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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 7回目 後編 [バックナンバー]

松隈ケンタとアイドルソングのメロディを考える

BiSHの強さとJ-POPの未来

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佐々木敦と南波一海によるアイドルをテーマにしたインタビュー連載「聴くなら聞かねば!」。中編に引き続き、BiSBiSHらWACK所属グループのサウンドプロデューサーを務める松隈ケンタ(Buzz72+)を迎え、スターダムを駆け上がっていくBiSHの姿に感じていたこと、J-POPや歌謡曲に対する大きな愛情などについて語ってもらった。

構成 / 瀬下裕理 撮影 / 田中和宏 イラスト / ナカG

変化と成長、強くなっていくBiSH

佐々木敦 僕はハロー!プロジェクトも大好きなんですけど、ハロプロはどのメンバーがどのパートを歌うかという歌割りでメンバー同士が勝負している部分もあって。一方でユニゾンで歌うのが基本だとか、歌割りを重視していないグループもあると思うんです。WACKはそのあたりグループによって色が違うかもしれませんが、松隈さんの考え方としては歌割りはどういうふうに決めているんですか?

松隈ケンタ 詞の内容から決めていくことが多いかもしれないですね。歌詞と当日のレコーディングの状況を見て考えるというか。ファンの方の中には過剰なまでに歌割りを神格化している方もいると思うんですが(笑)、僕が重要視しているのは曲の中で一番いいなと思う歌詞の一節、Aメロの頭、1番サビの頭。このパートを歌う3人ぐらいしか選んでいないです。

松隈ケンタ(Buzz72+)

松隈ケンタ(Buzz72+)

佐々木 その3カ所をまず決めるんですね。

松隈 歌を録る日に歌詞カードを見ながら、「この子はここでいこう」と決めるんですよ。あとは当日の歌を聞いてみて、例えばAメロがいい子は多めに録るし、よくない場合は少なめに録る。で、大体のエディットはうちの若手に任せるので、録れ高によって編集してもらうんです。僕も人間なんで、その場で盛り上がったりとか、普段からなついている子をいっぱい使ったりみたいな、そういう自分の感情に流されたくないなと。だからフラットな視点で歌割りを考えるために、一旦別の人間にやってもらいます。それを聴いて何回かやりとりして1曲を完成させるという流れです。

南波一海 均等に振るとかでもないんですよね。WACK所属のグループにはユニゾンもないし、そういう部分も特殊ですよね。

松隈 でも数年前、BiSHが「My Landscape」(2017年11月発表)でテレビに出るってなったのに、番組だと1番しか歌えないので、1番にパートがなかったリンリン(BiSH)が「私1番歌うところないんで、別に緊張しませんでした」って悲しそうに言ってて。僕はそんなこと考えたことがなかったから、「リンリンごめん!」って。リンリンっていいやつなんですよ。普段はそんなこと言わないんですけど、勇気を持って伝えてくれたから、リンリンには1番を歌ってもらうことが多くなりました(笑)。

佐々木 「LETTERS」(2020年7月発表)のリンリンの歌い出しはすごくよかったですね。

南波 そうなったきっかけはめっちゃ個人的な感情じゃないですか(笑)。

松隈 いや、でもそこはみんなのハートを大事にしたいので(笑)。ほかにも思っている子はいるかもしれないですけどね。「私なかなか出てこないな」って。

佐々木 メンバーの性格も本当にそれぞれだと思うんですが、まだ10代の子も多いだろうし、いろいろと不安定だったりもすると思うんです。活動していくうえでの不安や不満をなかなか打ち明けられないとか、松隈さんたちもすべてを丸ごと受け止めるわけにもいかないでしょうし。ちょっと学校の先生みたいなところがありますよね。

