昨年は“完璧なデビューアルバム”を作ることを掲げ、5月に「†」を発表したドレスコーズ。バンマスである志磨遼平は自身の考える“ロックンロール”を、サウンドだけでなく姿勢、ビジュアルなどさまざまな観点から表現し、このアルバムに反映した。「†」を携えての全国ツアー「the dresscodes TOUR 2025 "grotesque human"」でもそのテーマが踏襲され、ライブパフォーマンスを通して志磨流の“ロックンロール”が示された。
3月4日にリリースされたライブ映像作品「grotesque human」は、東京・Zepp Shinjuku(TOKYO)にて行われたツアーファイナル公演を通し、ドレスコーズの“ロックンロール”を視覚的に味わえる作品に仕上がっている。今回のインタビューでは志磨にツアーおよび中国で行われた初の海外ワンマン、監督の二宮ユーキとともに作り上げたこだわりの映像について語ってもらった。
取材・文 / 高橋拓也撮影 / 森好弘
ヘアメイク / Noriko Okamotoスタイリング / Koji Taura
撮影協力 / 下北沢グレイスガーデンチャーチ(富士見丘教会)
僕が思うロックンロールを、アルバムとツアーを通して提唱する
──アルバム「†」の特集はリリースから少し経ったタイミングでの取材でしたが、志磨さんは「ファンの間でも賛否両論が分かれている」とお話ししていましたよね(参照:ドレスコーズ「†」特集 志磨遼平×粗品[霜降り明星]対談)。
なんだかずいぶん前のことのように感じますね。今となってはおおむね好評をいただいて、ツアーも大盛況でしたけど。
──「†」は“ロックンロール”をテーマに掲げていましたが、振り返ってみるとシンプルなようで、実はかなり複雑な題材で。当時SNSで「『†』はロックンロールか否か」という論争があり、「the dresscodes magazine」でもインタビュー、副編集長による解説、編集部がセレクトしたプレイリストなどさまざまな角度から検証されていました。
たとえ同じドレスコーズファンであっても、ロックンロールの捉え方は千差万別ですからね。その中で僕が思うロックンロールを「†」とそのツアー「grotesque human」を通して提唱したつもりです。
──ツアー「grotesque human」はドレスコーズとしては過去最大、メジャーデビュー後の毛皮のマリーズの解散ツアーと同じぐらいの規模になりましたが、いかがでしたか?
どの街にもこういう音楽を喜んでくれる人がたくさんいるのは頼もしいことです。なぜかここ数年でライブに来てくれるお客さんが増えていて。
──ほかのバンドもインタビューの際、「最近若いお客さんが増えた」と語る方が多いのですが、ドレスコーズのライブの客層はどのように変化していますか?
僕は目が悪いもので、ライブをやっているときははっきり見えていないんですが、今回の映像作品に映るお客さんたちの姿を見ると、若い方も増えたように思います。まあ老いも若きも楽しんでくれているなら何よりです。僕にとっては1人ひとりが愛らしいファンなので。
海の向こうで待っていたファンと出会って
──昨年はドレスコーズにとっての初の海外ワンマンが上海で行われました。ファンの熱気がとにかくすごかったそうで。
もうびっくりしました。昔、毛皮のマリーズで初めて地方公演に出かけたときのことを思い出しました。マリーズは結成してしばらくの間、東京都内でしか活動していませんでしたから、名古屋や大阪で僕らのことを知っている人なんかいるはずもないと思っていたんです。ところが実際に行ってみると、たった数人でも、僕らが来るのを待っていてくれた人がいたんですね。その驚きと感動をひさしぶりに思い出しました。
──フレッシュな感情を再体験したと。
中国を訪れること自体が初めてでしたし、それこそ、海を越えた先にドレスコーズやマリーズを知っている人なんかいるはずもないと思っていましたから。それが昔であればお客さんがいなくても慣れっこでしたけど、ここ数年はそんな経験もしていないので、「もし会場がガラガラでも僕は歌えるんかしら」って心配になっちゃって。行く前に心が折れてしまわないように、チケットの発券枚数はあえて聞きませんでした。「行くだけ行って、あとはもう楽しむだけだ」というつもりでした。
