「MUSIC inn Fujieda」ができるまで~ゴッチのスタジオ設立奮闘記~ 第6回 [バックナンバー]
藤枝に「MUSIC inn Fujieda」が完成して見えた課題、次世代に“いい音”を継ぐために
「BUMP OF CHICKENみたいなバンドが出てきたら最高」スタジオ創立者・後藤正文が抱く希望
2026年3月4日 18:30 2
いよいよオープン間近に迫った、NPO法人「アップルビネガー音楽支援機構」設立の滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」。プロジェクトが始動した2024年末よりスタジオ設立までを追ってきたこの連載も今回で最終回となる。
この記事では、スタジオ設立の発案者である後藤正文(
取材・
人に恵まれたスタジオ設立
──ついに「MUSIC inn Fujieda」が完成しました。まずは率直な感想を教えてください。
ちゃんと形になったので、安心したのが一番大きいかもしれないですね。あとは実際にスタジオでレコーディングをしてみて、手応えがある音作りができたので、それは本当によかった。これでちゃんと胸を張って人に使ってもらえるなという安堵はすごく大きいです。
──連載初回のラストは「連載がだんだん暗くなっていかないようにがんばりたいと思います」で終わっていたので、無事に明るい気持ちで今日が迎えられて本当によかったです(笑)。
そんな話をしてましたね(笑)。
──改めて、ここに至るまでに何が一番大変でしたか?
一番はお金のことで、想定外の予算がどんどん積み上がっていくことでしたね。例えば、「MUSIC inn Fujieda」は宿泊施設も併設する予定だから「消防法的には火災報知器をつけないといけません」とか「避難経路の用意をしなきゃいけません」とか、当初は想定していなかった出費がどんどん重なって、それが一番大変だった。クラウドファンディングでたくさんお金が集まっても、正直まだ足りなかったですから。結局融資や寄付がなかったらかなり厳しかったです。それは金銭的な寄付もそうだし、物資的にも人的にもいろんな支援をいただいて、それがなかったら完成しなかっただろうなということだらけで。大変だったことは言い出したらキリがないですけど、その都度いろんな人に助けてもらって、本当に人に恵まれたなと思います。
──近隣の人たちとのコミュニケーションも重要だったのでは?
そうですね。自分たちだけよければいいという問題ではないので。どうやって地域社会と一緒にやっていけるか、迷惑施設化することなく運営できるかというのも、音楽にまつわる施設にとっては大事な課題というか。そこをないがしろにしたら受け入れてもらえないでしょうからね。
──スタジオの周辺を散策して、商店街がなくなったりしている一方で、個人経営の新しいお店もちらほら見かけて、街自体も少しずつ変化をしていると感じました。
まだまだこれからでしょうけどね。もちろんずっと努力されてきた方がたくさんいらっしゃって、今があるのはその人たちのおかげですけど、やっぱり地域振興はめちゃくちゃ難しいですよ。どこに行っても人口は自然減が基本なので、そういう中で地方の街を盛り上げていくかを考えるのはすごく難しい。でもここは東海道で、たどっていけば文化的な力がちゃんとあるので、そういうのを地域振興とどう上手に結び付けてやっていくか。古きを訪ねないとやっぱり無理だと思う。そこも考えないと、「なんでここにスタジオを作ったの?」という話になっちゃいますからね。
ドラムの音がいい
──スタジオが完成して、最初にアジカンでテストレコーディングを行ったそうですが、実際に音を鳴らしてみての感想はいかがですか?
天井が高くて空間が広いから、ドラムの音がいいなと思いました。都内のスタジオの多くは狭くて音がデッド(響きが少ない)で。そういうスタジオのよさももちろんありますけど、「別のことは絶対できない」みたいな空間になりがちなんです。だから、選択肢として新しいものを1つみんなに提示できる場所になったというのは、楽器を鳴らしてみてすぐわかりました。歌を歌ってみても、ナチュラルなリバーブが歌に乗っかる広さなので、それもよかったです。
──ドラムの音について、メンバーの(伊地知)潔さんは何かおっしゃってましたか?
すぐにName the Night(伊地知が所属するバンド)の予約を入れてたから、気に入ったんでしょうね。もちろん、まだスタジオの営業が始まってなくてNPOにお金がないから協力してくれているのもあるでしょうけど、とはいえ音がよくなかったら借りたいとは思わないでしょうから。
──普段使っているレコーディングスタジオと比べて何か違いはありましたか?
