今井翼が主演を、すみれがヒロイン役を務める映画「月のこおり」が11月21日に全国公開される。
「月のこおり」は札幌を舞台に、写真家の主人公・竜次とジャズシンガーのヒロイン・小春の9年にわたる恋を描く物語。札幌の大学で招待教員として写真の授業を行った竜次は、受講生の小春と知り合いその才能に惚れ込む。東京に家庭を持つ竜次は小春のステージの写真を撮り続け、その写真展を札幌で毎年開催。9回目の写真展をなじみのギャラリーで行った春、竜次は支配人からギャラリーの閉館を告げられ、それをきっかけに竜次と小春の関係も変化し、2人はそれぞれの人生に大きな決断を下す。
オール札幌ロケで撮影された本作は、ヒロインを演じたすみれ本人によるライブシーンも見どころの1つ。劇中で彼女が歌う挿入歌「Before Sunrise」は、すみれが10月にリリースしたEPの収録曲でもある。また作品中で竜次が撮影した写真として登場するのは、写真家のレスリー・キーによるもの。竜次の内面を表したかのようなカットの数々が2人の物語を彩っている。
本作の監督と脚本を務め、すみれが歌う挿入歌「Before Sunrise」と、TOKYO RABBITによる主題歌「雨ノ詩」を制作したのはマルチクリエイターの堂野アキノリ。TOKYO RABBITを率いる堂野はロサンゼルスで映画製作を学んだのちに作詞作曲家としての活動を始め、2022年に映画監督デビューを果たした異色の経歴の持ち主だ。堂野はエンタメジャンルのほか、福祉事業などさまざまな事業でも活躍している。
「月のこおり」の公開を記念し、音楽ナタリーでは堂野にインタビュー。本作の着想や出演者たち、劇中の楽曲について、さらに自身の活動について語ってもらった。
取材・文 / 小松香里インタビュー撮影 / はぎひさこ
今井翼さんには“欲しい色気”が出ている
──「月のこおり」で描かれるのは、長年思い合いながら結ばれることのない竜次と小春のラブストーリーです。この物語は堂野さんの中でどのように生まれていったんでしょう?
恋愛って、簡単に自分にとってのベストな人と一緒になれるものではないと思うんです。大なり小なりこういった経験をしている人は多い気がするんですね。だから、映画で描いたようなストーリーに共感する人が多いんじゃないかなと考えました。あと、最近の恋愛映画はわりと王道の、男女が最後に結ばれてハッピーエンドという展開を清いものとして表現する作品が多いなと思ったんです。でも「月のこおり」の竜次たちのように、結婚して子供ができて、その子がある程度大人になったタイミングで別の人生を歩もうと考える夫婦もいます。マジョリティではないものを作りたいと思ったところもありますね。「月のこおり」を観て悲しい物語だと感じる人もいるでしょうし、賛否両論はあると思いますが、いろいろな種類の物語がもっとあってもいいんじゃないかなと。アイドルというきらびやかな世界で活躍されてきた今井翼さんにそういう物語を演じてもらうことにも、とても意味があると思いました。
──今井さんを竜次役にキャスティングしたのは、今お話しいただいた理由が大きかったんでしょうか?
竜次のような結論を出す男にはどこか色気がないとダメだなと考えていて。40代の今井さんは年齢的にも、竜次を演じるうえで欲しい色気が出ていると思ったのもあります。実際に映像を撮ってみたら、すごくいろいろな表情で魅せるのがうまい方だったので、とてもハマったキャスティングだったんじゃないかと。
──竜次をどういう人物として描きたいと考えていましたか?
竜次は小春への思いはずっとあるけれど、家庭があって常識も持っている人物なので、ずっと苦しみながら小春の写真を撮り続けていたんだと思います。今の世の中は、自分の好きなように選択をすることで批判をされることもあるから難しいですよね。竜次の選択を誠実で真面目だと思う人もいれば、ひどいと思う人もいるかもしれません。でも竜次の9年間の苦しみは竜次にしかわからない。それを踏まえて、きちんと映画として撮っておきたかったんです。
すみれちゃんの魅力を知らしめたかった
──そんなふうに9年間も竜次の心を惹き付け続ける存在だった小春役として、すみれさんをキャスティングした理由はなんだったんでしょう?
