奥田泰次

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第18回 [バックナンバー]

七尾旅人、cero、中村佳穂、Tempalay、ドレスコーズらを手がける奥田泰次の仕事術(後編)

聴いた瞬間にどの曲かわかる楽曲を目指す

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誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。ceroらの作品を手がける奥田泰次の前編ではエンジニアになるまでの話を中心に聞いたが、取材時間の都合により途中で終わってしまったため、後日改めてインタビューを実施。後編では角銅真実SOIL&"PIMP"SESSIONS中村佳穂TempalayMONO NO AWAREドレスコーズの作品に関する内容をお届けする。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 今津聡子

“静寂”を表現したい

──ceroのサポートメンバーでもある角銅真実さんのアルバム「oar」(2020年1月リリース)を聴いて、ヒップホップっぽい趣味とはまた別に、ジャズ的な趣味もあるのかなと思ったんですが。

ECMレコード(※ドイツ・ミュンヘンに設立されたジャズを主としたレコード会社)のアルヴォ・ペルトという作曲家がいるんですけど、その存在も僕の中ではけっこう大きくて。弱音なんですけどムードがすごくて、言葉で言い表すと“静寂”というか、そういうテクスチャーになっているんですよね。いい音の基準がそこにあるから、自分がやってもそこを表現したいと思っちゃう。ジャズは昔のザラつきのあるのももちろん好きだけど、ECMみたいなリバービーなものも大好きなんですよね。角銅さんのアルバムに関しては歌の質感が大事だなと思ったので、そこから作り込みました。これも基本は“せーの”で録ってますね。SOIL&"PIMP"SESSIONSも同じ感じだったかな。

──SOIL&"PIMP"SESSIONSは「MAN STEALS THE STARS」(2019年12月リリース)ですか?

はい。そのアルバムの中の「Reptilian's Dance」はVICTOR STUDIOで同じようにやったんですけど、ドラムはツインドラムでブースも開けておいて。レコーディングしながら、録っているときにミキサーでバランスを取った2Mixも一緒に録音しておいて、それが採用されました。録音したときの音がミックスせずそのまんまマスタリングにいっていて、マスタリングでもそんなにいじってないので、本当にスタジオで録ったまんまです。SOILはジャズバンドですが、プロダクションも積極的だし、みんな個性的なんでRecもMixも毎回スリリングで面白いです。

──録りの段階でこんなにまとまっているんですね。リック・ルービンがやったドノヴァンがこんな音だったので、どうやったらこうなるのか聞きたかったんですが、まさかミックスしていないとは(笑)。

僕もリック・ルービン、マリオ・カルダートJr.は大好きですね。

──では、録る時点でかけるエフェクトを決めてしまう感じなんでしょうか?

曲にもよりますけど、予想してこれは必要になりそうだなと思ったら、テープエコーをつないでいるときもあります。EQ、コンプもガツガツ、ゲートもガリガリかけるときもあるし、まっさらで何もかけてないときもありますね。そのへんはすべて直感になっちゃうんですけど。

ほんのちょっとのバランスの違いで印象がガラッと変わる

──奥田さんの手がける音は、音色は歪んでいるのに全体ではクリアに整理されて聞こえるんですが、それはどうやっているんでしょうか? おいしいところ、いらないところを整理して、おいしいところだけにしている感じがします。

この音を聴かせたほうがいいなと思うところを意識しているかもしれないですね。例えば(七尾)旅人くんの「サーカスナイト」だったら、「エレピは大きく聴かせたいけど歌の邪魔をするな」「邪魔するけど出したいからどこを引くか」みたいな順番で考えています。一瞬聴いただけでどの曲かわかるのが楽曲の強さだと信じていて、それは根っこにヒップホップがあるのかもしれないです。サンプリングの美学みたいなものが。だから、あまりきれいにバランス取る意識はそもそもないですね。最近よく思うんですけど、僕らエンジニアはほんのちょっとの作業で音が変わることをわかっているじゃないですか。もちろんEQやコンプで音は変わるけど、それ以上にほんのちょっとのバランスの違いで曲全体の印象がガラッと変わる。フェーダーだけで全然印象が変わることを、誰よりもわかっているのが僕たちなんじゃないかなって。今はリコールしなきゃいけないことが多いけど、あるアウトボードではツマミをあえてメモらないで、自分の感覚を信じてその都度やることにしています。

──ちなみに機材はどんなものを使っていますか?

インターフェイスはAvid Pro Tools | MTRXとAPOGEEのSymphony I/O MkIIがあって、あとはMASELECのラインミキサー、EQがZahl EQ1、コンプがSPL IRON、AL.SO Dynax2、Buzz Audio DBC-M、リバーブはBRICASTI DESIGN M7が2台あります。テープエコーはすごく好きでいろいろ持ってますね。初めて買った機材はROLAND RE-201 Space Echoでした。

中村佳穂は桃太郎

──中村佳穂さんの「AINOU」(2018年11月リリース)について教えていただけますか?

佳穂ちゃんはアーティストとしての才能はもちろんですけど、人を動かす力がすごいですね。人が本領を発揮できるスペースを与えるのが上手で、桃太郎みたいにきびだんご1つで命をかけるメンバーを集めちゃう。彼女は昔からいろんな人とセッションしているんですけど、「AINOU」では固定メンバーでアルバムを作るということで、僕に話がくる前から長い時間を共有して、バンドの空気感を作っていたんですよね。

──サンプリング全盛期のエンジニアだとバラついたテイストの素材がそのまま違和感ある状態で並べてあることも多いと思うんですけど、音質は歪み感がありながらも、全体的には有機的にまとまっているように聞こえました。

それはマイクやHA選びとか、録音のときから始まっていますね。もっと言うと、部屋が大事で。「こういうアルバムにするなら、あのスタジオいいかも!」って、スタジオを提案することも多いです。エンジニアはスタジオの責任者みたいなところがあるから、雰囲気も考えて場所を選んでいて。結局人間がやるから、気持ちで変わったりするんですよ。Beastie Boysの「Check Your Head」を聴いて感じたことが今でも感覚として残っていて、場所で時間軸と音は変わるしアルバムの雰囲気に残ると思うんですよね。

──中村さんはどこで録ったんですか?

佳穂ちゃんやTempalayは、リズムはSTUDIO Dedeでアナログテープで録って、上モノは赤川新一さんというエンジニアの方が建てた千葉のスタジオで録りました。体育館みたいな空間なんですけど、ギターアンプ1個だけ大音量で鳴らして録ったりして、そうすると本当にウォール・オブ・サウンドみたいになるんですよ。その音に関してはミックスで何もいじらなかったですね。佳穂ちゃんのはボーカルもそこで録って、天然リバーブが付いたりとかして。

──最初からそういう音だったんですね。中村さんの楽曲では、ものすごく小さい音もあったりしますが、そのあたりの優先度はどうやって決めているのでしょう? 何か物差しがあるんでしょうか?

それは難しい質問ですね……でも、佳穂ちゃんにしろTempalayにしろ、めちゃめちゃトラック数が多いんですよ。Tempalayなんか、バンドなのに300トラックくらいあったかな。シンプルなほうがもちろんやりやすいんだけど、無機質なものと有機的なものを融合する音楽が感覚的に合ってるし好きで、多分その感覚はATCQとか自分が音楽に夢中になった時期の感覚が詰まっているのかもしれないです(参考:ATCQ「Electric Relaxation」 )。

奥田泰次が活動の拠点にしているstudio MSR。

奥田泰次が活動の拠点にしているstudio MSR。

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環境によってアーティスト自身の音楽が変わっていくのが楽しみ

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