──「the dresscodes magazine」で海外ライブの経験がある中村圭作さん、The Novembersのケンゴマツモトさんにインタビュー形式で相談していたのは、そのためだったんですね。
でも結局その心配は杞憂に終わって、いざステージに立ってみれば、客席にびっしりのお客さんが集まってくれていて。いつもと同じかそれ以上の盛り上がりでした。ライブのあとには、いわゆるミート&グリートって言うんですかね? ファンの方と直接交流できる時間を設けるのが中国では恒例みたいで。そこで1人ひとりにサインしたり、短い会話を交わしたりしました。
──イベント中の写真をいくつか拝見したのですが、志磨さんの似顔絵を持ってきた方もいらっしゃったり。
そうそう。手作りのファングッズをたくさんいただきました。日本語で「待ってました」「ありがとうございます」「またきてね」って直接伝えてくれる子もいたし、あらかじめスマートフォンで翻訳した長いメッセージを見せてくれる人もいました。
──ライブ中にはファン有志が2018年に行われたツアー「dresscodes plays the dresscodes」のワンシーンを再現するため、たくさんのバラの花を用意したそうですね(参照:これがドレスコーズ流オペラ、大泥棒マックの生涯描く2時間)。
そうなんです。びっくりしました。「あのツアーに行きたかった」というファンが多く、皆さんで「再現しよう」という話になったんですって。会場付近の並んでいる1人ひとりにバラの花を配って、「ライブの終盤になったらこれをみんなでステージに向かって投げよう」って。
──素敵なサプライズですね。
本当にうれしかったです。ライブ前にインタビューをしてくれた現地のライターさんもすごく熱心なドレスコーズファンで、「the dresscodes 2017 "meme" TOUR」は東京まで観に行ったと教えてくれました。そうやって長年アルバムを聴いたりライブ映像を観たりしながら、この上海公演が決まるまでずっと待っていてくれた人がたくさんいたんです。
アーティストの作品は、みっともなさの結晶
──EVIL LINE RECORDSのオフィシャルサイトには中国で行われたインタビューの翻訳版が掲載されていますが、神聖かまってちゃんとのツーマンでのMCを拾っていたり、ナタリーの記事を読まないとわからないことにも触れたりしていて驚きました。レポを執筆した私もありがたかったです。
国外の方の目にも触れると思うと、不思議とうれしいですよね。僕らが作るものって、その時々の自分のすべてが詰め込まれているわけじゃないですか。もう言葉を尽くしきって突き詰めたその先に作品があるわけだから、それを受け入れてもらえることほど作家冥利に尽きることはない。その一方、僕にとって作品は、僕の最もみっともないところでもあって。
──相当ご自身をさらけ出すだけに。
自分の愚かさ、そこから湧き出る怒りや醜い感情、他人にはぶつけられないままの感情ってあるじゃないですか。もちろんそれを他人にぶつけることに抵抗がない人もいますが、それは決して褒められた行いじゃないと僕は思うので、普段の僕はそういった感情を押し殺して生きている。そうするとみんなは僕を見て「話しやすい人だな」「優しい人だな」とおっしゃってくれるんです。でも僕は優しくなんかないし、付き合いやすい人間でもない。そんなことを、どこかで後ろめたく感じているんです。
──なるほど。それが「みっともない」という気持ちにつながってくる。
作品は僕のみっともなさの結晶です。そのうえで共感してくれる誰かがいることは、創作をしている人間にとって人生最大の喜びとも言えます。なぜなら、僕とその誰かの間にはすでになんの隠しごともないからです。何よりも強い信頼関係です。そんな誰かが日本中どころか、遠く海の向こうにもいる。それはロックンロールのおかげです。
──ある意味では、ロックンロールは共通言語とも言えそうです。
まさにそうです。言語と同じです。この今使っている言語だって僕が発明したわけじゃない。ロックンロールもまさにそうです。先人が編み出して、そこからさまざまな手が加えられ、何世代にもわたって発展して僕に受け継がれている。それがあるおかげで、僕らは何を考え、どういう思いがあるのかを伝え合うことができるんです。
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観た人がバンドを組みたくなるような映像を作ろう






