左から古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

「MUSIC inn Fujieda」ができるまで~ゴッチのスタジオ設立奮闘記~ 第3回 [バックナンバー]

ミュージシャンにとっていいスタジオとは?後藤正文×古里おさむ×井上陽介クロストークで解き明かす

食をともにできる大きなキッチン、ゆっくりできるスペース、遊べて知恵や知識を伝えられる場所に

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“間違えられる場所”にしたい

──井上さんはどんなスタジオがミュージシャンにとって理想だとお考えですか?

井上 自分の体験に照らし合わせると、京都はレコーディングできるスタジオはわりかしあるんですけど、僕の世代はまだタウンページの時代だったので、どこで録ったらいいのかがよくわからなくて。何もわからないまま、なんとなくよさそうなところに連絡して、金額の相場もわからへんまま言われた通りの金額で、エンジニアの意見が正しいのかどうかもわからへんまま録って、とりあえずなんとなくCDが完成した。みんな最初はそんな感じで作ってたんですけど、やっぱりやるんだったら何かを得られるようなスタジオになってほしいなと思ってて。「よくわからなかった」という苦い思い出じゃなくて、知恵とか知識を教えてもらえるような場所になったらという思いが一番ありますね。「いい機材がある」とかももちろん大事ではあるんですけど、機材がよくても人がつながっていかない場所はたくさんあるので、つないでいくような体験ができる場所になったらいいなと。

井上陽介(Turntable Films)

井上陽介(Turntable Films)

──高校生や大学生だとわからないことが多いから、とりあえずお金を払って、とりあえず録ってもらったけど、記念受験みたいな感じで終わっちゃうこともありますよね。

古里 やっぱりみんなそうなのか。俺もそうだった。

後藤 コミュニティガチャみたいなのあるよね。最初にドアを開けちゃった場所にいる人たちの、録音の作法やマナーが強烈に入ってくるから。

古里 みんな最初はある種の間違いをしていて、でもその間違いが逆に大事だったりもするよね。

後藤 糧にはなるんだよね。情報が豊かになったといっても、マルチトラックレコーディングだけはね、やってみないとわからないわりに、1回にかかる費用が高いから、だったら“間違えても大丈夫な場所”にもしたいですよね。都内のスタジオでは1日10万とかかかるから、お金のない学生なんかは間違えていられない。

古里 俺はそもそも地元が青森だから録る場所がなくて、最初にマネジメントがついたときに「レコーディングしましょう」ってスタジオに連れて行かれて、プロが録ってくれたらよくなるもんだと思ってたんだけど、全然よくなくて。結局自分でカセットテープで録ったのが、最初にくるりのレーベルから出したやつ(2004年にNOISE McCARTNEY RECORDSからリリースされた「ロードショー」)になった。

後藤 あれも味わいがあって最高だよね。

古里 あのときはお金がなかったらカセットテープで録るしかなかったんだけど、お金があったらもう1回スタジオでチャレンジできたなとは思った。

後藤 そこは本当に難しいところで、そういう環境だからこそ古里くんが世に出てきたところもあったりするから、何がいいかは人それぞれなんだけど、俺たちは土だけはとりあえず耕すというかね。古里くんみたいにある程度活動したあと、もうちょっと何かやってみたいと思ったときに自由にできる場所があるのもいいなと思う。家庭菜園をやり尽くして、うちではもう作れない野菜はないなと思っても、別の畑を借りるとまた作れる野菜が変わってきたりするから。そういう場所ではありたいなと。あとは半分学校みたいになったらいいと思っていて。学生の中からもエンジニアができる人が出てきたほうが絶対いいというか、やっぱり50歳のおっさんと一緒に作るより、同世代で機材の知識がある人と作るほうが圧倒的に面白いから。

井上 そのほうが楽しいですしね。

後藤正文

後藤正文

後藤 そうそう。だからいろんな機材の使い方を勝手に勉強できるとか、そういう場所になっていくと面白いと思う。おじさんって教えるのが好きだけど、それって本当はよくないんですよね(笑)。

