折坂悠太

折坂悠太はなぜ柏の映画館でライブをしたのか?減りゆく“実験の場”に感じる表現者としての危機感

「『ここがなくなったら未来はない』ぐらいに私は思ってますよ」

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映画館は実験の場

柏という街に思いを馳せる際に、思い出す言葉がある。それは、以前ceroの髙城晶平に取材したときに聞いた「街にコンプがかかっちゃった」という発言だ(参照:cero高城晶平が武蔵野で語る「武蔵野クルーズエキゾチカ」)。これは吉祥寺についての言葉だが、柏という街にも同じことが起きているように感じられる。そごうやイトーヨーカドー、マルイといったシンボル的な施設がなくなり、老舗の喫茶店や本屋は次々と姿を消している。代わりにできたものはと言えば、駅前に3つもあるラーメンチェーンと、大看板を掲げたカラオケボックスだ。いろんなものが便利になっていく一方で、大事なものが確かに失われているような、そんな感覚を抱いているのはきっと自分だけではないはず。では、その変わりゆく街の中で、キネマ旬報シアターが残り続けることに、折坂はどんな意味を見出しているのか。改めて聞いてみたところ「『ここがなくなったら未来はない』ぐらいに私は思ってますよ」と、想像以上に重い言葉が返ってきた。そして彼は、映画館が持つ“実験の場”としての側面について強く言葉を紡ぐ。

「苦しい中で営業を続けているミニシアターはほかにもたくさんあるだろうけど、なんで苦しいかというと、実験をしているからだと思うんです。映画というもの自体、『この感覚わかってもらえますか』と投げかけるようなところがあって、特にこういうミニシアターでかかる作品の大半は『わかってもらえますかね……?』と観客に委ねるような性質がある。1つの視点をみんなで共有するような、ある種の実験をしていると思うんです。その実験をできる場所がなくなったら、残るのは『みんなこれが好きでしょ』というものだけで。そういう未来が、自分はとても恐ろしい。だからこれは、『思い入れがあるから残ってほしい』とか、そういった次元の話では決してなくて。人が生きていくために、こういう場所が必要だと思うんです」

映画館が実験の場であるならば、折坂のライブもまた、紛れもなく実験の場であると言えるだろう。この言葉を聞いたあとにライブで耳にした「トーチ」。「お前だけだ あの夜に あんなに笑っていた奴は 私だけだ この街で こんな思いをしてる奴は」──そんなサビのフレーズが「みんなこれが好きでしょ」という全体主義的なアプローチへの強い抗いのように胸に響いた。

「キネマ旬報シアター応援独奏会」の様子。

「キネマ旬報シアター応援独奏会」の様子。 [拡大]

「なるべく確かなものを届けたいという気持ちもあるけれど」と前置きしつつ、「いろんな雑音とかコントロールできないものを引き受けて音楽をやっている以上、これもまた私の実験ですし、そういう実験をできる表現者でありたいと思っています」と語る折坂。そんな彼の表現者としての在り方に、柏という街での生活はどのような影響を与えているのだろうか。

「これはあくまで私視点の話ですけど、『柏と言えば絶対にこれでしょ』みたいなものってあまりないと思うんですよ。それが少しコンプレックスでもあって。『自分の住んでいる場所にはいったい何があるんだろう』というのを、つい考えてしまうんです。それは柏という街自体もきっと一緒で。いろいろ変化していく中で、この街のアイデンティティがなんなのかを考えているような気がするというか。私は、自分の中に何があるかとか、どういう表現ができるのかとか、そういうことを探り探り考えている姿勢こそが、自分の表現者としての在り方だと思っていて。そういう意味では、この街と一緒に、自分のアイデンティティや在り方について考えているのかもしれないです」

「キネマ旬報シアター応援独奏会」での折坂悠太。

「キネマ旬報シアター応援独奏会」での折坂悠太。 [拡大]

皆さんと一緒に考えていけたら

この日のライブは、キネマ旬報シアターで働いている際に思いついたという楽曲「馬市」で締めくくられた。楽曲の着想の元となったのは、俳優・高峰秀子の特集上映の際にフィルムでかけたという映画「馬」。古いフィルムを何度もつなぎ直しているうちに愛着が生まれ、やがてこの映画をヒントに曲を作り始めたのだという。この日のライブではほかにも、「ティファニーで朝食を」を観たときに初めて「映画の曲なんだ」と知ったという「ムーンリバー」が演奏され、映画のフィルムにまつわる描写が登場する詩の朗読も行われた。そのパフォーマンスの数々は、折坂の表現の奥底に、このシアターで受け取ったものたちが根付いているのだということをありありと示すものだった。「この回を記念のような感じでやるつもりはございません。なんとかまた来れるように。日々かけられる映画のように、今日のライブのように、いろんな実験が続くように、皆さんと一緒に考えていけたらと思います」。そんな言葉に続けて最後の曲を終え、折坂の「柏!!!!」という叫び声で実験の幕は降ろされた。

約90分17曲。派手な演出もなければ豪華なアレンジがあるわけでもない。そんなライブは、この日集まった100人余りの目に、いったいどのように映っただろうか。自分のように柏に縁のある人もいれば、まったく関係のない遠い街から来た人もいたことだろう。人が100人いればその数だけの背景があり、その数だけの受け取り方がある。それこそが社会における豊かさなのだ。そして、その豊かさを作り出すのが、映画や音楽という“実験”であるに違いない。そんな実験の場が失われることのないように、郊外から豊かさが消えてしまうことのないように、市井に身を置く1人の人間として祈るばかりだ。

なおキネマ旬報シアターのクラウドファンディングは11月3日まで実施中。支援金額は5000円からとなっており、鑑賞チケットやお名前上映、劇場スクリーン貸切といった返礼品が用意されている。

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プロフィール

折坂悠太(オリサカユウタ)

平成元年、鳥取県生まれのシンガーソングライター。幼少期をロシアやイランで過ごし、帰国後は千葉県に移る。2013年にギターの弾き語りでライブ活動を開始。2014年に自主制作のミニアルバム「あけぼの」を発表する。2015年に「のろしレコード」の立ち上げに参加。2016年には1stアルバム「たむけ」をリリースする。2018年10月に2ndアルバム「平成」を発表し、民謡やジャズ、ラテンなどさまざまな要素を取り入れた音楽性で、高い評価を得る。2024年6月に4thアルバム「呪文」を発表し。2025年5月にドイツ・ベルリンで一発録りしたEP「Straße」を発表し、9月より弾き語りツアー「独奏遊行 らいど 2025」を行っている。

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コラム

施設情報

キネマ旬報シアター

所在地:〒277-0842 千葉県柏市末広町1-1 柏高島屋ステーションモール S館1F
電話番号:04-7141-7238

キネマ旬報シアター 公式サイト
キネマ旬報シアター (@kinejun_theater)・X
キネマ旬報シアター クラウドファンディングサイト

公演情報

折坂悠太 独奏遊行 らいど 2025(※終了分は割愛)

2025年10月30日(木)東京都 昭和女子大学 人見記念講堂
2025年11月2日(日)東京都 上野恩賜公園野外ステージ
2026年2月23日(月・祝)沖縄県 桜坂劇場 ホールA
2026年2月25日(水)沖縄県 Jazz Bar すけあくろ

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塀(へい)@2026年上伊那ぼたんアニメ放送🎉 @tonarinohey

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