音楽的同位体・可不

ネット発の新ムーブメント・Vtuberの音楽シーンを探る 第3回 [バックナンバー]

Vtuber界隈からボカロ界隈へと広がる新ムーブメント「音楽的同位体・可不」

仕掛け人・PIEDPIPERやクリエイター・ツミキ、ポリスピカデリーの証言をもとにヒットの裏側に迫る

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「フォニイ」「ヴァンパイア」「キュートなカノジョ」「神っぽいな」といった楽曲は2021年にインターネット上で注目された“ボカロ曲”である。これらの楽曲のうち「フォニイ」と「キュートなカノジョ」は初音ミクや鏡音リン、GUMIといった従来のボーカロイドではなく“音楽的同位体・可不”という音声合成ソフトウェアが用いられている。

「音楽的同位体」は花譜、理芽、ヰ世界情緒、春猿火、幸祜といったバーチャルシンガーが所属するクリエイティブレーベル・KAMITSUBAKI STADIOによるプロデュースのもと、2021年より発売されているバーチャルシンガーとCeVIO AIとのコラボレーションによる音声合成ソフトシリーズ。第1弾としてリリースされた可不は、バーチャルシンガー・花譜の音声をもとに制作されたもので、その歌声が本人に近しいものであるのはもちろん、容姿も花譜そっくりに作られている。バーチャルシンガー、Vtuber界隈から生まれた音楽的同位体は、文字通り音楽を通じて爆発的な広がりを見せ、2021年を代表するボカロ曲が可不によって数多く生み出された。結果としてVtuberのことをまったく知らない、花譜のことを知らない音楽ファンが可不の楽曲を聴いているといった現象が起こり、音楽的同位体はVtuberの文脈のみで語られる存在ではなく、カルチャーの壁を超えてボカロの文脈でも語られる存在となった。

“Vtuber音楽”というまだ生まれて間もない新たな音楽シーンの第一線で活躍する花譜を手がけながらも、その歌声を用いて新たな可能性を切り開いた音楽的同位体とは、どのような狙いをもとに生み出されたものなのか。また多くのVtuberファン、ボカロファンが音楽的同位体に惹きつけられるのはなぜなのか。KAMITSUBAKI STUDIOの創設者であり、音楽的同位体プロジェクトの仕掛け人であるPIEDPIPERへの取材や、可不を用いて楽曲を制作しているクリエイターの証言をもとに、そのヒットの裏側を探る。

取材・/ 森山ド・

花譜を手がける前からあった構想

音楽的同位体・可不のもととなったバーチャルシンガー・花譜のデビューが2018年。可不を用いた楽曲が発表され始めたのは2020年の12月頃から。バーチャルアーティストを起源に始まったプロジェクトだが、そもそも音楽的同位体というプロジェクトはいつから、どういう狙いがあって生まれたものなのか。音声合成ソフトを使いながら、「ボーカロイド」とは謳わず「音楽的同位体」を銘打った意図はなんなのか。インターネットを通じて爆発的に広がってはいるものの、音楽的同位体には仕掛け人がいる。それはKAMITSUBAKI STUDIOの統括プロデューサーでもあるPIEDPIPERだ。彼はこう語る。

可不のもととなったバーチャルシンガー・花譜。

可不のもととなったバーチャルシンガー・花譜。

「声をインターフェースにして花譜をはじめとした“普通の女の子”の可能性を広げることをバーチャルシンガーたちで実践していく流れの中で、バーチャルシンガーと連動した音声合成のソフトウェアを作りたいという構想は花譜を手がける初期の頃から、もっと言えば花譜を手がける前からあったかもしれません。もともと音声合成ソフトウェアには興味があったんですよ。ただ2018年頃は、新しいボーカロイドが世に生まれて喜ばれるような空気感があまりなくて。いろんな人に意見を聞いて回ったときに、『今さらやるの?』みたいに冷たい対応をされてしまったことも多々ありました。でもこれは流行り廃りの1つで、いつかまた空気が変わるときがくる、と考えていたので音楽的同位体のプロジェクトは早めに動かしていました」