古里 でも何もわからずに機材を壊されたら嫌だけどね。

後藤 そう、やたら教えたがるおじさんがいるのはよくないなと思うけど、機材を壊されるのは嫌だから、最低限のルールは必要。ただ必要以上の解説があるとよくないときもあるから、若い子たちは教えたがりのおじさんたちに気を付けてほしい。

古里 昔ちゃんとしたエンジニアさんにスタジオで録ってもらったとき、「いい声で録りたいから、ここから動かないで」と言われて。でも、そういうことを言われると自分の中から出るエネルギーがなくなっていくんですよね。で、須藤さん(uninecosoundsのメンバーで、古里おさむと風呂敷きの最新作「えん」でもエンジニアを務めている須藤俊明)と一緒に録音したときはハンドマイクで歌を録ったんですよ。そしたら「骨の音がギシギシ鳴るから、軍手はめるか」って言ってきて。その考え方がすごくカッコいいなと思ったんです。やっぱりスティーヴ・アルビニ直伝というか、みんながデカい場所で宅録的なことをやってるシカゴの連中を見てきてるから、須藤さんの提案は感動的でした。だから、その人のエネルギーを奪わないでほしい。「こういうもんだよ」と一方的に伝えるじゃなくて、子供たちが遊べるようにしてほしい。

井上 そうそう、そうなんですよ。そういうプレイグラウンドのような場所が一番いいなと思います。最低限、電源を入れる順番の間違いさえしなければ(笑)。

後藤 星と虹でもリビングで歌を録ったらよかったしね。

古里 そうそう。だから、正解は決まってないんだなと思った。

後藤 面白い使い方をみんなで考えてほしいですね。

「遊び」と「楽しい」を大切に

──実際のスタジオの工事の進捗について教えていただけますか?

後藤 浮き床のコンクリートをゴールデンウィークに乾かしたので、これから壁の補強に入ります。床が浮いていることで、超低域の振動を吸って、音が外に漏れるのを防ぐんです。さらに土蔵特有の細かいクラックとかがあるので、壁の細かい穴の補強を進めて。その後バンバン石膏ボードを貼って、もう内装に入っていくと思います。でもまだ大変ですね、9月いっぱいまで工事が続きますから。

石膏ボードが貼られた工事中の「MUSIC inn Fujieda」(2025年5月時点)。(写真提供:渡辺建設株式会社)。

石膏ボードが貼られた工事中の「MUSIC inn Fujieda」(2025年5月時点)。(写真提供:渡辺建設株式会社)。

工事中の「MUSIC inn Fujieda」(2025年4月時点)(写真提供:渡辺建設株式会社)。

工事中の「MUSIC inn Fujieda」(2025年4月時点)(写真提供:渡辺建設株式会社)。

工事中の「MUSIC inn Fujieda」(2025年4月時点)(写真提供:渡辺建設株式会社)。

工事中の「MUSIC inn Fujieda」(2025年4月時点)(写真提供:渡辺建設株式会社)。

──ほかにもスタジオに関して新たな計画があったりしますか?

後藤 工事は9月末に終わって、その後は壁にみんなで漆喰を塗ることになったので、今後、ワークショップの参加者を募集する予定でいます。予算は全然ないんですけど、漆喰メーカーさんが無償で提供してくださることになったので、ビルの3階はみんなで塗ろうと思います。あと能登の木が入りますね。コントロールルームは被災した建物の木材とか、潰す以外なかった建物からレスキューした木を壁材にしようという話になっています。そうやって被災地支援のつながりも作って、能登の皆さんに「あそこで再利用してもらえているんだ」って、喜んでもらえる動きもしたい。あとは冷蔵庫の搬入ですね。最重要事項かもしれない(笑)。

──では最後に、古里さんと井上さんからスタジオに期待することをひと言ずついただけますか?

