西寺郷太のPOP FOCUS 第25回 [バックナンバー]
LUNA SEA「STORM」
LUNA SEA=徳川家康説?彼らが日本のロックシーンに定着させた“リズム革命”とは
2022年10月14日 17:30 60
西寺郷太が日本のポピュラーミュージックの名曲を毎回1曲選び、アーティスト目線でソングライティングやアレンジについて解説する連載「西寺郷太のPOP FOCUS」。
第25回でフォーカスするのは、1998年4月にリリースされた
文
音楽愛でSUGIZOとつながる
1994年にリリースされた「ROSIER」のミュージックビデオが夜中のテレビで繰り返し流れていたのは僕が大学3年生の頃。真矢さんの叩く鋭角的で安定感のあるドラム、リズムがカッコいいなと思ったのがLUNA SEAの第一印象でした。重いボディの鋼鉄の戦車がF1のように高速で駆け抜ける、縦横無尽のグルーヴ感がほかのバンドとまったく違ったんです。
ここのところSUGIZOさんには僕のポッドキャスト番組(「西寺郷太の最高!ファンクラブ」)に来ていただいたり、彼が率いるサイケデリックジャムバンド・SHAGのライブを観させていただいたりと交流があります。意外だったのは、
SUGIZOさんとお話しできた最初のタイミングは、今年春に
ちなみに「The DAVID BOWIE Tribute Live」では、現在SUGIZOさんも所属されているX JAPANのPATAさんとも一緒にリハーサルに入ることができたのですが、間近で体感するPATAさんのギターの放つブギー感、グルーヴ感もすさまじく、改めて驚きました。どうしてもジャンルが細分化されてゆく中でギターバンドは“ロック”、ダンサブルな嗜好は“R&B”などと分けて考えてしまうことが多いですが、天才ドラマーのジョン・ボーナム擁するLed Zeppelin然り、爆音でフロア全員の体を揺らす“ハードロック”ってもともとは“ダンスミュージック”なんだよな、と……いわゆる“ジャンル”を超えて再認識できた貴重な体験となりました。
すべての楽器が主役、平等な関係性
5人それぞれのメンバーの音楽的個性が明らかに違うことが傍目からもよくわかるLUNA SEA。彼らは1996年に一時活動休止し、ソロ活動に力を入れていきます。1990年代は、DJカルチャーの発展や進化が著しい時代で、いわゆる“普通の4ピースや5ピースのロックバンド”がどのようにサンプリングビートやクラブミュージックに適応、対応もしくは拒否するのかが最大の課題になっていました。オーソドックスなバンドサウンドと、フロントマンであるボノの熱いメッセージを武器にしていたはずのストイックで無骨な
LUNA SEA楽曲の最大の特徴は、イントロが始まってボーカルが入る前にすでに情報量が異常なほど詰め込まれていること。アルペジオやリフ、カッティングなどの“リズム面”に特化し「ソロは弾かない」と立ち位置を決められたINORANさんと、リードを含めた世界観を担当するSUGIZOさん、ギタリスト2人の個性やバランスもあるでしょうし、ヒットしたシングル曲の多くの土台を作られたのがベーシストであるJさんであることにも関係しているのかもしれません。ともかくLUNA SEAの音楽はすべての楽器が主役。楽曲が幕を開けた最初の数十秒ですでに物語が完成しているんです。そのうえで、休止中の1997年11月にはソロアルバム「Love」をリリースし、200万枚以上の大ヒットを記録していた
LUNA SEAが定着させた“リズム幕府”
SUGIZOさんと話したときに「LUNA SEAのヒット曲の数々にはリズムがシンコペーションし、ビートの『クい』が心地よく突き刺さるアレンジが多い」と僕が感想を述べたことがありました。例えば「TRUE BLUE」のイントロは真矢さんの叩くハイハットから「チッ、チッ、チッ、チッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッダ!」とスタートするのですが、LUNA SEAにとって大事なのは、実は音が鳴っているとき以外の“無音の瞬間の共有”なのではないか、と。「90年代初頭の段階で今のPro Toolsで人工的に作るような“無”の瞬間、音像が一瞬だけなくなる“間”を作り出すことができたのがLUNA SEA。その根本にあるのはドラムの真矢さんの力ではないでしょうか?」と僕が言うと、即座にSUGIZOさんが「能楽師の父親を持つ真矢は子供の頃から能の稽古を受けていました。能の太鼓には“叩かないとき”つまりミュートのほうが音が鳴っているときより重要という教えがあって。彼はそんな教育を子供の頃から受けていたから、抜群のリズム感が備わっているんです」という返事をくださいました。LUNA SEAの当時のほかのバンドとの違い、最大のポイントは稀代のドラマー・真矢さんのビート感覚を軸に、Jさんのベース、INORANさんのギターを含めたリズム隊による“無”の瞬間の絶妙なコントロール、静寂と爆発を自在に操る日本ロックバンド界の“リズム革命”にあった。それこそ“歌とその他”に大きく分かれがちだった日本の音楽界に大きな変化をもたらし、10代の少年少女が楽器を手にしたことにつながったと僕は思っています。短い間にバンド活動を絶頂のまま終えた
僕が一番好きな楽曲で、90年代終わりから2000年代の初頭にカラオケで歌っていたのが「STORM」。当時すでに僕もミュージシャンになっていましたが、クラブでDJした前後や、飲んだ流れでカラオケに行くことがあって、そのときは「STORM」を全力で歌って仲間内で好評を博していたことを思い出します(笑)。この曲が入っている「SHINE」というアルバム(1998年7月発売)はリアルタイムで購入し、よく聴きました。ソロを経た隆一さんのメロウなボーカルスタイルへの変化には正直言って少し驚いたのですが、「STORM」のアレンジや構成、何度聴いても飽きないスリリングなスペクタクルは「さすが」のひと言。1曲の中にアルバム1枚分ぐらいの情報量が詰まっているように思います。カラオケの音源は今ほどよくなかったんですが、LUNA SEAの曲はアレンジが音域のかぶりも考えられ、練り上げられているからか、当時の音響的に貧弱なカラオケでも“重厚ないい感じ”に聞こえることも勉強になりました。歌っていてすごく気持ちいいんですよ。最近も
西寺郷太(ニシデラゴウタ)
1973年生まれ、NONA REEVESのボーカリストとして活躍する一方、他アーティストのプロデュースや楽曲提供も多数行っている。2020年7月には2ndソロアルバム「Funkvision」、2021年9月にはバンドでアルバム「Discography」をリリースした。文筆家としても活躍し、著書は「新しい『マイケル・ジャクソン』の教科書」「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」「プリンス論」「伝わるノートマジック」「始めるノートメソッド」など。近年では1980年代音楽の伝承者としてテレビやラジオ番組などに出演し、現在はAmazon Musicでポッドキャスト「西寺郷太の最高!ファンクラブ」を配信中。
しまおまほ
1978年東京生まれの作家、イラストレーター。多摩美術大学在学中の1997年にマンガ「女子高生ゴリコ」で作家デビューを果たす。以降「タビリオン」「ぼんやり小町」「
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SUGIZO @SUGIZOofficial
メッチャ素敵な記事❗️
ただただ光栄です。。。
郷太さん、ありがとう‼️ https://t.co/luPWJLWPlB