松隈 学校の先生は贔屓できないと思うんですが、僕も渡辺くんもけっこうそのあたりはオープンにしているというか。むしろ、本当は全員1人ひとりのことを考えているんだけど、表向きに贔屓をしていますね。全員均等に接しようと無理をして不自然な関係になるよりは、ある程度正直になったほうがいいのかなと。「あいつとは仲いいけど、こいつとはあんまりしゃべったことないな」とか平気で言ってしまいます。

南波 やっぱり長く活動していれば、それぞれ調子のいいとき悪いときってあるじゃないですか。そういう波みたいなものを感じ取れる瞬間、例えばこれまであまりサビのパートを歌ってこなかったモモコグミカンパニーさんやハシヤスメアツコさん(ともにBiSH)が「STAR」(2021年3月発表)のサビ頭を歌う姿や、「LETTERS」の歌い出しがリンリンさんであることとかに、グッときますよね。「このタイミングで何かつかんだんだな」と感じるというか。でもそういう心理的な変化って、普段からメンバーのことをちゃんと見ている人じゃないと気付けないと思うんです。

佐々木 「今までメインで歌ってなかった子がめちゃくちゃ目立っているよ」というふうに企画っぽくしているわけじゃなくて、やっぱりそこにはちゃんと理由があるんだと。「ここで君に少しの間だけ主役をあげるよ」という感じがして、胸が熱くなるところがありますね。

松隈 おっしゃる通りBiSHは特にデビュー時から変化したグループだと思います。みんなが思っていたけど口に出せなかったこととかを、BiSHのメンバーは言えるようになりました。誰かが「今日はちょっと調子が悪い」と伝えたら、ほかの子がその分がんばるとか。ほかのグループの子たちは、まだ「私がやらなきゃ。あきらめたら出番がなくなる」という焦りがあるんですけど、アイナ・ジ・エンド、セントチヒロ・チッチなんかは、歌の調子が悪いときは「すみません、出ないです」と正直に言うようになって。代わりにほかの子がやってくれると信頼しているんでしょうね。ライブ終わりでも「自分は声が出なかったけど、誰々が歌ってくれたから助かったわ」と話していたり、チーム感が出てきて強くなった印象を受けますね。

アイナ・ジ・エンドに「グラミー賞を取れ」

佐々木 BiSHは最初、アイナとチッチがとにかく突出して歌がうまいという印象がありましたけど、歌のうまさって単なるテクニックではなくパフォーマンス力でもあるから、当人の自信が増すとやっぱり魅力がアップするというか。BiSHはすごい勢いでその階段を上がっていったなと思います。

松隈 僕も歌のうまい下手はあんまり大したことではないと思っていて。歌の割り振りでいうと、個々人の性格だったり、その時期のメンタルだったり、あとは曲と歌詞との相性だったりを考えますね。WACKにはあまりないケースですけど、「今回のシングルはこの子を押し出したい」とかあるじゃないですか。そういうのを目の当たりにすると、強烈な違和感を覚えてしまいますね。だって録らないとわからないし。WACKは逆に、本人のコンディションや個性を重視するというアプローチをよしとしているんです。

南波 歌入れのときに、シンプルにいい結果を出した人のテイクが採用されるという。

松隈 はい。だから歌割りについては誰も口出ししてこないですね。僕らレコーディングチームが作り上げた歌割りを尊重してくれているということでもあるんでしょうけど。WACKには、曲のクオリティを上げたいという共通認識が一貫しているかもしれないです。

佐々木 クオリティを上げる、ではなく、クオリティを維持しようするのはまったく別の考えで、後者はルーティンになるじゃないですか。一方で質を上げ続けようとすると、結局多作することが目的になって「今回の曲はこれがやりたいね」「これぐらい評判になったらいいね」みたいな話になってくるから、そういうノイズをいかに気にせず自分たちの能力を高めていけるか、みたいな話にもなりますよね。

