細野ゼミ 番外編 [バックナンバー]
スタジオを飛び出した「細野ゼミ」、初番外編は白金小学校
細野晴臣が母校・白金小学校で「細野ゼミ」開講、スペシャルゲスト・U-zhaanも登場
2026年5月1日 20:00 2
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当日は、細野、安部勇磨(never young beach)、ハマ・オカモト(OKAMOTO'S)のレギュラーメンバーに加え、スペシャルゲストとして
取材・
細野晴臣少年と音楽の出会い
──白金小学校の児童の皆さん、保護者の皆さん、創立150周年おめでとうございます。この「細野ゼミ」では普段、音楽のことを細野さんから学んでいるのですが、今日は細野さんの母校である白金小の皆さんと一緒に、“特別編”をやらせていただきます。
細野晴臣 人前でやるのは初めてだね。あ、U-zhaanはインドから駆け付けてくれたんだよね?
U-zhaan 先週までインドにいましたけど、直接来たわけではありません(笑)。
──というわけで、まずは登壇者の方々の自己紹介からお願いします。
細野 細野晴臣です。僕が8歳の頃、この小学校は80周年だったんですよ。で、今回は150周年。なんか、すごく時間が経ってますね。
ハマ・オカモト OKAMOTO'Sというバンドでベースを弾いています、ハマ・オカモトと申します。
安部勇磨 never young beachというバンドをやっております、安部勇磨と申します。
U-zhaan 僕はタブラというインドの太鼓を叩いて生活しているU-zhaanといいます。(体育館のバスケットゴールを見つけて)細野さんがこの学校に通っていた頃、バスケットボールって存在したんですか?
細野 なかったな。バレーボールはあったね。あとは登り棒とかね。
U-zhaan 登り棒って今ある?
児童たち あるー!
細野 僕はあれが苦手でね。
ハマ 僕も苦手でした。クラスの中でも一定の人数しか登れないですよね。
U-zhaan 僕も1回も登れたことない。みんな登れる? そもそも、なんで棒に登りたいと思うんでしょうね?
──登り棒の話を深めるのはやめましょう(笑)。登壇者の皆さん、「小学生の頃はどんな音楽を聴いていたのか」というテーマから本題を始めましょうか。
細野 僕が小学生だったのは、戦後すぐの時代だったんだ。当時、SP盤というレコードがあってね。78回転で、蓄音機で聴くんです。
──小学生の皆さんはレコードって知ってますかね。知ってるよって方、挙手をお願いしてもいいですか?
児童たち (パラパラと手を挙げる)
細野 登り棒ができる子も手を挙げてる(笑)。
ハマ 登り棒もできればレコードも知ってる。素晴らしい。
細野 SP盤というのは普通のレコードとちょっと違うんですよ。すごく割れやすくて、それをみんなフリスビーみたいに投げて遊んでた。本当によく飛ぶんですよ。割れ方も、パーン!って派手なんです。僕は「もったいないな」と思って見ていた(笑)。
ハマ 今はやってみようと思っても身近にSP盤がない。
細野 普通のレコード盤も飛ぶけどね(笑)。僕自身は、そのSP盤やラジオで音楽を聴くのが好きでした。まだテレビはなかったからね。蓄音機ってハンドルを手で回して聴くんだけど、3、4歳の頃から自分で回して聴いていました。オモチャみたいで非常に面白かった。音楽の種類としては、浪花節だったり、あとは童謡、軍歌。それからディズニーの音楽とかもあった。そして戦後だったので、ハリウッド映画がたくさん日本に入ってきたんです。そういう映画の音楽を聴いていました。あとはなんと言ってもブギウギという音楽。ベニー・グッドマンが率いるビッグバンドがいて。彼らが奏でるブギウギを聴いてると、自然と体が跳ねちゃうんですね。飛び跳ねて聴いてました。僕は、そんなような音楽との出会いでした。テレビがないというのが今との一番大きな違いですよ。
みんな知ってる「だんご3兄弟」
──U-zhaanさんはおいくつくらいなのでしょう?
U-zhaan 僕の母が細野さんと同い年です。僕自身は、児童の皆さんのご両親より少し年上かもしれません。僕が小学生の頃って、少なくとも僕の周りでは音楽がそれほどかっこいいものとは見なされてなくて。みんなサッカーをしたり、ドッジボールをしたり、外で遊んでましたね。僕は当時から音楽に興味があってThe Beatlesが好きだったりしてたんですが、音楽の趣味を友達と共有できることはなくて、いつも1人で聴いていました。
細野 今の子供たちは、もうThe Beatlesを知らないと思うな。
U-zhaan 細野さんがおっしゃった浪花節だって知らないですよ(笑)。
細野 広沢虎造という浪曲師がいて、彼は大スターだった。この近所に住んでいてね。
U-zhaan もっと小学生にわかる話をしましょう(笑)。
安部 僕は1990年代生まれなんですけど、小学生のときは、音楽を聴いたりすることはあまりなくて。でも音楽の授業はすごく好きでした。「グリーングリーン」とか「怪獣のバラード」とか歌っていましたよ。歌詞が素敵だなって。それが音楽に興味を持った瞬間です。
ハマ 「グリーングリーン」って知ってますか?
児童たち (口々に)知りません。
ハマ 「ある日パパと2人で語り合った」っていう歌なんですけど。
安部 「この世に生きる喜び」をね(笑)。
ハマ 僕と勇磨は同い歳で、小学生の頃は「おかあさんといっしょ」で流れていた「だんご3兄弟」の8cmシングルを買ってもらったりして。あと、「ポケモン」が登場した時期で、ポケモンの曲も聴いていました。いわゆる流行歌ですよね。それに今もあるかもしれませんが、音楽でリコーダーの授業があって、楽器に触ったのはそれが最初。特に音楽が好きという感じではなかったですけど、8cmシングルを買ってもらったのはすごく覚えていますね。とにかく「だんご3兄弟」が大ブームで、どこの団子屋さんにも、「だんご3兄弟」の絵が描かれていました。
──「だんご3兄弟」、知ってる人はいますか?
(かなりの児童が手を挙げる)
ハマ ヘー! なんで知ってるんだろう? “懐かしの映像”とかの影響ですかね。
U-zhaan 細野さんが作った曲で、児童の皆さんが知ってそうな曲って何かありますかね。「風の谷のナウシカ」とか?
細野 そうだね。「ナウシカ」ぐらいかな。
ハマ 松田聖子さんの曲とか、皆さん聴いたことあるんじゃないですか? 細野さんが作ったと知らずに聴いてるかもしれないですね。今はネットでも音楽が聴けるし、ぜひ調べて聴いてみてほしいですね。
細野 今はネットでいろんな時代の音楽が聴けるからいいよね。僕の頃は同時代の音楽しか聴けなかったから。でも、今何が流行ってるかは僕は全然知らない(笑)。
晴臣少年は意外と問題児?
志池 一利 @cazoo_ck
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