3人で期間限定の再結成を果たしたメロン記念日。左から村田めぐみ、柴田あゆみ、斉藤瞳。

メロン記念日、15年ぶりの挑戦状

「This is 運命」でクラウドサーフ発生!ハロー!プロジェクトが生んだ異端のグループが“アイドル戦国時代”前夜に残した革命の足跡

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2010年に解散したアイドルグループ・メロン記念日が、デビュー25周年を記念して期間限定で復活を果たした。解散から15年が経過しているが、メロン記念日の楽曲はハロー!プロジェクトの後輩たちが受け継ぎ、今なお多くのアイドルファンに愛されている。しかし、当時を知らない若い世代にとっては伝説の1ページ、あるいは「曲は聴いたことがある」程度だったりするのではないだろうか。

2010年以降のアイドルシーンにおいて、客席でモッシュやクラウドサーフが起こる場面は珍しいものではなくなったが、メロン記念日のライブ空間は時代をひとつ先取りした熱気に満ちていた。代表曲「This is 運命」が持つカオティックなエネルギーは強烈な熱狂を生み出し、メロン記念日は今では珍しくない「アイドルのロックフェス出演」をいち早く実現している。彼女たちの存在が、その後のアイドルシーンに与えた影響はきっと少なくない。

本稿では8月から10月にかけて全国7カ所のライブハウスを巡るツアー「メロン記念日'25 LIVE TOURー~熟メロン~」を行う斉藤瞳、村田めぐみ、柴田あゆみ(オリジナルメンバーの1人、大谷雅恵は今回の再結成には不参加)の証言を交え、メロン記念日の足跡を振り返っていく。

取材・/ 西廣智一 撮影 / 臼杵成晃

メロン記念日の終わり、“アイドル戦国時代”の始まり

メロン記念日、デビュー25周年を記念し期間限定再結成

2025年1月1日未明、突如飛び込んできたニュースに多くのアイドルファンが驚いたのではないだろうか。

3人で期間限定の再結成を果たしたメロン記念日。左から村田めぐみ、柴田あゆみ、斉藤瞳。

3人で期間限定の再結成を果たしたメロン記念日。左から村田めぐみ、柴田あゆみ、斉藤瞳。

古くからのアイドルファンは「おお!」と歓喜し、若い世代の中には「伝説のあのグループが?」もしくは「え、誰?」というリアクションもあっただろう。ハロー!プロジェクト黎明期に誕生しながらも、ほかのハロー!プロジェクトのグループとは一線を画するスタイルを確立させ、独自のスタンスで2010年の解散までの10年間をメンバーの増減もなくオリジナルメンバー4人で駆け抜けたメロン記念日。解散以降も2013年末の「Hello! Project COUNTDOWN PARTY 2013 ~GOOD BYE & HELLO!~」や2018年10月開催の「Hello! Project 20th Anniversary!! Hello! Project ハロ!フェス 2018」というハロー!プロジェクトの節目のタイミングに単発での復活はあったものの、期間限定とはいえデビュー25周年イヤーに積極的に活動をしてくれることは、結成初期からメロン記念日を見続けてきた筆者にとってもうれしいサプライズだ。

今振り返ると、メロン記念日はアイドルシーンが「アイドル戦国時代」と呼ばれ始めた2010年にその歩みを止めている。同年5月3日のメロン記念日ラストライブ終了直後、5月30日にNHK総合「MUSIC JAPAN」の「アイドル大集合SP」がオンエア。アイドリング!!!、AKB48、スマイレージ(現アンジュルム)、東京女子流、バニラビーンズ、モーニング娘。、ももいろクローバー(現ももいろクローバーZ)……その後のアイドルシーンを牽引していくことになる精鋭たちが勢ぞろいしている。また、同年8月には現在まで続く大型アイドルフェス「TOKYO IDOL FESTIVAL」がスタートしたほか、SKE48やスマイレージ、ももいろクローバー、bump.yが出演した伝説のイベント「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」も開催されるなど、アイドルシーンが大きく張り始めていることが伝わるトピックがこの年は目白押しだ(参照:2010年代のアイドルシーン Vol.1 “アイドル戦国時代”幕開けの瞬間)。

