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エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第21回 [バックナンバー]

あいみょん、TENDRE、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanらを手がけるyasu2000の仕事術(後編)

アーティスト本人に気に入ってもらえるのが一番うれしい

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想像を絶するタブラレコーティング

──U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSの「七曜日(Nana-Youbi)」は全編タブラの楽曲で苦労もされたのでは?

この曲のミックスはmabanuaが担当で、その前のレコーディングと楽曲を構築するところまでは僕のほうで担当させていただきました。U-zhaanさんの楽曲ってほとんどタブラで完結している曲が多いんですけど、あれは1つひとつ太鼓をチューニングしているんです。Fの音、Bの音、Aの音など、それぞれのピッチに調律した十何個のタブラを床に広げて、1つずつ録音を進めていくんですね。U-zhaanさんはあらかじめ曲を作ってくるというより、なんとなくのイメージを持ってきてスタジオに入ってから曲を作るスタイルなので、ここはこのコードにしようって鍵盤で確かめたりして決めてから、そのコードの構成音になるように太鼓を1個1個専用ハンマーで叩いてチューニングするんです。今ではもう慣れましたが、そのカンカンカンってハンマーで叩く音が太鼓の音に比べて大きすぎて、音量レベルを突き抜けてしまうので、その都度レベルを絞って戻して。少し叩くとまたピッチがゆるむので、また叩いてレベルの上げ下げをするっていう繰り返しなので、人力度が半端なかったです(笑)。さらに1音だけ録るとか、1小節だけ録る作業が多いので、プレイリスト含め、すごい数のトラック数になります。ですが、終わったあとの充実感や、何度でも繰り返し聴きたくなる作品の完成度に、いつも感動させられます。

──それは内容を把握するだけでも大変そうですね。

なので、僕はU-zhaanさん用にPro Toolsのテンプレートを作っていて、グループを組んで管理できるようにしたうえで、1つ録るたびになんのピッチを録音しているのか聞いて、それをコメント欄に書き込んで、あとでわかるように整理しながら作りました。そうすることで、「さっき叩いた、ンパッっていうやつとカラカラを出してきて、くっつけてここに貼って!」と言われたときに容易にできます。

──全部同じ楽器の音で、大量のトラックを把握するって、想像しただけで頭がおかしくなりそうです(笑)。

「七曜日(Nana-Youbi)」はリズムも複雑で3連になったり、付点が出てきたり、拍もけっこう変則なのですごかったですね。うちのブースはタブラの響きを自然に録音するには狭いので、タブラはコントロールルームに広げて録りました。鎮座DOPENESSさんと環ROYさんも同席していたんですけど、当然ですが録音するときお二人に、物音たてずに静かにしてもらっています。

──タブラを録ると言われてそんなことになるとは思わないので、1回やったらずっと指名されそうですね。新しいエンジニアに、どういうふうにやるのかイチから説明するのも大変でしょうし、できる人も限られるような気がします。同じように大変なレコーディングはほかにありましたか?

複雑さで言えばなかなかないと思います(笑)。でも、レコーディング作業ってそもそも大変じゃないですか。今はあらゆる状況に慣れてきましたが、精神面できついレコーディングと比べたら全然楽しいですし、タブラの音も好きですし、U-zhaanさんのキャラクターも最高です。これはエンジニアの仕事の範疇なのかわからないですけど、スタジオをきれいに掃除したり、落ち着くインテリアを置いたり、気分よく制作に集中してもらえるように気遣いをしたりということは気を付けてます。キツキツに時間が迫ってるみたいな気分を排除して、和ませたいというのは常に意識していますね。

──それはよくわかります。ただ、最近は予算の都合で時間がタイトだったりすることも多くないですか? 雰囲気がよくなる反面、楽しくやっているといつまでも終わらないみたいなことになりかねないと思うんですが、そのあたりはどのようにコントロールしていますか?

