SKRYU「絶」インタビュー|なぜメジャーデビューを選んだのか?引くほど売れてもゴールはない「超 Super Starへの道」

「虚々実々」とはSKRYUのためにある言葉かもしれない。例えば、大きなバズを起こした「超 Super Star」。「スーパースターとしての悩み」というリリックを、ミュージックビデオではみかん箱に乗って誰もいない路上でSKRYUが歌うという構成になっており、「これはスターに至るまでの過去なのか、はたまた妄想なのか?」という“ねじれ”が強く印象に残る。その一方、SKRYU, テークエム & IKE「TOKYO ZOO」でアンダーグラウンドでのスキル合戦を提示し、かと思えばDJ PMXに招かれた「Light it up feat. AK-69, SKRYU」ではラグジーなトラックに美メロとフロウを乗せる。般若との壮絶なラップバトルを「BATTLE SUMMIT II」で見せたにもかかわらず、「わっしょい feat. SKRYU」のMVでは般若と神輿を担ぐ。ここまでカテゴライズの難しいラッパー / アーティストというのも珍しく、その“SKRYU像”は、おそらくリスナーによって千変万化しているだろう。

本気なのかギャグなのか、誠実なのか嘘つきなのか──。リリックでのスケベさも実はキャラクターで、普段は僧侶のようなストイックな生活をしているかもしれない。しかし、その虚実の皮膜こそがSKRYUの面白さだろう。同時に、単に変幻自在なだけではなく、その異常なほどの広いアプローチの中に、しっかりと“SKRYU”というスタイルがある。だからこそ、単なる器用貧乏で終わらずに、インディーにもかかわらず幕張メッセで1万人を動員するほどの人気を誇り、その活動範囲と認知度を日々広げている。

その彼がEP「絶」でついにメジャーデビューを果たす。今作も、メロディアスなフックとフロウをサウンドの芯として、ときにバカバカしく過剰な下ネタをご開帳し、ときにスターへの宣言を放つ。これまでに打ち出してきたバラエティあふれるアプローチはより精度を増し、リスナーの喜怒哀楽の感情を最高潮まで刺激し、ドーパミンを放出させる。まったく油断のならないEPであり、油断のならないアーティストであることを再認識させられる1作だ。本稿ではそんな彼の“実像”に迫る。

取材・文 / 高木“JET”晋一郎撮影 / 岩澤高雄

裸で宙に舞う5分間のために、俺のこれまでの人生があったんだろう

──メジャーデビューEP「絶」の話に入る前に、まず昨年9月に千葉・幕張メッセで行われたワンマン「START」について振り返っていただければと思います。

YouTubeにも動画を上げてますけど、ライブのエンディングで「Mr.Scandalous」を歌いながら宙吊りになった瞬間は、本当に「俺はやった!」というすごい達成感がありましたね。

──パンツと靴下という姿で吊り上げられて、「全員俺について来い!」と絶叫するという。

やってるときはもう頭が真っ白で。「全員見えるぞ!」とか言ってるんだけど、上から見てんだからあたりめーだろっていう(笑)。アップにすると目がトロ~ンとしてるし、それくらい脳が幸福物質で満たされてました。

──それだけの感情になった理由は?

ひと言では難しいですけど、まずは「1つの節目をしっかり成立させられたこと」。幕張のイベント名、そして幕張の前に出したアルバムが「START」というタイトルだったんですが、それはただの始まりって意味じゃなくて、「超 Super Starに俺はなる」という再決意と、その過程へのスタートをここで切るという意識があった。そのためにも、自分がどこから来て、どういう人間だったかを振り返るような集大成のライブにしたくて。その節目をしっかり締めくくれたのが大きかったと思う。

──そのライブには「START feat. fuuga」で共演したfuugaさん、そしてご両親やとんねるずの木梨憲武さんが登場しましたが、「START」自体は客演がfuugaさんだけだったこともあり、いわゆる“客演祭り”のようなライブではなかったですね。

そうですね。自分の強みは「ソロであること」も大きいのかなという思いもあって。もちろん、客演祭りも好きなんですが、それは去年1月にやった豊洲PITでのワンマンがそうだったので、今回はよりソロとしてのSKRYUにスポットを当てようと。今回はそれが表現できたと思うし、自分にとってすごくエモーショナルな、「自分を説明できる」ライブになったと思いますね。