もし、あのままメロン記念日の活動が続いていたら……そう夢想したファンも決して少なくなかったことだろう。筆者も間違いなくその1人であり、以降のシーンの盛り上がりを見るにつれ「もしここにメロン記念日がいたら……」と思ったことは数知れない。同じハロー!プロジェクト所属のモーニング娘。や松浦亜弥ほど絶対的な成功を収めたとは言い難いメロン記念日が、なぜこれほどまでに当時のアイドルファンに強いインパクトを残し、一部のファンから復活を熱望されたのか。それは、彼女たちが現在のライブアイドル界隈に強い影響を与えたからにほかならない。

ハロー!プロジェクト期待の新グループ、うまくいかない現実

メロン記念日は1999年、「第2回モーニング娘。&平家みちよ妹分オーディション」を通じて選ばれた斉藤瞳、村田めぐみ、大谷雅恵、柴田あゆみの4人で結成。翌2000年2月19日、つんく♂プロデュースによるシングル「甘いあなたの味」でメジャーデビューを果たす。当時ハロー!プロジェクトにはモーニング娘。や平家のほか、太陽とシスコムーン、ココナッツ娘。、カントリー娘。、三佳千夏が在籍しており、メロン記念日はこれに続く存在として活躍が期待された。しかし、当時は単独での活動は数少なく、モーニング娘。の冠番組および同グループの全国ツアーへのゲスト参加が主な活動だった。

「ゲストとして数曲、モーニング娘。さんのライブの途中で歌わせてもらっていたんですけど、メロンのステージの時間になると、トイレ休憩に席を立つ方が多くて。当時は悔しい思いをたくさんしました」(柴田)

「会場が少し明るくなるから、空いている席が即座にわかるんですよ」(村田)

「人気や知名度の差はもちろんですけど、そこでいろんな現実を突きつけられるわけです。でも、その当時は『負けんなよ』精神にしがみついていた感はありますね」(斉藤)

グループとしてのカラーも、デビューからしばらくは固まりきらずにいた。「LOVEマシーン」(1999年)のメガヒット以降、ダンス☆マンのアレンジによるダンサブルなファンクチューンを武器にしていたモーニング娘。や、そのテイストをよりアダルト寄りに突き進めた太陽とシスコムーン、北海道在住という特徴を素朴でフォーキーなサウンドに重ねたカントリー娘。などと比べると、デビュー曲「甘いあなたの味」はロック色の強いミディアムナンバー、2000年6月発売の2ndシングル「告白記念日」は適度にダンサブルで爽快感の強いポップチューン、2001年3月発売の3rdシングル「電話待っています」は沢田研二「勝手にしやがれ」などで知られる船山基紀を編曲に迎えた歌謡ソングと、どういったサウンドがメロン記念日に合うのか、プロデューサーのつんく♂も試行錯誤していたように映る。また、衣装に関しても曲調の変化とともにテイストを変え続け、4人おそろいということもあって見る側としてもそれぞれの個性をなかなかつかめずにいた。柴田も当時のことを「曲も衣装も毎回新鮮で、個人的にはすごく楽しかったんですけど、じゃあそれを毎回モノにできていたかと言われると全然できていなくて」と、楽しむと同時に葛藤も味わったと口にする。

メロン記念日のデビューシングル「甘いあなたの味」ジャケット。

メロン記念日のデビューシングル「甘いあなたの味」ジャケット。

メロン記念日の2ndシングル「告白記念日」ジャケット。

メロン記念日の2ndシングル「告白記念日」ジャケット。

「This is 運命」が切り開いたメロン記念日の運命

そんなメロン記念日の運命を大きく変えた1曲が、デビューから2年近くを経て誕生する。それが2001年10月発売の4thシングル「This is 運命」だ。この曲は過去3作同様、プロデュースをつんく♂が手がけているが、作詞・作曲に関してはつんく♂と新堂敦士の共作。新堂は1990年代前半、アマチュアロックバンド・カメレオンの一員としてシャ乱Qと大阪で共闘し、90年代後半からはソロアーティストや職業作家として活動しており、ハロー!プロジェクトへの楽曲提供はこれが初めてのことだった。

