佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 1回目 中編 [バックナンバー]
作詞家・児玉雨子とアイドルソングの歌詞を考える
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2020年12月21日 19:00 32
構成
グループのカラーを理解したうえで、あえて乗らないときもある
南波一海 そろそろ歌詞についての細かい話を聞いていきましょう。
佐々木敦 いよいよ(笑)。
児玉雨子 いいですね。歌詞の細かい話しましょう!
佐々木 まず、僕がアイドルに興味を持つきっかけになった曲の1つが、雨子さんが歌詞を手がけられたアンジュルムの「46億年LOVE」という大名曲だったんですよ。
児玉 いやいや、とんでもない(笑)。ありがとうございます。
佐々木 アンジュルムというグループのイメージって、なんとなくあるじゃないですか。それに対して雨子さんは、どんなふうに向き合って歌詞を書いてるんですか?
児玉 歌詞に関してはグループのカラーを理解したうえで、ガッツリ乗るときもあれば、あえて乗らないときもあります。イメージに合わせすぎると、いずれセルフパスティーシュというか、「こうすればいいんでしょ?」って、表現が内側にどんどんこもっていってしまうので。もちろん「今はこのイメージで固めたほうがいいんじゃないかな?」っていうときは乗りますけど。
佐々木 なるほど。
児玉 ちなみに「46億年LOVE」のときは、アンジュの「オラオラ!」って雰囲気にあまり乗らないようにして。職業音楽作家って、そういうイメージになんのてらいもなくドーンと乗れちゃう人の方が向いていると思います。私もそういうところがあるんですけど、それをやり続けるとファンもメンバー本人も飽きてしまうから、ブレーキをかけるようには気を付けています。ちょっと冷静になるというか、クールダウンしようと。全然できてないですけど(笑)。
佐々木 アイドルの楽曲って時系列順に並べてみると、一種の成長譚みたいにつながってることがあるじゃないですか。それも良し悪しだと思うんです。下手にうまくいっちゃうと次の展開が読めてしまったりとか。グループのカラーやストーリーに作家がどこまで乗ったらいいのかという問題はありますよね。
児玉 本当におっしゃる通りです。変な言い方すると、乗ることはいくらでもできるんですよ。でもそうすると結末がなんとなく見えてきちゃう。それに、作家が全力で乗っからないほうが見てる側からしたら楽しかったりするじゃないですか。予想を裏切るというか。裏切られる楽しさというのがあると思うので、それをどこまで意図しないで天然でやれるか、もしくは計算して天然っぽく見せられるか。私はプロデューサーではないし、楽曲の方向性を決める権限がないから、下手に口を出すことしかできないですけれど。
佐々木 でも口は出しますよっていう(笑)。
児玉 最近はけっこう迎合してます(笑)。長いものに巻かれてますよ!
佐々木・南波 あははは(笑)。
児玉 プロデューサーだったら、ある種の天然度合いがその人の才覚なのかなって思いますけど、職業作家となると、いかにグループを俯瞰して「今ズラしたほうがいいですよ」って言えるか、さじ加減ができるかどうかだと思います。
南波 メンバーも時とともに変化していくから、その時々で出てくるものが変わっていくこともありますよね。
児玉 変に物語を作っちゃって「あなた、この通りに動きなさいよ」って言わないほうが面白かったりするし。だから私はグループの物語を感じ取っても、あえて見て見ぬ振りをしているときもあります。ざっくり斜め読みするくらいで(笑)。
繊細な感情を歌詞にできるタイミングが来てる
佐々木 例えば「46億年LOVE」の中で描かれてる女の子が、何年後かに「ミラー・ミラー」の女の子になるとか、あるいは同じ人のある面とある面が別々の曲に分かれて出てるとか、歌詞の中に描かれた人物が雨子さんの中でつながっているようなところはあるんですか?
