Hilcrhyme「Moments」インタビュー|戦闘モードの鋭いラップで今を斬る「これはヒップホップというよりロック」

Hilcrhymeがニューアルバム「Moments」をリリースした。

13枚目となるアルバムには先行シングル「千夜一夜 feat.仲宗根泉(HY)」「EVIL」を含む全10曲を収録。ストレートなラップを中心とするアグレッシブな作品となっている。音楽ナタリーでは、Hilcrhymeにインタビューを行い、アルバムの制作経緯を詳しく聞いた。

取材・文 / もりひでゆき

デッドライン間際の戦闘モードで制作したラップアルバム

──約1年ぶりとなるニューアルバム「Moments」の制作はどんな流れで進んでいきましたか?

まず「千夜一夜 feat.仲宗根泉(HY)」(2025年4月配信)は前のアルバム(2024年11月リリースの「24/7 LOVE」)に収録できるくらいのタイミングにはもうできあがっていたので、最初に作った楽曲は「大注目」になりますね。これは今年の1月、鹿児島のフェス「YAMATO spirit フェス 2025」に2年連続で出演させてもらったときに、横浜DeNAベイスターズの牧秀悟選手と出会ったことがきっかけで生まれて。

──「大注目」は今年3月から牧選手の登場曲として球場で流れていますよね。

そうそう。牧選手に選手登場曲を書き下ろしてほしいと依頼されたんです。3月28日の開幕タイミングから使いたいということだったので、3月27日にしっかりバシッと完成させて(笑)。

──デッドラインを超えることなく。

デッドラインは超えてないです(笑)。曲自体、牧選手はすごく気に入ってくれたし、僕自身もホームゲームで流れているのを球場で聴いたりもして、まだリリースされていない楽曲がたくさんの人の耳に届くことに対してすごくフレッシュな感覚になったんですよね。そこで、次のアルバムでは「大注目」のようなテイストの曲をいくつか入れたいなと思い、そこから「EVIL」や「右肩上がり」「斬捨御免」を作っていきました。

──前作に比べると既発曲が少ない状況だったので、全体像を見据えながら1曲ずつ制作していった感じですか?

いや、全体像がはっきり見えたのは10曲目の「Moments」ができたタイミングでした。これはトラックも自分が作ったんですけど、時期で言ったらめちゃくちゃ最近。ぶっちゃけて言うと、「Moments」「スタープレイヤー」「NAKED HEARTS」「Walk」「斬捨御免」は10月の中旬から下旬にかけての1週間で一気に作ったんです。1日1曲ペースでリリックを書き、すぐに録ったらミックスに即投げしてっていうのを繰り返して。今回はフルヴァースがゼロの状態から1日で仕上げた曲がたぶん3、4曲はあるんじゃないかな。

──その裏には産みの苦しみがあったんですかね?

もちろん苦悩はしてたんだけど、要はデッドライン間際にならないと本当の力が出ないんです。俺の場合、デッドライン1週間前が勝負で。それを今回、改めて認識しました。

──15年のキャリアを経た、今。

そう、15年キャリアを経て、ようやく気付いた(笑)。だってね、「大注目」が完成した3月27日以降、ずーっとスタジオに入って試行錯誤してましたからね。もちろん、そこで発想のきっかけを得たこともあったとは思うけど、ほぼ何もできなかった。

──その試行錯誤の時間があったからこそ、デッドライン間際にグッと集中して力が発揮できるのかもしれないですけどね。

そこはわかんないですよね。でも今回の経験を踏まえ、次回からは全体としての大きなデッドラインに向けて動くのではなく、1曲ごとに細かいデッドラインを作っていこうとは思ってます。そうすればもっとうまく進められるんじゃないかなと。今回のように苦悩を続ける長い期間が無駄なのか、そうじゃないのかは次の作品ができたときにわかるんだと思います(笑)。

──アルバムを聴かせていただくと、今回は勢いのある楽曲がすごく多いし、リリックやラップの鋭さにも磨きがかかっている印象もあって。そういった仕上がりになったのは、短期間でギュッと制作した楽曲が多いが故なのかなとも思いました。

確かにそうかもしれないです。デッドライン間際の戦闘モードだった。今回のアルバムはほぼ全編、ストレートなラップの曲で構成されているんですけど、そういうタイプの曲は生まれるのも早い。無理にメロを付けて歌っぽい仕上がりにするよりも、自分が信頼しているラップをきっちり書いていく方が早いんです。そういうスタイルのよさを改めて確認できたことで、今後のアルバム制作が楽しみになったところもありました。

Hilcrhyme「Moments」初回限定盤ジャケット

Hilcrhyme「Moments」初回限定盤ジャケット

ヒップホップよりはロックという言葉が似合うアルバム

──そんな流れで完成したアルバム、TOCさんとしてはどんな仕上がりになったと感じていますか?

自分としては……なんかロックなアルバムになったなと。ロックという文化はそこまで詳しくないけど、アルバムを俯瞰で見ると、ヒップホップっていうよりはロックという言葉が似合うような気がする。

──先ほど僕が言ったリリック面での鋭さからすると、パンクという表現も似合うかもしれないですよね。精神的な意味での。

あー、なるほど。その違いも詳しくないんですけど、今回は楽曲を作る上で洋楽、邦楽問わず、いろいろなロックミュージックを聴いたりもしたんです。「Walk」とか「NAKED HEARTS」「スタープレイヤー」なんかは、その影響が見えているかもしれないですね。自分の中でのロックの定義が垣間見えているというか。

──「Walk」ではイントロでギターが鳴っているから、サウンド面でもそういったニュアンスは感じますよね。

そうですね。ただ、僕が言うロックというのは完全にリリックの話ですけど。

Hilcrhyme

オーディション番組のシステムが気持ち悪い

──例えば「右肩上がり」には、「葉っぱやらチャカやら歌えばラッパー? / お似合いだよ ジュエリーよりワッパ」というラインがありますよね。トラックのドープさと相まって、噛み付いてるなーという印象もありました。

いや、噛み付いてるつもりはないんですけどね。そもそもディスリスペクト的なリリックはあんまり好きじゃないですから。自分の中で芯が通っていて、それが表現としてしっくりくるのであればアリだよなっていう感覚ですね。明確な対象を攻撃している感覚は一切ないです。

──確かに「右肩上がり」でTOCさんが言いたいことは、その先にありますもんね。井の中の蛙状態に陥ることなく、信念を持って音楽を続けていくことで常に右肩上がりになっていくという。

そうそう。自分が言いたいことはフックの部分に詰め込んでますから。「斬捨御免」にしても、言いたいことはサビに詰まってますし。

──この曲もけっこうなインパクトを持って受け止める人もいそうですよね。テレビのオーディション番組にモノ申しているというか。

この曲のようなことを俺は常日頃思ってます。オーディション番組って気持ち悪いなって。そう思ってるヤツはほかにもいるはずなんで、それをただ書いただけ。とは言え、オーディション自体を否定しているわけではないんです。俺自身、モー娘。が好きでしたし(笑)。あくまでもその裏側にあるシステムに対しての思いですから。そういう仕組みとか体制に対してのアンチテーゼを歌っているからこそ、ロックだなと感じた部分もあったんじゃないかな。そんな思いを吐露してはいるけど、さっきも言った通り、この曲で言いたいことはサビにありますから。

──「知らん人に選ばれるよりも / 君が人を選ぼうぜ」「用意された挑戦より / 君が冒険を作ろうぜ」ってことですよね。

はい、そういうことです。ちなみに「斬捨御免」はライブで面白いパフォーマンスをしているので、まだ観てない人は期待していてほしいです。