松隈 ああ、そういう意味で言うと、僕は鈍感だと思います。

南波 気にしている暇がないというのもあると思いますが(笑)。

松隈 それもあります(笑)。曲が発売される頃には次の作品を作っていますしね。僕が駆け出しの頃に所属していた音楽事務所が、黄金期のジャニーズ楽曲をわりと手がけていたところで。僕の師匠であるCHOKKAKUさんというアレンジャーを含め、そうそうたる作家さんたちがいたんですけど、その事務所では毎週オリコンチャートのトップ10に所属作家が何人ランクインするかが争点だったですよね。ヒットソングを手がけて当たり前というか。僕はそういう環境で育ったので、決してバカにしているわけではないんですが、CDの売上が1万枚だろうが2万枚だろうが、あんまり興味がないんですよね。

佐々木 今よりもっとすごい時代を経験していたから。

松隈 だから僕の中には、CDの売り上げが上がったとか、出演できるライブハウスの大きさがちょっと変わったくらいで喜んでちゃダメだなという意識があって。アイナとかも、「松隈さんはなかなか認めてくれない」と言うんですけど、僕だけは見ている方向が違う気がします。「アイナはグラミー賞を取らないと意味がない」と思っているんで。だから「えー、そんなもんで褒められてるの?」とか「カリスマって書かれてるよ、お前」ってイジるんです(笑)。

佐々木 松隈さんにそう言われるのはキツくもあるし、励みにもなりますよね。

松隈 励みになってくれたらいいんですけどね。でも周りから言われることと、アーティストサイドの中の人が思う部分というのは、どこかで切り離して考えないといけないことなので。本当においしいものを作らないとダメというか、ちょっと話題になるだけじゃ甘いなと。

迷わず「J-POPやってます」

佐々木 松隈さんはプロデューサーでもあり、2020年にはご自身のバンド・Buzz72+を復活させましたよね(参照:Buzz72+「13」特集)。だからルーツはプレイヤー、パフォーマーでもあると思うんですけど、そういった経験が今の活動にどんなふうにつながっているんでしょうか?

松隈 自分でも考えたことがあるんですけど、僕が一番謎に思っています(笑)。

佐々木 自分がステージに立ってギターを弾いているのと、自分が作った曲をアイドルが歌っている状態って、かなり違いますよね?

松隈 そうですね。だから自分は二重人格なんじゃないかなと思います。めっちゃ裏方に徹してるくせに、出たがりだったりもして。

佐々木 松隈ケンタ=二重人格説(笑)。でも、その両方ができてしまうということですよね。

松隈 マルチコアでやってると思います。僕の場合、もしかしたらバンド活動とサウンドプロデューサーの仕事は、関連性がないかもしれないですね。表に出たいっちゃ出たいし、でも裏方に徹底している人にもなりたい。もはや違う名前でも曲を書きたいんです、マジで。

佐々木 まだ書くのか(笑)。

松隈 そこは、はい(笑)。松隈ケンタと聞いて「嫌だ」という人もいると思うので、そういう人たちに偽名で書いた曲を売りつけたいです(笑)。でも結局は身近な人たちと、その人たちに喜んでもらうために仕事をやっているので、「ファンのために」という意識は弱いのかも。

南波 その意識が強いと、ここまで振り切って曲を書き続けられないかもしれないですね。ファンの反応を気にしてしまうだろうし。

松隈 そう。実際、ファンの方の意見は絶対聞かないです。そこはレコード会社の人や、渡辺くんがすくってくれているので、僕がやらなくても大丈夫だろうと。もちろん、ライブを観に行ったときはお客さんたちの反応を見ますけどね。こんな感じで盛り上がる曲なんだとか。あくまで参考にしている、という感じではありますが。

左から佐々木敦、南波一海、松隈ケンタ(Buzz72+)。

左から佐々木敦、南波一海、松隈ケンタ(Buzz72+)。

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「けいおん!」に感じたJ-POPブーム再来の兆し

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松隈ケンタ @kenta_matsukuma

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