PEDRO「弱虫のうた」インタビュー|“より等身大のアユニ・D”の境地

昨年9月にリリースしたミニアルバム「ちっぽけな夜明け」から半年、PEDROの新曲「弱虫のうた」が届けられた。

アユニ・Dが勇気を振り絞って自分自身と向き合い紡いだ「ちっぽけな夜明け」は、その後の「I am PEDRO TOUR」を経て彼女の中に深く根を張り、揺るぎないPEDROの芯となった。2026年に入り発表された台湾のバンド・Sorry Youth(拍謝少年)とのコラボ、そしてこの「弱虫のうた」からも、アユニの新たなフェーズが始まっていることが伝わってくる。弱くて意気地のない自分自身をさらけ出し、それを肯定し、前向きのエネルギーに変えていく、そんなとてもナチュラルで健全でたくましいサイクルの中でアユニは走っている。その頼もしさは、以下のインタビューでの語り口からも感じてもらえると思う。

取材・文 / 小川智宏撮影 / 中野修也

台湾発Sorry Youthとのご縁

──2026年に入り、PEDROから立て続けにいろいろなお知らせが届いています。まずは台湾のSorry Youthとのコラボレーション。アユニさんが歌詞を書いて曲を作り、ライブも一緒にやるということですけど、これはどういう経緯で実現したんですか?

本当に現代的な話で、インターネットでつながったんです。私が「Now Playing」みたいな感じで、インスタのストーリーにSorry Youthの楽曲を載せたら、それがファンの方を介してなのか、ご本人たちに届いた。で、Sorry Youthの皆さんも日本のバンドが好きなので、たぶん「田渕ひさ子さんがギターを弾いてる」ということもあってPEDROに興味を持ってくださったんですよね。それで声をかけていただきました。

アユニ・D

──海外のアーティストと一緒に作品を作るのはどうでした? 大変でしたか?

いやあ、私はめちゃくちゃ楽させてもらってたんで、大変だと思ったことはなくて。通訳してくださる方やスタッフさん、本当にいろんな人の助け合いで自分の活動は成り立っているんだなというのを改めて思いましたし、そのおかげで自分もぼーっとしていられないというか。能動的にアクションを起こしていかなきゃ、伝えていかなきゃと思えるようになりました。

──実際、すごく能動的かつ積極的になっている感じがします。そして、そのモードは新曲の「弱虫のうた」にもすごく表れていますよね。この曲について、セルフライナーノーツも読ませていただきました。

過去に私はBiSHというコンセプトがあるアイドルグループに拾ってもらって、そこでは「ルールに従って、ルールの中で自分が全力を出す」ということを意識してやっていたんです。でもPEDROとして自分が率先してバンドをやっていく中で、自分自身を見えないもので縛り付けていたことに気付いたんです。それは表舞台に立つ人格のアユニ・Dとして積み上げてきた無意識的なもので「自分はこういうキャラクターでなければいけない」みたいな……。今は誰にそうしろと言われているわけでもないのに、自分を守るために必要のないことをしていたなって。こんなに身を削って、自分の生き様を音楽に乗せたいと思ってるのに、やってることが違う、みたいな。それが心地よかったらいいんですけど、私にとってはそれが苦しかった。私がどんだけ好き勝手暴れても、ずっと向き合ってくれる人が身近にいて、こんなに好き勝手やれる環境があるんだったら、何を恥ずかしがって何を遠慮してんだって……改めてケツを叩いてもらってアユニ・Dではなく自分自身を出せるようになってきた感じですね。

アユニ・D
アユニ・D

〇〇な自分から脱却したかった

──「弱虫のうた」という曲自体も、そういう気持ちの中で作られていった?

そうですね。今までは自分の身に起きたこと、自分が見てきたものに対して、すべてにおいて被害者面をしてしまっていて。それが原因で自分自身のことを嫌いになる瞬間も多かったし、そのせいで他者を傷付けてしまうことも多くて。そこから脱却したかったんです。「悲劇のヒロインからの脱却」をテーマに、日々やってきたことを音楽に落とし込んだのがこの曲です。なんかバカみたいですよね。考えればわかることを、やってみなきゃわからなくて……。アユニ・Dではなくて“自分自身”という人間をちゃんと好きになりたいなと思って明かしました。

アユニ・D

──歌詞を書くにあたって思考の変化として今までとの違いを感じたりしますか?

