2000年の結成以来、「音楽と芸能で青森を応援する」という理念を掲げ、地元・青森が誇る農業や文化の魅力を全国に発信し続けてきたりんご娘。現存するご当地アイドルの中でも最長クラスとなる四半世紀以上の歴史を持つ彼女たちは、世代交代を重ねながら、その時代ごとの“りんご娘らしさ”を作り上げてきた。
代々メンバーが襷をつないできた中、2015年に始まった王林たち“Fours期”ではその名前が全国に波及。バラエティ番組で活躍する王林をきっかけにグループのことを知った人も多く、りんご娘という樹は時を重ねるごとに大きな実を結んでいった。そして2022年春、その王林たちからバトンを受け継いだのが、現メンバーのピンクレディ、はつ恋ぐりん、金星、スターキングデリシャスの4人だ。不安を抱えつつも自分たちなりのグループ像を築き、県内外の活動を活性化させながら青森の魅力をより多くの人に届けてきた彼女たち。積み重ねてきた長い歴史、熱い青森愛が伴う地域発信型グループとしての幅広い活動、ほぼ100%と言われる地元での認知度、磨き続けてきた楽曲とパフォーマンスのクオリティ……独自の進化を遂げてきたその魅力は、日本のアイドル史において唯一無二と言っていい。
そんな彼女たちは、5月16日に青森・弘前市はるか夢球場でワンマンライブ「Dream of Diamond」を開催する。青森県最大級の会場に1万人を集めることを目標とするこの公演は、りんご娘にとっても、青森県にとっても前代未聞の大きな試みだ。夢の大舞台を目前に控えた今、りんご娘OGである王林を交え、4人の歩みと現在地、そして“りんご娘”というグループの核をメンバーに語ってもらった。
取材・文 / 田口俊輔
成長とともに広がる“青森の魅力を届ける幅”
──本日はスターキングデリシャスさんの20歳の誕生日とのことで、おめでとうございます!(※4月7日に取材を実施)
スターキングデリシャス ありがとうございます!(深々と一礼)
王林 ちなみに、私は明日が誕生日なんですよ。
──存じております! 王林さんもおめでとうございます。キングさんは、りんご娘のメンバーとして20歳を迎えてどういうお気持ちですか?
キング アルプスおとめ(りんご娘の妹グループ)時代から、1つひとつ歳を重ねられて、10年もの長い時間をアイドルとして過ごせていることがすごく幸せです。
ピンクレディ キングとは幼い頃から一緒にいるからか、20歳になったのが信じられない。「まだ高校生ぐらいだったはず」と錯覚しています(笑)。
はつ恋ぐりん 現体制のりんご娘が始まった頃は全員10代でしたし、みんなが大人になっていくのが不思議な気持ちです。20歳からじゃないとできない体験や作れない思い出もたくさんあると思うので、この先もみんなと一緒に楽しい時間を過ごしたいです。
金星 そうだね。例えば青森県はお酒が有名なので、今年からおいしいお酒を全員でPRできたりするかも。年齢を重ねることでさらに多くの青森の魅力を届けられるのはすごく楽しみだし、私たちにしかできないことだなとワクワクしています。
──成長とともに青森の魅力を届ける幅が広がるのは、りんご娘ならではですね。アルプスおとめ時代からキングさんを見てきた王林さんとしても、この成長は喜ばしいかと。
王林 はい。キングはもちろん、全員がグッと大人っぽくなったよね。アルプスおとめとして王林たちのバックで踊ってくれていた頃は、「私たちにはできません!」という感じで何かと引っ込み気味で。りんご娘になってからは堂々とした姿になっていって、会うたびに、美しさや芯の部分に磨きがかかっているなって感動しちゃう。この先、りんご娘としても1人の女性としてもさらに素敵になっていくんだろうなって、楽しみで仕方ないです。
「私たちのせいで、青森県がナメられてはいけない」
──今のお話を聞いていると、この数年で大きな変化があったんですね。現りんご娘は、今年活動5年目という節目を迎えました。2022年2月に王林さんたちの代から襷を手渡されたときは皆さんまだ10代でしたが、期待感と怖さ、どちらが大きかったですか?
ピンク 圧倒的に怖さ、緊張が大きかったです。りんご娘はこれまで、先輩がいる中に後輩が入り、やるべきことや学びを受け継ぎながら続いてきたグループでした。でも、王林さんたちの世代が全員卒業されて、新人の私たちがりんご娘を名乗ることになり……もう右も左もさっぱりわからない状態のまま私たちの活動が始まったんです。
キング そうだったね。
ピンク しかも王林さんの代は、青森県内だけでなく外の方にもたくさん愛されていて、りんご娘への期待がすごく高まっていたんです。そんな中、名も知られていない私たちが新たなメンバーになった。「りんご娘ってこんなもんか」と思われないようにしなくちゃ、と焦っていたのを今でも覚えています。
金星 とにかく課題にぶつかる日々でした。例えば最初の年は、“りんご娘として”仕事に向き合う形を作っていくことから始まって、2年目は県外のアイドルフェスや対バンにたくさん出たりと、外に私たちを知ってもらう活動に力を入れたりして。毎年違う課題に挑んでは「どうすればいいの?」と悩んでいましたね。
──一方で王林さんはどのような思いで襷を渡し、活動を見守っていましたか?
王林 確かに私たちはりんご娘という襷を先輩たちから受け継いできましたが、どの襷も「今と同じりんご娘になってほしい」と手渡されたものではないんです。なので、今のみんならしいりんご娘を作ってほしいなあと思っていましたね。私たちの代はアイドルというよりアーティスト感のある音楽やパフォーマンスを軸にしていたのですが、4人はアイドル性が高く、私たちを超える青森愛を強く歌っていて。さっきピンクが怖かったと言っていましたけど、王林たちとしては「絶対に大丈夫!」という信頼がありました。
──ずっと不安を抱えながら走ってきた中、「この4人でやっていける」と思えた出来事はありましたか?
りんご娘 (口々に)いつだろう? いつかなあ?
ピンク 2023年に「TOKYO IDOL FESTIVAL」に出演できたことじゃないかな。まず、本番への出演権を懸けた「全国選抜LIVE」の会場が東京で、青森の方にとって観に来るのが難しい環境だったんです。でも、皆さん時間を作って応援に駆けつけてくださって。その声援のおかげで優勝し、「TIF」本番の出場権をいただけました。
──しかも「TIF」本番で開催された、各地の勝者を集めた「全国選抜LIVEグランプリ」でも優勝を勝ち取りましたしね。
ピンク 正直、自信がないまま進んでいたので、本番を迎えたときも「私たちはりんご娘を名乗れるレベルじゃない」と思っていたんです。でも青森から来たと言っている以上、「私たちのせいで、青森県がナメられてはいけない!」と、みんなで心を入れ替えました。そのおかげで、自分たちの実力以上の力を出せました。
──ナメられてはいけない……青森県を背負うという、“じょっぱり” (津軽弁で「意地っ張り」)な心が勝利を呼び込んだ。
ピンク 本当にそうですね(笑)。優勝をつかめたという経験によって前を向くことができましたし、青森への愛もより深くなりました。正直この出来事がなければ、今頃私たちはどうしていたんだろう?と思うぐらいです。
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りんごの皮を1枚ずつ剥くように出てくる新しい魅力



