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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 7回目 後編 [バックナンバー]

松隈ケンタとアイドルソングのメロディを考える

BiSHの強さとJ-POPの未来

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「けいおん!」に感じたJ-POPブーム再来の兆し

佐々木 僕は、先ほど話に出たBiSHの「オーケストラ」(2016年9月発表)が死ぬほど好きなんですけど、ロックやパンクが松隈さんのコアな部分にあるとすると、「オーケストラ」はそういう曲ではないですよね。バラードとも違う、普遍的なメロディと感情を歌っている歌というか。聴いた瞬間にいい曲だとわかって、「たぶん10年後に初めて聴く人もみんな感動するだろうな」と。そういう曲を作れるのは、やっぱり松隈さんの作曲家としての根っこにある、マジックのような感じがするんですよね。

松隈 結局僕が好きなのは、J-POPなんですよ。ロック、ロック言ってますけど、道行く人に「どんな音楽やってるんですか?」と聞かれたら、迷わず「J-POPやってます」と答えると思うんです。具体的には織田哲郎さんとか、ZIGGY、THE YELLOW MONKEY、GLAYみたいな、歌謡的なセンスを感じるアーティストが好きで。BUMP OF CHICKENも、Mr.Childrenもそう。僕はそういうスタイルを目指してるんです。人に聴いてもらうために、アレンジは洋楽ライクにしたり、コンテンポラリーな部分も取り入れていかなきゃと思ってやっていますけど、基本は歌謡曲みたいなJ-POPが作りたいんでしょうね。世間が僕の曲を「ロックだ」「パンクだ」と勝手にジャンル分けしただけで。

佐々木 あるいはすぐ「何っぽい」と言いたがる僕らみたいな人たちが(笑)。

松隈 はははは。レコード屋さんが便宜上ジャンルを分けるということもあるのかもしれないんですけど、僕としては音そのもので判断すべきなんじゃないかなと。「この人J-POPやってるけど、どう考えてもThe Who好きな人だな」とか、そういうことを感じ取れるのが楽しいので。

佐々木 音で属性がわかるというか。ジャンルはあとからついてくるわけですよね。

松隈 そうそう。だから僕もJ-POPの中に自分の好きな要素を入れ込んだら、誰かに気付いてもらえるんじゃないかなって。そう考えると、歌謡曲的なものを作っていた人にこそ実はロック畑の人が多い気がするんですよね。J-POPとロックは相性がいいというか。その一方で、R&Bは難しい。R&Bのメロディやリズムって、歌謡曲にはなじみにくいと思うんですよね。

佐々木 1980年代くらいからMTVの影響などもあって、それまで以上に海外の音楽情報がどんどん入ってきて、日本の大衆音楽が洋楽化していったけど、その前には歌謡曲の時代があって。ある意味誰が歌ってもめちゃくちゃいい曲になるみたいな歌謡曲時代のメロディって、今の時代にもあるかというと、なかなか厳しいような気がするんです。本当にいい曲って、本気で書くつもりがないと書けないし、そうしたくても才能がなかったら書けない。歌謡曲的な音楽って、日本の音楽にとっては重要なのに、意外と絶滅の危機に瀕しているのかなと思うんですよね。

松隈 今はヒップホップやR&B的な曲がメインストリームになっていて、僕はJ-POPや歌謡曲界隈に物足りなさを感じているんです。

佐々木 そういう音楽をやる人が少なくなってしまった。そういう意味では、アイドルソングはJ-POPや歌謡曲的なものを受け止める容れ物として機能しているのかもしれないですね。

松隈 まさにそうです。僕は2000年代後半のAKB48の登場に本当にびっくりして。これこそJ-POPの極みだと思って興奮したんです。あとは、デビュー曲ではラップしていた嵐が「Happiness」(2007年9月発表)みたいなJ-POP感の強い曲を歌うようになったり。さらに、その時期に「けいおん!」(2009年4月から2010年4月にかけてTBS系列で放送されたテレビアニメ)が流行って。その瞬間に、佐々木さんのおっしゃる普遍的なメロディというか、日本人が好きな音楽が戻ってきた!と思ったんです。歌謡曲っぽいメロディで勝負するって無理なのかなと、そのときまではちょっとあきらめていたんですけど、やっぱりまだイケるじゃんって。その気持ちが、ここ1、2年でさらに確信に変わりました。歌謡曲やJ-POPの時代が戻ってきたなと。ちょっと前まで若い子は洋楽的なサウンドのバンドに夢中になってましたけど、最近はAdoさんの「うっせぇわ」(2020年10月発表)みたいな歌謡曲っぽい曲が好んで聞かれるようになった。けっこういい兆候にあるなと思ってます。高校生の生徒にいろいろ聴かせても、「スピッツがいい」という反応が返ってきたりとかして新鮮なんですよ。

