2026年4月、小学館「ゲッサン」に連載され話題を集めたマンガ「クジマ歌えば家ほろろ」(原作・紺野アキラ)がアニメ化される。「クジマ歌えば家ほろろ」は、中学1年生の鴻田新とロシアから渡ってきた謎の生物・クジマとの出会いが、家族に少しずつ新しい風を吹き込んでいく様を描いたホームコメディだ。
新とクジマの交流を軸に展開されていく本作に音楽で彩りを加えるのが、打楽器奏者およびシンガーソングライターとして活動する角銅真実。彼女は全編の劇伴のみならず、エンディングテーマ曲「ほろろ逍遥」も担当している。ceroや細野晴臣、原田知世らのサポートで知られ、ダンスやインスタレーション作品への楽曲提供など、多彩な音楽活動を展開する角銅だが、テレビアニメの劇伴を手がけるのは初めての体験だという。
唯一無二の物語世界が多くの読者を虜にしている「クジマ歌えば家ほろろ」と、自由奔放な音楽活動を続けてきた角銅。両者のコラボレーションはどのような成果を生み出したのだろうか。彼女へのインタビューで紐解いていく。
取材・文 / 大石始撮影 / 垂水佳菜
劇伴の理想の在り方
──アニメの劇伴を担当するのは初めての体験だったそうですね。今回のお話を聞いたとき、どんなことを思われましたか?
原作を読ませていただいたらとても好きで、この作品と関わってみたい、やってみたいなって思いました。
──角銅さんはこれまで何作もの劇伴に関わってきましたよね。2021年には「恋する寄生虫」(柿本ケンサク監督作品)に、クリスチャン・フェネスや石若駿さんとともに参加しました。
初めて映像作品に音楽で関わったのは、ポーランドのカロリーナ・ブレグーワという作家の「Square」というインスタレーション形式の映画作品でした。それが2018年だったと思います。美術館での上映が主な作品で、撮影が行われていた台湾で制作と録音を行いました。いわゆる商業映画にちゃんと関わったのは「恋する寄生虫」が最初だったと思います。ただ、そのときは音楽のディレクションが入っていたので、シーンやイメージの指定があったうえで曲を作ったんですよ。「このシーンは角銅さん」「このシーンは石若くん」みたいに。
──まるまる1本の劇伴をやるという意味では、今回の作品と今年公開される劇映画「チャオ・ヤングの墓」(こんにち博士監督作品)が初めてだったわけですね。
そうですね。時期的には「クジマ歌えば家ほろろ」のあとに「チャオ・ヤングの墓」をやったので、全曲の劇伴を担当したのは「クジマ歌えば家ほろろ」が初めてです。
──劇伴に対してはこれまでどのようなモチベーションで取り組んできたのでしょうか。やりがいを感じるポイントは?
劇伴って音楽だけで独立しているわけじゃなくて、その映像と合わさったときに、ふわっと浮き上がるようなものだと思うんですよ。天気や風、光、季節みたいなものというか。自然に存在しているんだけど、あるとないとでは全然違う。そういう劇伴の在り方が好きですね。
──ドラマチックに盛り立てるというよりは、空気のように自然に存在しているような劇伴が理想?
それが私の好みですね。光のフィルターみたいな感じ。武満徹さんの劇伴にもそういう感覚があると思います。
──角銅さんが今まで観た映画の中で、劇伴が印象に残っている作品は何かありますか?
今パッと思い浮かんだのが「万引き家族」(2018年、是枝裕和監督作品)の雪が降るシーン。細野(晴臣)さんが劇伴をされているのですが、劇場でそのシーンを鑑賞したとき、光の糸みたいなのが見えたんです。自然な相乗効果があって、まるで雪と音楽が同じように存在していて。そのシーンはすごく印象に残ってますね。
──映画音楽はこれまでも愛着をもって聴いてきたんですか?
音楽単体で独立して好きなのものもありますね。例えば「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」(1986年、ジャン=ジャック・ベネックス監督作品)とか。あのメロディはすごく記憶に残ってます。あと「アメリ」(2001年、ジャン=ピエール・ジュネ監督作品)のヤン・ティルセンの音楽も好きです。ヤン・ティルセンの音楽は演劇的なところもあって、温度感が好きなんですよ。映像と合わさることによって風景が変わるような音楽だと思います。最近の作品では、「ワン・バトル・アフター・アナザー」(2025年、ポール・トーマス・アンダーソン監督作品)の音楽もとても好きでした。
原作者・紺野アキラと会ってみたい
──「クジマ歌えば家ほろろ」の原作を読んでみて、どんなことを感じましたか?
物語自体はもちろん、作品のテンションにも興味を持ちました。けっこう繊細な作品なんじゃないでしょうか、繊細だからこその柔らかさを感じました。
──登場人物の心情を繊細に描いているということ?
いや、なんでしょうね……物語を書く手つきというか登場人物たちの距離感でしょうか。原作者の紺野アキラさんにも興味を持ちました。紺野さんにはまだお会いできていないので、いつか会って話をしてみたいですね。
──僕も原作を読んだんですが、最初はクジマという不思議なキャラクターを中心とするシュールな物語なのかと思ってたんですよ。確かにそういう面もあるものの、ちょっと風変わりなホームドラマという一面もありますよね。クジマの存在を登場人物みんながいつの間にか受け入れていて、当たり前に日常が続いていくじゃないですか。まず、そこが面白いと思いました。
そうそう、クジマを受け入れるんですよね。案外不思議なことって身近にあるし、人ってけっこう不思議なこともすぐに受け入れるのかなとも思うんですよ。
──不思議なことが起こりつつ、四季折々の出来事がそのまま描かれていくのがこの作品の面白さでもありますよね。冬には雪が降り、夏には田舎に遊びに行く。クジマという不思議な生物の目を通じ、日本の四季が描かれていくわけで、どことなく小津安二郎の映画のような瞬間もあります。
ああ、確かに! あのテンションもそうだし、お兄ちゃんともうまくやってるのかやってないのかわからないけど、一緒に住んでいる感じとかね。ただ、クジマ自体は親を亡くしているじゃないですか。ほかに明確な別れのシーンがない分、そこのストーリーがとても印象に残りました。クジマの持つある種の喪失感みたいなものが物語のフィルターとして根底にある気がするんですよね。
──あと、民俗学的に見ると、クジマはいわゆるマレビト(稀人・客人)ですよね。他界(異郷)からやってきて、人々に豊穣や祝福をもたらし、ときには災厄を払う「外来の神」でもある。作品を通してそういう奥行きがあると思いました。
この作品の読者の中にはマレビト視点で読む人も多いんじゃないでしょうか。ある意味物語の外にいて、作品の世界を外から見ているという。私自身もそうだし、だからこそ面白いと感じたのかもしれない。
──角銅さん自身、旅をしながら音楽をやっているという意味で、どちらかと言うとマレビト側になるわけですね。
そうそう。私の場合、毎日マレビト気分ですけど(笑)。どちらかと言えばクジマ側ですね。
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クジマのことを待っていた気がする





