ネット発の新ムーブメント・Vtuberの音楽シーンを探る 第3回 [バックナンバー]
Vtuber界隈からボカロ界隈へと広がる新ムーブメント「音楽的同位体・可不」
仕掛け人・PIEDPIPERやクリエイター・ツミキ、ポリスピカデリーの証言をもとにヒットの裏側に迫る
2022年10月13日 20:00 68
可不の歌声には血が通っている
実際に可不を使って楽曲を生み出しているクリエイターたちは、音楽的同位体をどう捉えているのだろうか。2021年6月に公開され、YouTubeではすでに2500万回以上再生されている「フォニイ」を手がけた
また「不埒な喝采」で
「最初から『音楽的同位体で儲けよう』とはあまり考えてなくて、『花譜の認知度が上がったらいいな』くらいのレベルでリリースしたのが本音です。開発にかけた分がソフトウェアの売上である程度回収できたらいいなと思っていたら、思った以上にいろんな方に使っていただいて、花譜の知名度を上げる役割を担ってくれたのはもちろん、続く裏命(理芽の音楽的同位体)や星界(ヰ世界情緒の音楽的同位体)の制作につなげられたのはクリエイターの皆さんや音楽を聴いてくれた皆さんのおかげだと感じています」
可不の知名度を大きく広げる要因となったのは先ほども挙げた「フォニイ」という楽曲の力が大きいだろう。オリジナルが2800万回以上再生されているということはもちろん、「フォニイ」はめいちゃんやメガテラ・ゼロといった歌い手、星街すいせいや町田ちまといったVtuber、さらにはヒカルやDJふぉい(Repezen Foxx)といった人気YouTuberによってもカバーされ、数多くの二次創作が発表された。「フォニイ」制作者であるツミキにその制作背景とヒットの要因を聞いてみた。
「去年に僕のボカロアルバム『SAKKAC CRAFT』の発売があって、アルバムを発売した後、ボカロPとしての初めての楽曲が『フォニイ』でした。自分の中で『さらに人のためになる音楽を書きたい』という思いが強まっている時期で、伝えるための工夫をたくさん施して作った記憶があります。だからこそ可不の体温を感じるような血の通った歌声は、楽曲に対して素晴らしい効果を発揮してくれたと思っています。そんな美学や技術や時期や、いろんなことが重なって生まれた『フォニイ』。今でもたくさんの方に届いていることを誇りに思います」
想定以上のヒットソングの誕生以外にも、制作者の意図しない広がりがあった。それが“可不とカレーうどん”という組み合わせのファンアートや楽曲の誕生だ。2021年11月、可不がリリースされて間もないタイミングで「可不がカレーうどんを食べるだけ」という動画が公開され、これをきっかけに「可不と言えばカレーうどん」という構図が定着。可不とカレーうどんをテーマにした楽曲が生み出されたほか、数々のファンアートが投稿され、今ではイラストから可不のことを知るユーザーが続々と増えている。ボーカロイドで言うところの“初音ミクと言えばネギ”に似た、このユーザー主導の広がりについてPIEDPIPERは「むしろこういうものが生まれてほしかった」と語る。
「生み出したものをどう使うかは、ユーザーが決めるのが一番いい。『すごいものを作るから付いてきてくれ』といったやり方は、僕らが既存のバーチャルシンガーでやっているので、音楽的同位体ではこちらが何も言わないくらいのほうがいいのかなと考えていました。UGCにおいては隙を作ることのほうが大事であり、どうやったら勝手に面白い作品が生まれてくるのか、その土壌を作ることに注力したかった。その土壌の作り方は今でも模索している最中なので、まだ悩んでいるところではありますが、そういう中で“可不とカレーうどん”のような二次創作が生まれてくれたのは、非常に正しい広がり方だったと捉えています」
まだ世の中に存在しない、ラップに特化したAIシンガー
現在リリースされている可不、星界のみならず、今後は裏命、狐子、羽累とそれぞれV.W.Pのメンバーの声をもとにした音楽的同位体が順次リリースされる予定だ。これらV.W.Pの5人全員の音楽的同位体を制作する予定は当初からあったのか?
