渋谷すばるのニューアルバム「Su」が11月5日にリリースされた。
昨年8月にトイズファクトリーとの契約を発表し、アルバム「Lov U」をはじめ精力的なリリースを続けてきた渋谷。今年6月には盟友・横山裕のソロアルバム「ROCK TO YOU」に書き下ろし曲「繋がる」を提供し、9月から10月にかけては神戸と東京でツーマンライブを行ったことでも大きな話題を呼んだ。
今回のアルバムのコンセプトは「あなたと共に…」。ゲストボーカルとして横山が参加したタイトル曲「Su」、昨年来タッグを組んでいるフジイケンジ(The Birthday)やmiccaによる提供曲、「繋がる」のセルフカバーバージョンなどが収録され、多彩な音楽性を通じてリスナーに寄り添おう、楽しんでもらおうとする渋谷の現在のスタンスが表現されている。
新作のリリースを記念し、音楽ナタリーでは渋谷にインタビュー。「Su」に詰め込んだ自らの思いや各曲の制作エピソード、横山とのコラボレーションを振り返っての感想などを語ってもらった。
取材・文 / 真貝聡撮影 / YOSHIHITO KOBA
さまざまなステージに立って明確になったこと
──ニューアルバム「Su」は、どのような経緯でこのタイトルになったのでしょう?
アルバムのタイトルだけなぜか先に決まっていて、それが「with U」というタイトルでした。だからタイトル曲の「with U」から今回の制作を始めました。で、曲作りを進めていく中で「Su」という楽曲ができまして。アートワークの打ち合わせをするときに、アートディレクターの丸井元子さんに「Su」を聴いていただいたら、とても気に入ってくださって「アルバムのタイトル曲はこっちじゃないですか?」と。それでアルバムのタイトルを「Su」に変更しました。
──アルバムの全体像については、どんな作品を目指して制作されましたか?
ライブを意識しましたね。会場でお客さんと一緒に楽しめる曲とか、CDを聴いてくれた人が「これを生で聴いてみたい」と思ってくれる曲を通じて、ライブが見える1枚にしたいという思いが念頭にありました。
──前作「Lov U」は12曲中1曲が渋谷さんの自作曲で、それ以外は提供曲で構成されていました。一方、今作で渋谷さんは10曲中8曲の作詞や作曲に関わられています。ご自身が書いた曲を多く入れることは、最初から決めていたのでしょうか?
いえ、決めていたわけじゃないです。「Lov U」を作ったことや、去年12月に開催した「Lov U」のツアーを経て「次はこういう楽曲があったらいいな」と書きたい曲が浮かんだので、それを形にしていった結果ですね。
──これまでと比べて、曲作りに対する向き合い方に変化はありますか?
より深くというか、自分の中でどんどん明確になったことがあって。リスナーとかファンの皆さんに向けてもそうやし、フェスに出たときの自分のことをあんまり知らんようなお客さんに向けてとか、さまざまなステージに立ったことで「こういう場に、こんな曲があったら盛り上げられるんじゃないかな?」というのが見えてきた。それって、いろんな場で歌う経験がないと得られない感覚やと思うんです。歌っている画が自分の中で鮮明になったし、「もっとこういう曲を作りたい」「こんなライブにしていきたい」という思いが強くなった。「Lov U」より前に作っていた楽曲とは、熱量の種類が変わった感覚はあります。
──「熱量の種類が変わった」というのは、噛み砕くとどういうことでしょう?
皆さんに僕の音楽を楽しんでほしいとか、届けたいという基本的な思いは変わらなくて。要は、伝え方の種類が変わったんですよね。さまざまな経験や時間を経て、ちゃんと物事を伝えるにはどうしたらいいかな、と考えるようになったんやと思います。
「もっと楽しいと感じてもらいたい」
──「伝え方の種類が変わった」でいうと、先ほど話に出た「with U」からも“新しい渋谷すばる”を感じました。これまでは感情をむき出しにした、まっすぐなロックンロールの曲を書かれることが多かったと思うんです。でも「with U」は大人なファンクサウンドで、踊れてグルーヴィで、非常にキラキラとしています。
ありがとうございます。アルバムのタイトル曲にすることを意識して作っていたので、今までにない新たな自分を表現したいと思ったんです。「with U」は、おしゃれかつポップで踊れて、ライブでみんなと歌ってる画も見える。そんな新しい要素が詰まった曲にしたい、と思って書きましたね。
──コード進行や演奏方法も、これまでになかったアプローチですね。
そうですね。ピアノがカッコいいし、ギターのカッティングもこれまでやってこなかったファンキーな感じで、新しさがありますよね。あとは「ブラスが入ったら、曲の印象がもっと豪華になるかな」と思って。アレンジャーのha-jさんと相談して、素敵な曲に仕上げていただきました。
──心地よくノレるサウンドとは対照的に、歌詞は日々の生活に息苦しさを感じている人を優しく抱き締めるような温かさを感じました。
音だけ聴いたら英語がハマりそうな雰囲気だけど、それは僕が歌ううえでちょっと違うなと思って。日々いろんな思いを持って生きてる人たちに寄り添って、ちょっとでも背中を押せる歌にできたらいいな、というイメージがありましたね。
──今回、渋谷さんの書かれた楽曲を聴いて、どんな人に届けたいのか、その人がどんな生活を送っているのか、など楽曲を届ける相手の解像度が上がった感じがします。
うんうん。歌う先にいる人の姿が、より明確になった気がします。先ほども言った通り、やっぱり「Lov U」を作ったのが大きかったですね。CDを買っていただけたり、ツアーに来てもらったりしたことが、ホンマにうれしかった。「もっと楽しいと感じてもらいたい」と思ったし、もっと多くの人に自分の音楽を知ってほしいし、ライブにも来てほしいと思ったのが大きいですね。
──ちなみに「with U」もそうですが、アルバム「Su」で渋谷さんが書かれた8曲のうち4曲に「光」と「世界」というワードが一緒に登場するんです。
え、そうなんや!(机に置いてある資料を手に取って)ちょっと歌詞を見てもいいですか?
