後藤正文と古賀健一。

「MUSIC inn Fujieda」ができるまで~ゴッチのスタジオ設立奮闘記~ 第4回 [バックナンバー]

後藤正文&エンジニア古賀健一が目指す、人生の分岐点としてのスタジオ

後藤正文とエンジニア古賀健一が目指す後世を育てるスタジオ

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ドラムがよく録れたらレコーディングは7割5分ぐらい終わり

──「天井が高くて、ドラムがいい音で録れるスタジオ」というのは、後藤さんがこだわってるポイントですが、古賀さんの視点でいくといかがですか?

古賀 やっぱりドラムがいい音で録れないと、そのあとに何を録ってもいい音に聞こえなくなるんですよね。ギターだけいい音の作品はほぼありえないというか、バンドが録る以上は、キックの音、スネアの響き、このへんが決まらない限り先に進めないので。

後藤 ドラムがよく録れたらレコーディングは7割5分ぐらい終わりですからね。ドラムを録って、そこにベースも乗ったら、もう8割以上はできたようなもの。そこにそのままギターを録ったらだいたいよくなるんですよ。

古賀 あとはブースを2つ作れたのも大事で、やっぱりアンプからちゃんと音を出してほしいという思いがあります。今はラインで録るのが増えているので。

天井が高い「MUSIC inn Fujieda」。(写真提供:渡辺建設株式会社)

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別アングルから。天井が高い「MUSIC inn Fujieda」。(写真提供:渡辺建設株式会社)

別アングルから。天井が高い「MUSIC inn Fujieda」。(写真提供:渡辺建設株式会社) [拡大]

後藤 マイクを立てるとか、その種類を考える楽しみとか、キャビネットとヘッドアンプの組み合わせとか、スピーカー2発と1発でどう違うのかとか、そういう物理的な変化を学ぶのもけっこう大事で。そういう体験ができる場所になってほしいし、それはミュージシャンだけじゃなくて、そこで働く若いエンジニアにも経験になると思う。

古賀 最近はドラムを録ったことがない子も増えていて、マルチマイクを使ったことがない、位相の干渉とかもわからないケースもある。逆にそういう人から新しいミキシングのパターンが生まれることもあるんですけど、僕は録音の歴史をちゃんと学ばせてもらってたので、それを後世に伝えていきたい。僕も40歳になって、次の世代にバトンタッチを考えるようになったんですよね。でもゴッチさんは僕が出会った30代の頃からずっとそういうことを考えていたと思うので、すごく影響されました。エンジニアはわがままな人が多いというか、自分を貫く人が多いので、あんまり人に技術を教えないんですよ。秘伝のタレじゃないですけど、人にはあまり言わないんです。でも僕は全部言っちゃう。それはゴッチさんの影響もあるでしょうね。

「MUSIC inn Fujieda」内の様子。(写真提供:渡辺建設株式会社)

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後藤 誰かが知っている技術だったとしても、プロはそれをよりよくできないとダメなんですよ。同じレシピでも、あの人が作るとすごいなというのが技術だから。知識をブラックボックスに入れるのはさもしいし、新しい技術はちゃんと若い人たちに教えてあげたいですよね。俺らも若い人から学ぶけど。

日本中で音楽がやりやすくなったら一番いい

──スタジオに入れる機材についてもかなりやりとりをしているそうですね。

古賀 毎日のようにLINEが飛び交ってますね。

後藤 12人ぐらいのグループを作って、ずっと機材の話をしてる。

古賀 機材のグループと建築のグループと運営のグループと、もう追えないぐらい。

──具体的にどんな話をしてるんですか?

古賀 例えば、マイクで言うと、ただいいものを入れればいいわけでもないんです。盗難の恐れもあるし、真空管のマイクは接続の仕方があって、電源の入れ方のマナーがあるので、そういうのを知らずに使うと壊れてしまう。今回インディーズの人たちにも開放するから、そういう知識のない人もいるはずで、管理してる人も常にいるわけじゃないから、たぶんものが壊れやすいんですよね。でもあまり安いものばっかりでも、「なんだよ、あんなにいいスタジオだって言ってたのに」ってなるから、そこの見極めはすごく難しいです。ただありがたいことにたくさん機材提供の話があって、メーカーからも提供してもらっているので、すごく助かってます。

後藤 ヘッドフォン、マイクスタンド、ピアノとか。

古賀 あとゴッチさんがコンソールを持ってきてくれて、API(アメリカのレコーディングスタジオ向けの製品に特化したブランド)のコンソールでドラムが録れます。今はNHKのスタジオとかに入ってますけど、インディーズだと価格帯的に借りられないので、あのコンソールでドラムが録れるのは1つの売りになると思うんですよ。

