西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。
第10回は前回に引き続き
文
スーパーアイドルに必要なこと
嵐のオリジナルアルバム16タイトルが、各種ストリーミングサービスで2月に解禁されたのはビッグニュースでした。当時は、クルーズ船のダイヤモンド・プリンセスの乗客乗員から新型コロナウイルス感染者が確認されたことがニュースで報じられ、日本を不穏なムードが包んでいました。もちろんコロナ禍の兆しは日本でも最大の関心事でしたが、まさか世界中がこんな長く苦しい状況に陥るだなんて誰も思ってもみなかった頃で……。
振り返れば嵐が2020年末に活動休止すると発表したのは、ストリーミングサービス解禁の約1年前の2019年1月。2018年11月から始まっていた20周年ツアーは50公演で237万5000人を動員し、2019年12月に完走しました。もしこのスケジュールが2、3カ月うしろにズレていたら、ファンへの感謝を宣言して遂行してきたツアーが終われないままだったわけで……。そうなると少し話が違ってきますよね。スーパーアイドルやスターに必要なのは「時の流れを読む勘」「生まれながらに備わっている類稀なる強運」だと僕は思うんですが、その意味でも彼ら5人は絶妙なタイミングで休止という大きな決断をしたんだな、と思ったりもしています。もちろん、中止となった北京公演や、延期となっている国立競技場でのワンマンライブなど、コロナの影響で思うように実現できなかったアイデア、コンサート、いろんなプロジェクトもたくさんあると思いますが、それらが完全に計画通り遂行され、美しくすべてが終わった!となるよりも、この不完全燃焼にこそ、嵐の休息のあとに続く未来がある、そんな気もしています。
キーワードはJ-POP
「Turning Up」は、デビュー20周年記念日にあたる2019年11月3日にリリースされたグループ初の配信シングルでした。
作詞家として一番驚いたのが、歌詞の中で「世界中に放て Turning up with the J-pop!」と嵐が歌っていること。“ロックンロール”や“ヒップホップ”ならともかく、自分たちの音楽を“J-POP”と規定し、歌詞に登場させるってなかなかないですよね。J-POPって漠然としているがゆえに生半可なキャリアの持ち主や新人だと説得力が出ない、わりと重い言葉で。1986年に
もう1つ感じたのは、嵐がこの曲で宣言するJ-POPとはそもそもなんぞや、ということ。それは、彼らがこれまでに王者として君臨してきたCD文化、テレビ文化の中でのJ-POPではなく、ストリーミングサービスによって国境を越えて響き、共鳴する2020年代のJ-POPなのではないでしょうか。「Turning Up」の作曲者の2人、アンドレアス・カールソンさんとエリック・リボムさんは共にスウェーデン出身。アンドレアスさんは嵐も影響を受けたという
音楽輸出大国・スウェーデンを中心とする北欧のプロデューサーが“トラック&フック”とも呼ばれる、大人数での役割分担および共同制作で、2010年代にUSのみならず、K-POP、J-POPも含め、世界中のヒット曲を生み出し続けたことは、僕以外の論者も指摘されていると思うので省きます。が、この「Turning Up」に関しては、ともかくキャッチーな曲をどんどん作ってみよう!という“ヒット曲製造工場”的なイメージよりも、アンドレアスさんとエリックさんの嵐に対する、そしてJ-POPに対する独特の愛情を感じるんです。前回もお話したんですが、僕はNetflixで配信されている嵐のドキュメンタリー番組「ARASHI's Diary -Voyage-」を必ず観ていて。その中で
「待ってましたーっ!」という快楽
僕自身は、言語がジャンルを定義すると思っているので、日本語で歌うのが“歌謡曲”であり“J-POP”だと思っています。それは作り手やボーカリストがどこの国の人間だとしても。“J-POP”は、ほかの国の音楽と同じように世界中の音楽家と協力しながら生み出す文化の1つ。その点をはっきりしないと未来はありません。そのことはこの夏配信された「IN THE SUMMER」を聴いて改めて感じたことです。英語で歌われる1番のAメロは、かなり無国籍っぽくて。もしなんの説明もなくラジオからいきなり流れてきたとすれば、
日本人って和食や日本の料理にはものすごく自信を持っているのに、音楽に関してはどうしても言葉の壁もあり1歩退いてしまう気がするんですが、2020年代はもっともっとボーダレスになるはずですし、日本人のミュージシャンやアイドル、ソングライターやトラックメーカーがスウェーデンの音楽家のように世界中でさらなるステップアップを図れると思うので、あきらめずにトライしなくちゃいけない。僕も自分自身にも言い聞かせてます。発売したばかりの僕自身のソロアルバム「Funkvision」のマスタリングをザ・ウィークエンドやフランク・オーシャン、ドレイク、デヴィッド・ボウイを手がけたジョー・ラポルタに依頼したんですが、嵐のチャレンジにミュージシャンの自分も負けてはいられないと思ったんです。シンボリックな嵐が変わったことで、日本中の音楽家に刺激が伝わる。そう思うと、ここまで大きな野望と実績と共にJ-POPの看板を掲げて大展開を続けてきた嵐が活動休止するのは残念な思いが残りますね。ただ、日本中から愛されるスーパースターであること、国民的アイドルであることは常人には想像もできないプレッシャー、ストレスとの闘いでもあったはず。数年間それぞれが個人活動をし、何よりゆっくり休んで、いつの日かまたコロナ禍でやり残したことも含め、5人で音楽活動だけでも協力し合ってもらえればうれしいですね。
西寺郷太(ニシデラゴウタ)
1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。7月22日には2ndソロアルバム「Funkvision」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などさまざまなメディアに出演している。
しまおまほ
1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「
※記事初出時より一部表現に変更が生じました。
※記事初出時より、一部変更を表現しました。
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1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。文筆家としても活躍し、代表作は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などさまざまなメディアに出演している。
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