今は「アユニ・D=自分自身」にできていますけど、やっぱりBiSH時代とか、グループを解散したてのときは、本当に別物だと感じてました。外に一歩出たらもうアユニ・Dになりきらなきゃいけない。ちょっと根暗でちょっと斜に構えていてツンケンしてる、でもがんばって汗だくになってる、みたいな。そうしてやっていく中で、自分がそういうキャラクターなんだというのを意識していたところもあるし、BiSHは女の子6人だったので、個性を出すためにそのキャラクターを守らなきゃと思っていたんです。無意識ではあったんですけど。でもそうすると、家に帰った瞬間に本当に倒れ込んじゃうというか、心身ともに本当の私との乖離が自分を苦しめている感覚があって。それをどんどんイコールにしていく作業をここ1年は特にしてきたんですよね。今は作詞作曲だけじゃなく、食事、生活、音楽すべてにおいてアユニ・Dという生き物としてやれている実感があります。ナチュラルというか、どんどん距離が縮まってきてる。

──「弱虫のうた」は、まさにそういう歌だなと思うんですよ。「私は弱虫だし、泣き虫だし、意気地なしなんです」って、本当の自分をちゃんと受け入れる曲。しかも、そのうえでポジティブな方向に突き進んでいるところがいいですよね。

この曲は「I am PEDRO TOUR」の前のツアー中に作っていた曲で。「ちっぽけな夜明け」を作るときに、ノート1冊いっぱいに自分の考えとか、人に言ってもらったこととかを記録したんですけど、それをきっかけに、去年のツアーが始まったあたりから毎日日記を書くようになって。そうやって日記を書いていたら、曲に落とし込めそうなフレーズが自分からちゃんと生まれてきたんです。

アユニ・D
アユニ・D

自分の全部をつづった日記

──日記にはどんなことを書くんですか?

その日あったことを全部書いてます。起きたこと、思ったこと、後ろめたいことも(バッグからノートの束を取り出す)。人にお見せできるようなものではないんですけど……。

──すごい、ノートにびっしり書いていますね。

本当は3行日記くらいから始めようと思ったんですけど、書いてみると楽しくなってきて、毎日いっぱい書いちゃってます。

アユニ・D

──日記を書くのって、つまり自分を省みるということじゃないですか。それって嫌だったりしませんか?

めっちゃ嫌です。しんどいし、苦しいし、キモいもん(笑)。だから今まではやっていなかったんですよ。「覚えてられるものだけ覚えてたらいいし、忘れてしまうことは自分に必要ないことだから忘れていいんだ」っていうスタンスでいたんですけど、そうすると、自分が今なんでこんなに後ろめたさを感じてるのか、なんでこんな嘘をついてしまったのか、なんで今がんばれてないのかとか、好きなものとか嫌いなものもわからなくなっちゃったんですよ。見て見ぬふりしてきたことやものも多かったし、目の前にある欲望にすがるのは楽しいけど、それを言葉に落とし込みたいときにうまく整理できなかったりもして。だからまずは自分自身と向き合ってみようと思って、「ちっぽけな夜明け」のときに自分のことをバーッとノートに書き出したんです。そこから「これ、曲に使えるじゃん」とか、「私ってこういうふうに思ってたんだ、こういう音楽をやりたいんだ、こういう人間になりたいんだ」というのが見えてきて楽しくなった。それに、いろいろなことをせっかく毎日楽しんでいるんだったら、そのいろいろなことを記録しておきたいと思ったのと、昔のノートを振り返ったときに「書いていてくれてありがとう」と思う瞬間が多かったんです。書くのはめんどいし、自分と向き合うのは大変だけど、のちの自分がきっと楽しむだろうな、みたいな感覚でラフにつけられるように、ようやくなりました。

アユニ・D
アユニ・D

──つまり記録したくなるほど楽しく日々を送れているということでもありますね。

そうですね。クソみたいな日は「クソみたいな日だった」って書きますけどね(笑)。日記を書けば日々がよくなるということでは絶対ないと思うんです。ただ、私が今自分のことを理解するために必要だったのがこれだったという。曲作りもやりやすくなりました。