メロン記念日の面々は、この曲のデモ音源を初めて聴いたときの印象を今でも鮮明に覚えているという。

メロン記念日。左から村田めぐみ、柴田あゆみ、斉藤瞳。

メロン記念日。左から村田めぐみ、柴田あゆみ、斉藤瞳。

「最初に聴いて『これ、曲として成立するんですか?』と思ったことを覚えています。私たち自身も何が正解か、不安を抱えたままレコーディングに臨みました」(斉藤)

「今までの方向性から考えたら『思い切ったな、振り切ったな』っていう感じですよね。しかも、曲の途中に長いセリフまであって……どうなるのか、完成がまったく見えませんでした」(村田)

実は、この曲がメロン記念日というグループにとって正真正銘の正念場でもあった。ほかのグループがそれなりに成功を収め、メロン記念日から1年遅れでデビューした松浦亜弥も早々にスター街道を歩み始めていただけに、スタッフは「今度のシングルが結果を残せなかったらグループ解散」も視野に入れていたという。

「『この船に乗れなかったら解散だぞ?』ぐらいなことを言われていたのに、いざ歌詞に目をやると『ジャジャジャン・ジャジャジャン ジャジャジャ・ジャ~ン!』(笑)。そりゃあ『私たち、船乗れるのかな……』って不安になりますよね」(斉藤)

ポップパンクにも似たストレートなロックサウンドを軸に、「ジャジャジャ・ジャ~ン!」のフレーズからも想像がつくようにベートーベンの交響曲第五番「運命」のオマージュを被せ、矢継ぎ早にパートが切り替わるボーカルワークというこれまでの彼女たちに、いや、ハロー!プロジェクトになかったタイプの新規軸は一聴するとコミックソングのようにも映るが、実のところ非常に計算し尽くされたアイドルポップソングであり、この曲がその後の彼女たちの運命を大きく変えることになる。

メロン記念日「This is 運命」Music Video

「正直、私たちの予想を大幅に超えて、ここまで化ける曲になるとは思ってもみませんでしたし、メロン記念日の名刺代わりの1曲になるなんて」(斉藤)

「私たちにはファンの方たちのことを“ヲタモダチ”と呼んでいるんですけど、きっとヲタモダチのみんなもここまでの流れを見て『メロンの未来が危ない』と感じてくれたんでしょうね。ラジオや有線放送でのリクエストや、時にはDJイベントで回してくださったりして、『ここで終わらせたくない!』という愛や熱を伝えてくれたんです」(村田)

「いろんな人たちから『中毒性が高い曲だね!』と言われる機会も、徐々に増えていって。それこそ、普段アイドルを聴かない友人からも『めっちゃいい曲だね!』って言われましたし。ここで私たちに対する周りの空気が変わったなと感じました。敦士さんが当時、どんな思いでこの曲を作ってくださったのか、いつか聞いてみたいですね」(柴田)

各メンバーの個性が明確になった「This is 運命」ジャケット。

各メンバーの個性が明確になった「This is 運命」ジャケット。

楽曲のみならず、ビジュアル面でもここで大きな変化が生じる。これまでおそろいの衣装を着ることが多かった4人だが、この曲ではセクシー(斉藤)、メルヘン(村田)、ボーイッシュ(大谷)、ナチュラル(柴田)という“担当”に沿って、個々がバラバラのテイストのファッションでジャケットやMVに収まっている。その結果、4人それぞれが異なる個性を発揮し始めることとなる。

「それまでは個性をひとつにすることが求められていたけど、この曲からそれぞれに担当が与えられて、1人ひとりの表現の幅が広がっていった。それまでのハロー!プロジェクトにはなかったことだったので、もちろん不安もあったんですけど、結果として“メロン記念日らしさ”をつかむ最初のきっかけになったと思います」(柴田)

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アイドルライブにクラウドサーファー発生!ライブで化けた「This is 運命」

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マネティ🥊 @manetty_re

みんな2005年ハロコン夏の歌謡ショーを見て。 https://t.co/juljeUK3wH

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