先頃、ハンバート ハンバートの「第76回NHK紅白歌合戦」出場が発表された。1998年に結成されてから今年で27年。9月から放送されているNHKの連続テレビ小説「ばけばけ」の主題歌「笑ったり転んだり」が話題を集めていたものの、これまで地道に自身の歌の世界を掘り下げてきた彼らが、紅白歌合戦という日本音楽界のど真ん中に押し出されたことを意外に思われる方も少なくないだろう。
そんなタイミングでハンバート ハンバートにとって初の公式ベスト盤となる「ハンバート入門」がリリースされた。話題の「笑ったり転んだり」はもちろん、2001年のデビュー作「for hundreds of children」から昨年発表の最新アルバム「カーニバルの夢」までの代表曲 / 人気曲を選りすぐりで収録した、まさにハンバート入門には最適のベスト盤となっている。
佐野遊穂(Vo, Harmonica)と佐藤良成(Vo, G)のハーモニーを軸にしながら、自身の歌の世界を丁寧に深めてきたハンバート ハンバート。その成長の記録とも言えるベスト盤のことに加え、歌に対する意識の変容や活動初期の知られざるエピソードなど、佐野と佐藤の2人にじっくり話を聞いた。
取材・文 / 大石始撮影 / 笹原清明
朝ドラの影響で親戚が盛り上がってます(笑)
──紅白初出場、おめでとうございます! この9月から毎朝「笑ったり転んだり」がお茶の間に流れていたこともあって少し期待していましたが、正式発表のニュースを見て歓喜しました。出場決定の知らせは記者会見当日の朝に聞いたそうですが、そんな急展開だと何かのどっきりだと勘違いしてしまいそうです。
佐藤良成(Vo, G) 朝ドラが発表されてから会う人会う人に「紅白に出るんでしょ」と言われてたんですよ(笑)。「いや、別にまだ話も来てないし、決まってないよ」と答えてましたが、あまりに毎回言われるので、そういうこともあるのかなという気はしていました。
──朝ドラの反響はやっぱり大きいですか。
佐藤 大きいですね。これまで僕らのことを知らなかった人たちに知ってもらうきっかけになっていると思います。
佐野遊穂(Vo, Harmonica) あと、親戚が盛り上がってます(笑)。いっぱいLINEが送られてきました。
──紅白出場の知らせを聞いたとき、どんなことを感じましたか?
佐藤 また親戚とか友だちが盛り上がりそうだなと思いました(笑)。
佐野 本番緊張しそうだな~と考えていたら緊張してきちゃいました。
──紅白を通じてハンバート ハンバートの歌がこれまで以上に幅広い世代に届くことになりますよね。そのことについてはどう思われますか?
佐野 特に音楽ファンというわけでもない人たちに聴いてもらえるので、そこがうれしいですよね。
佐藤 自分たちの音楽をたくさんの人に聴いてもらうために一生懸命やってきたので、本当にいいチャンスを与えてもらったなと思います。
──そんなタイミングでベスト盤「ハンバート入門」がリリースされました。以前所属されていたMIDIレコード時代の楽曲を収めたシングルコレクションや、ライブ音源のバラードベスト盤「WORK」はありましたが、公式ベスト盤は今回が初となります。今までベスト盤を出してこなかった理由は何かあるのでしょうか。
佐藤 自分たちから「ベスト盤を出したい!」というテンションになることってないんですよね。以前、MIDI時代のシングルコレクションを出しましたけど、当時のシングルはまったく売れていなかったので、ベストとも言えなくて。
佐野 「実はこんな曲もありました」という内容だよね。
佐藤 半分がシングルのB面だし、本当に誰も知らないような曲ばっかり。どちらかというとレアトラック集ですね。
──今回の選曲はどのように進めていったのでしょうか。
佐藤 スタッフに全部お任せしました。ベスト盤というのは自分たちで収録曲を決めるものではなく、これまで聴いてきてくれた人たちが「これがハンバート ハンバートだよね」と納得するものだと思うんですよ。だったらハンバート ハンバートのことを客観的に見ているスタッフが選んだほうがいいんじゃないかと思って。
佐野 選んでくれた楽曲を見ても、それほど意外な感じはなかったですね。
佐藤 基本的にライブでやってる曲ですよね。「この曲、みんな知らないんじゃないの?」というものは入っていないと思います。
「ばけばけ」主題歌「笑ったり転んだり」が完成するまで
──1曲目の「笑ったり転んだり」以降は基本的にリリース順に楽曲が並んでいますよね。歌い方やアレンジが少しずつアップデートされていったことが手に取るように伝わってきます。
佐藤 未熟で初々しかったものが固まっていくのがわかりますよね。自分たちでも笑いながら聴きました。「なんでこんなに暗い声で歌ってるの?」って(笑)。
──順番にお話を聞いていきたいのですが、まずは「笑ったり転んだり」。これはドラマの内容を踏まえて作ったのでしょうか。
佐藤 そうですね。ただ、曲作りを始める段階ではまだ撮影が始まっていなくて。脚本はありましたけど、「それよりもこちらを読んでください」と演出の方から渡されたのが、ドラマのモデルになった小泉セツ(節子)さんの「思ひ出の記」という短い本だったんです。セツさんが自分の半生を振り返った本で、それを繰り返し読んで、セツさんの気持ちと自分の気持ちがリンクするぐらいまで読み続けました。
──セツさんを自分に憑依させるような感覚だった?
