左から古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

「MUSIC inn Fujieda」ができるまで~ゴッチのスタジオ設立奮闘記~ 第3回 [バックナンバー]

ミュージシャンにとっていいスタジオとは?後藤正文×古里おさむ×井上陽介クロストークで解き明かす

食をともにできる大きなキッチン、ゆっくりできるスペース、遊べて知恵や知識を伝えられる場所に

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後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)創立のNPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」が、静岡県藤枝市に設立予定の音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。クラウドファンディングも成功に終わり、現在は粛々と建設作業が進められている。

その「MUSIC inn Fujieda」設立までを追う本連載の第3回となる今回は、4月に後藤とともに藤枝市のランドマークである大慶寺でライブを行った古里おさむ(風呂敷)、Gotchバンドのメンバー井上陽介(Turntable Films)を招いてのクロストークを企画。大慶寺でのライブやそれぞれが感じた藤枝市のよさ、そしてミュージシャンにとっての理想のスタジオについて語り合ってもらった。ちなみに取材は幡ヶ谷にある古里が経営するカレー店、ウミネコカレーにて行われた。後藤と井上(そしてスタッフ)はウミネコカレーの滋味あふれるカレーに舌鼓を打ち、胃と心を満たされた状態で取材に臨んだことを記しておく。

取材・本文 / 金子厚武 取材協力 / ウミネコカレー

元ハードコアバンドの住職がいる大慶寺

──4月に藤枝市の大慶寺で風呂敷(当時は「古里おさむと風呂敷き」)とGotchバンドの2マンライブが開催された経緯を教えてください。

後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION) 風呂敷のツアーの予定をもらったときに、金曜日が神戸、土曜日が名古屋で、日曜日が空いてるなと思ったんですよね。で、単純に自分が作品に関わった風呂敷に藤枝に来てほしいという思いもあったし、大慶寺でライブができると、ツアーの1つのロールモデルが作れるんじゃないかなって。インディーミュージシャン的には日曜日を無駄にするのはちょっともったいないと思うから、それで提案させてもらいました。

大慶寺でパフォーマンスをするGotchバンド。

大慶寺でパフォーマンスをするGotchバンド。

──お寺でのライブというのは珍しいですよね。

後藤 普通のライブハウスでやるなら静岡市でもいいわけで。藤枝でやる意味があって、なおかつ弾き語りじゃなくてバンド編成のライブが観たいと思ったので、それができる場所を探してたときに、大慶寺の住職から「フルバンドでやっていいですよ」という話をいただきました。雄文くん(樋口雄文 / 風呂敷のベーシスト)もお坊さんだから、それはすごくいいなって。大慶寺の住職は昔PAの仕事をしてたそうなんですよ。

古里おさむ そうだったんだ!

大慶寺でギターを弾く古里おさむ(風呂敷)。

大慶寺でギターを弾く古里おさむ(風呂敷)。

後藤 だから、お寺の下にPAの機材も一式あるらしくて。

──住職はバンドもされていたんですか?

後藤 住職のお兄さんがEndzweckの元メンバーで、宇宙さん(Akifumi Mochizuki)と一緒にバンドをやられていて、住職のバンドともよく対バンなどしていたそうです。

古里 そうなんだ。でも確かに、ちょっとハードコアっぽい雰囲気があった(笑)。

──古里さんは、お寺でのライブはいかがでしたか?

古里 バンドでライブする予定が結局その日は叶わなかったんですけど(ドラム・藤村頼正が体調不良のため欠席。古里おさむと風呂敷きはドラムレスでライブを行った)、すごく気持ちよかったです。自分たちの音楽とお寺の雰囲気もハマってたと思うし、音の響きもよかったしね。

後藤 あれがよかったね。雄文くんが線香に火をつけて。

古里 手が震えながらね(笑)。

後藤 あんなでっかい線香を焚く機会ないから。1本80分燃えるんだっけ?

古里 1時間。沈香っていう、すごい太いやつ。

──ライブ中に焚いたんですか?

後藤 「焚きしめて」っていう曲があるんです。「抱きしめて」じゃなくて、線香の「焚く」で「焚きしめて」(笑)。その曲をやるときに、焚きました。

──井上さんはいかがでしたか?