佐々木 スピッツは曲のアレンジこそ変われど、メロディはまさに普遍的ですよね。

南波 松隈さんってマジで全然変わらないですね。学生の頃に洋楽のコピバンをやっていたけど、JUDY AND MARYのコピバンを手伝ったらそっちほうが受けて「俺はこっちだな」と思った、という話を以前聞いたことを思い出しました(笑)。

松隈 そうそう。洋楽の曲をやってみたら全然お客さんが盛り上がらなくて(笑)。

南波 そのときから一貫していますよね。学生の時点で「俺にはJ-POPのほうが合ってる」と思ったわけですから。

松隈 そうですね(笑)。

佐々木 自分が歳を取ってきたせいもあるのかもしれないけど、やっぱり歌謡曲的なものが今のJ-POPシーンには一番足りていない感じがするんですよね。最近は海外の音楽リスナーが日本の昔のポップスを好んで聴くという傾向もありますけど、そういう場所で跳ねるのって、決して洋楽的なサウンドではないと思うんですよ。シェイクスピアやチェーホフの劇を日本人がやっても本場の国の人にはなかなか響かないのと同じで、日本語の語感だったり日本人独特の情緒みたいなものこそ、海外の方の耳には新鮮に聴こえるんじゃないかなと。そういう語感やエモーションが反映された歌謡曲的なメロディが、今再び重要視されている気がするんです。

南波 今日ずっと話しているのもメロディについてですもんね。

松隈 例えばエド・シーランみたいな海外で売れているアーティストを見ていても、けっこう民族音楽を取り入れているんですよね。昔の洋楽にも、中国っぽいサウンドや中近東系のメロディはよく登場していたし、Aerosmithもインドのテイストが入ったアルバム(1997年発表のアルバム「Nine Lives」)を出していたりとか、The Beatlesの楽曲にもアジア系統のものがあったじゃないですか。そう考えたときに、日本のメロディはあんまり海外に進出していないなって。多分知られていないだけだと思うんですが。

佐々木 今まさに発見され始めているのかもしれないけど。

松隈 今は歌謡曲的なメロディのよさが改めて見直されてる時代だと思うので、ラッキーだなと思っていて。坂本龍一さんの「Merry Christmas Mr.Lawrence」(1983年5月発表)とか久石譲さんの作品みたいな、オリエンタルな楽曲が海外でも評価されるわけだから、J-POPもあんな感じで受け入れられるんじゃないかなと。

佐々木 日本の音楽って、古典芸能と現代のポップスの間にいろんな変遷があって、その中に歌謡曲もあったわけで。僕らの年代にも多いと思いますが、ある程度自覚的に音楽を好んで聴く人ほど洋楽を好む耳になっていく傾向がある。それ自体はもちろん悪いことではないんだけど、そこで見失われてしまったものを回復すべき時代が来ているように思うんです。それって松隈さんのように人を感動させるメロディを書ける作曲家が、1年間に200曲とか書いていく中で回帰してくるものなのかなって。やっぱり量的なことも重要だと思うんですよね。

松隈 そうやって曲を書き続けることで、先ほどお話ししたような“プロが作るメロディ”みたいなものが育っていくのかもしれないですね。

佐々木 坂本龍一さんの話が出ましたが、昔、坂本さんに話を伺ったとき、彼は「Merry Christmas Mr.Lawrence」とか「energy flow」(1995年5月発表)のような大ヒット曲のメロディを「ああいうのはすぐ書けちゃうんだよね」と言ったんです。メロディは苦労してひねり出すものじゃなくて、降りてくる。本当に重要なのはそれ以外の要素なんだ、とおっしゃっていたのがすごく印象的だったんです。松隈さんのお話を伺っていて、いい曲を書き続けられる人とは、自分の中に譲れない部分と譲れる部分があって、それらを独自のバランスで共存させる能力を持っている人なんだなと思いました。

松隈 確かに。その両方があるから曲を書き続けられているのかもしれませんね。

左から佐々木敦、松隈ケンタ(Buzz72+)、南波一海。

左から佐々木敦、松隈ケンタ(Buzz72+)、南波一海。

松隈ケンタ(Buzz72+)

1979年生まれの音楽プロデューサー / 音楽制作集団・スクランブルズの代表。地元福岡から自身がギターを担当するロックバンド・Buzz72+を率いて上京し、2005 年にavex traxよりメジャーデビューを果たす。2007年にバンドが事実上解散状態に突入して以降、楽曲提供やサウンドプロデューズの活動を開始。これまでにBiS、BiSH、EMPiRE、豆柴の大群らWACK所属グループや、中川翔子、柴咲コウ、Kis-My-Ft2らのサウンドプロデュースを担当しており、現在は2020年に再結成したBuzz72+のメンバーとしても活動しながら、日本経済大学の特命教授として同大学の福岡キャンパスで教鞭を執る。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。同年8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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松隈ケンタ @kenta_matsukuma

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