「どの程度音が漏れるのか」を気にしたりしましたね。外に出て聴いて、「このぐらいだったら大丈夫」とか「ベースはもうちょい押さえたい」とか。東海道は車通りもあるから、車の音でかき消される部分もあるけど、夜中は絶対に響いちゃうから、何時に音を止めるのがいいのかを話したり。ギターやベースの音作りに関しては特別意識することはなかったですけど、RolandさんにBOSSのエフェクターをほぼ全種類貸してもらったので、使ったことがないやつを試してみて、「これ買わなきゃ」と思ったりもしました。楽器屋さんでエフェクターをたくさんつないで、組み合わせまで試すのはなかなかできないことなので、ギタリストが「何かもう1つ違いが欲しい」と思ったときに、BOSSのエフェクターがあるのはすごくいいと思います。
藤枝出身の三輪テツヤ&田村明浩からの後押し
──3月25日にはここでレコーディングをした楽曲を収録したEPがリリースされるそうで、
スピッツのお二人、三輪(テツヤ)さんと田村(明浩)さんが藤枝の出身ということもあって、僕がみんなに提案して、何をカバーするかはみんなで考えました。山ちゃんは「夢追い虫」を挙げてて。それもよかったんだけど、今のアジカンがやったら面白いのはどの曲だろうと考えた末に、「ナンプラー日和」にしました。ちょっとテンポを上げて、Turnstileみたいな、ライブが始まったらモッシュが起きるイメージでやりたくて。あと昔スピッツの皆さんがラジオのゲストで来てくれたときに、僕が「ナンプラー日和」を「チャンプルー日和」って紹介しちゃって、赤っ恥かいたことがあったんですよ。だって、あの沖縄音階、チャンプルーだと思うじゃないですか。そんな思い出もありつつ、この曲がいいなと思って。
──お二人が藤枝の出身なのは以前から知っていたんですか?
「ロックロックこんにちは!」(2009年開催の「ロックロックこんにちは! in 仙台 ~10th Anniversary Special~」)に出たときに、「僕あそこの出身です」「めっちゃ近いじゃん」みたいな話はしたことがありました。なので、地元の先輩というか、特に田村さんは藤枝東高校出身だから、まさにこのスタジオの横を通って学校に行っていたはずで。それもあって藤枝にスタジオを作ることを連絡したら、「地元だし、手伝いたい」と言ってくださって、アンプを寄贈いただけることになりました。一度スタジオにも来てくれて。アジカンでプリプロか何かしてるときに、「田村さんって方がいらっしゃってるんですけど」とスタッフに言われて、「田村さん? 誰だ?」と思ったら、あの田村さんで。「近くに用事があったので、寄ってみました」みたいノリでした(笑)。「こんなスタジオが藤枝にできるのはすごい」とおっしゃってくれましたね。
──アジカン以外にも、現時点でLOSTAGEと
LOSTAGEもいろいろ協力してくれたし、ジミー(yubioriの田村喜朗)はnoteにいろいろ書いてくれてましたよね(参照:MUSIC inn Fujiedaでレコーディングしてみた)。若いバンドからすると、スタジオに泊まれるのはいいと思う。yubioriのアルバムは高崎のTAGO STUDIOで録ったんですけど、そのときはたまたまエンジニアの島田くんの親類の家が近くにあったので、バンドのメンバーはみんなそこにお世話になったんです。そうじゃなかったらホテルを取らなきゃいけなくて、予算的にはそれだけでも削られていくじゃないですか。でも「MUSIC inn Fujieda」の宿泊所を使えばホテルを取るより断然安いから、自費でやってるバンドにとってはめちゃくちゃメリットがあると思いますよ。
──正式オープンはもう少し先ですが、経営者目線ではどんな気付きがありますか?
音楽業界はどんぶり勘定も多い気がするんですけど(笑)、創作において予算の作り方がめちゃくちゃ神経質になると、プロジェクト自体がシュリンクしていっちゃうから、物作りに関してはどんぶり勘定のよさもあると思うんです。でも実際自分が運営をやると、「こんなざっくりはダメでしょ」とも思う。だから、使うチャンネルが全然違いますね。アーティストだったら何にも考えず「アビーロード使いたい」とか「Foo Fightersのスタジオ行きたい」とか言ったほうがいいと思いますから。それで作品がよくなる可能性が上がるのであれば。でも経営者の視点からいくと簡単に「どうぞ」とは言えないから、どこを節約できるかを考えたりする。そういう作業はすごく勉強になります。ここではこれまで自分が積極的には立ってこなかった側でものの見方をしなきゃいけないから、生成AIとかに壁打ちして、「どう思う?」みたいなこともするし、面白いですよ。
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うさぎッシュ サブ @usagissyusub
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