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葛西敏彦

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第6回 バックナンバー

東郷清丸、D.A.N.、スカート、蓮沼執太フィルらを手がける葛西敏彦の仕事術(後編)

死ぬほどこだわり抜いた音作り

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誰よりもアーティストの近くでサウンドと向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているエンジニアにスポットを当て、彼らの視点でアーティストの楽曲について語ってもらうこの連載。今回は葛西敏彦の後編をお届けする。D.A.N.スカートのレコーディングのエピソード、エンジニアとしての心構えについて語ってもらった。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 斎藤大嗣

言い訳できないところまでやり切ったD.A.N.の1st

──Spotifyに上がっている葛西さんが手がけた作品のプレイリストを聴いていて、「やっぱり葛西さんはテクノの人だな」と思いました。

そうそう、テクノなんですよ。ダブっぽいことをしていると見られることもあるけど違って。ダブでもエイドリアン・シャーウッド(イギリスの音楽プロデューサー、エンジニア)とか北のほうの寒いダブなんですよね。

──バンドサウンドにもキックの音とか影響がありますね。

めちゃめちゃあります。それこそD.A.N.とかはダンスミュージックのフィーリングを出すためにROLAND TR-909の音をレイヤーで足していますし。その音を聴くとそのジャンルを想起させることってやっぱりありますよね。909の音が鳴るだけで YMO とかそういうテクノの時代の音になるっていう。

──D.A.N.の1stアルバム(2016年4月発売の「D.A.N.」)は、いわゆる邦楽とはだいぶ異なる質感の作品ですが、どのような考えでミックスしたんですか?

彼らは抜群にセンスがいいから、若い人には受け入れられやすいかなと思ってたんですけど、僕みたいな90年代にダンスミュージックを通ってきた40歳くらいの世代にも受け入れられると思ったんですよ。ロックバンドでもあり、ダンスミュージックでもあると言うとちょっと陳腐な感じがするけど、そういうクロスオーバーさせたものが作れたらいいなと思って、そこに真っ向から向き合いました。

──具体的にはどんな手法を?

一般的にそういう音楽をミックスするときは、生ドラムを録音したあとに1音1音刻んで、編集で打ち込みのグリッドに合わせていくんですよ。最初にそれをやってみてダンスミュージックっぽいロックバンドの音はすぐにできたんですけどメンバーと話をして、「これじゃないね」となりまして。D.A.N.のレコーディングはメンバー全員で一発録りしているんですけど、そっちの音源は一切エディットせずに、あとから入れたシンセを切り刻んで人間の方に合わせたんですね。人間だからどうしてもタイミングが揺れるじゃないですか。その揺れているハイハットのタイミングに合わせて、打ち込みのシンセの16分のシーケンスを1音ずつ切って重ねるというやり方をしたんです。

──さらっと言ってますけど、めちゃくちゃ大変ですよね。

死ぬほど大変でした(笑)。例えば2番のAメロでしか入っていない10秒ほどのパートを編集をするのに2時間かかったりとか。でもそれをやったらよくなるって気付いちゃったから、気付いた人はやらないと駄目だと思っています。だから、ほかのバンドとは聞こえの感触が違うと思うんですよね。

──それはバンドと相談しながらやっていくんですか?

説明しても伝わりにくいので、聴いて判断してもらいましたね。時間はかかるんですけど自分の中ではイメージができているのでガチガチに作り上げて、「これです」って自分の回答を作った上で。でもD.A.N.に関しては、言い訳が一切できないくらいのところまでやり切ろうというのが僕の隠れテーマとしてあったんですよ。昔と比べて「予算がない」「時間がない」という仕事が続いていて、僕自身ちょっと残念だなと思っていて。これは予算がなかったから仕方ない、とか人に作品を渡すときに言いたくない。D.A.N.も当時いつリリースするか決まってなかったので、締め切りもなくて時間をかけられたんですね。それで「徹底的にやっていい?」って言って始めたので。

──それだけこだわってやってると終わりの判断も難しそうですよね。

そう、やればいいってものでもないんですよね。山登りに似ている感じがしていて、ちょうどいいところってあって。ずっと行けばいいだろうと思っていると意外と頂上を越していて、前のほうがよかったということもあるし。経験則でしかないような気がしているんですけど、行くとこまで行ったときに「あ、もう大丈夫だな」って手が離せる瞬間があるんですよね。

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打ち合わせなしで始まったスカートのレコーディング

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