それに関しては、僕はまず最初に全部を把握させてもらいます。例えば、「どういうふうに録って、どういう曲にしたいですか?」というのは最低限聞きますよね。それ以外に、メジャーのアーティストの場合は締め切り、制作にかけられる時間、アレンジャーさんが仕上げてくる日程なども行う前に詳しく把握するんです。そういったことをマネジメントの人に全部任せて、「この時間はこれをやってください」って言われて動くだけだと、現実的にできないときが出てきちゃうので。一方でインディーズとか自主制作の人には、その人たちがやりたいことを聞いて、予算から使える時間を換算して、いいバランスのところに持っていきます。問い合わせがあったら1回スタジオに来てもらって細かく話し合ったうえで、「これはできるけどこれはできない」「ラインで録れるものは先に自分たちで録音して用意しておいて」とか、そういうふうに時間を削減していきます。ミックスにも立ち会ってもらって、「この時間内で終わらせましょう」ってやると、僕の作業の時間も減るので値段も安くなりますよね。そういう工夫はしています。

──確かに、ミックスをいくらでもやり直せると思われると、無限にリテイクが起こるときがありますよね。

そうですね。特に自主制作でやっている方は、アレンジャーとかプロデューサーとか、客観的に決める人がほかにいなくてズルズルいっちゃうことがあるので、そういうときは僕からバンバン言うようにしています。これはもう何回も歌って声が枯れてきてるから、このテイクのほうがいいよとか。

最後に自分の満足度がちょっと欲しい

──スタジオの営業のやり方はコロナになってから変化はありましたか?

ミックスはリモートでやることが増えましたね。あとはうちのスタジオでは人数制限を設けて、マスクして約1m離れて座ることができる人数だけ来てもらうようにしています。リモートで録音する方法もいろいろ考えて、それができるアプリもあったんですけど、遠隔で人のマシンに入って操作するのってセキュリティ上の問題も起こるし、プライベートな環境に入っていくので嫌がる人が多いだろうということで、録音だけはやはりスタジオに来てもらうしかないなと。編集とかミックスは離れていてもできるんですけど。

──エンジニアをやっていて、やりがいだとか面白みを感じるのはどういうところですか?

アーティスト本人ができあがった作品を好きになってくれて、リピートしてくれるのが一番うれしいですね。言われるがままにやった作品でも、繰り返し聴いてくれるとうれしいんですよね。どちらかと言うと僕はリスナーよりもアーティスト本人に気に入ってもらえるほうがうれしいです。リスナーの判断基準って時代とか環境によって変わると思っていて。今、Spotifyのような音楽配信サービスでは、日本では全然聴かれてないけど海外では聴かれている曲もたくさん出てきてますよね。なので、日本でのTwitterの反応とか気にしすぎても仕方ないなと思っているんです。もちろん、人がいいって言ってるから好きになるっていう人もいると思うので、みんながいいって言ってくれるほうがいいですけど。優先順位としては、制作に関わった人たちが気に入ってくれて、次にリスナーのみんながいいと思ってくれること。最後に自分の満足度がちょっと欲しいって感じですね。やっぱりエンジニアは大変な仕事なので、少しは満足したいかな。

──最後にこれを読んでいる読者にメッセージがあれば。

たぶん、みんなコロナ禍でストレスが溜まっていると思うので、好きな音楽を聴いてリフレッシュするのもいいと思います。その中で、メロディや歌詞のよさだけじゃなくて、ミックスのよさ、音の鳴りのよさという部分にも目を向けてもらえるとジャンルが広がっていいですよ。無理のない範囲で、いいイヤフォンやいいスピーカーを買って、音質の楽しみ方も知ってもらえたらうれしいです。

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1999年、DJとして渡米。現地でエンジニアリングに興味を持ち、The Institute of Audio Researchに通う。卒業後ブルックリンにあるブッシュウィックスタジオで2年間働き、ニック・ハードのアシスタントなどを務めたのち、2005年に帰国。その後、origami PRODUCTIONSが手がけるbig turtle STUDIOSのハウスエンジニアを務める。これまでに担当したアーティストはあいみょん、JUJU、藤原さくら、向井太一、GLIM SPANKY、Uru、TENDRE、Awesome City Club、U-zhaan、Nenashiら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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読者の反応

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やまだ(仮名) @wms

自分も声が好きでお願いしてプロジェクトやらせてもらったことあったのでこれすごく共感する話だw>「彼女の声が好きで、全部のテイクがOKと思えるくらいよく聞こえるんですよ(笑)。もう一発目でいいんじゃないかって思えるくらい」https://t.co/npiO4YotQ0

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