2010年代のアイドルシーン Vol.10 [バックナンバー]
海外から見た日本のアイドル(前編) ~ 海の向こうのファンに聞いた「私がアイドルに魅了された理由」
「スピリットの部分が西洋文化とは決定的に違っている」
2022年6月6日 20:00 138
③【タイ】ヒカリンさん(22歳 / Siam☆dream、LOVE LETTER元メンバー。現在はファッション系企業勤務)
「“ファンが笑顔になるためにがんばる”のは同じ。でも、がんばり方が日本は違う」
Siam☆dreamは、タイ・バンコクを拠点とする日本人とタイ人の混合アイドルユニットだ。ヒカリンさんはそのメンバーとして2018年から2020年まで在籍し、カバーダンス中心のLOVE LETTERと兼任。「TIF」や「JAPAN EXPO THAILAND」に出演するなど、目覚ましい活躍を繰り広げてきた。日本のアイドルに憧れていたタイの少女が“やる側”としてステージに立ったとき、いったいどんなことが頭によぎったのか? 当事者ならではの説得力ある発言が飛び出した。
「好きなアイドルですか? NGT48、ももいろクローバーZ、わーすた、
最初に生で観た日本のアイドルは、
好きになってからのアクションは早かった。CDを購入するだけでは飽き足らず、しばしば日本を訪れて推しグループのライブやイベントに参戦。その様子を日記形式で克明にレポートしていく。
「タイに住んでいる身からすると、日本のアイドルをリアルに現場で観る機会というのはとても貴重なんです。会場はどんな雰囲気か? 特典会はどんな内容なのか? セットリストは? それに自分が感じた印象なども加えて、スマホで必死にメモしていましたね。そこで日本人アイドルのやり方を吸収していったというか……。途中からは自分がアイドルになったということもあり、“見学”して“勉強”するために現場参戦していました」
昔からタイには独自のアイドル文化が存在していた。2010年前後には一気にシーンが盛り上がり、フォーモッド、FFK(フェイファンケウ)、G-Twenty、Candy Mafia、Sugar Eyes、オリーブスなどが群雄割拠。中でも2010年に日本デビューを果たした双子デュオ・Neko Jumpは、熱心なアイドルファンなら名前くらい耳にしたことがあるかもしれない。こうしたムーブメントの中心的役割を担ったのがKAMIKAZEレーベルであり、その名の通り、所属アーティストは日本アイドルの影響を多分に受けていた。そしてこうした流れと前後するように、タイもほかのアジア諸国と同様、K-POP旋風が吹き荒れることになる。しかし、その状況も2017年に一変した。BNK48が大ブレイクを果たしたのである。
「BNK48は一番人気のある日系アイドルグループですね。本当にみんなから愛されている。日本のポップスと“Kawaii”カルチャーを届ける若者たちのアイドルになっています。BNK48がブレイクしたことで、タイのアイドルも大きな影響を受けました」
坂道グループのマナーを忠実に踏襲しながらデビューしたFEVERは、新型コロナの影響を受けて解散を余儀なくされたものの、一時はタイ国内で確固たる地位を築いた。最近では、じゅじゅやBLACK NAZARENEを擁する日本のプロダクション・キゲキが仕掛けたKAIBUTSU-怪物も注目されている。ヒカリンさんが所属したSiam☆dreamも、こうした「日本アイドルへの根強い関心」というバックボーンの中で誕生したグループだった。衣装やメイクからも、あからさまに日本アイドルからの影響が見て取れる。
「Siam☆dreamも日本のアイドルみたいにして活動していたから、ステージ上ではそこまで極端に日タイの違いは感じませんでした。でも1つ言えるのは、タイのアイドルってライブでも練習してきたパフォーマンスを披露することを最優先するんですよ。完璧に歌って踊れることが最終目標なので。それに比べると日本のアイドルは表情やメンバー個々の動きを大切にしているし、何より目の前のファンと一緒に楽しむことをゴールにしているじゃないですか。どっちも“ファンが笑顔になるためにがんばっている”という点では同じなんでしょうけど、そのがんばり方が違う気はしますね」
きゃりーぱみゅぱみゅや
④【タイ】エーさん(32歳 / カバーダンスグループ・Se7en Seas主宰、日系企業勤務)
「日本のアイドルは特別な存在。私、一生ハロヲタ宣言しているんです(笑)」
筆者がエーさんに最初に会ったのは9年前にさかのぼる。Berryz工房のタイ公演を密着取材した際、会場でハロプロのカバーダンスを披露していたのがエーさん率いるSe7en Seas(当時はZen se7en名義)だった。オフィシャル生写真を参考にした手作りの衣装(わざわざ素材を問屋街から探し出したという)、とめどなくあふれるアイドル愛、「タイと日本の架け橋になりたい!」と語る熱いまなざし……まぶしさに圧倒されたことを覚えている。ひさしぶりにコンタクトを取ってみると、日本語を学ぶ大学生だったエーさんは日系企業で働く社会人となっていた。