後藤 なかなか商用のスタジオでは見かけないし、4チャンネル分を買い足して、今20チャンネルあるので、かなりいい環境なんじゃないかな。スピーカーもね、ATC(イギリスを代表するスピーカーブランド)のスピーカーを俺が買って入れました。140万したもんね。今180万に上がってるけど。

古賀 値段が上がる前に買おう!って。

後藤 そうそう、先回りして買ってるものとかもあるんです。

「MUSIC inn Fujieda」に設置予定のコントロールルームのテーブルとラック。

「MUSIC inn Fujieda」に設置予定のコントロールルームのテーブルとラック。 [拡大]

──そういう情報も常にLINEグループで飛び交ってるわけですね。

古賀 今の商業スタジオはなかなか機材が買えないんですよ。経営とメンテナンスでいっぱいいっぱいで、お金が飛んでいってしまう。だから実は大きいスタジオで働いている子は新しい機材をあんまり体験できてないんです。機材投資しているようでも、ほとんどプラグインとかに消えてるから、「MUSIC inn Fujieda」はハードを選ぶ楽しさとか、実機のよさを若い子が体験できる場にもなるといいですよね。僕は福岡の久留米出身なんですけど、FULL MONTYっていうバンドの人がリハスタをライブハウスに勝手に改装して。機材を中古でかき集めて、レコーディングもできるようにしてデモテープを録ってたんですよ。この人たちのお陰で今の自分がある。なのでゴッチさんが地元でスタジオをやるのは応援したいし、「これだったら自分もやりたい」と思う人が出てくる気がするんですよね。

後藤 いろんな場所と連携していきたいですよね。別に1人勝ちしたくてやってるわけじゃないので、みんなが静岡に来なくても、地元で録れるならそれがいいんです。最初はどこにいいスタジオがあるかわからないし、いきなり予約するのも怖いけど、そこは各地でスタジオを運営している知り合いと連携して、「ここで録るより岡山で録ったほうがいいんじゃないですか」とか「大阪ならこういうスタジオありますよ」みたいなマッチングができるようにしたい。別に俺たちは営利的に勝たなきゃいけないわけじゃないから。

──後藤さんは常に「みんなのスタジオ」という言い方をしていますよね。

後藤 そうそう。「MUSIC inn Fujieda」についてもそうだし、日本中で音楽がやりやすくなったら一番いいから。今は誰かが我慢しなくちゃいけない状況で、エンジニアのギャラがディスカウントされたり、ドラマーのレコーディング時間が著しく短くなったり、そういうゆがみが出てきてるけど、みんなでちゃんと明るい気持ちで報酬を払い合って、金銭的にもクオリティ的にも豊かになっていくといいですよね。

芸術の新たな継続の仕方を提示する「MUSIC inn Fujieda」

──では連載恒例のスタジオ工事の進捗について教えて下さい。

後藤 建物自体はできたので、機材と、あとは配線だよね。

古賀 電気のほうはもうやってもらってるんですけど、ワイヤリングという、弱電という音用のケーブルを配線してるところですね。そこを1カ月ぐらいかけてやって、機材を運搬して、そのあとにシステムを設定して……。機材のパソコンの設定とかもいろいろあるので、そのへんを動作確認してから、テストレコーディングでまた課題を出す。その後正式オープンになります。本来だと営利目的だったらテストレコーディングは早く終わらせて、営業を始めてお金を稼がないといけないんですけど、そこもたくさんの方の支援のおかげもあって、じっくり向き合える時間を取らせてもらえるので、すごくありがたいですね。

後藤 具体的には、9月末に機材を入れられるようになって、10月末にはワイヤリングが終わって、11月からレコーディングの調整を始められる予定です。調整の時間を長めにとっていて、フルオープンは年度の切り替わりとか、早くても3月ぐらいかなっていう話をしてます。1、2月はずっと調整、あるいは試運転としてのプレオープン。知り合いのミュージシャンやエンジニアに使ってもらって、足りないものとかをいろいろ洗い出していくというかね。ノウハウも積み上げたい。

──前回、古里おさむさんと「冷蔵庫選びは最重要」という話になりましたが、地元の方が探してくれたそうですね。

後藤 そうなんです。僕の同級生で、地元の町おこしにかかわってる人たちがいて、その人たちが中古の冷蔵庫をはじめ、キッチン周りの家電なんかを全部選んでくれて。地元の人たちがワークショップをやるのに使いやすいものという視点もあったみたいです。

