君島大空の音楽履歴書

アーティストの音楽履歴書 第58回 [バックナンバー]

君島大空のルーツをたどる

“一番手前にはない美しさ”がいつしか大きな渦に、父譲りの負けず嫌いなギター少年の成長譚

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“自分の生きている証し”として作品を作らなきゃ

そこから自分で歌うようになるのは……もう、やけくそですよね。やらないといけない理由が自分の中で勝手にできちゃった時期。10代の終わりの頃、当時は周りからすると「いぶちゃん(高井)の後ろでギター弾いてる子でしょ?」みたいな認識だったと思うんです。その頃は沖ちづるって子のサポートもしてて、派生していろんな人のライブでギターを弾くようになってたんですけど、どこまで行っても作品を自分のものだとは言い切れないとか、制御できるものがギターしかないとか、そういうことでどんどんフラストレーションが溜まっていって。

20歳頃。サポートでギターを弾いている様子。この頃のメインギターはGuyatoneという国産メーカーのエレキ。

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同じく20歳頃。サポートでギターを弾いている様子。

同じく20歳頃。サポートでギターを弾いている様子。 [拡大]

「何か自分の音楽だと言えるものを残しておかないといけない」と感じ始めた20歳くらいの頃、近しい人が短期間で何人か亡くなってしまって。ますます“自分の生きている証し”として作品を作らなきゃいけない気がしたんです。それで4日ぐらいで弾き語りの音源を作って、ライブもちょっとやってみたものの、そのときは理由が先に立ちすぎてて、別に弾き語りがしたかったわけではまったくなかったから、すぐやめたくなっちゃって。やっぱりその頃は宅録モードだったんですよね。で、その前後くらいにSoundCloudに録ったものをネットにアップし始めたんです。自分のために作った音源だったから、人に聴いてもらいたいというよりは「置いとこう」みたいな気持ちだったんですけど、そこから予想外の広がりが生まれて。SoundCloudやTwitterで同世代と知り合って、顔は見たことないけどメッセージだけやりとりする関係の人がたくさんできました。ライブはしたくないし、ずっと内にこもっていたいけど、「俺が1人で全部作ったものが一番いいに決まってる」みたいな気持ちで作ってて。だから「自分のために作った音源」と言いながらも、きっと聴いてもらいたかったんでしょうね。

Songbook Trioとの対バンで歌への自信が開花

2017年にギタリストのセッション大会で西田修大と出会って、すぐに意気投合しました。その年の夏に高良真剣さんから「Songbook Trio(石若駿角銅真実、西田修大)と対バンしてほしい」と連絡をもらって。当時はやっぱり弾き語りをしたくなくて、ライブをやるにしてもサンプラーに入れた自分の声を和音にして出すみたいな、暗い内容だったんですよ。ずっとうつむいてて、顔も見せられない。「人前で歌うのとかマジ向いてない」と思いながらも、Songbook Trioとの対バンでエレクトロニカ的なアプローチで歌ってみたら、石若さんがすごく褒めてくれて、それが自信になったんですよね。ライブはともかく、もっとちゃんと作品を作ってみようと思って1st EPを作り出すんです。

21歳、高円寺U-hAにて。弾き語りライブを披露するのは数回目。

21歳、高円寺U-hAにて。弾き語りライブを披露するのは数回目。 [拡大]

1st EP「午後の反射光」(2019年3月)を作ってるときは、ジム・オルークの「Eureka」と、フェネスの「Endless Summer」をめっちゃ聴いてて、あのトラックに歌が乗ってるみたいなものを作りたいと思ってました。あとは七尾旅人さんの初期の作品を聴いて、ぶっ飛んだのも大きいと思います。「雨に撃たえば…! disc 2」と「ヘヴンリィ・パンク:アダージョ」はかなり聴き込んでいて、特にサウンドに関しては初期の旅人さんの影響がかなりあったし、いまだに強いような気がします。

午後の反射光

あと麓健一さんのアルバム「美化」に入ってる「十字」のドラムの音が好きすぎて、たぶん打ち込んだドラムをディストーションで割ってるんですけど、「俺もこれをやりたい!」とめっちゃグッときました。エイフェックス・ツインとかドラムンベースも聴いてて、ビートがバシバシ細かく動いて、かなりイカれた作りの音色に歌が乗っているものが、そもそも自分の志していた、好きなものにかなり近かったんだと思うんです。七尾さんにしろ麓さんにしろ、音作りに惹かれた部分があります。「こんなに音を左に置いていいんだ」「ここだけこんなにリバーブがかかってていいんだ」とか。ミックスのことで親父の友人に言われたのがまだムカついてたから(笑)、攻めつつも歌が自然にあるような状態が、自分の音楽で作れたらいいなと思って、サウンドデザインのことをすごく考えてました。

使命感に飲まれた1st、熱をぶつけた2nd

2023年に1stアルバムを出すまではプレッシャーがえげつなかったです。“今すぐ評価されるもの”に対しての疑念が募ってた時期で、音楽がすごいスピードで消費されていく感覚が肌感としてめっちゃあったんですね。「新曲出ました、次の週も新曲出ました」みたいな、どんどん情報として流れていくのがすごくキツいなって。でも僕は50年前に出たトム・ウェイツの1stアルバムを布団の中で聴いて感動したわけで、いつでも「はじめまして」ができるのは音楽のいいところだと思う。「映帶する煙」(2023年1月発表の1stアルバム)はそういうものを目指して作ったんです。

