優河さんとてんちゃん。(撮影:廣田達也)

猫と音楽家の二重唱 第1回

優河の日常を支える3匹の愛猫、そして忘れえぬミュウくんのこと

「猫の前にいると存在が肯定されるんです」

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猫たちが教えてくれたこと

冒頭で触れたように、「RIVERSIDE RADIO」にはたびたび猫たちが登場する。当然のようにデスクの上に飛び乗り、あくびをし、優河さんに体をこすりつける。優河さんは彼らを優しく撫でながら、ゆったりと話を続ける。そこには優河さんの日常が映し出されている。

「マイクにゴツンとやってくるし、邪魔なんですけどね(笑)。ひびは私のことを愛しすぎて、私のほうに来るとヨダレがすごくて(笑)。ちょっと怖がりで、いつも布団の中にいます。ひびは私のことを愛しているはずなのに、私が一声歌うとすぐ逃げるんです。『もう聴いてらんねえよ』みたいな感じで。そのわりにはドアの外で大きな声で鳴いていたりするんで、デモ音源にはひびの鳴き声がよく入っています。よるは旦那さんのことを愛しているので、私はめちゃくちゃ敵対視されています(笑)。女の子だからだと思うんですけど。私と旦那さんが話していると、テーブルの上から睨みつけてくるんですよ。三匹ともいたずらはしないので、機材周りはそれほど気を使ってないですね。何度かアンプのツイードをガリガリってやられたことはあるけど、それぐらい」

愛猫と一緒に作曲?

愛猫と一緒に作曲?

優河さんはアルバム「言葉のない夜に」(2022年)を完成させる数年前からスランプ状態にあった。なかなか曲が書けず、歌詞が出てこない日々。そんなときに猫たちの存在が支えになったという。

「猫って本当に何もしないで生きているじゃないですか(笑)。そんな姿を見ていると『いろんなことがあるけど、この子たちを食べさせていければいいよな』と思える。猫と過ごしていると、生きるうえでの邪念みたいなものがいつの間にか消えているんです。曲ができないときは今でも『私ってなんて無能な人間なんだ』と思うけど、猫の前にいると『この子にとって私はごはん食べさせてくれる人なんだな』と存在が肯定される感じがするんですよ。その感覚は支えになってますね」

新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言下、猫に救われたという人は多い(2匹の猫と暮らす筆者もその1人だ)。優河さんもまた、ライブやスタジオでのセッションが制限され、人と会うことすらままならない日々に鬱憤を感じていたが、猫との暮らしだけはコロナ前と何ひとつ変わることはなかった。

ひびくんとパスタ。

ひびくんとパスタ。

「あの頃は猫と旦那さんしかいない世界で生きていましたね。その頃ミュージカルの稽古もしていたんですよ。家族に(コロナを)移しちゃいけないと思って実家にも帰れなくて、それがストレスでした。でも、家には猫たちがいる。緊急事態宣言なんて猫には関係ないですし(笑)、安心感がありましたね」

そんな優河さんはミュウくんの死をきっかけに、とある曲を書き下ろしている。それが2018年のアルバム「魔法」に収録された「さざ波よ」だ。

優河「さざ波よ」

「『ミュウくんがもう危ないかもしれない』という状態のとき、酸素ケージの中に入っているミュウくんと私だけで時間を過ごしたことがあったんです。命が消えていく瞬間を間近に見ていて、本当にさざ波がやってきて引いていくだけのことなんだと思ったんですよ。もちろん悲しいし、寂しいし、喪失感は計り知れない。でも、私たちも含めたすべての命は、波のようにやってきて引いていく、その繰り返しで世界は成り立っているんだなって。酸素ゲージの中のミュウくんが『それだけのことだよ』って教えてくれた感じがしました。波が引いたあとには何の跡も残らないかもしれないし、何もなかったかのように消えていくかもしれない。でも、それがすべてじゃないの?って」

陽だまりの中のよるちゃん。

陽だまりの中のよるちゃん。

最新アルバム「Love Deluxe」(2024年)に至るまで、優河さんは「命」をテーマにいくつもの曲を書いてきた。命に対する彼女の眼差しはいつも温かく、優しい。命が消えてしまったことを悲しみながらも、誰もがそうやって消えていくことをまっすぐ受け止めている。「身近な人の死はそれまでも経験してなかったわけではないけど、悲しいだけじゃない感情を覚えたのはミュウくんが初めてだったかもしれない」と話すように、ミュウくんの死は寄せては返す命の循環について考えるきっかけともなった。

眠るてんちゃん。

眠るてんちゃん。

「Love Deluxe」に収められた「Petillant」には、優河さんの自宅を訪れた友人との幸福な部屋飲みのシーンが描かれている。愛おしい瞬間を鮮やかにつづるその言葉に触れていると、今の優河さんだったら「猫のいる生活」をどのように描くのだろう?と俄然興味が湧いてくるのである。いつの日か、3匹の猫との暮らしを描いた優河さんの新曲を聴くことができるかもしれない。

優河が猫と一緒に聴きたい5曲

優河が猫と一緒に聴きたい5曲

プロフィール

優河(ユウガ)

2011年にシンガーソングライターとして活動を開始。2015年、1stフルアルバム「Tabiji」をリリース。映画「長いお別れ」の主題歌「めぐる」、TBS系ドラマ「妻、小学生になる。」の主題歌「灯火」を手がけ、世界各地で反響を呼んだ。2022年には盟友・魔法バンドのメンバーとともに楽曲を制作したアルバム「言葉のない夜に」を発表。ツアーで全国を巡り、フェスにも出演。またテレビCMのナレーションや歌唱、サウンドロゴの制作、ミュージカル出演など幅広く活動している。最新作は2024年9月リリースのアルバム「Love Deluxe」。

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大石始

地域と風土と音楽をテーマとする文筆家。主な著書・編著書に「異界にふれる」「南洋のソングライン」「盆踊りの戦後史」「奥東京人に会いに行く」「ニッポンのマツリズム」「大韓ロック探訪記」「GLOCAL BEATS」など。NHK-FM「エイジアン・ミュージック・ニュー・ヴァイブズ」出演中。2匹の保護猫と東京都下で生活中。

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大石始 @OISHIHAJIME

音楽ナタリーで新しい連載が始まりました。アーティストの創作活動に猫が与える影響を深掘りする「猫と音楽家の二重唱」。一回目に登場していただいたのは、三匹の猫ちゃんたちと暮らす優河さんです。写真家の廣田達也さん撮影による素敵な写真もお借りしました。
https://t.co/EA8Bs059X6

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