これからは、聴く人がいることを前提で
──軌道修正すると、「FLYING SAUCER 1947」以降の3作品は、細野さんが信頼のおけるバンドと曲を作ったり、いろいろな曲をカバーしたりしながら、ご自身のルーツに深く取り組まれた作品でした。ある種の“3部作”と言えそうです。
ハマ そうですよね。2010年代の3部作みたいな捉え方もできるかもしれない。
細野 やりたいことはまだいっぱいあるんだけど、今それは置いておこうかなって。それどころじゃないや、という気持ちがあって。
ハマ それはやっぱり彗星が?
細野 それもあるし、あと、今まで自分は非常に個人的に音楽を作ってきたんだな、と。聴く人が誰かはわからないけれど、好きなことをやろうと思って音楽を作っていたんだよね。でもこれからは、聴く人がいることを前提で作ろうと思ってる。
安部&ハマ おおおー!
細野 7月にヨーロッパに行ったとき、「こんなにたくさん聴いてくれる人がいるんだ」とわかったし、スピーチにもみんな反応してくれたんだよ。今の人たちは国籍に関係なく、気持ちが似通ってきてるんだなって……そういう気持ちが自分の中ですごく膨らんでるんだよね。だから、もしかしたらつまらない音楽ができるかもしれない(笑)。
ハマ いやいやいや。今までずっと個人的に好きなことをやってきた人生だから、初めて外に目が向いたときに、自分でもどうなるかわからないという意味ですよね。
細野 うん。わからないんだよ。
ハマ それはすごい話じゃない? 自分が好きな音楽を追求してきた細野さんが、新しいモードで音楽を作るという。めちゃくちゃ楽しみですよ。
今は未来と過去の狭間にいる
安部 彗星の話に戻るわけじゃないんですけど、細野さんの「音楽から距離を置きたい」という気持ちって、周期的に訪れるものですか?
細野 あるよ、それは。最近だと、一番大きなきっかけはブライアン・ウィルソンとスライ・ストーンがいなくなったことだね。20世紀の音楽の扉が閉じて、アーカイブになっちゃった。自分の中で、彼らはヒーローだよね。それが「あ、もういないんだ」と思って。作品を聴くことはできるけど、それはもうアーカイブ。アーカイブとして大事にしなきゃいけない。20世紀がまた一歩遠ざかっちゃったっていう。これからどうなっていくんだろうな。こっちが聞きたい。今は、未来と過去の狭間にいる感じだね。
ハマ 本当にそうですよね。ストリーミングが当たり前になったことにより、古いものも新しいものも平行になって。僕らの世代でさえも、ほぼそうだったけど。
細野 だからこう言っちゃ失礼だけど、ま、年寄りの言うことなので……今の音楽は全然耳に残らない。流れてくるけど、通り過ぎていっちゃう。
ハマ 区切りを付けられるものがどんどん身の回りからなくなっている気がしますね。“昔のもの”みたいな感覚も、持っていない人のほうが多いと思います。僕らの下の世代なんて特に。SF的に言えば、時間軸がわからなくなっている。「それが、その世代のよさ」と言われたら、「そうなんですかね」って言うしかないというか。
安部 うんうん、そうだよね。音楽を大切にできなくなっちゃう気がして怖い。なんでも並列にすぐ聴けるから。便利なのはありがたいけど。
ハマ CDもいつなくなるかわからない。
安部 AIが曲を作り始めちゃってるし。
細野 テイ(
ハマ すごい、超“テイさん”って感じ。
安部 細野さんはそういうことに興味を持ったことはありますか? 例えば昔の自分の声を集めてAIに曲を作ってもらったり。最近ユーミン(
細野 まだ静観してる。今の風潮と逆行したい気持ちがあるかもしれない。
安部 僕も1回も踏み込んだことないんです。怖くて。僕、チャットにずっと怒ってる(笑)。
ハマ それ、もう始まってますよ(笑)。
安部 「そんなのお前の言葉じゃない!」とか言って(笑)。
ハマ いつか反逆されるよ(笑)。
「来年は“旧友”たちとライブがしたいな」
──そろそろ時間ですので、まとめに入らせていただきます。細野さん、ビクター期が約12年だとして……振り返ると楽しかったですか?
ハマ 「楽しかったか」って(笑)。
細野 楽しかったよ。つらいと思ったことはなかったね。緩やかに締め切りがあったからやれた感じかな……本当は締め切りはないんだけど(笑)。
ハマ 「僕から言わせれば」(笑)。
──先ほどハマさんが「『HoSoNoVa』からリアルタイムで聴いた世代」とおっしゃっていましたが、確かに「HoSoNoVa」のリリースあたりから若いリスナーが増えた印象があります。
細野 そういうことを感じるようになったのは、最近だよね。ライブだとお客さんの層がわかりやすいから、「あ、若い人が多いな」って。最近、街を歩いてるとコンビニで声をかけられたりもするしね。ちょっと照れくさいよ。カレーパン買ってたりするから(笑)。「HoSoNoVa」を出した頃は、「誰が聴いてるんだろう?」って相変わらず思ってたけど。
ハマ 「HoSoNoVa」で「細野さんが動き出した!」という感覚が僕ら世代にはある。あのタイミングで細野さんを知った人って、すごく多いと思います。で、「
細野 まだなかったね。でも今は実感するようになった。
──当たり前のことかもしれないですが、うれしいですか?
細野 うれしいですよ。
──逆に、気が重くなったりすることもありますか?
細野 あるよ。やっぱり意識しちゃうじゃない(笑)。
安部 この前、細野さんのポップアップショップに行ったら若い人だらけでした。僕らより下の世代もたくさん来てたし。
細野 最近、小学生からファンレターをもらったよ。ファンレターというか、ただのレターだね。両親がYMOを聴いてたり、そういう家庭で育つと、僕の音楽が身近になるのかもしれない。
ハマ YMO以来の子供ファン!
安部 お客さんにいろんな世代の人がいて本当にすごい。
細野 でも、意識しちゃうなあ。
──意識することが次のアウトプットにつながっていくという。
細野 影響はあると思うよ。だからつまんなくなるかもしれないんだ。
安部 でも、つまんなくなったときの細野ゼミ、楽しみですね。細野さんの悩みとか聞いてみたい(笑)。
細野 まあ、今は自分でもわからないね。ただ、来年はまた、旧友というか、ベテランたちとやりたいなと思ってる。若者たちにはこれから10年勉強してもらうとしてね。
安部 それは観たい!
ハマ ベテランとやるのは、お客さんの前で、という意味ですか?
細野 どっちかと言うと、ライブのことを考えてる。
ハマ 旧友とのライブ、いいですね。
細野 ここにも旧友がいるんだよね。2人。
ハマ 我々のことですか!? 犬と猫ですけど(笑)。
安部 僕はセッションは怖いけど、細野さんという優しい先生のもと、がんばりたいです。
ハマ 別にセッションをするって決まってない(笑)。でも立夫さんとのセッションはすごかったよ。「ホール&オーツ(Daryl Hall & John Oates)の70年代のやつあるじゃん? あの感じでやろう。ワン、ツー」で始まるから。
安部 わー、怖い!
<終わり>
プロフィール
細野晴臣
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2025年10月にアーティスト活動55周年を記念して、SPEEDSTAR RECORDSから発表したアルバム7作品のアナログ盤が再発された。
安部勇磨
1990年東京生まれ。2014年に結成された
ハマ・オカモト
1991年東京生まれ。ロックバンド
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細野晴臣が再び歌い始めた20年前を振り返る(後編)
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