井上 僕は風呂敷とGotchバンドと2つ出て、Gotchバンドはドラムもいたんですけど、バシャーンってフルでシンバルを叩いても、あんまり耳に痛くないというか、不思議な音の消え方がして、あの感じはほかにない気がしました。

大慶寺でギターを弾く井上陽介(Turntable Films)。

大慶寺でギターを弾く井上陽介(Turntable Films)。

後藤 音が外に逃げてるのもあるよね。あと“ウッディ”だから、そもそも跳ねてる音も柔らかい、みたいなね。

井上 あれが正しい音量なのかはさておき(笑)。

後藤 PAの方も含めて、全員やったことないことをやってる感じの現場ではありましたけど、ライブはとても楽しかったです。お客さんもみんな座布団付きの椅子みたいなのに座ってて、なんなんでしょうね、あのお寺の心地よさって。風呂敷や僕らの音楽とも謎の親和性があったし、アットホームでとってもよかったです。

古里 またできたらいいよね。

後藤 そうだね。でも毎週は厳しいって。「3カ月に1回ぐらいかな」とおっしゃってました。もちろん普段は法事とか、お寺の本来の使い道がありますからね(笑)。

藤枝はパンクとエモが集まる街

──ライブの日は近くのお店でラウンジイベントもあったそうですね。

後藤 近隣にそのお寺さんが借り上げているmittaっていうコミュニティスペース的な場所がありまして、そこが地域の貢献に役立っていたり、それもあって地元の人は大慶寺に対する信頼が厚いんじゃないかと思いましたね。

左から古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

左から古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

──大慶寺はMUSIC inn Fujiedaからも近いんですか?

後藤 近いです。同じ区域と言ってもいいくらい。お祭りのブロックで言うと隣になると思うんですけど、歩いて5分かからないぐらいのところにあります。そのmittaという場所も、僕が弾き語りをやったあとに、連動してコーヒーショップがイベントをしてくれたり、募金箱を置かせていただいたり、打ち上げというか、そのまま長居してお酒飲んで帰ったりもしていて、協力していただいてます。

──当日はあいにくの雨だったそうですが、市内を散策した印象はいかがでしたか?

古里 コンパクトでかわいい街だなと思いました。一通り案内してもらったときに、すれ違った人がこれから藤枝で本屋さんをやるというので、その場所を見せてもらったりして、いろんなものがこれから始まる、そういうワクワク感がありました。

後藤 藤枝市はけっこう広くて、みんなわりと満遍なく散らばって住んでるんですよ。だからあのコンパクトに見えるところは商店街で、旧市街地と呼ばれてるところなんですよね。

古里 そうなんだ。じゃあ、普段はみんなあそこには来ないんだ。

後藤 そうですね。みんなが集う場所が商店街にたくさんあるわけではないんです。車社会だから、電車も都内みたいには乗らないし、用事があったら国道沿いのどこかで済ませちゃう。商店街の近くに蓮華寺池公園があって、そこに無料のめちゃくちゃ大きな駐車場があるから、散歩に来る人は比較的多い場所ではあるんだけど、見てもらった通りお店はだいぶ減ってしまっていて、日曜の昼間に来てもごはんを食べる場所が豊富とは言えない。

古里 でもこれからどんどん集まってきそうな気がしたけどね。

後藤 だとうれしいですね。

──スタジオの近くにあるあんかけパスタが名物の食堂は、元Climb The Mindのドラマーの人が経営されているそうですね。

後藤 バンドマンが集まってきて、「パンクとエモが集まる街」になりつつあるのかも(笑)。

井上 みんな地元の方なんですか?

後藤 そう、あのドラムの方は地元の方で、戻ってきてお店をやってる。

──井上さんは藤枝の印象はいかがでしたか?

井上 藤枝に行ったのは3回目ぐらいだったんですけど、お店がけっこう閉まってたりして、最初は「ここにスタジオができるんだ」とちょっと不思議に思いました。でも近くに楽器屋さんはあるし、バンドマンの方がやられてるお寺や食堂があって、近くにスタジオができるとなると、引き合うものがあるんじゃないかなと、今話を聞いてて思いました。ハブというか、中心になるようなお店があると、その商店街が盛り上がるという話を前に古里さんがされてたじゃないですか?

古里 ウミネコカレーがある幡ヶ谷の商店街は、PADDLERS COFFEEというコーヒー屋さんをやってる松島くんという人が商店街の副会長をやっていて。彼が実際に現地で見てきたポートランドの街を参考に、物件が空くといい店に声をかけて、それでいろんなお店がどんどん集まってきたんです。

古里おさむ

古里おさむ

後藤 さっきウミネコカレーの周りを歩きながら、おしゃれなお店がいっぱいあると思った。

井上 僕の地元の京都でもそういう場所があるんですよね。

古里 ポートランドもバンドマンが多いから、藤枝もそういう感じで今まさに変わりつつあるんじゃないかと思って、ワクワクしました。

後藤 めっちゃいい話。藤枝でもそういうふうになったらうれしいなぁ。

──スタジオの隣の宿泊施設兼コミュニティスペースには部屋がたくさんあるから、そこにいろんな施設を作る余地があるわけですよね。

後藤 そうですね。コミュニティスペースの3階が本屋とレコード屋になる予定で、自分たちでZINEを作れるような場所にしようとしていて。バンドマンが来たら、自分たちで作品のパッケージを作ったり、Tシャツのプリントができたりするような、D.I.Y.スポットになったらいいなと思ってます。