従来の音声合成ソフトウェアであれば、ボーカロイドやUTAUといったソフトウェアの名称を用いるのが普通であった。PIEDPIPERが「音楽的同位体」という固有名詞を用いたことにはどのような意図があるのだろうか。

「いろんなご縁があってCeVIOという素晴らしいツールで花譜を音声合成ソフトウェアとして作るときに、『これはボカロだ』『これはボカロじゃない』みたいな議論になりすぎてほしくないという思いが強くありました。プロジェクトを総括したIPの名称として『音楽的同位体』を強く打ち出すことで、“新しいもの”と認識されたほうが世の中に浸透しやすいのではないかと思ったからですね」

筆者は一度、音楽的同位体について話し合うスペースを覗いたことがある。そのスペースで繰り広げられていたのは「音楽的同位体はボーカロイドである」と主張するホスト側と、「音楽的同位体は『音楽的同位体』という新たなジャンルだ」と定説するゲスト複数人との議論。どちらの言い分も自然と飲み込むことができたが、これがいわゆるPIEDPIPER氏が語った「議論になりすぎてほしくない」ということであろう。これは個人的体感だが、こういった議論は必要最低限の範疇だったと感じている。筆者が目撃した議論はあくまで観測者(花譜ファンの呼称)同士の議論であり、花譜という存在が根強いからこそ音楽的同位体をどう見るか、必然的な戸惑いが現れたものだと思っている。

あえて残したボカロっぽさ

ボーカロイドがキャラクター性を強く打ち出したコンテンツであるならば、音楽的同位体はオリジナルの花譜と同位体の可不は名前の響きがまったく一緒であり、その容姿もオリジナルの要素が色濃く反映されている。そんな中でバーチャルシンガー・花譜と音楽的同位体・可不の差別化はどのように考えているのだろうか。

「例えば全然違う名前の音楽同位体を作って“CV:花譜”にすることもできたかもしれませんが、そうすると音楽的同位体のプロジェクトは花譜にとってあくまでもCVとしての仕事の見せ方になってしまう。そうではなくて、このプロジェクトではバーチャルシンガーの花譜と音楽的同位体の可不は外観を共有して、今も活動しているバーチャルシンガーたちもしっかり立たせた状態で地続きで対等の別プロジェクトとして打ち出したいという思いがありました。これには可不が売れれば花譜本人の知名度も上がっていくだろうというビジネス的な観点もありますが、本人から派生したAIシンガーがいて、そのAIと一緒に歌うような未来を描く、というSF感のあるビジョンを抱いていたことが大きいですね」

しかし本人そっくりの合成音声ソフトウェアが世に放たれるということにはリスクも存在する。UGC(User Generated Contentの略。ユーザーが生成するコンテンツを指す)というコンテンツの特性上、その使われ方はソフトウェアの購入者に一任されることになる。また何か問題のあるコンテンツが生まれた際、キャラクター性を強く打ち出したボーカロイドであれば、その声を担当した声優に結び付けられることはほとんどないが、その名前も外見もオリジナルの要素を引き継いでいる花譜と可不は、その存在がすぐに結び付けられて語られてしまう。

「もちろん、やり方を間違えればよくないものが生まれてしまうという不安はありましたし、最初は僕自身もこういうものを作っていいのか迷いがありました。例えばですが、このプロジェクトはある種“AIに人間の仕事が駆逐されてしまう”といったシンギュラリティの観点でも語ることができると考えていたんですが、CeVIOさんや音声合成界隈の方々にヒアリングをしてみたところ、その議論自体がもう古い話のようで『まったくそんな心配はない』という返答をいただきました。いろんな方々に意見を聞く中で意外にもネガティブな反応は少なく、非常にポジティブな反応が多かったのが印象的でした」