「日本のアイドルを好きになったのは、確か2003年の初め頃だったと思います。友達から紹介されたんですよね。すごくキラキラしていたし、歌もダンスも上手だねって友達と話していました。それが今はNEWSにいる小山慶一郎さん。当時はジャニーズJr.でした。小山さんのことは今でも大ファンですね」
ジャニーズで日本のアイドルを知ったエーさんが、次に向かったのはモーニング娘。だった。これには理由がある。エーさんが子供の頃、タイのケーブルテレビでは「ハロー!モーニング。」(テレビ東京系)や「ASAYAN」(テレビ東京系)が放送されていた。ネット全盛の時代になる前からハロプロは馴染みのある存在だったのだ。タイの若者は日本人以上にSNS依存の傾向が強い。全体としてはK-POPの勢いに押されていたものの、ネット上ではハロプロのファンダム文化もしっかり根付いていた(参照:モー娘。バンコク握手会、ファン3000人に「コップンカー」)。
「最初の推しメンは石川梨華さん。2005年に石川さんが卒業すると、道重さゆみさんを崇拝するようになりました。でも、その道重さんも2014年にグループを去りましたよね。心にぽっかり穴が空いた気分でした。個人的な話になるんですけど、ちょうどその頃、日本に留学したんですよ。せっかく日本に来ているんだから、ライブに行きたいじゃないですか。もともとハロプロ全体が好きだったこともあり、石川さんや道重さんと同じくらい熱中できる対象を探していて……。そんな自分の心にピタッとハマったのが
タイではカバーダンスがエンタテインメントとして広く認識されている。バンコクの商業施設では、10年以上前から月2、3回ペースでJ-POPやK-POPのカバーダンス大会が開催されていた。エーさんも仲間たちとカバーダンスグループを結成し、こうしたイベントに積極的に参加。「Japan Festa」(「Japan Expo」の前身イベント)のメインステージにも出演している。暑いタイにおいても日本のアイドルのようなファー付きのファッションでキメて、少しでも“本場”のエッセンスを取り入れようとしていた。
「やっぱり日本のアイドルソングはメロディがほかの国とは違うんですよね。聴けば誰でもすぐに違いがわかるはずです。歌詞の面でも、すごく内容が深いなと感動することが多いですし。好きな日本のアーティストは大勢いますけど、中でもハロプロは自分にとって本当に特別な存在。私、“一生ハロヲタ宣言”しているんです(笑)」
アイドルはずっと心の拠りどころであり続けた。お金を貯めては日本に行き、コンサートやイベント、握手会にも参加。もはや趣味の範疇を逸脱するかのように全精力を傾けていく。アイドルには人の生き方を一変させるだけの力があるが、その影響力は国境を軽く超えていくようだ。エーさんは今も変わらずにカバーダンスを続けている。「Se7en Seasはハロプロ全グループの楽曲をカバーしているんですよ」と、はにかみながら笑った。
⑤【イギリス】トム・スミスさん(32歳 / JPU Records主宰者)
「BABYMETALはメタル文化に永遠に刻まれる足跡を残した」
イギリスにある邦楽アーティスト専門のレコード会社・JPU Records。その主宰者兼ディレクターを務めているのがトム・スミスさんだ。 同社は日本のバンドが海外で活動する支援をしていて、これまでBAND-MAIDやLOVEBITES、最近だとNEMOPHILAを海外のメディアや音楽ファンに紹介してきた。
「BUCK-TICK、SCANDAL、MAN WITH A MISSIONなどジャンル的にはロックやメタルといったリスナーに訴求しやすいアーティストの作品を手がけることが多いのですが、その一方で虹のコンキスタドール、
そもそもイギリス国内では、どんなファン層が日本のアイドルを聴いているのだろうか? 日本発のポップカルチャーといえば、真っ先に挙げられるのがアニメ。両者に相似点はあるような気もするが……。
「確かに一部のアイドル楽曲はアニメファンによって見出された部分もあると思います。 例えば『ラブライブ!』は海外でアイドル音楽を聴いているファンに大きな影響を与えましたし。でも私が見たところ、アニメとアイドルがクロスオーバーするケースはそれほど多くない。むしろソーシャルメディアやインフルエンサーたちの影響のほうが大きいように感じています。今はアイドルにハマった人たちも簡単に仲間を見つけ、一緒に盛り上がれるようになっていますから」
スミスさんによると、日本のアイドルを好むファンの総数は明らかに増加傾向にあるという。世界各地で開催されているポップカルチャー関連のイベント・コミコンの会場でも以前はhideやYOSHIKIのコスプレをする人が多かったが、最近は「ラブライブ!」やBABYMETAL関連のコスプレが目立つ。BABYMETALの圧倒的なオリジナリティはヨーロッパ人に大きなインパクトを与えるとともに、広い層に受け入れられるだけのポピュラリティを獲得した。