スタジオ論に花を咲かせる古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

スタジオ論に花を咲かせる古里おさむ、井上陽介、後藤正文。

古里 今のワークショップの話とかも聞いて、すでに楽しそうだから、もっともっと楽しそうな場所になると、よりエネルギーが集まってくると思う。なので、どんどん遊びながら作ってほしいなと思います。

井上 古里さんの話を引き継ぐと、遊ぶことで若い人の中から中心人物になるような人材が育っていくことを期待しています。それは音楽だけじゃなくてもいいと思うんです。お店をやる人でもなんでもいいから、この人面白いなあっていう人が出てきたら、今度はその人に力をもらったり参考にしたりして。「自分もこんなふうになりたいな」と思ったことが、何か新しいことにつながっていくとすごくいいですね。

──大慶寺の住職が元バンドマンで、お寺でライブをやっちゃうのも面白いし、それを見て「俺も何かやってみよう」と思う人が増えて、地域全体が活性化されていくといいですよね。

古里 自分もカレー屋をやろうと思ったのが、笹塚にあったカレー屋さんの店主がすごく楽しそうに生きてて、それに影響を受けたからなんですよね。で、今10年やってて、自分の店からも3人独立してますけど、みんなに共通して伝えているのは「お店ごっこをやってるような感じ」で働いていこうということ。遊んでる感じでやってると、周りも自分から考えて遊び出す。そういうのは大事な気がするんですよね。

後藤 テルスターの横山(マサアキ)さんにも言われました。「ゴッチは何かやるときに悲壮感とか責任感のほうが強く出るから、そうじゃなくて、楽しさを前面に出したほうがいい」って。性格的に真面目に身を削ってやりすぎちゃって、楽しみは後回しになっちゃうところがあるけど、確かに古里くんが言うように、楽しそうだなって思えないと人は集まってこないですよね。「楽しい」って大事だなって、今日はいい話が聞けました。

「APPLE VINEGAR -Music Support-」最新情報

滞在型音楽スタジオ「MUSIC inn Fujieda」設立に向けてのクラウドファンディングが終了。支援者数5169人、目標金額5500万円を大幅に上回る7560万円の支援額が集まった。現在スタジオオープンに向けて建設作業が進められている。

プロフィール

後藤正文

1976年生まれ、静岡県出身。1996年にASIAN KUNG-FU GENERATIONを結成し、2003年4月にミニアルバム「崩壊アンプリファー」でメジャーデビュー。2004年にリリースした「リライト」を機に人気バンドとしての地位を確立させる。バンド活動と並行してGotch名義でソロ活動も展開。the chef cooks me、Dr.DOWNER、日暮愛葉、yubioriらの作品にプロデューサーとして携わるなど多角的に活躍している。文筆家としても定評があり、これまでの著作に「ゴッチ語録」「凍った脳みそ」「何度でもオールライトと歌え」などを刊行した。ASIAN KUNG-FU GENERATION の活動としては2025年2月にシングル「ライフ イズ ビューティフル」、5月にシングル「MAKUAKE / Little Lennon」を発表。
APPLE VINEGAR -Music Support-
Gotch / Masafumi Gotoh(@gotch_akg)|X

古里おさむ

青森県八戸市出身。2004年にアルバム「ロードショー」をくるりが主宰するNOISE McCARTNEY RECORDSよりリリース。その後、ウミネコサウンズとして活動し、2009年にミニアルバム「夕焼け」「宇宙旅行」を発表する。2011年よりヤマジカズヒデ(G)、須藤俊明(B)、コテイスイ(Dr)が加入し、バンド編成のuminecosoundsとして活動。2024年に藤村頼正(ex. シャムキャッツ)と禅宗僧侶の樋口雄文を迎え、古里おさむと風呂敷きを結成した。2025年4月に「風呂敷」に改名し、6月にシングル「実りあつめて」を発表。東京・幡ヶ谷の人気カレー店・ウミネコカレーの店主でもある。
古里おさむ(@furusato036)|X
ウミネコカレー(@uminecocurry)|X

井上陽介

京都府出身。谷健人(B, Vo)田村夏季(Dr)とともに京都でTurntable Filmsを結成し、2010年2月にミニアルバム「Parables of Fe- Fum」でデビュー。2015年11月に2ndアルバム「Small Town Talk」、2020年11月に3rdアルバム「Herbier」を後藤正文が主宰するレーベル・only in dreamsから発表する。ソロユニットSubtle Controlとしてのリリースやライブも重ねているほか、Gotch(後藤正文)、くるりらの作品に演奏や編曲、プロデュースなどで携わる。
Subtle Control|Turntable Films|note
井上陽介(@SubtleControl)|X

※記事初出時、本文に一部誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

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