また可不の合成音声としてのクオリティに関してもここでは言及しておきたい。筆者が初めて可不の音楽に触れたときの印象は「限りなく花譜に近い」だった。特に「朝日 / 花譜 feat. 可不」を初めて聴いた際、流し聴きしながら入ってきた「ステレオタイプなんだ」という可不の歌い出しに対して、100%の自信を持って可不の歌声と断言できないくらい、両者の歌声に近しいものを感じていた。もちろん聴き手によってはすぐに花譜と可不の歌声を聴き分けることができるかもしれないが、それはボーカロイド文化にどれだけ触れてきたのか、ボーカロイドに対する知見がどれだけあるかで変わってくるとは思う。実際に声をサンプリングして音声合成ソフトを制作する際にどこまで本人の声を再現させるのか、どれほどの調整が必要だったのかに関しても話を聞いてみた。

「どのレベルの声でやるのかという議論は重ねていて、まったく一緒にしない方がいいという感覚がありました。今の技術であればもっと本人に近いものを提供することもできますが、今回はあえてちょっとボカロっぽさ、機械っぽさを残したものを採用しています。その結果、本人の声に近いけどちゃんとボカロっぽい、いいバランスの音声になっているのではないでしょうか。もちろん、もっと本人に寄せるよさもあるので一概にどちらがいいとは言えないんですが、差別化したほうがデュエットした際に違いが出て面白くなるだろうな、という目論見はありました」

花譜が抱く可不へのライバル心

「朝日」「不埒な喝采」「流線形メーデー」など、花譜と可不のデュエット曲は音楽的同位体でしかなし得ない唯一無二の存在感を放つ作品となった。まさに「作り方によっては面白くなる」が的中していたとも言えるが、こういった音声合成ソフトウェアの開発に関して、そもそもシンガー本人たちはどう思っているのか。ソフトウェア開発にあたっては、本人たちへのヒアリングが綿密に行われていたことも明かしてくれた。

「本人が『嫌だ』と言ったら出せないものなので、もちろんしっかりと話したうえで企画を進めています。花譜本人にこの話をしたところ、ネガティブな反応はほとんどなく、すごく喜んでくれたんですよね。花譜やV.W.P(花譜、理芽、春猿火、ヰ世界情緒、幸祜からなるバーチャルシンガーグループ)の子たちはボーカロイドの音楽に触れて育ってきた世代なので、自分の声が音声合成ソフトウェアになることに対して憧れのような感情を持っているみたいで。花譜はもちろん、5人全員が『音楽的同位体を出したい』と言ってくれました。花譜に関して言えば、可不の曲がヒットすることに対してある種のライバル心を持っていて、本人の活動のモチベーションにもある意味でつながっているようですね」

PIEDPIPERは開発当初から花譜と可不のデュエット曲が生まれることを想定していたという。多少、オリジナルとの差別化が図られているとはいえ、花譜とその声から生まれた可不によるデュエットというのは衝撃的だった。そして「不埒な喝采」では、バーチャルアーティストと音声合成ソフトのデュエットに加え、実写MVという異なる3種の組みわせにより新たな世界観を演出している。

「本人とのデュエットという使い方は最初から考えていました。単体で音楽的同位体を使ってもらうのが本懐ではあるものの、ある種ファンに喜んでもらうコンテンツとして“音声合成とのコラボ”は、この企画において必須なものと捉えていました。それと最終的に花譜本人に作品が返ってきてほしいという思いは強くありました。花譜が外部のクリエイターとコラボしてオリジナル曲を発表していくシリーズとは別の軸で、可不を用いて発表された曲が自然発生的に生まれるというのは、こちらでは想定していなかったコラボが生まれているわけですから。そういった想定外に生まれたものをカバーしていくという、本人に帰結するような流れを作ってみたかった。花譜の声をモデルにしたものから生まれた音楽を本人がカバーするのは、カバーなのかセルフカバーなのか、いろいろな考え方があると思いますが、どちらにせよこれは最終的に花譜本人にフィードバックされたものであり、こういったコラボの引き出しが増えることは1つの大事なテーマでした」

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可不の歌声には血が通っている

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ツミキ @_23ki_

音楽ナタリーさんの記事内で「可不」「フォニイ」についてお話しをさせて頂きました 興味の有る方は是非🐈‍⬛ https://t.co/399kB8GE1p

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