佐藤 ちょっとそんな感覚はありましたね。だから100年前のセツさんの歌でもあるし、自分の歌という感覚もあります。
──ここ数年、お二人は映画やドラマの音楽の仕事を積み重ねてきたわけですが、そうした仕事の成果も反映されていそうですね。
佐藤 その影響は大きいと思います。17曲目の「恋の顛末」は「僕の姉ちゃん」という益田ミリさんのコミックを原作とするドラマの主題歌として作ったんですが、あのときも原作を繰り返し読み込んで、姉ちゃんと自分の気持ちをリンクさせながら書いたんですよ。僕がそういう作り方をするということを「ばけばけ」の演出の方がどこかのインタビューで読んで知ってくれたみたいで。今回もそういう作り方をしてくれないかというリクエストがあったんです。
──曲調としては王道のハンバート節ですよね。余計な装飾が一切なくて、研ぎ澄まされている感じもしました。
佐藤 主題歌の依頼を受ける場合、「こんな曲が欲しい」というリクエストを具体的にいただくこともあって、それはそれで曲作りのヒントになるんですよ。でも、今回はそういうリクエストもなかったので、これは自分が思うままに作ろうと。
佐野 最初に作った曲はもう少しスピード感があって、朝っぽいさわやかな感じだったよね。船に乗って海を渡ってくるイメージがあったんでしょ?
佐藤 そうそう。最初はちょっとThe Cranberriesっぽい疾走感ある曲を作ってたんですけど、どうも歌詞がしっくりこなくて。方向転換をして全然違う曲調で作ってみたら、それまで何度も読んでいたセツさんの言葉がポンと乗ったんです。そこからは早かったですね。
デモ音源がそのままデビューアルバムに
──最新曲である「笑ったり転んだり」の次に、2001年のデビューアルバム「for hundreds of children」の収録曲「夜明け」が入っています。もともとこのアルバムはデビュー前に制作したデモ音源がそのまま世に出ることになったわけですが、当時はどんな機材で録音していたのでしょうか。
佐藤 その頃、アマチュアミュージシャンの間ではデジタルMTRが最新機器で、それをサークルの音楽仲間が持っていたんですよ。そのデジタルMTRで録ってもらいました。お金がなくてレコーディングスタジオを借りることもできないので、リハーサルスタジオとか公民館の音楽練習室、カラオケボックスとかいろんなところで録りました。
佐野 ティアラこうとう(江東公会堂)の音楽室でも録ったよね。
佐藤 録ったね。デモがどんなものかわからないから、どうせだったらいい音のほうがいいだろうとがんばって録ったんですよ。レコード会社にそれを持っていったら、プロが使うようなスタジオでレコーディングさせてもらえるんだろうと夢見ていたわけですけど、当時のレコード会社の社長に「もうこれはデモじゃないよ。このまま出せばいいじゃないか」と言われてしまって(笑)。えっ!と思ったけど、そのまま出ることになったんです。
──今回のベスト盤にはそのデビュー作から「夜明け」「メッセージ」という2曲が入っていますが、この段階からハンバート ハンバートの本質は変わらないことに気付かされます。アマチュアバンドのデモテープとは思えないぐらい音もいいですし。
佐藤 未熟なりにがんばって作りましたからね。けっこう時間もかかったんですよ。
佐野 最初のアルバムはデモがそのまま出ちゃったので、2枚目の「アメリカの友人」(2002年)はちゃんとしたスタジオで、ちゃんとしたプロの方と録りました。でも、そのときはプロデューサーの佐久間順平さんに「君たちがどうしたいのかわからない」と言われてましたね。
佐藤 私たちが「こうじゃない」「ああじゃない」とばかり言うから、どうしたいのかわからないと。まだ自分たちのイメージを言葉にできなかったんです。
──その頃と今では、歌に対する意識もだいぶ違うんじゃないですか?
佐野 確かに当時は何も考えずに歌っていましたね。
佐藤 今はそれぞれの曲でどんな声の表情が出たらいいか考えながらやってますけど、昔は何も考えていなかったですし、私も遊穂の歌に対して厳しくなかったですね。それがだんだん音程やリズムの取り方、声の表情について細かく言うようになってきて。そうすると、どんどん歌うことが大変になってくるんですよ。
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発声が変わったタイミング、曲作りやアレンジ面での変化