「何しろイギリスはメタルの発祥地ですからね。私たちはメタルに誇りを持っているんです。BABYMETAL、神バンド、キツネ様は大変な才能を持っているし、メタルカルチャーをリスペクトしていることがよく伝わってきます。イギリス人はそのルーツを理解しているので、BABYMETALの音楽を素直に受け入れることができるんです。
あくまでも個人的な考えなのですが、メタルが再び流行るためには“何か”が必要だった。BABYMETALの存在が、シーンにいい流れを作ってくれたことは確かでしょう。その一方でBABYMETALが海外のアーティストにどれくらい影響を与えているのかも気になります。というのも、例えばPoppyやBring Me the Horizonの楽曲を聴いていると『この曲を制作しているとき、BABYMETALを聴いていたんじゃないかな?』と考えてしまうことがあるからです。BABYMETALは間違いなくメタル文化に永遠に刻まれる足跡を残しました」
初音ミクの影響力も無視できない。「HATSUNE MIKU EXPO」と呼ばれる世界ツアーが大々的に開催されていることもあり、海外におけるライブ動員数はBABYMETALに次ぐレベルだと見られている。また、LADYBABYも口コミベースで一気に人気が拡散された印象があるとスミスさんは語る。
「ただ、アイドル音楽を海外で売るのはすごく難しいんです。日本のマネージメントやレコード会社は、アイドルの音楽をチェキやサインといったグッズと一緒に売っていますよね。だから海外のアイドルオタクも、日本から直接購入することで特別なアイテムやグッズを手に入れているのが現状なんですよ。
我々JPUとしては、アイドルグループの作品をリリースする際、ディープなアイドルファンの枠を超えてクロスオーバーできるものを探します。例えばBABYMETALやLADYBABYは他ジャンルのファンにもクロスオーバーできるでしょう。虹のコンキスタドールはBABYMETALやLADYBABYほど簡単にはいかないでしょうが、彼女たちが持つエネルギーや楽曲の一部は、より広い層にアピールすることができると考えています。彼女たちの『†ノーライフベイビー・オブ・ジ・エンド†』は天才的な楽曲ですね」
立場上、さまざまなアーティストと接する機会が多いスミスさんだが、アイドルの“舞台裏”を見たことで大きな感銘を受けたこともあるという。それは、
「私の純朴な“西洋人脳”では、アイドルは演技する職業。ライブが終われば彼女たちも普通の一般人に戻るという認識でいました。だけど、でんぱ組.incは違ったんです。オフステージでもメンバー全員から驚くようなパワーを感じたんですよ。舞台裏での彼女たちの姿はステージとまったく同じ。中でも
日本のイベント関係者とも交流を深めるようになったスミスさんは、多くのアイドルのステージを目にするようになった。バラエティに富んだ音楽性やコンセプトに驚くとともに、オーディエンスの姿も印象に残ったと振り返る。心の底から楽しみつつ音楽に触れている様子は、他ジャンルには見られない熱気が感じられた。そんなスミスさんが考える「日本のアイドルならではの特徴」は、どんなところにあるのか?
「まずアレンジやメロディは、私たちが“ポップミュージック”として捉えているものと比べて相当カオスな印象があります。それに現実世界と切り離されているところも大きな特徴だと思う。アイドルの音楽に触れているときは、日常生活や社会の問題をすべて忘れることができる。内に秘めている感情を表に出すことを後押ししてくれる。スピリットの部分が私たち西洋の文化とは決定的に違うんでしょうね。日本のアイドルは、とにかく明るくて激しいので」
スミスさんは日本のアーティストと契約するにあたって「ヨーロッパの人に受け入れられやすいか?」という点を判断基準にしている。ひょっとしたら我々が当たり前に感じていて見過ごしている日本のアイドルの魅力もあるのかもしれない。
いくら日本発のアニメやゲームが世界で大きなシェアを誇っているとはいえ、まだまだ日本のアイドルが世界的に「知る人ぞ知る存在」なのは間違いない。特典会の開催をベースにしたビジネスモデル、MIXや振りコピに代表される観客参加型の応援スタイル、世界的な音楽的トレンドと相反するように独自の進化形態をたどる楽曲群……日本のアイドルが一種のガラパゴス状態にあるのも事実。ただ一方でインターネットの普及によって、急速に日本のアイドルカルチャーが身近なものとなっている現実もある。エンタメ業界を取り巻く環境は刻一刻と変化しているが、今後、世界市場を無視できなくなっていくのは間違いないだろう。特集後編では、世界的に活躍するギタリストのマーティ・フリードマン氏が登場。さらにディープに音楽面から「日本アイドルの特殊性」を掘り下げていく。
バックナンバー
- 小野田衛
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出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。
マキシマムえいたそ☆成瀬瑛美 @eitaso
もっとも楽しい人物!😆💕✨ https://t.co/RX3jFa0Gnf https://t.co/4wAiC8Tdta