──その自分自身の最終的な説明が、裸で宙吊りだったと(笑)。

fuugaとの「START」は、俺自身もめっちゃ泣いちゃったし、すごくエモい感じだったと思うんですね。だけど、その直後に裸で宙を舞ったんで、かなりお客さんの感情を置き去りにしたと思います。文字通り、俺が空中に飛んで、みんなを地上に置き去りにしてしまった(笑)。でも、あんなぶっ飛んだことやってるのに、めちゃくちゃお客さんが笑ってくれてるのが見えて。そこで「これが俺の生き方や!」と再確認できたんですよ。確かにあの宙吊りだけを切り取ったら、全然色もん。でも、それさえも受け入れてもらえたという手応えがあったし、「裸の自分になって、なりたい自分になれた」というか。

──なんか意識高い系みたいなこと言ってるけど、はたから見たら金のかかった露出狂ですよ(笑)。

ハハハ。裸のスター誕生ですよ(笑)。でも、そこで全部が吹っ切れたんですよね。自分が表現することに対して、ためらいとか疑いがなくなった。もちろん完全にではないんだけど、「自分の表現が届いている。俺のやってることは大丈夫なんだ」というのが、そこで体感としてわかった。あの会場のように、俺が超 Super Starになるために光を当てて、輝かせてくれる人が1万人もいるなら、止まってる暇はないよなって。そして、この宙に舞うという悪ふざけの5分間のために、これまでのライブの2時間だけじゃなくて、俺のこれまでの人生もあったんだろうなと。そうやって自分を全肯定できる瞬間だったんですよね。

SKRYU

今のヒップホップシーンの中ではアウトサイダーかもしれない。だけど……

──それがあの陶酔の表情につながると。

あれだけ泣かせたあとに、あれだけ笑ってもらえたら、本当に本望だし、めちゃくちゃ気持ちよかった。会場にいた友達も「泣きながら笑うという情緒不安定な状態になったわ」って(笑)。本当に過去イチ、幸せな景色を見せてもらいましたね。あと、例えば原島"ど真ん中"宙芳さんに「あれはめちゃくちゃヒップホップだった」と褒められて、それもうれしかった。

──「ヒップホップか否か」という部分は気にするんですか?

「SKRYUはヒップホップなのか」ということに関して、はてなマークを浮かべる人も少なくないだろうし、自分にとってもコンプレックスではあったんですよね。でも、飛んだ瞬間に、そういうモヤモヤが解消されて「俺はSKRYUというジャンルでいいわ」と思ったんです。「これをやらないとヒップホップじゃない」「こういうことをやったらディスられるかも」みたいな雑念が消えて「俺は俺でいいんだ!」と確信できた。自分のやっていることがヒップホップかどうかは、正直わからない。でも、あれだけたくさんの人が涙を流して、爆笑してくれる人がこんなにいるんなら、俺は自分がやってきた「SKRYUという役割」をこれからも果たすだけだなって腹をくくれたんですよね。

SKRYU

──なるほど。

俺は生い立ち的に、裕福ではなかったけど、不自由ではなかった。国立大学にも行って、銀行員にも一度はなったというキャリアは、今のヒップホップシーンの中ではアウトサイダーかもしれない。自分の痛みをそこまで歌うこともないし。でも、誰しも自己肯定ができない部分──俺でいえば「ヒップホップ的な存在なのか」という意識だったり、忘れたい過去、やってしまった過ちがある。だけど、そういうネガティブを歌詞にして、カッコいい曲が書けたら、自分のことを肯定できるというのがヒップホップだと思うんです。俺の場合、会社に重い足取りで向かう気持ち、サラリーマンを辞めるときの申し訳なさ、このまま会社員を続けるよりはラップをしたいと懸けた気持ちとか、そういう複雑な感情をラップにして、それを聴いてもらって、喜んでくれることで、自分を肯定できるようになった。その最たるものが幕張の光景だったし、俺にとってのヒップホップに助けられた結果があそこにあったんです。