「1発目の可不が当たらない限りは次がないとは考えていましたが、可不の反応を見てより広げていきたいという思いがあります。このプロジェクトに限らず、アイデアと仮説を常に持っていて、いろんな反応を見ながらより拡張するというやり方をこれまでずっとやってきたので、音楽的同位体のローンチ前の段階であれば5人全員をやろうという話にはなっていませんでした。ただ、発売する前にデモソングをいくつか公開していて、その反応がけっこうよかったので、けっこう早い段階で花譜以外のV.W.Pメンバーの音楽的同位体もやっていきたいという希望は持っていました」
ただ同じ要領で音楽的同位体が増えていくのではない。音楽的同位体の第2弾としてリリースされた星界には「感情パラメーター」というディープラーニング機能が搭載されている。さらにバーチャルラップシンガーとして活躍する春猿火の同位体・羽累に関しては、ラップに特化したAIシンガーがまだ世の中に存在しないこともあり、その調整には時間を要しているようだ。すでにラップ調のボカロ曲は数多く存在しているが、羽累が完成すればボカロシーンにおけるラップを用いた表現に新たな可能性をもたらすかもしれない。
音楽的同位体が新たなユーザーに音楽を届けている
Vtuberカルチャーを追いかけている身としては、音楽的同位体はVtuber文化から発信された新たなコンテンツという認識が強かった。2021年では“新たなコンテンツ”として界隈の多くの人が話題に上げているのが目立っていたが、2022年になると可不は1つの音声合成ソフトウェアとして受け入れられたのか、逆にVtuber界隈の人たちがあまり話題に上げていない印象を受けた。筆者はそれを少し寂しくも感じていたのだが、PIEDPIPERは「正しく音楽が普及したからだ」と分析していた。
「話題に上がらなくなってきたから廃れたわけでもなく、今では花譜のことやKAMITSUBAKI STUDIO のことをまったく意識せず、可不の楽曲をVtuber界隈の方々がたくさんカバーしてくれているんですよ。『音楽的同位体は新しい切り口だ』と騒がれていたときは、それもいいことかなと思っていたんですが、今では花譜のことは知らないけど可不の曲を知っている人のほうが多いかもしれないと感じるくらい。もしかしたら知名度で言ったら可不のほうがもはや勝っている状態かもしれない。可不の曲に出会って、調べてみたら花譜というバーチャルシンガーを知った、というユーザーが増えているとするならば、それはある意味、僕らのことを全然知らない人に音楽を届けられているということなんですよね。僕としてはそっちのほうが助かると言うか、本人の知名度を超えるくらいのものになったのはいいことだし、花譜とかKAMITSUBAKI STUDIOを気にしないでカバーしている人たちがたくさんいるというのは、音楽として正しく普及したからなので、そこはポジティブに考えています」
花譜のデビュー、それに続くV.W.Pの面々のデビューにより、KAMITSUBAKI STADIOはVtuber界隈で確固たる地位を築いた。その影響力は、音楽的同位体をリリースすることにより、ボカロ界隈にも広がったと筆者は分析していた。だがPIEDPIPER氏の話を聞いていると、この“界隈”といった概念をあまり重要視していないように感じる。どちらの文化に対しても分け隔てなく接する彼は、これらのカルチャー同士の距離感についてどう捉えているのだろうか。
「世間から見たら僕らはVtuber界隈に属しているように見えるかもしれませんが、僕は体質的にどこの界隈にもいたくないという気質があるんですよ。だからVtuber界隈でもなければ、ボカロ界隈にもいないという認識があります。どこかで仲間に入れてほしいという相反する気持ちもありますが、完全に融合してしまうのは少し違うと思いますし、そもそも僕らはVtuber業界に対してそこまで深い知識がないんですよ。知りすぎると意識してしまうこともあると考えて、なるべく周りのことを気にしすぎないようにはしています。もちろん、違う方法を用いてヒットを出しているライバーカルチャーの方々から学びたい部分はありますし、実際に勉強させてもらっているところはありますが、すべてをマーケティングして戦略的に物事を考えるとあまりよくないものができてしまう気がしています。これはおそらくですが、知らないからこそできていることがKAMITSUBAKI STUDIOにはあって、僕らは絶妙な感覚で僕らのやりたいことを維持していくのがいいかなと考えています」
花譜を含め、V.W.Pという存在があってこそのコンテンツではあるが、どこの界隈にもいたくない気質だからこそ生まれたのが「音楽的同位体」とも言える。Vtuberシーンから見た同位体、ボカロカルチャーから見た同位体、その印象の違いはKAMITSUBAKI STUDIOの信念に紐付いている。花譜の存在を知った前提から見る同位体はあくまでバーチャルコンテンツの一環という印象が強かったが、ボカロ界隈の人たちからすると新たに生まれたボーカロイドであると捉えており、そこに若干の熱量差を感じていた。しかし、本来の目的であるUGCの広がりが実現するほど、熱量の差はなくなっていき、「音楽的同位体」という新たなジャンルとして確立されつつある。
ここまでリアリティを優先した内容になってしまったが、エモーショナルな側面も大きい。例えば、デュエットに関して言えば、本人は年齢を重ねていくものの、音楽的同位体に年齢の概念はない。今は限りなく本人に近い音声でデュエットを奏でているが、1年後2年後では、声の本人は多少なりとも声質に変化が起こる。客観的に見れば、そのときだけの一期一会のような希少性の高いデュエットになるし、年齢を重ねたシンガーは“あの頃の自分”とデュエットすることが可能になる。このエモーショナルな側面は、自身の声を使った音声合成ソフトでなければ起こらない現象だろう。音楽的同位体自体、Vtuberシーン、ボカロシーンがともに繁栄していたからこそ生まれたコンテンツであり、2つのカルチャーを使ったハイブリットなエンタテインメントであると確信が持てた。
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ツミキ @_23ki_
音楽ナタリーさんの記事内で「可不」「フォニイ」についてお話しをさせて頂きました 興味の有る方は是非🐈⬛ https://t.co/399kB8GE1p