後藤正文

後藤正文

ミュージシャンにとっての理想のスタジオ

──ここまで藤枝の話を伺ってきましたが、では実際にどんなスタジオがあったらバンドマンにとってうれしいのか、という話をお聞きしたいです。プロユースというよりも、インディーで音楽をやっている人が使うスタジオで、金銭的な部分も大事にはなるけど、「こういう設備があったらうれしい、こういう環境だったらうれしい」という意見を、実際にバンド活動をされている皆さんの口から聞けると、リアリティがあるかなと。

後藤 前に風呂敷のレコーディングで小淵沢の「星と虹」というスタジオで合宿をしたときに、毎日古里くんが朝晩のごはんを作ってくれて、それがすごくよかったんですよ。やっぱりみんなでごはんを食べるとチーム感が増してくる。だから僕は藤枝のスタジオに古里くんが来ても納得してもらえるようなちゃんとしたキッチンが欲しいなと思っていて。

古里 実際、俺がスタジオを見に行ったときは「ここにどれくらいの冷蔵庫置けるかな?」しか言ってなかったよね(笑)。

後藤 業務用は入れられないけど、IKEAとかで売ってるでっかいやつが最低1台はあるといいなとは思った。

古里 2台あってもいいかもしれない。冷蔵・冷凍のストッカーが1つと、普通のデカいのが1個あるといいかも。

後藤 古里くんをもう1回スタジオに案内して、冷蔵庫選びを手伝ってもらおうかな(笑)。

左から古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

左から古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

古里 キッチンを作るなら掃除とかちゃんとして、ゴミを持ち帰ることを徹底したほうがいい。みんな置きっぱなしで帰るから、腐ったまま放置されちゃったりして。

──やっぱり合宿で使うとなると、ルールも大事になってくると。古里さんはこういう設備があったらいいとか、こういうスタジオだったら使いやすいとかありますか?

古里 やっぱり休めるスペースとか、ゆったりできる場所があるといいよね。例えば、風呂に入ってるときに、急に「あれいけるかも」とか浮かんで、パズルのピースがそろうみたいなことがよくあるんですけど、そういうゆったりできるスペースがあったら、名作がわんさかできるんじゃないですか?

後藤 確かに、屋上でのんびりしてるときにアイデアが出てきたりするもんね。藤枝のスタジオはすぐ隣がコンビニだったり、便利な場所ではあるから、ツアー中に立ち寄る場所になってもいいかなと思っていて。静岡は横に長いから、例えば「東京で泊まっても宿代が高いよね」「藤枝で1泊もありかな」と思ってもらえたら。それは古里くんに教えてもらったトクマルくんの話がヒントになっていて。

「MUSIC inn Fujieda」のコミュニティスペースとなるビル(写真右)。

「MUSIC inn Fujieda」のコミュニティスペースとなるビル(写真右)。

古里 アメリカのKEXP(アメリカのシアトルに拠点を置く公営のラジオ局。YouTubeでのライブ配信も行っている)もアーティストがツアーの途中に寄っていく定番の場所になってるらしくて。トクマルくんが「藤枝もそういう場所になればいいのに」と言ってたから、後藤くんにそう伝えたんですよね。

後藤 そのトクマルくんのアイデアはすごく意識してて、どうやったらみんながスタジオに寄りたくなるかを考えていて。さっきのZINEの話もそうだし、シルクスクリーンのワークショップでTシャツが作れたり、そこに寄ってグッズを作って、車に積んでツアーにいくことができたらいいなとか。あとはNHKが「tiny desk concerts JAPAN」(※アメリカの公共放送・NPRが2008年からネットで展開している音楽コンテンツの日本版)を始めたけど、MUSIC inn Fujiedaの本屋さんや土蔵を使ってああいう映像を収録するのもいいなって。地元の人たち向けに「この日は無料で風呂敷が3曲歌います」みたいなイベントができたら、藤枝の福利厚生にもなる。バンドの人たちもその映像を撮影してアップできるんだったら宣伝にもなるし、地元の新しい人に聴いてもらえるのも楽しいだろうし、そんなこともいつか企画したいなと思ってます。

古里 素晴らしい。

後藤 やっぱりスタジオは地元への恩返しも考えていかなきゃいけないし、そうすると音楽好きな人も増えてくるんじゃないかなって。古里くんが教えてくれたトクマルくんの話でアイデアがつけ足されたので、すごくありがたいですね。

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“間違えられる場所”にしたい

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