すみれちゃんは音楽活動をずっとやっていて、とても歌がうまい方ですけど、そういう一面を知らない人も多いと思うんです。そのすみれちゃんの魅力を知らしめたい、という気持ちが自分の中で沸々と湧き上がって小春役をお願いしました。劇中でまるまる1曲「Before Sunrise」という挿入歌を歌っているシーンがありますし、そのシーンを使ったミュージックビデオを作れたのもよかったと思います。
──小春というキャラクターの魅力をどう描こうと思いましたか?
“小春=すみれちゃん”なので、いかにすみれちゃんをきれいに撮るかということと、すみれちゃんの才能を世に発表するための役だということを意識しました。小春は純粋で歌が好きで、歌とまっすぐに向き合っている。でもその気持ちだけで現実を生きていくのはとても大変で葛藤もあります。その真ん中にある純粋さを一番描きたかったです。
──小春をとらえた写真展の作品など、劇中に登場する写真はレスリー・キーさんが撮影されているそうですね。どういう経緯でレスリーさんにお願いすることになったのでしょう?
レスリーさんは以前、すみれちゃんのミュージックビデオに僕が携わった際にご一緒したことがありました。「月のこおり」は写真家の物語なので、劇中の写真がちゃんとしたクオリティのものではないとチープな作品になってしまいます。それでドキドキしながらレスリーさんに相談したら快諾してくれました。ノリノリで撮ってくれましたね。今度レスリーさんのイベントで僕が音響周りを手伝わせてもらう形でお返ししたりもするんですが、すごくありがたかったです。
──映画を通じて、改めて感じたレスリーさんの写真の魅力はありましたか?
画としてやっぱり違いますよね。あるシーンの撮影のとき、レスリーさんが家具を並べたり、別のスペースに飾ってあった絵を持ってきたりして、空間を装飾し始めたんです。そのうえでパッと写真を撮っていたんですが、構図の作り方にしろ、被写体の魅力の引き出し方にしろ、すごいなと思いました。被写体の乗せ方がうまいけど、余計なことはせずに、被写体のそのままの魅力をしっかり収めるんですよね。邪魔なものが1つもないというか。同じシチュエーションでいろいろな角度から撮る写真家の方も多いと思うんですが、レスリーさんはそういうことをやらずにパッと撮る。潔くて素晴らしい写真家だと思いました。
──撮影は全編札幌で行われたそうですが、その理由は?
東京から離れた場所でのストーリーなので、どこで撮ろうかを考える中で札幌を選んだのは、うちの会社の支店が札幌にあって、社員を撮影で使えるというのが大きな理由でした。雪景色を撮るわけではなかったので短い期間での撮影になりましたけど。支店は長崎にもあるんですが、長崎はロックンロール系の場所が多いんです。札幌はジャズが盛んでいいジャズクラブがたくさんありますし、小春はジャズ系の音楽をやっているほうがしっくりきたので、そういう面でも札幌がよかったなと思います。
──なるほど。特に印象に残っている札幌ならではの景色やエピソードはありますか?
藻岩山の景色がとても素晴らしかったですね。あと、スージーこと黒岩さんという老舗のジャズクラブを経営しているレジェンドみたいな方に出ていただいたり、ハーフノートというジャズのライブハウスも使わせていただきました。グランドピアノが置いてあるホテルもあってバッチリでしたね。音楽のシーンにこだわりたい気持ちが強くあったので、とてもいい環境で撮影できたと思います。
──作品全編を通じて特にこだわったことはなんですか?
最初と最後は女性が一番美しく見えるようなシーンにしようと思いました。どこかで「恋愛の最初と最後は女性が一番見える瞬間だ」という言葉を聞いたことがありましたし、自分自身そう感じているところもありました。終わったことで始まることもあるでしょうし、その瞬間を単純に作品に残したい気持ちがありました。挿入歌は「Before Sunrise」というタイトルですが、まさに新たな日が昇る前という意味合いも込められています。
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偶然の雨から生まれた主題歌「雨ノ詩」