児玉 毎回新しくはしてるんですけど、たぶんグループの傾向があるので似たりよったりはすると思いますね。コロナ禍以降、ハロプロのリリースペースが落ちて、アニソンとか書いてると歌詞について考え直す機会が多くて。作風を激的に変えてもいいのかなとか思いました。最近自分の仕事についてちゃんと考えられるようになったから、いいクールダウンになっています。
佐々木 以前南波くんと対談したときも、コロナで我に返らざるを得ないから、今はみんながいろいろ考える時期なんじゃないかという話をしていて。この状況をなんとか反転させて未来につなげていかないと。
児玉 そうですね。コロナ禍以前と同じことをしてちゃいけない。今までは「ライブで歌って盛り上がる曲を」って発注がけっこうあったんですよ。でもそういう歌詞って、そんなに考えて書かなくていいんです。ライブでもお客さんが、すでに熱中して聴いてくださってるから。逆にあんまり複雑な感じで書くとワケわかんないじゃないですか。ダイレクトに「エモい!」だけのほうがいい。
佐々木 ブチ上がればいい。
児玉 そう、ブチ上がればいい。すばやく効くように。でも最近は、そもそもライブがあまりできないし、お客さんも集まれない。集まっても人は少ない。あと配信とか放送を通じて、みんな自分のテリトリーの中でライブに接してるから、気持ちは高ぶってるけど、すぐに現実に戻りやすいじゃないですか。ライブに行ってフワーッとした気持ちで帰る、あのクッションの時間がないんで。だから日常と地つなぎの言葉で書かなきゃとすごく感じていて。「アガる!」って感じの曲じゃなくて、もうちょっと繊細な感情を歌詞にできるタイミングが来てるんじゃないかと勝手に思ってるんです。
佐々木 確かにそうかもしれませんね。
児玉 「音楽を止めちゃいけない!」みたいな言葉をよく目にしますけど、別にみんな家の中とかでは音楽を聴いてるから、私はそんなに悲観してないんです。まあCD売り上げに関しては悲観してますけど(笑)。ただ状況に応じて、歌詞の書き方というか、トーンを変えたほうがいいなっていうのはすごく思います。今までは現場性というか、“エモ”や”熱”に頼りすぎてたと思うんで。
佐々木 ライブで一番効果を発揮するタイプの楽曲ということですよね。みんなでひとつになって盛り上がるような。俺が完全に無縁な世界(笑)。
児玉 あははは(笑)。私もそれが苦手だったんですよ。一生懸命こねくり回して考えたものが、ライブでは単に面倒くさいものになってしまうんだって一時期ショックを受けていたんですけど。
佐々木 むしろそこで勝負できる感じになってきた。
児玉 はい。みんな家の中で冷静に聴いてくれるから。それにプライベートな空間で音楽を聴くようになったから、恥ずかしげもなくみんな泣けるじゃないですか(笑)。ライブ会場より逆に感情を出しやすいんじゃないかなって。
佐々木 すごく思い当たることがありますね。僕は1人でYouTubeを観て号泣してるんで(笑)。
南波 加賀楓(モーニング娘。'20)さんの加入動画で。
佐々木 脊椎反射的に毎回同じところで泣ける。泣くために観てるんじゃないかっていう(笑)。
児玉 あははは(笑)。そういう、今までできなかったことができるようになっているので、だったら自分も歌詞の書き方を変えなきゃだし。今までは「ちょっと伝わりづらいかな」って自分でフィルターをかけてたところがあったんですよ。ただ、アニソンではフィルターをかけていなかったんです。なぜかと言うと、アニソンのオタクって解釈大好きなんで。考察ブログをずっと書き続けるみたいな人が多いんです。
佐々木 なるほど!
児玉 「このキャラの思想だから、物語の本編ではこういうことがあって」みたいなことをすごく熱心に書いている方が多いんですよ。だからあんまりこういうのは書いちゃダメだよねっていうのはナシで書いてたんです。スタッフさんにも「歌詞にこういう一節があったから、ゲームのシナリオにセリフを加えました」みたいなことを言われたり。アイドルソングは言葉がライブの熱気に負けてたんですよ。
南波 ライブで盛り上がるためのツールとしての意味合いが強くなりすぎて。
児玉 はい。それがなくなったから、今後アイドルソングの仕事は減るかもしれないですけれど、曲単体、作詞だけで捉えたら、「けっこう私、これからのほうが楽しく書けるんじゃない?」って思ってて(笑)。
南波 いやー、素晴らしいですね!
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