──ぜひご覧になってみてください。
あー、ホンマや! これは全然意識してなかったです。確かに面白いですね。
──これってどうしてだと思います?
そうやな……僕が歌っている世界って、いわゆる広い意味の世界じゃなくて。それぞれの世界という意味なんですよね。
──1人ひとりの生きている世界を歌ってる。
そう。やっぱね、ちゃんと1人に向けて音楽を届けられたら、輪が広がって結果として多くの人にも届けられると思う。その考えが自分の根っこにあって。例えば、東京ドームとか大きい会場でライブをやったとしても、自分の感覚としては「ここはライブハウスや」と思ってステージに出てるんです。ライブハウスの規模やったら全員に思いを伝えられる。その感覚を持っていれば、会場がどれだけ広くても、その場をライブハウスにできると思うんですよね。「広いな!」と思いながら歌ったら、届き方が変わると思う。ライブで大事なのは、歌を一番奥にいる人まで伝えられるかどうか。それは強く意識してますね。
──渋谷さんは広い会場でライブをされているときも、お客さんに対して「皆さん」とひとくくりにするのではなく、「あなた」と言っていますよね。
そうそう。特に最近は、その意識が強くなってると思います。
──「アナグラ生活」「トラブルトラベラ」など初期に書かれた楽曲は、渋谷さんが歌う先にご自身が立っている印象がありました。でも、今の楽曲は歌っている先にお客さんがいる感じがしていて。
それはトイズファクトリーさんと一緒にやらせてもらってることが大きいですね。それ以前も関わってくれてる方は周りにいましたけど、基本は自分1人でやってる感覚だった。周りに頼れる仲間がいるのは、ホンマに大きいと思います。
東京って変なところやな
──「Su」の中で個人的に好きなのがバラード曲「月と東京」でした。歌詞に具体的なシチュエーションが描かれているわけではないのに、この曲を聴いていると、自然と頭に映像が浮かぶんです。温かみと哀愁を感じるメロディも素晴らしいし、曲構成もドラマチックで心惹かれました。
めちゃくちゃうれしいです。なんかね、東京って変なところやなと思うんですよ。一番長く住んでる場所ですけど、めっちゃ狭く感じるときもあるし、逆に広く感じるときもあって。そのときどきで感じ方が違う。
──不思議な街ですよね。
ホンマにそう。距離で言ったら、めっちゃ近い場所でいろんなことが起こってると思うんですけど、会わない人には全然会わへんしね。東京って近そうで遠い変なところやなと。そういう、どこか謎なイメージがずっとあったんですよね。で、東京でめっちゃデッカい満月を見た日があって。そのときに「あ、曲を書こう」というマインドになって「月と東京」を作りました。
──その満月が印象的だったと。
うん。「めっちゃデカいな、満月」と思って、ちょっと怖かったんですよね。狭い街に、まるで“この世の終わり”くらいデカい満月が浮かんでいるのが不思議な感じがしました。あとは狭いところにたくさん人がいる風景、例えば渋谷のスクランブル交差点とかブワーッと人が行き交ってるけど、あれも「どういうことなんやろう」と思うことがあって。
──街の広さと人の数が合っていない感じはしますよね。
そうなんですよね。知らん人たちがバーッとすれ違ってる感じとかが、すごく不思議やなと思って。そういうところから、この曲のイメージが浮かびました。ただ、最初からバラードにしようと考えていたわけではなくて。サビから作ったと思うんですよ。アコギでコードとメロディを探りながら、サビの1回しができたところから、なんとなくのテンポ感が決まっていきました。
──アレンジはどんなことを意識されましたか?
生ドラムとかちょっと歪んだギターも入っているんやけど、バンドの音だけで完結させたくなくて。東京のイメージと合わせるように、ちょっと変わったシンセの音とかを入れたりして、徐々にアレンジを固めていきましたね。
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盟友・横山裕とのコラボは「ヨコの生き様に感動」