当時はブレイク・ミルズとか、フィービー・ブリジャーズのプロデュースをしているイーサン・グルスカのソロを聴いてて、やりたいサウンドとしては「午後の反射光」と同じように「いびつなバランスでポップスが成り立ってるけど、どう処理されているのか絶妙にわからない音像」にフォーカスが当たってたと思います。オーガニックだけどすごくモダン。ハイファイだけど音がまったくキンキンしてない。ずっと聴けると思えるものを作ろうと、すごく時間をかけました。

映帶する煙

「映帶する煙」ができ上がったときはもう疲れ切ってて、3カ月ぐらい聴けなかったんです。念がこもりすぎていたし「アルバムなんて2度と作らん!」と思っていました。でも夏前ぐらいに、同い年の映画監督で友達の阿部はりかさんから「『暁闇』(2019年公開の映画)を再上映するにあたってコメントが欲しい」とリンクが送られてきて、観ていたらその映画と自分がすごくダブってしまって。映画の中でSoundCloudが出てきて「私もその曲知ってる!」みたいなやりとりで関係が構築されていく描写があって、それだけで泣けてくる。映画ではいつの間にかSoundCloudから曲が消えて、そこから話が広がっていくんです。それを観て「俺がやるのはこれだ」と思って、3カ月くらいで作ったのが2ndアルバムの「no public sounds」(2023年9月)です。

no public sounds

1stは合奏形態で録ったり、石若さんとスタジオに篭っていろいろやったりしたんですけど、2ndは初期のやり方に近い形で、1人で完結させることにフォーカスして、とにかく勢いで、ミックスも迷わずに作ることができました。1stは今までの自分の総括みたいな気持ちで、キリッと襟を正して「これを世に出さなくては」という使命感に自分で飲まれながら作ったので、個人的にはいい意味でなく閉じたものになってしまったところがあって。それが心地よさにつながるとも言えると思うんですけど、2ndを作るときはそれが裏返った状態で、自分にブチ切れたその熱を自家発電の燃料に変えていたので、すべてが違いました。

“1周した”君島大空が目指すもの

EPをリリースしてフジロックに出演するという流れが、2019年と2025年で同じ……本当にそうですね。言われて気付きました。自分の中でも初めてEPを出してから6年経って、やっときれいに“1周”した感じがしてます。「午後の反射光」を出してすぐぐらいの頃は気分がすごく落ちちゃったんですよ。ありがたいことに思ったよりたくさんの方が聴いてくれたことによって「空気に触れてしまった」と思っちゃったんですよね。自分だけのものが人の手に渡ったときの、なんとも言えない気持ちがつらくて「次に何を作ったらいいかマジでわからない」みたいな状態が続いていました。

そのあとコロナ禍になって「めっちゃ宅録できるじゃん」と思って、2枚目のEP「縫層」(2020年11月)ができたりはしたんですけど、作品を出すたび強烈に不安になりながら過ごしてきて。でも去年ぐらいに自分の作ってきたものを聴き返したら「なんでも思うがままにやってたんだな」と感じたんです。ただポップスをやりたいわけではまったくないから、これでよかったと思う反面、「今ならもっとできる」という気持ちもある。今年出した「音のする部屋」(2025年4月)の曲を作っていたとき、やっと自分の言葉で歌えるようになってきた感じがして、完成したとき「作りたいものが作れた」と思った。そう思えたのは成長だし、本当に6年かけて1周したんだなって。

音のする部屋

自分の音楽は、J-POPを探したときに一番手前にある音楽じゃないとずっと思ってるんですけど、それは自分の望んだ形でもあって。自分は「ちょっと探さないと見つからないもの」に魅力を覚えて、そういう音楽の探し方が好きだった。自分の音楽もそうでありたいと思いつつ、日本にはモデルケースがあまりなかったから「どうなりたいの?」と聞かれても、いつも困ってたんです。でも今年出演したフジロックのGREEN STAGEもそうだし、年末年始にやるライブの会場もそうですけど、何千、何万人の前で演奏することができるようになってきた。それで日本の音楽にちょっとでも幅を持たせられたら面白いし、僕を見て「自分もこうなってみたい」と思う人がいたら、本当に幸せだなと思いますね。

君島大空を作った16曲

君島大空(キミシマオオゾラ)

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1995年、東京都青梅市生まれのシンガーソングライター。ギタリストやサウンドプロデューサーとしてさまざまなミュージシャンの制作、録音、ライブに参加している。2019年に「午後の反射光」を発表し、本格的にソロ活動を開始。作品リリースとライブ活動を重ね、2023年9月に発表した2ndアルバム「no public sounds」はアワード「APPLE VINEGAR - Music Award -」にて大賞を受賞した。2025年7月、「FUJIROCK FESTIVAL」最大のステージであるGREEN STAGEに出演。2025年12月と2026年1月に自身最大規模のワンマンライブ「君島大空 合奏形態 夜会ツアー劇場版 “汀線のうた”」を行う。

公演情報

君島大空 合奏形態 夜会ツアー劇場版 “汀線のうた”

2025年12月26日(金)京都府 ロームシアター京都
2026年1月23日(金)東京都 東京ガーデンシアター

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