古賀 自然と街が盛り上がりを見せてるのも不思議ですよね。

後藤 もともと、「MUSIC inn Fujieda」を作るうえで藤枝の街を盛り上げたいという流れはあって。スタジオ作りを始めてから居酒屋が3軒ぐらいできたし、僕らももっとその流れに協力できたらうれしいですね。高校生や市民対象のワークショップも、いろんな会場でやれそうです。

施主検査立ち合い時に撮影された写真。

施主検査立ち合い時に撮影された写真。 [拡大]

──では改めて、古賀さんが「MUSIC inn Fujieda」に期待することを教えてください。

古賀 やっぱり地方で1つのモデルケースを作りたいのと、若いアーティストの転機になるような、きっかけの場所になればいいなと。僕がゴッチさんに出会って、エンジニアに抜擢してくれたように、やっぱり人生の分岐点というのはあって、「MUSIC inn Fujieda」はそういう場所になり得るスタジオだと思うんです。あとは今本当に音楽産業が、特にレコーディング産業は完全に下火で、機材1つ買うのもエンジニアを続けるのも大変なので、これまでとは違う形のレコーディングスタジオの経営方法を提示したいです。音楽に限らず、芸術というものの新たな継続の仕方を、「MUSIC inn Fujieda」を機に日本に問いかけられたらいいですね。

後藤 イギリスではトゥモローズ・ウォリアーズっていうNPOがやってる無料で楽器に触れる音楽学校があって、今ジャズシーンの面白い人たちはそこから輩出されている流れがあるんだという話を教えてもらいました。「MUSIC inn Fujieda」もそういう場所にしたいですよね。エンジニアしかり、ミュージシャンしかり、音楽に関わるスタッフもそうかもしれない。流れてる音楽が豊かになることもそうだけど、文化自体も豊かになっていく一助でありたいというかね。

──録音エンジニアの募集も始まっているので、最後にそれについてもひと言いただけますか?

古賀 バンドをしながらエンジニアをやってる子も今すごく増えていますが、そういう子たちは大きいスタジオで仕事をするのが難しいんです。大谷翔平じゃないですけど、二刀流は無理だっていう業界の思い込みがあるので。でも楽器も好きだけどエンジニアもやりたい子は今たくさんいるだろうし、うちのアシスタントは全員そういうタイプで。大きいスタジオに入れない子の受け皿はやっぱり必要なんですよね。で、ゴッチさんが最初に言ったように、バンドと一緒に成長できたらいいし、失敗できる場所を作ってあげたい。ちゃんとトライできる時間と環境を作りたいですね。

後藤 雇用する人とは別に、地元のバンドマンやトラックメイカー、DTMerがエンジアリングを覚える場所にもしたいですね。使い方を教えて、アシスタントは入れずに地元のバンドが仲間だけでレコーディングできるとかもめちゃくちゃいいと思うから、いろいろ考えていきたいです。

Xylomania Studioで語り合う後藤正文と古賀健一。

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プロフィール

後藤正文

1976年生まれ、静岡県出身。1996年にASIAN KUNG-FU GENERATIONを結成し、2003年4月にミニアルバム「崩壊アンプリファー」でメジャーデビュー。2004年にリリースした「リライト」を機に人気バンドとしての地位を確立させる。バンド活動と並行してGotch名義でソロ活動も展開。the chef cooks me、Dr.DOWNER、日暮愛葉、yubioriらの作品にプロデューサーとして携わるなど多角的に活躍している。文筆家としても定評があり、これまでの著作に「ゴッチ語録」「凍った脳みそ」「何度でもオールライトと歌え」などを刊行した。ASIAN KUNG-FU GENERATION の活動としては10月よりASHとのスプリットツアー「ASIAN KUNG-FU GENERATION presents NANO-MUGEN CIRCUIT 2025 ASH x AKG Split tour」を全国5都市で行う。

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Gotch / Masafumi Gotoh(@gotch_akg)|X

古賀健一

1983年生まれ、福岡県出身。レコーディングエンジニア。2005年に青葉台スタジオに入社し、2013年に青葉台スタジオとエンジニア契約を結ぶ。2014年に独立したのち、プライベートスタジオをオープンさせる。Ado、Official髭男dism、ASIAN KUNG-FU GENERATION、D.W.ニコルズ、チャットモンチーなど多数のアーティストのサウンドメイクに携わる。2020年には自身のスタジオXylomania StudioをDolby Atmos&360 Reality Audio対応スタジオに改修した。

Kenichi Koga lit.link(リットリンク)
Xylomania Studio

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K_chang⭐︎ @mofuttomof

"音楽に限らず、芸術というものの新たな継続の仕方を、「MUSIC inn Fujieda」を機に日本に問いかけられたらいいですね。"

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