですけど、15歳の頃に書いた「金木犀」という曲にも「冷たく優しく澄んだ空気の中で」という歌詞がありますし。
──TOMOOさんにとって「透明である」とは、具体的にどのような状態ですか?
いろいろなものが取り払われて、視界が開けているようなイメージ。あと、「白でも黒でもなく透明」という感じで、二元論から抜け出しているイメージもあります。人としても、アーティストとしても、自分が求めている状態はそれなのかなと。「私のキャラクターは赤です」「緑です」と1つに決めるのではなく、「その時々で外から注がれたもの、日々の中で拾ったものをアウトプットする器であれ」みたいな。
スタッフのみんな、ごめん
──では、メジャー2ndアルバム「DEAR MYSTERIES」について聞かせてください。どんな作品になったと感じていますか?
大別して2つの要素があるなと。片方は、ポップでピースフルな曲。タイアップなどで楽曲を書き下ろす機会が多かったので、何かを思いやるような曲が多めだなと感じています。こういう曲はドライなサウンドで、明るい雰囲気。もう片方は、個人的に大事にしている感覚や、その感覚を覚えた瞬間の記憶、脳内の景色……そういう、自分の心の引き出しにしまっている“宝”のようなものを描いています。こういう曲は「これはちょっと人に言う話ではないかも」みたいな気持ちがあるから、ウェットなサウンドで、静かでひっそりとした雰囲気なんですよね。
──前半と後半ではっきり分かれているような印象がありました。そしてラストの「高台」によって、1つの作品としてきれいにまとまるという。
コントラストがけっこうはっきりしてますよね。前半がパブリックな感じで、だんだん個人的になっていく。そういう曲順になったのはたまたまなんですけど、“人に見せる用”ではない側面も含まれているから、私はこのアルバムを「ドヤ」みたいな感じでは提示できなくて。「私にとっては価値があるけど、ほかの人がどう思うかはわからん」という気持ちが正直あります。
──私は後半の曲も素敵だと思いました。「Lip Noise」が一番好きです。
そう言ってもらえて安心しました。「Lip Noise」は思い入れのある曲なんですけど、激ヤバ抽象歌詞なので、聴いた人がどう思うか……。好きと言ってもらえてよかった。これを胸に年末まで生きます(笑)。
──1年前のインタビューでは、前作「TWO MOON」をしっかり受け取ってもらえた喜びと、「次はどんな作品を作っていこう?」「作っていけるかな?」という思いを語っていらっしゃいました(参照:TOMOOインタビュー|新曲「エンドレス」で向き合った“2つの問い”)。「次もヒットさせなければ」というプレッシャーはありませんでしたか?
「『TWO MOON』をしっかり受け取ってもらえてよかったよね」という感触が私にもチームにもあったので、「期待してもらっている今、『TWO MOON』を土台に、さらに濃いポップスを収録した2ndアルバムを作れたら最高かも」と思っていたときもあったんですよ。だけど収録曲がほとんど決まって、アルバムの形がなんとなく見え始めた時期に、私が「スタッフのみんな、ごめん」という感じで、個人的な曲たちを入れることに決めて。「パブリックではない曲の配分が多くなってしまった」「商業的に成功するかどうかは正直わかりません、ごめんなさい」と思いながらもそう決めたんですよね。
──後半の曲を入れることがそれほど大事だったと。
そうですね。不安がありつつも、自分の在りたい姿、「こういう歩み方をしていきたい」という意思をアルバムに反映させたかったんです。近年の私の音楽は、色で言うと暖色だったと思うんですよ。弾き語りだけではないアーティストになって、「Ginger」のように、洋楽をベースとしたオールドでファンキーな曲調が増えて。だけど、もともとの自分の趣味は、寒色の音楽で。そっちも出さないと、嘘みたいになるというか……。暖色の曲をある程度作ったことで、「寒色の曲もそろそろ出していいのかな、もともとの趣味だし」と思えているのかもしれない。「こういうTOMOOはちょっと求めてないわ」と感じる人もきっといるだろうなと思いつつ、寒色の曲たちを残す意義を私なりに見い出せたので、「やらせてもらいます」という感じです。ここまで歩んできた中で少しずつ自信が蓄積されて、そう思えるようになったのかもしれないですね。
手のひらサイズの小さなことから
──アルバムタイトルの「DEAR MYSTERIES」には、どのような意味が込められているんですか?
最初は「MYSTERY」という仮タイトルを付けていたんです。12曲を眺めたときに、わからないものやなかなかつかめないものを追求している曲が多いなと感じたので。
──わからないもの、なかなかつかめないものというのは、目に見えないもののことですよね。“愛”や“豊かさ”のような。
はい、そうですね。でも「MYSTERY」だと、「TOMOO、2ndではミステリアスでありたいのか?」と思われちゃうかもしれないし(笑)、もうちょっと違うタイトルにしたいなと。それでいろいろ考えていたんですけど、そういえば私って、いつも実態がつかめないものを追求しようとしているものの、きっかけはあくまでささやかなかけらというか……日常的な出来事や景色や物体など、手のひらサイズの小さなことから歌を作ることが多いなと気付いたんです。「引き出しに入ってそう」「道端に落ちてそう」「自分の家の窓から見えそう」というふうに、親しみを感じられるもののほうが私に合っているんじゃないかと。
──なるほど。
そこから「親愛なる」という意味の「Dear」という言葉を思いついて、手紙の書き出しみたいに頭に付けました。それと、わからないもの=「MYSTERY」は1個じゃないから複数形に変えて。私は、わからないものを、時にわからないままにして、それに対して「親愛なる」って呼びかけたい。それが自分らしさなんじゃないかと思って、このタイトルにしました。
次のページ »
うだつの上がらない人の歌です





